「奈央、この水着。どうかしら?」
8月末日、アイドル界の絶対的王者であるトライアドプリムスの面々はまだ暑さが十分以上に残る浜辺でひと時の休息を楽しんでいた。
連日超満員の全国ツアーの移動の最中に綺麗で人のいない浜辺を発見。ホテルではなく、浜辺で英気を養うことにしたのだった。
神谷奈緒は武内Pが近所からレンタルしたビーチチェアに座ってのんびりしていたが、そこに北条加蓮がやって来た。ピンク色のビキニ水着姿の加蓮は前屈みになってポーズを取りながら奈緒に感想を求めてきたのだった。
「……ああ。可愛いんじゃないか」
奈緒は半分は意識を海に向けながら加蓮の水着姿を無難に褒めてみせた。だが、その答えは加蓮の満足からは程遠いものだった。
「奈央の反応が薄い。薄すぎる……」
「いや、水着だったら仕事で今年何度も見てるしな」
加蓮が水着姿を披露しても、奈緒にしてみれば見慣れたもので特に新鮮味はない。それは偽らざる返答だったが、加蓮にとっては面白くなかった。
「こんな大胆な水着で際どいポーズを取っているのに、この反応。もしかして奈緒は……女に性的な興味がないんじゃないの?」
「性的興味って……あたしは女、だぞ?」
奈緒は呆れた声を上げた。
彼女はゲームやアニメ好きで男オタクっぽい感性を持っていることは間違いない。男っぽい口調で喋ってしまうことも少なくない。けれど、女性であることは間違いなく、加蓮にも負けない丸みを帯びた女らしい肢体をしている。
だが、奈緒の性別が女であるか否かはトライアドプリムスの残りの2人には特に関係なかった。奈緒が性的に興味を持つ対象が男なのか女なのか。大事なのはそこだけだった。
「奈緒が女好きなのは間違いないでしょ。ゲームやろう、アニメ見ようと誘っては女を次々に部屋に引き込んでいるんだから」
「いかがわしい言い方をするなぁあああああぁっ! あたしは友達と自室で遊んでるだけだってのぉっ!」
渋谷凛の物言いに対して奈緒は真っ赤になって両手を振り上げてみせた。
「遊び……奈緒にとって女を自室に連れ込んでアレコレするのは遊びでしかないんだ」
「346プロ所属のアイドルの子たちもいずれ、奈緒の子を孕んで捨てられる未来を歩くわけね。遊びでしかないのだから」
「だからあたしは女だぁっ! 女が同世代の女と遊んで何が問題なんだよぉっ!」
奈緒はぶんぶん両手を振り回しながら理不尽を訴えている。
一方で奈緒の“女遊び”を確信した2人の表情は重かった。
「346プロが奈緒の娘だらけになる未来は避けないといけない。でも、どうしたら……」
「凛……私が犠牲になって奈緒の“女遊び”を止めさせるから」
加蓮の決意に満ちた言葉に凛はハッと息を呑んだ。
「犠牲になるって、まさか……」
「うん。私が、奈緒のお嫁さんになって、奈緒の女性関係を全部清算するの」
加蓮は拳を固く握り締めて赤くなっていた。強い覚悟の表れだった。
「加蓮があたしの嫁になるって。一体、何を言ってるんだよ? あたしは女だってのっ! 嫁をもらうんじゃなくて、嫁に行く側っ! ……相手は、いないけど」
奈緒はテンパったり恥ずかしがったり忙しかった。けれど、何にせよ加蓮と凛に相手にしてもらえなかった。
一方で加蓮と奈緒の言葉に機敏に反応を示したのは武内Pだった。
「この流れはマズいです。ひとまず渋谷さんと北条さんのいないところに逃げ……」
「逃がさない」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいぃっ!?」
180cmを余裕で超える大男は女子高生凛に手を掴まれて悲鳴を上げていた。鉄の鎖で拘束されたように手が動かせなかった。
凛は右手で武内Pを捕まえながらシリアス顔で加蓮と話を続けていた。
「加蓮が奈緒の元に嫁いで行動の全てを管理すれば、奈緒の“女遊び”は収まるかもしれない」
「だからその言い方は止めろぉっ! そしてあたしは女だぁあああぁっ! 女を嫁にもらうつもりは微塵もなぁ~いっ!」
「でも、既婚者になってしまえばトライアドプリムスは、アイドルは続けられない。どうするの?」
「凛には本当に悪いと思う。でも、私は奈緒を放置してはおけない。そして、私を娶れば奈緒も辞めるしかない。トライアドプリムスは……凛、1人に任せるね」
加蓮は泣いていた。それを聞く凛もまた泣いていた。
奈緒は話の展開について行けず呆然としていた。武内Pは逃げようと必死に手足を動かしたが、凛の腕はびくともしなかった。
「…………任された。加蓮の頼みだもん。そう言いたい。でも、できないんだ」
「渋谷さんっ! 腕を、腕を放してくださぁ~いっ!」
「私もコイツと、プロデューサーと結婚するからさ。トライアドプリムスは全員寿引退だよ♪」
「全員結婚なら解散も止む無しだよね♪」
凛と加蓮は目を合わせて微笑み合った。
「わっ、私は、担当アイドルと付き合ったり、まして、結婚なんてしませんっ!」
「プロデューサーの意見は結婚したら聞いてあげるよ」
「ひぃいいいいいいいいいいいいぃっ!」
「凛は旦那さまの手綱をしっかり握って良いなあ」
加蓮は軽くため息を吐くと目線を再び奈緒へと向け直した。
「羨ましがってばかりいないで、私も奈緒のお嫁さんになれるようにもっと頑張らなくちゃ」
加蓮は奈緒に更に近付いてみせた。
「奈緒が私をお嫁に貰いたくなるように……サービスサービス♪」
加蓮はビキニのブラを自分でずらして乳房を露にしてみせたのだった。
「奈緒の大好きな女の子おっぱいでちゅよ~♪ チュパチュパバブバブしたかったら私を今すぐお嫁にもらうこと。そして他の女の子にはもう手を出さないこと」
加蓮は嫁入りという勝利を確信してドヤ顔で生の乳房を顔に当たりそうになる程に奈緒に近付けてみせた。だが──
「あたしは女だぁあああああああああぁっ! 女に欲情するかってぇのおおおおおおおおおおおぉっ!」
大声を発しながら加蓮の誘惑を跳ねのけてみせたのだった。
「やっぱり……奈緒は女の子に興味がない変態なんじゃ……?」
「硬派気取ってるだけでしょ。その内に素直になるよ」
「渋谷さんっ! まずは私を放してくださぁあああああいっ!」
「奈緒が素直になるまで、もう少しだけトライアドプリムス、続けよっか」
「そうだね。プロデューサーと結婚して2人で花屋継ぐのはいつでもできるんだし」
凛は武内Pを掴んでいた腕をパッと放してみせた。
「ひっ、ひぃいいいいいいいいいいいいぃっ!?」
「あたしは……女だぁああああああああぁっ!!」
こうして世界で最も売れているアイドルユニットはもうちっとだけ続くことが決まったのだった。