こんばんは、おりがみ彩です。
今回は『周りに影響されない、表現者という頑強な存在である意味』です。
Twitterで、pixivで、拡散力や影響力のある絵は数字で表される。
それは間違いなく一つの指標で目指すべき形ではある。
だが、間違えてはいけない。その作品を見て自信が何を思うのか。
自信がそれを目指したいのか、なりたいのか、綺麗と思うのか、どこをきっかけにその数字たらしめているのか。
それらをしっかり考えなければ、ただ単に伸びてる。凄い、羨ましいというちっぽけな感情だけで終わってしまう。
自分が表現者である以上、その作品の意味を理解しなければいけない。
伸びたいという気持ちだけなら伸びる人の作品に寄せていけばいい。
自分の心を我慢して寄せていけるのなら、それはそれで素晴らしいと思う。正しい在り方で、未来のある方法と思う。
でもわたしはもう絵描きではない。表現者なんだ。
絵描きなら寄せていくという発想は正しい。
寄せていくことで自分の描きたいものやこだわりなんかは薄れてしまう可能性があるが、間違いなく今より数字が上がり、人気になると思う。
だが表現者というのは、わたしにしかない表現があるから描いている。
他に寄せていくことを、わたしは表現者とは思えない。
わたしはわたしの描きたいものを、こだわりを我慢したくない。
間違いでも下手でも、それが伸びなくたって、わたしはわたしにしかできない表現をしたいから、表現を描く。
評価ありきで表現してはいけない。
自分を貫き、ぶれない心で表現する。
周りに影響されない、それこそが表現者という頑強な存在である意味だと、わたしは思う。
わたしは評価の為に描いているわけではない。
わたしは、わたしが表現したものが評価される、そんな存在であり続ける。
おりがみ 彩📝