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枡久野恭(ますくのきょー)
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SS 俺いも 2024長編18 高坂桐乃3


SS 俺いも 2024長編18 高坂桐乃3


 LAのトレーニングセンター寮内での桐乃との会談が不調に終わった翌日。瑠璃と京介は再びトレーニングセンターを訪れていた。ただし、今度は寮ではなくグラウンドの方に足を運んでいた。


「さすがにみんな速いな。このトレーニング施設を使っているのはほとんどが俺より年下の筈なのに勝てる気がしない」

「当たり前でしょ。あの子たちは世界選抜みたいなものなのよ」


 京介の言葉にツッコミを入れながら、瑠璃は最初の時間軸のことを思い出していた。

 あの時の桐乃は、短距離走で誰か1人にでも勝ったら日本に連絡を入れると心に決めてトレーニングしていた。だが、誰にも勝つことができなかった。それが桐乃のプライドを砕き、彼女を追い詰めて更に記録を悪くするという悪循環を産んでしまった。京介の言葉に、兄妹であることを考えずにいられなかった。


「だが、我らの妹はタイマン勝負でなかなかの戦績を残しているみたいだぞ」


 京介の視線の先を瑠璃も見つめた。

 今日はトレーニング生徒同士の模擬レースが行われていた。桐乃は様々な国の少年少女アスリートたちと何回も100m走で競っていた。その結果は勝ったり負けたりで勝率は5割ぐらいだった。決着の度に桐乃は一喜一憂して感情を豊かに表していた。怒ったり悔しがったり嬉しがったり忙しかった。だが、総じてみれば笑顔でいる時間が長かった。


「…………私たちが連れ帰る必要性は全くなさそうね」

「それを直接見て確かめられただけでも十分すぎる戦果だろうよ」


 京介はスマホを使って桐乃の笑顔を望遠機能で撮ってみせた。


 それから2人は特に何かするわけでもなく桐乃のトレーニング姿を眺め続けていた。

 模擬レースが終わった後で桐乃は延々とジョギングを続けていた。ただ黙々とトラックを走り続ける。それは傍目には刺激のない退屈な光景に違いなかった。だが、瑠璃と京介の目には違って見えていた。


「あの子、輝いているわね」




「ああ」


 2人は延々と走り続ける桐乃を眩しそうに見つめていた。2人は桐乃が午前中のトレーニングを終えるまで特に会話もなく見続けた。


「2時間以上もアタシを眺め続けるとか。ストーカーみたいでキモいんですけど」


 トレーニング終了後、桐乃の方から瑠璃たちに歩み寄ってきた。見学者は珍しく、2人の訪問は桐乃たち全員が知るところだった。

 桐乃は当初、自分から声を掛けるのを躊躇っていた。だが、コーチやリア・ハグウィの勧めもあって2人の元までやって来たのだった。まず口撃でコンタクトを取って来たのは桐乃らしかった。


「アメリカまで追い掛けてきたぐらいだからストーカーみたいな存在であることは否定しないぞ」

「そうね。初めての飛行機、初めての海外。未知の体験に心が疲弊してまでここまでやって来たのだから。相当な執着であることは間違いないわね」


 2人は桐乃の言葉を否定しなかった。妹の扱い方にはよく長けていた。


「…………2人とも学校休んでまでわざわざアメリカまで来なくて良かったのに。アタシは元気だってぇの」


 兄たちの返しで勢いが弱くなった桐乃は俯き加減に口ごもった。


「それを知る手段がなかったからここまで来て確かめたんだろうが」

「そうよ。連絡の一つも寄越さない。こちらからの連絡は完全スルー。貴女が息災か知る方法なんてないのよ」

「…………あやせや加奈子には元気だって伝えてあるし」

「そんな間接的な発信が何になるっていうのよ。うちへの連絡手段はあるのだからちゃんと寄越しなさいよ。定期的に」


 桐乃とは昨日久しぶりに再会を果たした。昨日はほとんど喧嘩別れに終わった為にまともに言葉を交わしたのは4か月ぶりのことだった。けれど、そのブランクを感じさせない軽快なやり取りだった。少なくとも瑠璃にとってはそうだった。


「分かったわよ。またアメリカまで押し掛けられたんじゃ迷惑だし。実家の方には1か月……1週間に1度ぐらいは連絡を入れる様にするわよ」


 1か月に1度と言おうとしたところで瑠璃から厳しい目を向けられたので桐乃は頻度を変えた。


「とりあえずこの後早速連絡を入れなさい。今日はお義父さまもお仕事を休んで家で待機されている筈だから」

「…………仕事休むなっての。過保護すぎるんじゃないの?」

「娘を持つ親の心境なんてそんなもんだぞ」


 京介は大輔に代わって父親の心境を語ってみせた。


「はいはい、分かったっての。それで、他には?」

「俺からは特にない。みんな瑠璃が代わりに言ってくれたからな」


 京介は腕を組みながら応答を終わりにした。


「本当に聞きたいことは少なかったのね」

「天邪鬼なコイツのことだ。どうせ聞いても答えないだろうし、必要なことは伝えられたのだから満足だよ」

「何よ、その言い方。でも、それは正しいわね。アンタにアタシのこっちでのプライベートについて根掘り葉掘り喋る義務はないっての」


 桐乃はいつもの兄に対してツンデレな態度を取ってみせた。


「瑠璃の方こそ桐乃に聞きたいことはないのか?」


 夫に言われて瑠璃は少し考えてみた。


「…………特にないわね」


 思い浮かぶことはなかった。


「日本を発つ前は色々と聞きたいことだらけだったけれど。黙々と、けれど楽しそうにそして真剣に走っている貴女を見たら。何かどうでも良くなったわね」

「何それ?」


 桐乃は呆れた表情で瑠璃にジト目を向けた。


「お前の練習する様子を見て心配は要らないって判断したってことだろ」


 京介は瑠璃の想いを代弁してくれた。


「アタシは元々心配されるような状況になかったってぇの」


 桐乃は照れ隠しにまた不貞腐れた表情を浮かべてみせたのだった。

 最初の時間軸の初めてのアメリカスポーツ留学とは全く違う展開を迎えたことに瑠璃は心から安堵したのだった。


「それで、桐乃の方は俺たちに聞きたいことがあるんじゃないのか?」


 桐乃が瑠璃と京介の結婚に強い不満を抱いていたことを両親から聞かされていたことを思い出しながら兄は最後の質問をした。

 妹は兄夫婦を一瞥した。2人はぴったりと寄り添っていた。


「ないって昨日言ったでしょ」

「ないってことはないだろ」

「アンタたちが2人でアメリカまで来た時点で疑問なんてなくなったって昨日も言ったでしょ」


 桐乃はツンツンするだけで詳細は話そうとしない。けれど、瑠璃にはそれで十分だった。


「私と京介は毎日とても濃厚に愛を交わし合っているイチャラブな夫婦よ♪」

「見れば分かるってのっ!」


 瑠璃がクスッと意地悪く笑うと桐乃は眉を吊り上げた。


「後は遠く離れた地で時間が解決してくれたわけね。頭が冷えて冷静になれたと」

「うっさいっ! 早く千葉に帰れってのっ! 学校サボってんじゃないわよっ!」


 図星を突かれて桐乃は真っ赤になって両手を振り上げた。


「…………そっちから来なくても、夏休みの頃に学校に報告と夏コミと競技大会参加に一度千葉に戻るから。お父さんたちにそう言っておいて」

「まずはそれを報告しろよっ!」


 京介のツッコミで桐乃との会合は終わりを告げたのだった。


***

**


 桐乃との面会を終えた2人は昼食だけ取るとホテルへとすぐに戻っていった。


「瑠璃、この後の観光はどうするか? 明日は午前中に空港に行かなきゃならないから敢行するのなら今日の内だぞ」


 荷物を纏め直している京介に対してベッドに寝転がっている瑠璃は顔をあげずに答えてみせた。


「桐乃の件で少ない体力を使い果たしてしまったわ。夕飯までベッドの上が良いわ」


 成田空港から基本ずっと気を張ってきた瑠璃は桐乃の件を片付けたことで気力も体力も一気に失っていた。もう一歩も動きたくなかった。


「まあ、無理もないか」


 ベッドに突っ伏したままの瑠璃を見て、午後の観光プランをネット検索で調べて練っていた京介はその案を放棄したのだった。

 そして──


「LA最後の夕食がまさかハンバーガー、それもテイクアウトになるとはな」

「外に出たくなかったんだもの。それに、日本のハンバーガーとは違った味で私は満足していたわよ」



 


 京介が買ってきたファーストフードで夕飯を済ませて瑠璃は一人入浴しながら室内の京介と会話していた。このホテルの西洋式バスは2人で同時に入浴するには不向きだった。


「しかし瑠璃はLAに来てろくに風景も見ていないだろ」

「貴方が買い物に出た後に窓から外の風景を眺めていたわ」

「手前にビルがあるから。そんなに綺麗じゃないだろ、ここ」

「高坂家とも五更家の窓からの眺めとも違うからそれで良いのよ」


 元々がインドアである瑠璃は観光自体には強い拘りがなかった。


「桐乃の元気な姿を見ることができたのだし、貴方と一緒に海外に来ることができた。それだけで私は満足よ」


 瑠璃は裸のままバスルームを出て行った。


「午後にたっぷりと休息を取ったおかげで体力はだいぶ戻ったわ。今夜もたっぷり愛して頂戴ね♪ LAの思い出が必要だわ」

「その思い出とやらは、できれば観光で作ってくれた方が旅費の元手が取れたんだが……」

「観光は追加費用が掛かるでしょ。それも安くない金額が。だから、これで良いのよ♪」


 瑠璃は裸のままベッドに横たわってみせた。


「まあ、ガッツリ観光しないのも俺たちらしいって言えばそうか」


 京介は瑠璃に覆いかぶさってマウントを取っていた。旅先でのセックスに京介もまた普段よりも大きな興奮を覚えていた。


「貴方が私を愛してくれる。私にとってはそれが一番大切なのよ♪」




 瑠璃は柔らかく微笑むと京介を手招きしてみせた。


「そうだな。どこへ行ったかよりも瑠璃と一緒に行く。それが俺にとっても何よりも重要なことだもんな」


 2人は唇を合わせてそのまま愛し合い始めた。

 こうして瑠璃の初海外旅行は、観光はほとんどできなかったが、満足度の高いものとなったのだった。















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