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呪術者の舞②

時は春。山々に咲き始めた花の香りが濃くなる頃、少し荒れた山道を息を荒くして登る、年老いた女がいた。 女の恰好はみすぼらしい。髪も服も傷み、手先は汚れている。その上、指の先には痛々しい傷跡があった。上位民用の着物や食事後の食器を洗う職業に就く者、つまり貧困層の人間には決して珍しくない傷だ。 そんな女は、山道を登り続けて一時間ほど経ち、ようやく目的の場所へと辿り着こうとしていた。それまで一本道だったものが二つに分かれている。一つは寺院へと続く道。もう一つは、その寺院の所有者である呪蝶や、その婢女たちが住んでいる建物だ。女は、後者の道へと進んでいった。 女は辿り着いた先で息を呑んだ。目の前には手入れが行き届いた、頑丈な木で建てられた建物がある。まったく人がいないようにも感じるのに、奇麗に手入れされているのがまた不気味だった。 女は少し躊躇った後、扉を叩いて言った。 「・・・・呪蝶様。お願いしたき頼みがございます」 女の声は、恐れのあまり小さかった。しかし声はしっかりと奥まで届いていたようで、少しして、若い女の声が聞こえてくる。 「覚悟はあるか」 「・・・・え?」 突然の問いに、女は慄いた。私に会う覚悟はあるかと、問われているのだ。しかし、そんな覚悟も無ければわざわざここには来ない。女は声を張って言った。 「ございます。ですから、どうかっ」 「いいだろう」 すると、両開きの分厚い木の扉がゆっくりと開いていく。一緒に住んでいると言われる婢女が開けているのかと思いきや、空いた扉の側に人はいなかった。謎の力で、扉が独りでに開いたのだ。ここで女は、呪蝶が本物の術者であると確信した。 中は広く、薄暗かった。窓はないため外の光は入ってこず、部屋の中に等間隔で置かれた小さな行灯が唯一の光源だった。左右の壁には襖があり、部屋の奥には薄絹の帳(とばり)が垂れ下がっており、その奥に人影が見える。華奢な体格の女の影だ。 女は慎重に部屋へ進んでいき、帳から少し離れたところで止まった。 「あの、呪蝶様でいらっしゃいますでしょうか?」 「そうだ。座れ。生憎、椅子のようなものはないが」 帳の奥から聞こえる声は、冷ややかで寒気を覚える。山道を上った時に出た汗も、とっくに気にならなくなっていた。 「いえ。失礼します」 床の上で正座になった女は、手をモジモジと胸のあたりで動かした後、意を決して言った。 「それで、お頼み事ですが」 「ああ」 「死者を、蘇らせてほしいのです。私の娘です」 「よかろう」 二つ返事で了解をした呪蝶に、女は目を見開いた。死者を生き返らせるという噂は、本当だったのだ。 「いいのですか!」 「ああ。だが、対価は必要だ。私の術の噂を聞いてここに来たのなら、知っているだろう」 「はい。・・・・生きている者の魂が必要、ということですね」 「そうだ。それに、死んだ者の死体も必要だ。どれだけ欠損していても構わぬ。腕の一本でもいい。とにかく、その生き返らせたい者の身体だ。用意できるのか」 「はい。・・・・しかし一つお聞きしたいことが。対価となる生きた魂に、何か制限などはございますか?」 「女の魂であれば、年齢も国籍を問わぬ」 「・・・・でしたら、この私の魂でも?」 「ああ」 女はごくりと唾を飲んだ。これで、彼女を生き返らせることが出来るのだ。不運な病で死んでしまった、愛しきあの娘を。あの子が生き返ることが出来るのなら、自分の命、その魂など、喜んで差し出そう。 「明日、またお伺いしてもよろしいでしょうか。対価を用意して参ります」 「いいだろう。だが、ひとつだけ言っておくぞ」 「はい。なんでしょう」 「その者が生き返れるかどうかは、その者次第だ」 「・・・・え?」 どういう意味だ?女は困惑した。 「それは・・・・、どういう」 「完全に生き返る前に、その者に一つ試練を与える。それを達成することが出来ればその者は蘇ることが出来るが、出来なければ失敗だ。対価となった魂も戻ってこない」 「・・・・そんな。そんなの、あんまりです」 「案ずるな。お前が生き返らせたい者、その者が試練を達成すればいいだけの話だ。生き返りたいという確たる意志と力があれば、望みは叶うだろう。・・・・それでもいいなら、明日、来るがいい」 「・・・・はい。わかりました。どちらにせよ、私にできることは変わりありません」 「そういうことだ」 そう言うと、女は立ち上がり、帳の向こうの呪蝶に深く頭を下げると、去っていった。 ひとりとなった呪蝶は、小さく呟く。 「悪く思うなよ」

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