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くのいち姉妹と恐怖のくすぐり屋敷:8

8:奈落の罠  一体何メートルの深さまで降りて来たのか……?  薄暗い井戸のような縦穴を梯子を頼りに降り切ったがその深さは美月が想像していた以上に深く、果てはないのではないだろうかと錯覚するほどであった。 「時雨の声……この先ね……」  再び地に降り立った美月の目の前には、今度は舗装された横穴のような通路が奥へと伸びている。  その通路の壁を乱反射するように時雨の苦し気な爆笑声が響き渡り、その声の大きさも仕打ちが激化している事を表わすかのように徐々に激しさを増していた。 「早く助けてあげないと……」  美月はその爆笑声に誘われるように横穴通路へと歩を進めていく。一定距離に1つほど設置されている小さな蝋燭が唯一の光源であるため周りや先の方はあまりはっきりとは見えないが、それでも声を頼りに歩みを速めていく。 「……部屋に……出た?」  横穴を数分程歩いて進むと小さな正方形状の部屋へと辿り着く。  天井は丁度屋敷の2階屋根くらいの高さがあり解放感があるが、周りのコンクリートの壁が圧迫感を感じさせていて帳消しにしている。  部屋の奥には赤茶けた片開き式の鉄扉が威圧的に設置されていて、頑丈にその先への道を閉ざしている。 ――ガラガラガラ、ガチャンっッ!! 「はっッ!? しまっっッ!!」  その堅牢な扉に一瞬気を取られていた美月は後方への警戒心が薄れ、戻る為の道を断たれる仕掛けに対応が遅れてしまう。  音がし始め、振り返った時にはすでに遅く……美月の正面にある扉と瓜二つの同じ扉が部屋の入り口を閉じ、彼女をこの小さな部屋へと閉じ込めた。 「くっっっ! 油断した! 警戒を緩めるべきではなかったわ……」  美月は罠に掛けられた事に取り乱さず、その閉じられた扉を手で押してみたり引いたりして扉が自分の力でどうにかなるものではないと悟る。  そして最初に見た扉の方を振り返り、そちらの扉も試しに調べてみるが……やはり入り口を閉じた扉同様、無駄に頑丈なだけで扉の本分を全うしようという気概が感じられない。  押しても引いても横に引っ張ってみてもその扉は、奥へと通じる道を開こうとはしてくれなかった。 「閉じ込められた……か……」  扉を力で開くことを諦め、密閉空間と化した部屋の高い天井や壁などに解決策はないかと視線を歩かせる美月だったが、窪み一つ見えない真っ直ぐにそそり立った四方の灰色の壁とまっさらな天井が見えるだけで何の糸口も掴めない。  逆に……何をすればいいのか分からず、呆然とその場に立ち竦む事しか出来ずに居た。   そんな彼女に壁に埋め込まれていたのか部屋に反響する様に響くスピーカー越しの声が届けられる。 「ピッ――あ、あぁ~~聞こえるかしら? 美月ちゃん?」  聞き覚えの無い大人の女性の喋り口調……。その背後からは時雨の笑い声が一緒に送られてきている。 「だ、誰!?」  美月は部屋全体に反響する笑い声と女性の声に、どこにスピーカーがあるかを探ろうとするが……時雨の笑い声の反響が大きすぎてその発声源を特定する事が出来ない。  結局声のした方をその都度振り返って、その場をグルグルと見て回る事しか出来なかった。 「私は……霧ヶ﨑 梢と言えば分かってもらえるかしらぁ? この屋敷の主であり、霧ヶ﨑流の師範代よぉ♥」  いやらしい顔を浮かべながらマイクに向かっているのが手に取るように分かる様な、語尾を緩く伸ばした甘い大人の声……。自分を捕えた事を悦んでいるのか……それとも時雨を笑わせている事に起因しているのか? そこまでの情報は得られないが、とにかくこの甘ったるい声は不快で美月を苛立たせるには充分だった。 「私の名前を知っていると言う事は、時雨を拷問して聞いたのかしら? それとも……」 「あら……。この笑い声を聞いて“拷問”だと気付いてくれるなんて……嬉しいわぁ♥」 「くっ! この屋敷……意味不明な仕掛けばかりだから、多分“そういう拷問”なんだろうなと思っただけよ!」 「ククク♥ 拷問の方はご想像にお任せするけれど……でも、名前を知っていた件についてはこの拷問とは関係がないわ。最初から知っていたんですもの……」 「最初から……知っていた?」 「そう。貴方達が侵入してくる事も、装備の事も、貴方達の性格とか生い立ちだとかも情報が事前に入っていたの♥ 貴女達が侵入するずっと前から……ね」 「ずっと前から? 情報屋を買収したか……スパイを忍ばせていたって事?」 「ううん、そんなまどろっこしい事はしてないわ……貴女もココまで侵入してきたのだったら薄々気付いていたのでしょう? この情報を……誰が漏らしたのか……」 「くっッ!! ま、まさか……」 「そう……貴女の母親役である……稲穂自身が教えてくれた情報なのよ」 「っっッ!!?」  信じたくはなかったが、思いとは裏腹に事実は残酷な結末を美月に突き付ける。  自分を幼少の頃から本当の親のように育ててくれた大恩人……稲穂が陰で糸を引いていた……。そんな筈はないと自分に言い聞かせていたが、これでハッキリしてしまった。  裏切ったのは自分を娘のように可愛がってくれた義理の母親……稲穂……。この屋敷への侵入というミッション自体が自分達を嵌める罠であり……時雨と自分を敵の手に落とす事が稲穂の目論見。  なぜ? どうして? 何のために??  恐れてはいたが未だ割り切れない疑問が頭の中で乱反射し、美月は混乱し狼狽えてしまう。 「貴方達は騙されたのよ。私の計画の為に……ね」  頭が混乱している美月に梢は追い打ちをかけるように非情な現実を突き付けていく。 「私の奴隷商としての裏稼業……それを手伝いたいと言い出したのは2年前の事よ」   「に、2年……前?」 「貴方達を拾い上げたのはいいけれども、金銭的に負担が大きくてとても養っていくだけの資金を稼ぐことが出来なくなったと相談を受けてね……、それだったら一石二鳥の良い計画があると持ち掛けたの♥」 「計……画?」 「そう。負担の大きいお荷物な貴方達を消せて……尚且つビジネスパートナーとなれる一石二鳥の計画……それが今日の潜入作戦の裏ストーリーよ」 「負担の大きい……お荷物っッ!? お母様が……そんな事を?」 「まぁ、そこまで口には出していなかったけど……私が察してあげたのよ♥」 「くっッ! 私達を消すって……」 「フフ……。そのままの意味よ? 邪魔な貴方達を消す算段……それを稲穂には持ち掛けたの♥」 「お母様が……それを了承したの?」 「したわ♥ だから情報をくれたし……計画通りに事は推移してる。今のところはね……」 「今の……ところは?」 「そう。捕まえて消すつもりだったんだけど……問題が起きたわ……」 「問題が?」 「私の屋敷に……忍びが勝手に侵入したのよ」 「忍び……?」 「私はまだ稲穂を屋敷に迎え入れてはいなかった……でも、屋敷の仕掛けや屋敷の見取り図が稲穂の手に渡っていた」 「そ、それは……お母様が自分で潜入したって……」 「それは嘘よ。屋敷に隠されたカメラには別の忍びが侵入している姿を捕えていたのだから……」 「嘘? お母様が調べた情報だったんじゃ……ない?」 「貴女達に与える情報なんて嘘ばかりなのだから今更って感じだけど、でもその屋敷の情報を勝手に調べたのは私達の信用関係に大きな傷を作った……」 「…………」 「これから手を組もうってしている人間が、こっそり屋敷を探らせていたのよ? 信用できなくなっちゃうのは当然でしょ?」 「………………」 「稲穂は“大事な資金源を事前に調べておくのは当然”と、しらを切っていたけど……私は許さなかった。一度勝手な事をした人間を簡単に信じてあげれるほど私は寛容じゃない。だから条件を追加して出したの」 「条件?」 「そう。“本当にパートナーになりたかったら、必ず貴女の娘達に地図を渡した忍びの情報を与えておくこと”っていう条件をね……」 「お母様から直接聞かずに……私達に?」 「フフ……♥ 私は尋問したり拷問したりして追い詰めて……情報を吐かせるという行為も大好きなの♥ だから……私の趣味も兼ねてそういう条件にさせてもらったわ」 「あ、悪趣味……ね……」 「うちの屋敷の裏切り者か……それとも延琉寺流の忍びか……それを聞きだしたらその忍びも稲穂本人に始末させて、私は改めて彼女を信用してあげる事を約束してあげたわ」 「……っ!!」 「でも……時雨ちゃんを拷問しても知らないの一点張りじゃない。だから貴女が知っているのが確定しているって訳♥」 「くっっ……時雨を拷問……」 「大丈夫♥ これから貴女の事も拷問してあげるんだから♥」 「っッ!? な、何? 何かが天井から……降りてきた??」   「フフ……貴女には少し面白い趣向で拷問してみたくなっちゃってね……」 「つ、吊り……革??」 「今から5秒以内にその吊り革を両手でしっかり掴みなさい。そうでないと……」 「はぁ? 何で私がそんな指示に従わないといけないのよ!」 「3……2……」 「うぅ……っ……」 「1…………」 ――ゴゴゴゴッ!  梢のカウントダウンが0に近づくにつれ、美月の立っていた床が地震を起こす様に揺れ始める。  その振動は秒を追うごとに激しくなり、美月に嫌な予感という名の危機感を植え付けていく。 ――ガシッ!!  カウントが0を数える手前でその危機感のプレッシャーに負け、美月は稲穂の指示通り頭上に垂れた丸い吊り革に飛びついてしっかり手で掴む。ほぼそれと同時に梢のカウントは0を数え、揺れていた床がピタリと揺れを収める。  一瞬、シンと静まり返った部屋だが、その直後今まで立っていた床が真ん中から切れ目を見せバタンと下方向に勢いよく開いてしまった。 「っッ!? 仕掛け床だったのっ!?」  両開きとなった床は壁の中へ収納され、その部屋は完全に底の抜けた縦穴へと変化する。寸前の所で吊り革に掴まってぶら下がった美月は、落下するだけだったはずの運命から逃れる事が出来た。しかし、部屋の中央で吊り革を掴んでいる手だけが落下を阻止してくれているだけで、危機的な状況に変わりはなかった。 「ウフフ♥ 危なかったわね。もう少しで落下死する所だったじゃない……」  壁に隠されたカメラがどこかに有るのか、美月が吊り革に捕まった事を確認した梢は不敵な笑いを零す。 「くっっ!! ふ、ふざけないで!! 何でこんな事を……」  梢の指示通りに吊り革へ捕まった事で落下は防げた……。しかし、なぜ助かる方法を直前で教えてくれたのか? 梢の真意が見えず美月は声を荒げながらも嫌な予感という冷や汗を額に滲ませる。 「さて、さっきも言ったように貴女をこれから拷問するわけだけど……これは処刑も兼ねているの♥」 「しょ、処刑?」 「そう……。この20mもの高さがある縦穴の底まで落ちて助かるくのいちは存在しないわ。だから、貴女はその手を放せば楽になれる……」 「ら、楽に??」 「これから情報を聞きだすための“悪戯”を行うけれど……貴女が責められている時間だけ時雨ちゃんの拷問はやめておいてあげる♥」 「悪戯……? 時雨??」 「つまり……貴女がその格好で耐えれば耐える程、時雨ちゃんは苦しまずに済むのよ? まぁ……手を離したと同時に時雨ちゃんも死ぬまで笑わせてあげるつもりだけどね♥」 「っッ!! くっっ!!」 「ほら……時雨ちゃんの笑い声が止まっているでしょ? それは今……貴女がその吊り革を引いているからなのよ」 「吊り革が……?」 「その吊り革が貴女の体重で引かれている限り、時雨ちゃんをくすぐり責めにしているマシンは動きを止めてくれるわ♥ でも放したら……」 「く、くす……ぐり……責め?」 「もう止まる事はないわ♥ 私が止めてあげない限りは笑い死ぬまでくすぐられ続けるの♥」 「なっっ!? くっっ……」 「ほら……段々手が痺れて来たでしょ? 自分の体重を支えているんですもの……さぞかし辛いでしょうね♥」 「くっっ!! 手は……放さないわよっッ!! 絶対……」 「フフ……。いつまでそう言っていられるか楽しみだけど……貴女にはもう助かる道はないわ。その目の前に見える扉も開かないし天井に登ろうとすればワイヤーを切る予定だから……」 「くぅ……ふざけてるっ!!」 「でも、ずっとこんな風にブラブラさせて自然に力尽きるのを待っている程私も暇じゃないからぁ……これから悪戯してあげるの♥」 「…………悪……戯?」 「もう……分かるでしょ? この屋敷を見て回ったのなら、私の趣味が♥」 「……っッ!!? ま、まさか……私の事を……」 「クックック♥ 必死に吊り革を掴んで命を守ろうとしてる貴女の身体に……これから可笑しくて堪らなくなる刺激をプレゼントしてあげるわ♥」 ――カチッ! ウイィィィィィン!!  ぶら下がりの格好で無防備な自分の身にこれから何が行われるか……それに薄らと答えを思い浮かべた瞬間、美月の目の前の何もなかったはずの壁が機械音と共に小さな丸い穴を開け始める。  拳一つ分くらいの小さな穴。それが数えきれない程沢山目の前で開き、その奥から想像通りの物がウネウネと這い出し始める。 「マジック……ハンドっッ!!」  蛇のように身体をくねらせるように這い出した小さなマジックハンド達は、そのまま水中を泳ぐように宙を動き回り美月を威嚇するように目の前で“持っている物”をヒラヒラと見せつけた。 「うぅ!! は、羽根……??」  マジックハンド達はそれぞれ1枚ずつ鳥の羽根を握っていた。  その羽根は観音像が持っていた大きな羽根ではなく、どちらかと言えば小さい……共同募金で貰える赤い羽根を模したかのような小さな茶色い羽根だった。 「その小さな羽根は毛先が固いから、撫でられるとかなりこそばゆいわよぉ♥ ぶら下がって何も抵抗できない貴女に耐えられるかしら?」 「うぅ……ま、待って!! どこを触る気っッ!? や、やめてっッ!!」 「あら……決まってるじゃない♥ さっきから私の為に晒している……貴女のその……綺麗な……ワ・キ♥」 「ま、ま、待って!! ダメよ!! そんなトコ……今こんな状態で触られたら……」 「フフフフ♥ いっぱい耐えて、私の事をたっぷり楽しませてね? 時雨ちゃんの為にも……なるべく……長く……ね?」 「だ、だ、だ、だめ!! 嫌っ!! そんなの……酷いっッ!! 嫌っっッ!!」  宙を遊泳するマジックハンド達はそれぞれが決められた配置についていく。  何処まで深さがあるか分からない縦穴に手を離せば飲み込まれ絶命してしまうという恐怖心を抱え、確かに感じ始めた手の痺れに絶望しかけている美月の青い顔を笑顔に変えるために……  決して嬉しい笑顔を与える訳ではない。  決して楽しい笑いを生ませる訳ではない。  死と対峙している恐怖に引きつった顔を無理やり笑わせる……苦痛に満ちた笑顔を……機械の手達は与えようとしている。  何も抵抗できない、哀れなくのいちに向けて……。


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