この出会いは激烈で熱烈①
Added 2022-11-07 19:42:55 +0000 UTC【先月の月末に更新できなかった分です】 深夜二時。夜も深まりすっかりと街が静かになった時間に、私は軽めの服装で外に出た。月が大きな日だった。 私の散歩だ。それも、夜の散歩。街の喧騒で荒れてしまった心を、人のいなくなった夜の街を歩くことで落ち着かせるのが好きだ。明日は休日だから、今日は何も気にすることなくゆっくりとできる。 出勤時はイヤホンで音楽を聴きながら街を歩くけど、この散歩のときは別だ。この静まり返った夜を楽しむ。風が少しあるけどまったく肌寒くない。むしろ、その風で木々が揺れて心地の良い音が聞こえてくる。 散歩のコースは特に決めていない。あまり街の中央に行き過ぎると人がいるので、基本的には住宅街の周りを歩いている。中でも、噴水のある大きな公園は欠かせない。公園の周りをゆっくりと歩く時間が、散歩の時間でも格別に好きだ。 大きな月を見上げながら公園へと入る。人はいない。私はベンチに座り、深呼吸をした。空気が美味しく感じる。 社会人になって五年が過ぎ、すっかりと社会の歯車の一つになった。それが喜ばしいことかはわからないけど、自分としては驚いている。私の学生時代を知っている友達とかも、今の私のことを驚いているだろう。あんなに荒れていた女が、今ではすっかりと社会人をやっていけているのだから。 自分がこんな風になるなんて、中学や高校に通っていた頃は想像していなかった。あの頃は何よりもまず喧嘩。とにかく自分の力を周りに知らしめたくて、他の子に舐められたくなくて、がむしゃらに戦い続けた。親には何度も迷惑をかけて、警察の厄介になったことも何度かある。それでも、私は大学生になるまでは喧嘩を辞めなかった。 大学生になって恋を知って、段々と喧嘩は辞めていった。ムカつく奴がいたら売るし、売られたら買う。でも、大学生になった途端にそういった輩はすっかりといなくなって、自ずと喧嘩する頻度も少なくなった。最後にやったのが大学三年の頃。彼氏を巡って浮気相手と喧嘩し、勝利した。でも浮気するような彼氏も捨てた。それからはずっと真面目。自分にしては上等な会社の内定を手に入れ、今では後輩を導く立場にいる。 不思議なものだ。 きっと、中高時代の喧嘩が無ければ私はもっと大きな会社で活躍出来ていたと思う。自分でいうのもなんだけど、私は結構できる女だということを最近になってようやく気付いたのだ。 でもあの頃の青春を悔やむことはない。あれはあれでよかった。同じ学校のライバル。知らない学校の知らない女と憎しみ合うように殴り合ったあの日々は、凄く楽しかった。後悔はない。 あの頃に戻りたい。そんなことを薄っすらと思った。 「・・・・ん?」 ベンチから立ち上がろうとした時、どこかから音が聞こえてきた気がした。・・・・いや、流石に気のせいか。周りを見ても人はいないし、どうせ、風で何かが揺れたのだろう。 ・・・・いや。 聞こえる。確かに聞こえる。・・・・これは、人の声だ。そして何かがぶつかる音もする。方向は・・・・あの公衆トイレの方だ。 誰かいるのかもしれない。立ち去った方がいいだろうか。でも、こんな時間に誰が何を? 危険な不審者かもしれない。・・・・でも好奇心が勝った私は、ゆっくりと公衆トイレの方に歩いていく。 近づくにつれ、音は確信したものになっていった。確実に誰かいる。それもひとりじゃない。二人だ。・・・・トイレの中じゃなくて、その後ろ。公衆トイレの裏側だ。 「はぁ・・・・はぁっ・・・・」 「うぐっ・・・・ふぅっ・・・・」 女の声だ。もしかしたらカップルがセックスでもしているのかと思ったけど、どちらも女だからそれも薄い。もちろんレイプの可能性も。それに、何かを打つ音もする。この打撃音、私は聞き覚えがあった。昔、私が中高生だった頃に、毎日のように耳にした音だ。 殴り合いの音だ。 女が二人、殴り合いをしている。・・・・そういえば、私も高校生の頃に似たような思い出がある。隣の高校のライバルと、深夜の公園に集まってタイマンした。 もしかしたら、それと似たようなことがこの公衆トイレの裏側で行われているのかもしれない。 ・・・・人の喧嘩を盗み見する主義は無い。喧嘩は決して見世物じゃないからだ。・・・・でも、あの頃の熱い気持ちが沸々と湧き上がってきて、足が止まらない。どうしても見たい。 私はついに公衆トイレに辿り着き、こっそりと、裏側を見た。 やはり、タイマンが行われていた。 予想外だったのは、想像よりも喧嘩していた女たちの歳が上だったことだ。二十代後半ぐらいで、私と同年齢に思える。黒髪のボブカットの女と、茶髪のセミロングで巻き髪の女が、上半身裸になって殴り合っていた。 喧嘩は激しく、互角なようだった。互いに顔や腹、胸を赤く腫らし、鼻血を出している。それでもスタミナには差があるようで、ボブの女は肩を上下にして大きく息を乱しているのに対して、茶髪の巻き髪の 女は落ち着いた様子で少し息を乱しながらも相手を動きを観察するように見ている。 ボブの女が動いた。 焦ったのか、大きく踏み込んで右ストレートを放つ。巻き髪の女は身体を下げてそれを躱しつつ、左横腹にブローを当てる。ボブの女は苦しそうに呻き、その隙にさらに腹に膝蹴りがめり込む。ボブの女も最後の抵抗とばかりに巻き髪の女の胸を殴るが、それに怯まなかった巻き髪の女は、頭突きと右ストレートのコンボでボブの女を吹き飛ばした。 「うっ・・・・がァっ」 ボブの女は仰向けになって倒れ込む。立ち上がれる体力はもう無いようだ。半分気を失いながら、起き上がることはなかった。 「はぁ・・・・はぁ・・・・ふぅ」 巻き髪の女は息を吐くと、側に落ちていた自分の服を着だした。そしてスマホで倒れているボブの女の写真を撮ると、スマホをポケットに入れつつ言った。 「喧嘩は見世物じゃないよ」 ぎくりとした。・・・・気付かれてる。相手は喧嘩を終えたばかりで体力は無い。走って逃げれば追いつかれないだろうけど、私はあえて巻き髪の女に姿を現した。 「なんで見てたの」 私の方をチラリと見ながら巻き髪の女が問う。 「・・・・いい喧嘩だったから。おめでと」 それは私の心からの本音だった。巻き髪の女の動きは見事で、ボブの女も強かったけど、格は一段上だったように感じた。 「・・・・それはどうも。もしかしてあんたもよくやる口?」 「今は全然。昔はね」 「・・・・そう」 「久しぶりに喧嘩見て興奮した。ありがと」 私が言うと、巻き髪の女は少し驚いたような表情をした。まさかお礼を言われるとは思わなかったのだろう。私の目をじっと見て、少し微笑んで言った。 「なら、ちょっとお礼してよ」 「え?」 「お腹空いたの。なんか奢って。喧嘩盗み見たんだから、それぐらいいいよね?」 「・・・・いいよ。ファミレスでも行こっか」 まさかの展開に私は驚くが、それでも何故か巻き髪の女の提案を受け入れる自分がいた。どうしてかは自分でもわからない。強いていうなら、昔の喧嘩に明け暮れていた頃の血が戻ってきたのかもしれない。 巻き髪の女は、ボロボロの顔で笑みを作って手の甲で豪快に鼻血を拭った。