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The.UnderCover~潜入捜査官:神崎琉姫~6

6:調査 「さて、まずは千里ちゃんの状況を確認しないと」  面接が終わり、部屋の外に待機していた春奈に連れられこれから過ごす寮を案内された琉姫は荷物をクローゼットに押し込むと、早速と言わんばかりに最初の目的である愛染千里の状況確認の調査を開始する。  先程まで案内してくれていた春奈が廊下に居ない事を僅かに空けた扉から確認し、他に誰も歩いていないかを警戒しつつドアから音を立てずに身体を出し、壁を背にしながら2つ隣の部屋を目指して摺り足で進んでいった。 『408号……。ココが千里ちゃんの部屋……』  再度周りに誰も居ないことを確認した琉姫は中にいるであろう千里に向けて軽いノックを2回部屋の中へ響かせる。 『……返事がないって事は……居ないのかしら?』  ノックに対する反応がない事を確認し、部屋に不在である事を確認した琉姫だったが、試しにと捻ってみたドアノブが何の抵抗もなく回ってガチャリと音を立て開き始めてしまう。 『鍵を掛けないなんて……不用心ね……』  あっさりと開いてしまった扉に若干の戸惑いを覚えながらも、琉姫はスッと息を飲み込んで水の中に潜るかのように千里の部屋へと侵入を開始した。  知人の部屋へ勝手に入る事は気が引ける部分もあるが、あくまで調査をする為と割り切り部屋の奥へと大胆に歩を進めていく。食器や洗剤やハンドタオルなどが無造作に突っ込まれたキッチンの流し……床にはトイレットペーパーや空の芳香剤入れなどが散乱しており足の踏み場も限られている。美香の妹はこんなにも部屋を汚すような自堕落な娘だっただろうか? 少なくとも何度か目にした彼女の部屋は姉の部屋よりも綺麗に整頓されていたように思う。そんな事を思い出した琉姫はこの惨状が何かとてつもない嫌な予感を体現しているのではないかと考えずにはいられない。最悪のケースさえも頭の隅に横切ってさえいる……。 「千里ちゃん? 居ない? 千里ちゃん?」  リビングへ近づくにつれ琉姫の心音は荒太鼓のように乱れた高鳴りを始めてしまう。  彼女の身に今何が起きているのか? 募る不安に心臓の鼓動は速さを増すばかりだ。 「……入るわよ?」  キッチンとリビングを隔てる横開きの扉に手を掛けながら琉姫は最後の声掛けを試みる。しかし返ってくるのは不気味な静けさという人気のない無反応のみ……。  扉の取っ手を強く握った琉姫はそのままゆっくりとした動きで扉を横にスライドさせていく。視界には徐々に部屋の中の様子が映り込んでいく。  チップス系の菓子袋が複数散らかった丸い背の低いテーブル。壁のハンガー掛けに直に掛けてある萎れた青い上着。掛け布団がだらしなくはみ出ているベッド。そして車用品のカタログが散乱した学習机……。  部屋の中には千里は居なかったが、玄関先からこの部屋までの荒れ具合とは比較にならない程散らかり放題になっているこの部屋に琉姫の不安は募るばかりだ。 「これが……千里ちゃんの部屋? なんでこんなに乱れて――っっっ!?」  最初の感想と疑問を呟く様に口から出しかけた琉姫だったが、千里の机の上にあった“ある物”が目につくと言葉の続きを飲み込んで表情を更に険しくさせる。 「これ……注射器?」  ゴミと食べカスが散乱している丸テーブルの隅に無造作に放置されていた注射器が目に留まった。琉姫の部署……違法薬物取締課にとって注射器は薬物を体内に摂取する最もポピュラーな方法であるため、ソレが部屋から見つかれば嫌が応にも薬物使用の疑いが確信に変わってしまう。友人の妹の部屋でそんなものを見つけたくはなかったが……残念なことに黄色い薬剤の少し残った注射器はその後学習机の中からも見つかる事となる。 「千里ちゃん……まさか本当に……薬物を使って――」  机の中から使い切った注射器やまだ未使用の衛生パックに入れられた注射器まで実に7本が発見され、バッグから白い科学捜査用の手袋を取り出した琉姫はそれら“証拠品”の写真を複数枚撮り、手袋をつけてその証拠品を自分のバッグへ忍ばせていった。  確かに千里の部屋から発見された証拠品であるのは確かだが、本人不在の部屋であるため彼女が使ったという確証はない。出来れば別の理由であってほしい……例えば先輩方の誰かが証拠を隠すためにこの部屋に隠していたとか……無理やり使わされたとか……出来れば千里ちゃんとは無関係であって欲しい。  そんな思いを巡らせながら琉姫は複雑な表情を浮かべ千里の部屋を後にしようとした。  しかし―― 「……っ!?」  閉めてあったリビングの扉を再び開けようと手を掛けた瞬間、玄関側の扉がガチャリと音を立てる!  千里ちゃんが帰ってきた!? 一瞬そのように考えたが、玄関の扉は琉姫が開けた時と同じように静かにゆっくりと開いていき、まるでこの部屋へ侵入してみようと企んだ自分の開け方そっくりに扉が開いていく。 『千里ちゃんじゃ……ない!?』  本能的にそう悟った琉姫はすぐさま千里の部屋へと戻り部屋の中をグルリと見返す。  どこかに隠れる場所はないだろうか? 身体をしっかり隠せる場所はないか?? と、必死に探す。そうこうしている間にも玄関の扉は完全に開き切り、千里ではない何者かが侵入を試みている。 『早く隠れなくては!』と焦る琉姫の目に留まったのはベランダへと通じる大きな窓。ココから隣の部屋へ伝って逃げればばれないかもしれない! 逃走計画を瞬時に巡らせた琉姫は音が響かない様に……しかし出来るだけ急いで窓のロックと窓自体を開けていく。  窓を開けた瞬間ビュッと入り込んできた冷たい風と4階建ての4階という見晴らしのいい景色が視界に飛び込んでくる。  さぁ、いざ隣の部屋へ……とベランダへ身を乗り出したのだが、琉姫はそこで絶望的な事実を知ってしまう。 『しまった! 隣との距離が遠い!?』  てっきり隣の部屋は真横にベランダがある物だと思っていた琉姫だったが、想像とは違い隣の部屋のベランダはジャンプして届くか届かないかの微妙な距離に端があった。高さは15m強くらい……落ちれば骨折だけじゃ済まいない。下手したら命まで……。  もう時間がない。迷っている暇は殆ど無い。一か八かの賭けで隣へ飛んでみるか、そのままベランダで身を潜めるか、それとも部屋へ戻って……。 『先輩? 本当にここにきてますかねぇ~? 彼女……』   リビングの扉越しに女性の潜ませるような小声が僅かに聞こえてくる。 『居る筈よ? だって……千里ちゃんの様子を確認する事が彼女の目的でもあるんだから……』  声の主は2人。どちらの声も琉姫が聞き及んだことのある特徴的な喋り方をしている。 『じゃあ……マズいんじゃないっスか? この部屋を漁られるのは……』  もう一刻の猶予もない。2人の会話は扉のすぐ裏の所まで近づいてきている。決断しなくてはならない。飛ぶか……身を潜めるかを。 『フフフ、大丈夫。見られたとしても計画に狂いはなくてよ♥ だって……』  ついにリビングとキッチンを隔てる横開きの扉に女性の手がかかる。  そしてその手は勢いよく部屋の扉を開いていく! 「琉姫ちゃんも私達の仲間になるんですものねっ!」  ガラッと勢いよく横へスライドした扉、そこには扉を開け放った女性とそのすぐ後ろで不安そうな顔をしていた女性が立っていた。  2人は部屋の中をキョロキョロと見渡し、視界の中に誰も居ない事とベランダの窓が僅かに空いている事を見つけフゥと息をつく。 「あちゃ~~逃げられちゃいましたかね?」  肩口でカールした茶色い髪を弄りながらいかにも残念そうな表情を浮かべ先輩の反応を伺うこの女性……彼女は琉姫がこの会社にきて最初に言葉を交わした人物……秋沢春奈その人だった。  先輩に言葉を掛けているというのにまるで友達と会話をしているかのようなフランクな口調。元気が滲み出ている表情の豊かさこそが彼女の持ち味であり特徴だと言える。 「さぁ……それはどうかしら?」  一方の背がすらっと高い美人顔の女性は後輩の漏らす諦めの言葉を意に介さず、マイペースに部屋の奥へと歩を進めて僅かに開いたベランダへと続く2枚窓に手をかけそれを横にずらしていく。 「外に隠れているっすか?」  ガラガラガラっと2枚窓が開き切り部屋とベランダが地続きになったのを確認すると、ゆっくりした歩調で彼女は外へ歩み出た。 「ううん、ベランダには隠れる場所はない……。そして手すりの砂埃も掃われた痕跡も見えない……」 「うわ。先輩ってば探偵さんみたいですね♪」 「隣の部屋へ飛び移るには必ずこの手すりに足をかけてジャンプしないと落ちてしまうのだから……彼女はここから脱出したんじゃなくて、まだ部屋の中に居ると言う事になるかしら♥」 「部屋の……中?」 「そう。彼女の体型で身を隠せる場所なんて限られているわ。だって部屋の中には隠れる場所なんて1箇所くらいしかないのですもの……」 「ベッド……の下? ですか?」 「クローゼットは千里ちゃんの私物で一杯になっているんだから、後はココしか考えられない♥」 「成程……彼女スレンダーですからね♪ こんな隙間ならスッと入れるのかも……」 「さぁ、大人しく出てらっしゃい? 今から楽しい楽しい“合宿”が始まりますのよ~~♥」 「もう逃げられないっスよ♪ 乱暴されたくなかったらさっさと出てくるッス」  琉姫はゴクリと息を飲み込む。  そう。彼女は隣の部屋へとジャンプして逃げ延びた訳でなく、部屋からの脱出を諦め身を隠す事に舵を切ったのである。  背の高い女性は妖しく笑いながら少しずつ腰を屈めていく。  琉姫がどんな顔で怯え震えているのかを早く見たくてウズウズしている様子が伺える。  彼女……先程まで琉姫の面接を行っていた三城屋楓がベッドと床の隙間に顔を横につけニヤリと笑う。そして…… 「琉姫ちゃ~ん♥ 見ぃ~~つけ……」  居る事を確信して言葉を先走らせた楓だったが、その言葉は最後まで言い切る事は出来なかった。  代わりに怪訝な顔にシフトチェンジさせ自分の推理が“外れて”しまっていた事に不快感を示す。 「先輩? あれ? 居ません……でした??」 「えぇ……。逃げられた……と言うわけでもなさそうだから、まだこの部屋に来ていなかった……と見るべきかしらね?」 「おっかしぃ~っスね。部屋に居なかったからてっきり調査を始めたと踏んだんですけどね?」 「まさか、おクスリの隠し場所の方を先に嗅ぎ当てられたって事は……ないでしょうね?」 「ま、まっさかぁ~~。隠し場所は楓先輩の部屋に入らないといけないんすよ? それに“絨毯の下”に隠してある入り口を簡単に見つけられるはずがないっスよ」 「まぁ……そうですわ……ね……。でもじゃあ何で部屋を空っぽにして出たのかしら?」 「たぶんトイレっすよ♪ たまたま長いトイレに入ってて出てこなかっただけってオチっす♪」 「フフッ……そうであればいいのだけどね……フフフ……」 「さぁ行きましょう! 折角だから私達もトイレに……」 「……それは貴女だけで行ってきなさい♥ 別に私は尿意も便意も催してはいないのだから……」 「うへぇ……。先輩、便意って汚い表現やめて下さいよぉ~~行く気が失せるじゃないっすかぁ~」 「あら、ゴメンなさいね♥ フフフ♥」    しばし戯れの様な会話を楽しんだ楓はすっかり機嫌を直しベッドに背を向ける。そして後輩の背中をポンと叩いてこの部屋を出るよう促した。 ――……バタン。  2人が部屋から去り、玄関の扉が閉められた音を聞くや否や大きな「フゥ」という安堵の声がどこからともなく漏れてくる。  部屋の中? キッチン? バス、トイレ? いやそのような場所から零れたのではない。  声の源流を辿るとそこはなんと部屋の外……先程楓が外を見に来たベランダの方から聞こえてきたのだった。  隣の部屋へ飛び移った訳ではない。手すりに足を掛けジャンプもしていない。ではエアコンの室外機しか置いていない殺風景なベランダの何処から彼女の安堵の息は漏れたのか? 「まったく、そんな長いトイレに行くわけないでしょっての!」 ――ザザザ……  壁をストッキングの裏地で掠る音を派手に鳴らしながら彼女は“降りて”きた。  そう。彼女はベランダの壁……物干し竿の遥か上の日差しのすぐ下……日差しの影が掛かる壁の隅に両手を広げてついて、まるで忍者のように張り付いていたのだ。  2人が部屋へ入ってくる直前にたまたま見つけた壁の角に配置された排気口……そしてもう片方の壁には何かを吊るす為なのかフック型の杭が打ち据えてあり、それを見つけた琉姫は瞬時にそれらを利用して足場にすれば壁の上の方へ隠れられるかもしれないと閃き、室外機を足場にして素早それらを足場に壁をよじ登っていき天井ギリギリまで身体を折り曲げて張り付き身を潜めていたのだった。  まさか自分の遥か頭上に琉姫が居るなど思いもしていなかった楓は、外には居ないと勝手に勘違いをし部屋へと戻っていってくれた。  日差しの影が身を隠すのに一役買ってはくれていたが、ジッと注意深く見られていればすぐにばれてしまう場所だった。  しかし、そんな大胆な場所だからこそ楓は“まさか”という可能性を考えず見逃してしまったとも言える。  華奢な美人女性がスーツとスカート姿でそんな忍者の様な隠れ方をするはずがない……そういう盲点を突くことが出来たのだった。 「……さて? 隠し部屋があるとか何とか言ってたわね?」  小さな砂利状の突起が複数ある壁を踏ん張っていたためボロボロになってしまったストッキングを即座に脱ぎ捨て素足になった琉姫。所々壁の突起が食い込んでいて足裏に痛みを感じている。 「まずはチーフに連絡を取りたい所だけど……通信機を仕込んだ服は部屋の中だし……」  ベッドにドスンと腰を落ち着け、自分の片方の足をあぐらを組む様に太腿の上に乗せパッパと足裏の汚れを払う仕草をする琉姫。ある程度足の汚れを払うと反対の足に組み替えてそちらの足も手で払う。 「部屋に戻るのももう危険かもだし……どうせ怪しまれているんなら、このまま調査を続行した方が吉よね?」  汚れを払い終えた琉姫はベッドから立ち上がりスーツとスカートを2~3度パンパンと手で払って凛々しい表情を作って玄関を睨む。その瞳には決意の炎が宿っていた。 「じゃあ……このままリーダーさんのお部屋を調べてやろうじゃない! 証拠を掴んだらすぐに通報してやるんだから!」  拳に力を入れ足を踏みしめながら玄関まで歩んだ琉姫は、扉を少し開け外の様子を確認し忍ぶように千里の部屋を後にした。  なぜ千里がこの部屋に居なかったのか? 先程まで浮かべていたこの疑問は解決を見ないまま頭の隅の方へ追いやられていき意識に登らないくらいまでに薄まっていってしまったが……  この部屋に居ないのであれば今どこに? それが分かるのは琉姫が同じ境遇に置かれた時……。琉姫が愚かにも敵の手に堕ちてしまった後に初めて分かる事だった。


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