ベーゼちゃんとレオパルトちゃんです。
二人描くのは大変だし装飾は多いし息は苦しいし最後はあの眼精疲労がやってくる、
という事で進捗報告です。
やはりレズは良いですね。
最近"愛"に付いて考えてるいるのですが皆さんの思う愛とは何でしょうか?(唐突)
男女の友情は成立するか?なんて使い古された文言も有りますがここで私は新たな思想を打ち出したい、
「おや?イカれたニヒリスト?それとも反出生主義者かな?リムブロするわ」と逃げる前に聞いてください。
私は化学系の専攻で修士を取ったのですが、学部時代は生物系の講義もかなり受けていました。
その中で遺伝子工学の講義を受けた際に教授から勧められたのが【利己的な遺伝子】というリチャード・ドーキンス氏の著作です。遺伝子について進化生物学者・動物行動学者の視点から描かれた名著なのですが、これが当時大学生だった私の思想に多大な影響を与えました。
「生物においても、個体はいわば遺伝子の乗り物である」
地球が生まれた時、当然生物は存在していませんでした。海が生まれた後に海底の熱噴出孔近くで無機物から有機化合物が合成され原初の生物が生まれたと言います。
さて、生物の究極的な目的は"増える事"です。原初の生物は単純な構造でしたが細胞とDNAを保有していたとの事でした。(DNA⊂遺伝子です。わかり辛いね)
DNAは機能、成長、および生殖のための遺伝的命令を伝達する高分子物質です。
この遺伝的命令を伝達する目的は"増える事"ですね。
【利己的な遺伝子】では自らのコピーを増やすことを最優先とする遺伝子は、いかに生物を操るのか?について陳述されています。
何が言いたいのか?
この著作を読んで私が感じたのは「自分の持つ思考や本能は何処まで自分の物なのか?」でした。
だって考えてみて下さい。DNAはただ増える為に肉体(リチャード氏は乗り物と表現しました)に指示を出し、生物はそれに従って増えて来ました。
でもそれって寄生虫であるロイコクロディウムに寄生されたカタツムリが行動を制御され、鳥に食われて鳥の糞でまた寄生虫が増える。そんなサイクルと同じなのでは無いかと思ったのです。
つまりは本能に従って飯を食い、眠り、セックスをする。それは遺伝子という寄生虫が増える為に乗り物である我々に指示を出してるだけなのでは無いか、と思ったのですね。(ここでいう寄生虫という表現が正しいかは微妙ですが)
話を戻します。男女の関係、ここにはどうしても本能的な欲求という物が絡んできます。年頃の健康な異性を見つけたら遺伝子が「俺を増やすためにセックスしろ!」と騒ぎ出すのですね。人間はそれを"恋"であると錯覚するのですが果たしてそれは貴方の意思なのでしょうか?
寄生されたカタツムリが鳥に食われる為に目立つ場所に移動しているのとなんら変わらないのではないでしょうか?
"恋"あるいは"愛"が本能的な物であるならば、それは自身の意識から生まれた物ではなく、遺伝子が引き起こした錯覚です。
で、あるならば、個体増殖を目的とした生殖を伴わない者同士で発生した"愛"は?
もう皆さんお分かりですね、
完
ゔぉるどれっど
2024-03-17 03:52:25 +0000 UTC屋根が高い
2024-03-16 17:38:30 +0000 UTC