こんばんは、おりがみ彩です。
今回のテーマは【知る不幸と知らない幸福】です。
この世には娯楽が多過ぎる。
それはとても良い事で発展している人間社会と言えるでしょう。
でも何かを求めるのなら取捨選択していかなければならない。
本当にそれは今やらなきゃいけない事なのか。どうしてもやらないとダメなものなのか。
それらが結果的に自分に何を与えてくれるのか。
過去何度かわたしには絵の才能の数値が低いというお話をさせて頂きました。
今もその考えは変わりません。
絵の才能の数値がわたしよりも高い人なんてとんでもない数いると思う。そんな人達に正々堂々挑んでも勝てる訳が無いんですよ。
昔は単純だったからいつかは勝てる。絶対に努力したら努力で才能を上回れると本気で思っていた。
でも努力が才能を上回ることは無い。
才能は才能、努力は努力でしかそれぞれを比較対象には出来ない。
言葉が違う様にそれらは本来比べるべきものでは無いんです。
才能が劣っていても人より継続できる努力と言う点が優秀ならそこでようやく優秀な才能を持っている人に近付けると思う。
人間の才能や努力の数値が可視化できるとして
Aさんが
才能 80点
努力 50点
合計 130点
Bさんが
才能 40点
努力 90点
合計 130点
この二人の合計は同じであり最終的なパフォーマンスは拮抗したものになると思う。
わたしはようやく自分に才能が無い事を認める事ができた。
わたしの才能の数値は40点程度だと思ってます。だから50点以上の人には勝てないのが現実。
でもそんな人達なんて実は沢山居て、才能がずば抜けた人だって沢山いる。
そんな人達に勝つ為の努力、そしてこのテーマが今回のお話になる。
才能の劣るわたしが努力を100点できているのかというとそうでもない。
でも努力するのは得意と言うか諦めが悪いと言うか粘り強さには自信があります。
仮にわたしの才能が40点で努力を70点としたら合計110点。
才能60点、努力も60点の120点の人には残念ながら勝てない。
ならどうしたら良いのか。
才能でも努力でも勝てない。
その答えは割り切る事。
世の中には娯楽が多く、取られる時間が膨大。
平凡なわたしが優秀な人に勝ってこの絵の難しい世界で生きていくにはそこまでやらないとダメだ。
逆にそれが出来ない、或いはしたく無いのなら趣味だけにするべきだしわたしは挑みたいから割り切ることを選んだ。
わたしは負けたくない。この大好きな絵という点でだけは。沢山のものを失ってでも負けたく無い。
だからわたしは割り切る事にした。
2年前の課題である集中力がより進化した結果不要なもの、絵の妨げになる通知やゲーム、娯楽は極限まで減らした。
そうして行き着いた先にあったのが【知る不幸と知らない幸福】というこの考え方だ。
とても極端でわたしらしいと言えばそうだけど客観的に見て、何て退屈な生き方なんだろうって思われるかも知れない。
これを実践してゲームも全てやめて、今まで見てた娯楽も多分ほぼ全てやめた。
でも振り返ればそこまで勿体無かったとか惜しかったとかそんな気持ちはあまり無かったと思う。
それどころか絵に集中できて絵の事ばかりを考えてゾーンという凄い集中空間にさえ入れる様になった今、わたしは心から幸福と言える。
この世には沢山の娯楽があり、きっとそれらは本当に面白いし楽しい。ハマってしまうと思う。
でもそれが無ければ生きていけない訳でも無い。
わたしにとって絵が描けないのは死んでいるのと変わらない。
絵が描けるから生きている。生きているから幸福を感じれる。
絵を描くだけでも幸せになれるのなら、何も知らず、無知のままであっても絵さえ描けるのならそれはきっと幸福な事なんだと思う。
わたしは今とても幸福と言い切れる。
おりがみ 彩📝