SSS 俺いも 五更瑠璃、五更日向 夏休みの終わり
「えぇええええええぇんっ! 夏休みの宿題が終わらないよぉ~~っ!」
「だから夏休みの宿題は早めに終わらせなさいといつも言っているでしょうがっ! 何年同じことを繰り返せば気が済むの?」
夏休み最終日の昼頃の高坂家のリビング。姉であるJK妻の高坂瑠璃(旧姓:五更)は実妹で小学生の五更日向を叱っていた。
それは夏休みの終わりの風物詩。2人の間ではごく一般的な光景だった。ただ、以前とは2つ違う点がある。
1つは姉が妹を叱っている場所が高坂家であるということ。瑠璃は中学卒業の頃に夫である京介の元に嫁いで夫の実家で暮らしている。
もう1つは……
「大体、貴女だってループの記憶があるのでしょ? 夏休みの課題ぐらい瞬時にこなしてみせなさいよ」
姉妹は同じ1年間を繰り返していることに気が付き、かつ前の周、それ以前の周の記憶を有していることだった。
瑠璃はもう何周も高校1年生を繰り返していた。そして、最初の1周目の出来事を覚えている唯一の存在だった。
日向もまた、瑠璃ほどに詳細ではないが前の周やそれ以前の周のことを記憶している数少ない存在だった。
五更の血に流れる邪気眼という膨大な魔力の素質が姉妹にこのループの存在を気付かせていた。
「ふっふっふ、甘いね、ルリ姉っ」
日向はドヤ顔を向けてみせた。
「何が甘いのよ?」
「人間は惰性だけでやっていることは長期記憶しないことが多いんだよ。故に、勉強はあたしにとって、次の周にあまり記憶が持ち越されないんだよ♪」
「何周繰り返してもお馬鹿なままと言っているようなものじゃない」
姉は大きなため息を吐いてみせた。
「1周するごとに10%ぐらいは知恵がついてるから進歩してない訳じゃないよ♪」
「テストでいつも100点になる為には後何周必要なのかしら?」
呆れる瑠璃に対して日向は満面の笑みを浮かべた。だが、課題はなかなか進まない。
一方で呆れ顔を見せる瑠璃もまたタブレットに作画する手を止められないでいた。
「ルリ姉こそ朝からずっと絵を描き続けてるけど何なのさ? 美術の宿題?」
「違うわよ……それだったらデジタルでは描かないし、忙しいのだから手を抜いてるわ」
瑠璃は再びため息を吐き出してみせた。
「今度の同人誌即売会でミニゲームを販売するのよ。その作画よ」
姉は手を止めないまま答えた。
瑠璃と京介は沙織が立ち上げたアダルトゲーム制作会社でスタッフとして雇われていた。瑠璃はグラフィッカーで京介は雑用全般。
次の即売会で売りに出すゲームは短編。イラストの枚数も少ない。次の冬コミまでの繋ぎの意味合いが強く、夏コミで完売したゲームを増産して再販することが狙いでもある。
日程的にはもう完成していなければならなかったが、実際には瑠璃が朝から慌ただしく手を動かさないといけない状況に陥っていた。
「あの丸顔の義妹が、締め切りを完璧に無視してくれたから。しかも、送られてきた原稿でヒロインが会議で決まった娘とは別人になっているってどういうことよっ!? デザインを一からやり直しじゃないっ!」
瑠璃は喋るほどに苛立っていた。
ゲームの要であるシナリオライターは瑠璃の義妹の高坂桐乃だった。その桐乃は中学生にして書いた小説が書籍化、アニメ化されるという天才肌だったが、同時に悪い面でも芸術家気質だった。
やる気にならないと全く書かず、締め切りを破るのは日常茶飯事。沙織や瑠璃、京介と共に決めた筈のストーリーやキャラクターをフィーリングで勝手に変えてしまう。修正に応じないなどチーム作業に難が多い。そのしわ寄せは瑠璃夫婦に押し寄せる構図になってしまう。
桐乃の書いた文章は常人には大変読みづらい。その為に兄である京介がユーザーが読み易い様に日本語を日本語に訳している。
瑠璃の場合には、キャラクターが事前通告なく変わることが多々ある。イラストを予定していた筈のシーンが最終原稿ではなくなっているなど、作画の為の事前準備が水の泡になってしまうことが多い。今回も、ヒロインはメスガキっぽいゲーマー少女だった筈が、正義感は強いが流され易い委員長少女に変わってしまった。瑠璃が事前に準備していたキャラデザは全て無駄になってしまい、締め切り直前に全修となってしまっていた。
「でも、ルリ姉が今描いているのは全裸じゃん。顔だけ替えれば良いんじゃないの?」
「そういうわけにはいかないのよ。そのキャラに合った立ち絵のポーズにしないといけない。メスガキと委員長は同じポーズでは立たせられないのよ。それにスタイルの微妙な差を描き分けることに神経を使っているの」
「でも、どっちにしても中学生の貧乳少女なんでしょ? ……ああっ、ルリ姉にとってはBカップかAカップか、それ以下か。その差が大事だもんね~♪」
妹は姉の控えめな胸元を見ながら大きく頷いてみせた。
「貧乳どころか無乳の分際で何をほざいているのかしら?」
姉は妹の全く凹凸のない胸元を見ながら瞳を紅く燃やした。
「あたしにはまだ未来があるっ!」
「ないわよ。ソースは……私よ」
「ぐぅっ!?」
姉の自爆攻撃に妹は黙るしかなかった。
「ほらっ、手を止めていないでさっさと宿題をしなさい。明日提出できないなんて許さないわよ」
「へいへい」
姉妹は休戦となり再び手を動かし始めたのだった。
「ただいま~」
夕方になり京介がファミレスのバイトを終えて戻って来た。
リビングに入るなりガス欠状態で肩で息をしている姉妹を発見した。
「ハァハァ。宿題……何とか、終わったよぉ……」
「ハァハァ。作画、何とか最終締め切りには間に合ったわ……」
2人は疲労困憊だったが、何とかそれぞれのミッションをこなしてみせたのだった。
「今日は残飯……まかないを大量に貰ってきたからそれを夕飯にしよう。瑠璃と日向ちゃんはとりあえず風呂に入ってきたらどうだ?」
「…………そうさせてもらうわ」
「うん……京介くんも、一緒に入る♡」
「ガキが色気ついてるんじゃないの」
姉は妹の首根っこを持って浴室へと移動していった。
***
「来年こそは宿題を早い内に済ませなさいよ」
「前向きに善処するよ」
2人は京介に言われた通りに一緒に入浴して疲れを癒していた。
「前向きに善処なんてあやふやな言葉じゃなく、夏休み初日にやってしまいなさい」
「夏休みの最初は遊ぶ予定がいっぱいで一番忙しいんだよ」
来年もまた夏休み終わりに四苦八苦しそうな受け答えに瑠璃の溜息が止まらない。
「ルリ姉こそ8月末に忙しくしてるじゃないか」
「そうね……」
「桐乃が締め切りを守ってくれるならこの時期に忙しくする必要はないのだけど……仮にあの子が前の周の記憶を持ったとしても、締め切りを守るようには変わらないでしょうから……きっと来年もまた私はこの時期に忙しいのでしょうね」
可愛い妹たちは手が掛かる。
瑠璃は目を瞑ってこれからの苦労に苦笑してみせたのだった。