SS かぐや様 2024石ミコ 図書館
『図書館じゃなくても良いっ! 僕と一緒に居てくれっ! 僕の望みはそれだけなんだっ!』
『勉強するんでしょ。私も長い間学校休んでいたから、閉館まで勉強する』
家に居場所がないらしいミコが僕と図書館で勉強する様になってから1か月が経った7月上旬。
例年より少し早めの期末試験も終わり、後は夏休みの訪れを待つだけ。秀知院学園の生徒たちは全体的に浮かれモード。
そんな空気の中、僕とミコだけは少し違っていた。彼女は期末試験が終わっても図書館で勉強を続ける日々を送っていた。
でも、6時を迎えたところで今日はいつもと違う行動に移った。
「…………今日はもう、出るから」
いつもは閉館まで勉強を続けるミコが今日に限っては帰ると言い出した。彼女はその理由を説明しなかった。けれど、冴えない顔色を見てすぐに察した。多分今日はミコのご両親、もしくはそのどちらかが帰宅するのだろうと。多分、夕食を一緒に取る約束でもあるのだろう。
ただ、普段は社会正義の実践の為にとても忙しくて滅多に家に帰ってこない親と会えるというのにミコは少しも嬉しそうな表情を見せていない。この時間軸のミコはいつも暗めだが、今は輪をかけて暗い。思い詰めているという表現の方が似合いそうだ。
「待って」
反射的に彼女の手を掴んで引き留めてしまった。
この先の展開を考えているわけじゃない。慰めや励ましの言葉を用意しているわけじゃない。でも、このまま彼女を一人で帰しちゃいけないと思った。
ミコが両親と上手く行っていないのは、前回の時間軸でも明らかだった。彼女が僕との同棲を受け入れ、早期学生結婚を望んでいたことには、実家にいたくない裏返しという一面があることには気付いていた。でも、その部分に対して僕は触れなかった。もう少し時間を経てミコとの仲を更に深め、僕の社会的基盤を強固にしてから両親に会えば十分。ミコとのイチャラブライフがいつまでも続くと単純に考えていた僕は危機感に欠けていた。ミコの家庭の問題を深堀しようとさえ思わなかった。
でも、そうやって問題を先送りにしてきたツケが今、ミコに降り掛かってしまっている。そう思わずにはいられなかった。
「今の君を……このまま一人で帰したくない」
引き留めた。でも、それ以上の言葉が出て来なかった。漫画やラノベをたくさん読んでいる筈なのに、僕の語彙力は肝心な時にお粗末だった。
ミコは僕に手を掴まれたまま歩き始めた。僕は彼女から離れずに付いて行く。この手を離しちゃいけないと思った。
「どうして?」
暗い表情のミコが問い返してきた。当然だ。
「それは……」
僕は返答に詰まってしまった。
ミコが家族関係で悩んでいるみたいだから力になりたい。
そうハッキリ言えれば良いんだろうけど、それは前の時間軸でも言えなかった敏感過ぎる領域。
それに家族問題で苦労していたと言えば、僕の方だって負けず劣らずだった。なんせこの時間軸の始まりの時点では両親からも兄かもも停学処分を受けて理由も説明しない反省の色が足りない駄目男と白い目を向けられていたのだから。この1か月、真面目に勉強している姿勢が評価されてそれなりに関係改善した。けれど、他人様にアドバイスできる身分でないことは明らかだった。
「私と、セックスしたいから?」
「へっ?」
一瞬にして目が点になってしまった。ミコの言葉は思いもよらないものだった。
「私はもう、全然覚えてないけれど……前の1年生の時には私と石上って恋人同士。セックスする仲だったんでしょ?」
「まっ、まあ……」
不意にミコとセックスライフを満喫していた日々を思い出してしまった。
最近はその手のことを全く思い出さない様にしていたのに。一瞬にしてミコの巨乳、桜色の乳首、僕に合わせてつるつるに剃られたアソコのことを思い出してしまった。今の彼女をそんな目で見てはいけないというのに……
「セックスしたいから……こんな私なんかと毎日一緒に付き合ってくれるの?」
ミコはとても悲し気な瞳をしていた。
「それは違うっ!」
僕はまた反射的に声を出していた。怒鳴っていた。
でも、その勢いはいつまでも続かなかった。
「いや、全面的に否定する訳じゃないんだ。ミコともう一度恋人同士に戻れたら。そういうことも考えるんだろうけど……」
ミコとどうなりたいのか考えを詰めていくと。彼女の言葉を100%否定することもできなかった。
「でも、結局セックスしたいんでしょ?」
「大事なのは過程であって……エロゲー主人公みたいなもんなんだよ、僕は」
自分でも何を言っているか分からない。
ストーリー重視のエロゲーの主人公は、セックスの為に動いている訳じゃない。危機的状況にあるヒロインを自分の全てを投げうってでも救おうとしている。救った結果、恋人になったり、ご褒美にセックスさせてくれたりする。
エロゲーとギャルゲーの違いは、セックスシーンが露骨に描写されるか否かで、そこがR-18指定と売り上げの大きな分かれ目となる。エロゲーと表記されるからにはセックスシーンは必須。ユーザーはそれを目当てに買っている。つまり、主人公がヒロインを救う格好いい姿が見たいが、同時にセックスシーンで性欲を満たしてくれることも望むのがエロゲーの正しい求め方なのだ。
「…………って、エロゲーの主人公じゃ駄目だろっ!」
自分にツッコミを入れる。
ミコと恋人になるのとセックスが1セットで望んでいたんじゃ僕の真摯な想いが欲望に塗れてしまう。
「セックスしたいなら……させてあげようか?」
「はあ?」
ますます沈んだ表情でとんでもないことを述べるミコに僕は当惑させられる。
「前の1年では、私、石上にいっぱい抱かれてたんでしょ。なら、今更だよ……」
「いや、そういうわけには……」
ミコは明らかに自暴自棄になっている。それがあからさまだからこそ彼女の言葉は耳に痛すぎた。
「私の身体、好きにして良いからさ。石上の家、住まわせて欲しい」
「…………なっ?」
ミコの提案は、家出娘が身体を売って一時の宿を得るのと何ら変わりがないものだった。少なくとも今の僕たちの関係から見ればそうでしかなかった。
「前の私は石上の部屋に住んでいたんでしょ? なら、同じことをさせて。私の胸もアソコも全部石上の好きにして良いから」
「だからそれは前提が違うって言ってんだろっ!」
エントランスとはいえ、ここが図書館の中だということを忘れて本気で叫んでしまった。しばらくの間、ここには来られないかもしれない。でも、言わずにはいられなかった。
「僕は君の身体が欲しいんじゃないっ! 心が、欲しいんだっ! 僕を好きになってもらいたいんだっ!」
「私なんかより心が綺麗な娘なら世の中に幾らでもいるよ。他の娘にしたら?」
「僕は、君がいいんだっ!」
彼女の手を強く握り返して僕たちは図書館を出た。
どこへ向かうかは決まっていた。ただ、その場所は僕がずっと避けてきたところ。
話し合いになれば僕に勝ち目はない。向こうは正義。僕は彼女を悪の道に引き込もうとしている。でも、その正義の塊がミコの表情を曇らせている。胸の内を苦しませている。それだけは絶対に許容できない。
「……どこへ、行くの?」
「黙って、僕に付いて来てっ!」
「…………分かった」
ミコは大人しく僕に従ってくれた。
そして僕たちは眩し過ぎる人たちへの元に向かうことになったのだった。