SS 俺いも 五更瑠璃 旧正月
「旧正月は日本では馴染みがあまりないから私には関係ないと思っていたけれど……アルバイトの身分になると関係あるものね」
1月末。大学受験で忙しい京介に代わり、ここ半月ほどは瑠璃が外でのアルバイトに励んでいた。期間限定である為に正規雇用ではなく、槇島沙織を介しての単発臨時バイトを毎回こなしていた。
今日は槇島グループが出資しているデパートのコンシェルジュ。正確にはデパートのことをよく知らない瑠璃にそれは務められないのでコンシェルジュ職員のアシスタントとしての小間使いが役割だった。
コンシェルジュはお客に対する案内役であり相談役であり商品を直接勧めたりもする。何でも屋である分、その仕事は多岐に渡り多い。このデパートでは優秀なコンシェルジュが用件を窺い、その下に付く数名のアシスタントがコンシェルジュの指示を実行する役割分担がなされていた。瑠璃は3名のコンシェルジュの下にそれぞれ付くアシスタントの中の1名だった。
「デパートに関する報道では閉店だの赤字だの厳しいものが多いからお客は多くないと思っていたのだけど……ここは違うみたいだわね」
制服姿の瑠璃はコンシェルジュの指示に従って高級化粧品やバッグなどを忙しく届けていた。
旧正月の休みを利用してアジア圏、特に中国や韓国から多くの観光客が日本を訪れていた。その中の富裕層にはデパートで高級品を買うことを好む者も少なくない。かつて日本の富裕層が諸外国で行っていた行為を、新しく金持ちになった国の富裕層が行っている。その富裕層を狙い撃ちにする旧正月対策をデパートも取っていた。通訳を増やし、アシスタントを増やして外国からの客の来店に備えた。それでもコロナ明けの来日観光客は想定を超えて多く、デパートでのバイト歴がない初心者の瑠璃も現場に出ずっぱりになるしかなかった。
「週末までの短期バイトとはいえ、これは息が詰まる瞬間の連続だわね」
瑠璃は直接お客には接しない。けれど、だからこそコンシェルジュの指示を一度で完璧にこなさねばならず神経を張り詰める時間が連続する。
「古本屋でのんびりと留守番をしていた最初の周が懐かしいわね……」
はじめの時間軸で、瑠璃はコミュ障でもできるアルバイトということで売れない古本屋で店番をしていた。お客は滅多に来ず、来てもレジまで本を持ってやって来る者はさらに少ない。古本屋なのでお客が商品について尋ねてくることも少ない。母親を通じた紹介だったので稼ぎは最低時給に満たない額だったが、人と接したくない瑠璃には良い働き口だった。
ちなみに2周目からはJK妻として高坂家に入ってのスタートとなっているので、家事に忙しく外で定期的に働くことはなくなっていた。
「だけど、京介が大変な時にちゃんと支えるのが良い妻というものよね」
夫への愛を胸に瑠璃は頑張り続けたのだった。
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「日本人のデパート利用者が減り続けているのだとしても、それで仕事が少なくなるわけじゃない。それを今日は思い知らされたわ」
仕事を終えて帰宅。図書館で受験勉強を終えて帰宅した京介と合流し、瑠璃は共に入浴していた。自然と会話の内容は瑠璃の今日のバイトの内容になっていった。
「瑠璃が外国人客相手に問題なく1日務めを果たしたんだから凄いと思うぞ」
「私は直接お客さまの相手はしていないわ。でも、見慣れない商品をきちんと持って行くのは骨が折れたわ」
「普段、デパートの高級品とは縁の遠い生活を送ってるしな」
「旧正月ならではの貴重な体験をしている。そう思うことにするわ」
瑠璃は笑みを浮かべてみせた。
慣れないバイトに肉体的には疲れていたが、知らないことを様々吸収して興味深く精神的にはむしろ高揚していた。
「瑠璃には面倒を掛けるが、俺の受験が終わるまで外貨を稼ぐのをよろしく頼むな」
「貴方こそしっかり合格して未来の高坂家の礎をきちんと築きなさいよ」
明日も頑張ろう。瑠璃は決意を新たにしたのだった。