前芝大学で鉱物学を専攻している院生の荒砥凪は学内でまことしやかに出回っているとある噂に困惑していた。
「なあ、伊万里。最近、学内で私が小学生の子持ちという噂が出回っているのだが。どういうことだか分かるか?」
「瑠璃ちゃんが発掘したホワイトドールがこの近くの山中に埋まっていたということは、黒歴史は実際に起き……」
「えぇええええええええぇっ!? 先輩、子どもがいたんですかぁあああああぁっ!?」
同じ研究室に属している後輩の伊万里曜子は凪の問い掛けに大層驚いて椅子ごとひっくり返りそうになった。
「いるわけがないだろう。私は出産はおろか、結婚だってしていないのだからな」
「結婚していなくても、お子さんがいる可能性は……えっち過ぎる身体を見てると、子どもがいても不思議じゃないですよ」
伊万里の目は、豊満すぎる凪の胸元に向いていた。
噂がどんなものか知らなくても、凪の悩ましいボディラインを見れば、院生にして既に子持ちだと言われても誰も驚かない。噂を後押ししている要素に違いないと後輩は睨んだ。
「心当たりが全くない。そういう相手だっていないのだからな」
凪は噂をキッパリと否定してみせた。だが、その身体はエロかった。
「えっと……そもそも噂って、具体的にはどんなものなんですか?」
伊万里は研究者らしく事態を整理することを提案してみせた。
「ああ。ここ数か月、私には小学生の娘がいるという噂が立ってな。最近は単なる噂というよりも確信を持って流布されている話のようだ」
「確信があるということは、何かしら信憑性がある何かがあるということですよね?」
「それなんだが……私が娘を連れて学内を歩いているということになっているらしい」
凪は大きく首を捻ってみせた。
「先輩が、娘さんを連れてこのキャンパス内を歩いているということですか?」
伊万里もまた大きく首を捻ってみせた。
「心当たりが全くないんだ」
「確かに。その噂通りなら、私が先輩の娘という子を見ない訳がないですからね」
「だからこそ、日を追うごとに真実とされていくこの噂の対処に困っているんだ」
「なるほど……」
2人は良い対処法が思い浮かばなくて黙ってしまった。
その時だった。
「こんにちは~♪」
扉が開いて小柄な少女が研究室の中へと勢いよく入り込んできた。
ブロンドに近いロングヘアの少女は勢いそのままに凪の胸に向かってダイブしてみせた。
「凪さ~ん♪ 海でね~♪ とっても面白いものをみつけたんだよ~♪ シャロンの薔薇って言うんだけどね♪ 緑色しているからその内に銀化するかなあ~って」
少女は凪の胸に顔を埋めながら、研究室に来る前に立ち寄った海での出来事を話し始めた。
「瑠璃は現地調査を行うに当たっての研究者的な目を養いつつあるな。良いことだ」
「えへへへ~♪」
褒められた少女谷川瑠璃は凪の胸に頬ずりして喜びを表現している。
瑠璃は凪に甘えている様にも見えた。その様子を見て伊万里はピンとくるものがあった。
「もしかして……先輩が瑠璃ちゃんと一緒にいるところを見て、母娘だと勘違いしたんじゃないですか?」
伊万里にとっては解答に辿り着いた思いだった。ただ、当人たちはそれに納得がいかなかった。
「いや、それはさすがにないだろう」
「私と凪さんが母娘ってどういうこと?」
「えっとね……最近、先輩は小学生の娘さんがいるんじゃないかって噂がこの大学内で出ていてね。それで……」
「えぇええええええぇっ!? 凪さんって子持ちの奥さんだったのぉおおおおおおおぉっ!?」
瑠璃の驚きの大声は凪と伊万里の鼓膜を危うく破ってしまいかねないほどだった。
「私は子持ちでもないし、結婚もしてない」
「それで、私が凪さんの娘だって勘違いされてるってこと? そんなの変だよ」
凪も瑠璃も伊万里の説に納得していない。けれど、2人が並んで反論してくるほどに伊万里にとっては自説の信ぴょう性が高まっていった。
「大学内、それも研究棟に子ど……女の子がいるってとても珍しいことだから。先輩の関係者、とうか、娘さんだと考えると、瑠璃ちゃんが研究室に入り浸っていることにも一番納得がいくというか」
伊万里は喋りながらこれが真相だろうと結論付けた。
鉱物研究は相当にマニアックな部類であり、専攻することで高収入が望める分野でもない。学外関係者、しかも少女が入り浸る様な場所ではない。となれば、少女は鉱物研に所属する誰かの身内なのだろうと推論は自然に働く。瑠璃は過剰なスキンシップを示しながら凪に懐いている。その光景を見た者たちは、瑠璃は凪の娘なのだと結論付けることで自分を納得させたのだろうと。
ただ、この仮説には2つの誤りがあった。
一つは瑠璃が凪の娘であるという点。よくよく懐いているが瑠璃は凪の娘ではない。
もう一つは小学生という点だった。
「瑠璃は今日もこうして制服を着て研究室にやって来ているのだから小学生という見方は間違っているだろう。小柄で幼児体型でも中学生の娘と話をするのが正しい噂の立て方だろう」
凪は瑠璃の頭を撫でながら研究者らしく、噂の精度の低さを問題視した。
「先輩……私立の小学校だったら、制服ありますから……」
「そっ、そうなのかっ!?」
凪は大層驚いてみせた。だが、彼女が本当に困惑するのはこれからだった。
「凪さん……私、高校生っ! 中学生じゃないよっ!」
「えぇええええええええぇっ!? 瑠璃は中学生じゃなかったのかぁっ!? 見た目も言動も幼いからてっきり……」
ジト目を向ける瑠璃に対して凪は両手を上げて驚いてみせた。
容姿、言動共に幼いところがあるので中学生だとずっと勘違いしていた。
「ぶぅっ! 凪さん、私のこと、ずっと中学生の子どもだと思ってたんだ……」
「いや、それはだな。わっ、若く見られた方が良いんじゃないかと思って、だな……」
「ふ~んだ」
「先輩、そこはちゃんと確認しておきましょうよ……」
凪は拗ねてしまった瑠璃の機嫌を取るのに1日を費やしたという。