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闘いへの足取り 【桜花学園】

〈1〉 11 清楚という言葉がこれ以上になく似合う、落ち着きのある容姿と口調で、橋本ゆゆこは私に言った。 「何か用?」 この女が、今月ですでに6人もの女との闘いを制してきた実力者。一見するとそんな感じには見えない。見た目は大人しめの文学少女という様子だけど、この学園に通っているという事実と「クラス内格付けランキング」のデータが、そのイメージを塗り替える。 油断しちゃだめだ。この女は間違いなく、強い。 「あんたと喧嘩がしたくてね」 私は他のクラスメイト達が見つめる中、橋本に直球にそう言った。立花の時もそうだけど、私はまどろっこしい回り道が苦手だ。どうせやり合うことになるなら、最短で直球に吹っ掛けるのが一番だ。 それに、この状況では橋本だって私の言葉を無下には出来ないはずだ。クラスメイトのほぼ全員が揃っている中で、こんなにも堂々と売られては、退けば「腰抜け」と馬鹿にされてもおかしくはない。この学園に通うような生徒なら、そんなものはプライドが許さないはず。 橋本は、面と向かって喧嘩を売られたのに対して、冷静に返した。 「理由は?」 「あんたが強いから。それでいいでしょ?」 「・・・・なにが希望?」 「決めていいよ」 「・・・・生意気ね」 「とりあえず、これから付き合ってよ」 私が挑発するようにそう言うと、その言葉を橋本はあっさりと一蹴した。 「だめよ。授業はサボる気ないわ。学習は生徒の本分だもの。・・・・だから、昼の休み時間まで我慢しなさい」 「・・・・受けてはくれるんだね」 「ええ。私もあなたのことは気になっていたから」 「・・・・そう。じゃあまた後で」 私がそう言うと、橋本は手元の文庫本に視線を戻した。直前まで喧嘩の話をしていたなんて想像もつかないほど、落ち着いた様子だった。私はそれを少し気にいらない気持ちで睨みながら、周りの生徒たちの視線を集めながら自席へと戻る。その直後に担任の教師が教室へと入ってきて、いつもの日常が再開した。 〈1〉 12 特に大きなイベントもなく、四時間目の授業終了のチャイムが鳴り、学校は昼休みの時間に入った。 教科書類を机に広げたまま、私は立ち上がって橋本の方へと向かう。そんな様子を、周りの生徒たちは興味深々といった面持ちで見ている。鬱陶しい視線を無視しながら橋本の席にまで辿り着くと、橋本は私を一瞥した後、無言で立ち上がって教室の扉の方まで歩いていく。 付いて来いということらしい。どうやら場所はあっちから決めてくれるようだ。私は黙ってそれに従った。 橋本の斜め後ろを付いて廊下を歩きながら、私は聞いた。 「私に興味があるって、朝言ってたよね?」 「ええ。言ったわね」 「あれは何のこと?」 「単純なことよ。あなたの眼が面白かったから。それだけ」 「眼?」 別に大きいわけでも小さいわけでもないし、眼帯をしているわけでもカラコンを入れてるわけでもない。私の眼は、極々普通のものだ。それが、橋本は気になったらしい。 「どういうことよ」 「何て言うのかな。周りに興味がないというか、他の生徒たちとは違って、闘うこと自体に目的があるわけじゃない。ただ喧嘩がしたいわけじゃなくて、その先に何か目的を持ってる。違う?」 「・・・・・・・・。まあ、当たってるかな」 たしかにそうだ。私にはどうしても譲れない目的がある。その為に、持田三久の依頼を受け、立花からの要求に応えるために、こうして橋本に喧嘩を売った。その目的がなければ橋本と喧嘩することなんてなかっただろうし、もっと言えば、桜花学園に入学すらしていなかったかもしれない。 私は喧嘩が好きだ。逝かせ合いも殴り合いも、その他さまざまな方法で繰り広げられる女同士の格付けが、たまらなく好きだ。しかし、じゃあその為にわざわざ桜花学園にまで来るかと言われたら、それは違う気がする。多分、もっと平凡な高校で普通の女子高生として過ごしていただろう。 私をこの桜花学園へと導いたのは、やはり、あの「目的」が原因だ。 だから、目的の達成に関係のない喧嘩は極力やらない様にしている。もちろん売られた喧嘩はプライドの為に買うけど、自分から売ることはほぼ無い。そんな私を、橋本は他の生徒たちとは違うと評したのだろう。 だから、「周りに興味がない」という橋本の指摘は、考えてみれば図星なのかもしれない。 「あなたが私と喧嘩したいのには、きっと何か理由があるんでしょう。でもそれは訊かないし、興味もないわ。私は、前から気になっていたあなたを潰せれたらそれでいい」 「もう勝った気でいるの?」 「ええ。勝つわよ、私は」 そう言った橋本は、ある教室の前で足を止めた。そこは「第二資材置き場」だった。主に学校祭などの校内レクリエーションで使用される物などが保管される教室だが、別校舎にある「第一資材置き場」や「体育館内倉庫」などに役目を独占され、ほとんど空き教室として放置されている。故に、よく喧嘩の場所として利用されている教室だった。 例によって鍵のかかっていない扉をスライドさせながら、橋本は私を見て言った。 「私には既に見えているの。あなたの顔が、悲惨なものに変わり果てる未来が」 その言葉は、私への「殴り合い」の挑戦だった。


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