The.UnderCover~潜入捜査官:神崎琉姫~13
Added 2019-06-26 15:09:13 +0000 UTC13:脱出 「はぁはぁはぁ、はぁはぁはぁはぁ!!」 「ほら、千里! 急いで急いでっ!!」 アスファルトよりも固い石で出来た通路を、手を引きあって走り抜ける身長差のある姉妹。 姉のようにも見える背の高い細身のスラットした体型の女性は姉よりも体力がないらしく少し走り続けただけでハァハァと息を切らして姉の手引きについていくのがやっとの様子。 「はぁ、はぁ! 姉さん! ちょ、ちょっと待ってよ! 私は……そんなに……早く……走れないっっ!!」 いかにもスポーティな横跳ねの髪型をした姉の美香はとにかくこのジメついた薄暗い地下から早く抜け出してしまいたいと懸命に迷路のような道を駆け抜けていた。 警察学校にてそれなりに身体を鍛えた美香と比べ特にスポーツをしていた訳でもない千里は、短距離であっても全速力で走られると体力がそれに追いつかない。結局何度も息継ぎの小休止を挟んでもらうことを繰り返してしまう。 「いつ私達の様子を見に仲間が戻ってくるか分からない。見つかっちゃったらそれでこの計画はパーになっちゃうし……制裁だってきっと受ける事になる……。そして琉姫先輩を助けられられなくなるっていう最悪のシナリオになっちゃうわ。だからほら! ココを抜けるまで頑張って!!」 そう言われてしまっては捕まっていた千里に立場はない。ゼェゼェと荒い息を繰り返しながらも、千里は横っ腹に手を添えどうにか気力で姉の走りについていく。 いくつもの扉を横切り、螺旋の階段を何段も登り……そしてまた長い廊下を走り抜けて辿り着いた重々しい扉。 ここまで全力疾走を強いられた千里は、流石に精も根も尽きたのかダラリと壁に背を預け荒い呼吸を繰り返す。一方の美香は息1つ乱さず両開きの扉の取っ手に自身の手をかけ自分の体重を乗せて力一杯にその扉を押していった。 すると、金属製の扉は中央から奥へと徐々に吸い込まれる様に開いていき、奥の明るい光を存分にその隙間から溢れさせ始めた。 ――ズズズズズズズズ…… 重い金属音が開き切るとそこには千里も見たことがないような風景が広がった。 てっきりミズホモーターズの地下にあの監禁場所があったのだろうと想像していた千里だったが……実際には崖の麓の防空壕の様な場所に監禁されていたようだった。 「あんたも眠らされてココに運ばれたんだから知らなかったでしょ? ここはね、三洲穂オーナーが所有していた無人島だったんだって……」 「む、無人島っっ!?」 「昔、戦時中に日本軍の中継基地があった島だったらしいけど、前オーナーのおじいさんが戦時中に何かしらの成果を上げたらしくて国からこの島を頂いたそうなの……」 「国から? 頂いた??」 「そう、この島はオーナーの家系では家宝のような扱いがなされていて島も戦時中の時から一切手が加えられていなかったんけど……今は楓さん達一味の薬物精製工場兼、拷問執行基地に成り果てちゃっているわ……」 「姉さん……詳しいんだね? この島の事……」 「まぁ、私もこの島で調教されたから……その時ね……。ベラベラ喋ってくれたのよ……自慢げに……楓さん達が……」 「あぁ……成程……」 「以前にも同じ組織の人がこの島に目をつけていたらしいんだけど……ココには結局居座れなかったらしいわ……」 「えっ? なんで?」 「さぁ、良く分からないけど……前オーナーの死因に関係があるみたい……」 「前オーナーの死因?? 前のオーナーさんって……病死じゃなかったの?」 「どうやらそうじゃなかったみたいよ? そういう口ぶりだった……。それは春奈さんから聞いたわ、私が仲間になった当日に……」 「春奈さんって……あのリーダーの隣にいつも居る?」 「えぇ……彼女も何か知っている風だった。あどけない顔をしてやっぱり麻薬組織の構成員よね? 裏の事情に詳しいわ……」 「麻薬組織の……構成員? リーダーと春奈さんが?」 「そう。かなり大きな麻薬組織がバックについているって聞いたけど……その詳細は聞かされてはいない……」 「大きな……麻薬組織?」 「最初は、現オーナーの咲枝さんも島を明け渡すのに抵抗したり警察に応援を頼んだりしたらしいの……」 「警察に?」 「でも残念ながら……その相談をした相手が悪かった……」 「えっ??」 「よりにもよって……あの人に相談してしまった……」 「あの人って……?」 「2年前に新設された特別機動課……別名、違法薬物取締課……」 「取締課って……琉姫さんの?」 「その部署の立案者であり、犯罪グループの幹部でもある……彼女……」 「っっ!?」 「ねぇ、そこに居るんでしょ? 隠れていても丸分かりよ。貴女の静かな殺気が……」 「っへ? 姉さん……??」 「出てきたらどう? 違法薬物取締課チーフ……五十嵐志乃さん?」 「っっっ!!?」 その呼びかけに呼応するかのように目の前の草むらがザワザワと自然に起き得ない動きを見せ始め、バサッと一際大きな音が2人の耳に届いたと同時に、不気味な笑顔を浮かべた志乃がスーツ姿で現れる。 「すごいわねぇ~~そこまで聞き及んでいたなんて……私には何も教えてくれないのよ? 春奈さんは……」 喋り方も朗らかな表情も普段と何ひとつ変わりないハズなのに……恐ろしい程の威圧感を放つ彼女の佇まい。隙だらけの様で全く隙が無いようにも見え、千里も美香も扉の前から足を踏み出せなくなる。 「琉姫先輩が署を離れた後……貴女もすぐに姿をくらませましたよね? だから私は逆に貴女を尾行してココまでついて来たんです! 本当は琉姫さんのバッグに縫い付けた追跡装置を辿ろうと思ってましたけど……結局は同じ事でしたね……」 「あら♥ 私も琉姫ちゃんには通信機という名の発信機を持たせてあるのよ? お揃いね……」 「私が……琉姫先輩に話を持ち掛けた時……私自身が何かを企んでいるって……勘付いてましたね?」 「フフ……。乙女はそういうのに敏感なのよ~♥」 「泳がせて……くれたんですか? 楓さんに報告せずに……」 「そうねぇ~~警告してあげてもよかったけれど……本当に貴女が何かをするかなんて確証はなかったし……。何かをやった後に捕まえちゃっても遅くないか……って思ったの♥ ほら、もし空振りだったら楓ちゃんのお仕置きが……怖いじゃない? フフフ……」 「くっっ!! 千里? 走れる?」 「えっ!? 走れるけど……姉さん……なんで?」 「お姉ちゃんは……あの裏切り者を倒さなきゃいけない……。倒せなくても……時間稼ぎ位は……」 「い、嫌だよ!! 姉さんと一緒じゃなきゃ……私……」 「あんたにはやって貰わなくちゃならないことが有る!」 「……え?」 「今話した事実……そしてこのチーフという立場を利用して警察の情報を垂れ流しにしてきた彼女を警察署で洗いざらい話すの! そして……この島から、私や琉姫先輩を助け出して!」 「姉さん!! そんな……一緒に……」 「早く行って!! この崖沿いに藪を突っ切って行けば小さな入り江がある! そこにボートを隠してあるから!! そこまで振り返らずに全力疾走よ!! ほらっ!!」 「い、嫌だよ……私に……そんな事……出来ない……」 「出来なくても……やるの! あんたが躊躇している間にも琉姫先輩は苦しむ事になるし……私だって……」 「うぅ……」 「頼りにしてるわよ……千里。あんたが脱出できなきゃ……私の命も、他の子の命も、琉姫先輩だって助からない……」 「姉さん……」 「さぁ、行って! この人は私がどうにか抑えておくから!!」 「うくっ……う、うん!! 分かった!」 「手を怪我しても、足を折っても、身体中が傷だらけになっても……必ず辿り着きなさい!」 「はい!!」 千里はその返事と同時に全速力で駆け始める。 崖の麓の藪を掻き分け勇猛果敢に突き進んでいく姿を見届けた美香は、ふぅと安堵の息をついて視線を志乃の方へ向け直した。 「さてさてさてぇ? 感動のお別れはもう済んだのかしら?」 「わざわざ逃げるまで待ってくれるなんて……随分と余裕なんですね?」 「う~~ん、別に余裕がある訳じゃないけれど……逃がしちゃったものは仕方がないわよね? なにせ2人もいたんだし……」 「まさか……入り江に何か罠を張ったとか言わないでしょうね?」 「さぁ……ご想像にお任せしちゃう♥」 「うくっ……」 「さぁて、どうしたものかしら? 私としては面倒臭いから大人しく私に捕まって貰えると嬉しいのだけど……」 「ふ、ふざけないでください! 私は貴女を倒してでもこの島を脱出します!!」 「それは困るわぁ~♥ 貴女まで取り逃すとなると、楓さんが怒っちゃうじゃない……」 「っく!! そんな事知ったこっちゃないです!!」 「ウフフ♥ 私はね……ずっと貴女を監視してきたの♥」 「っっ!?」 「妹を人質に取られた貴女が……妙な事をしないか……見張って来いと言われたから、その通りにしたわ」 「残念でしたね! 私はもう……妹を逃がしたから人質が居ない自由な人間になっちゃいましたよ!」 「そうね……」 「その“妙な事”っていうのを見事にやってのけましたけど、貴女は大丈夫なんですか? それを止めさせるために動いていたのでは?」 「う~~ん、私の任務は“見張る”事だから……“止める事”ではないのよねぇ~~」 「?? なにポンコツな事言ってるんですか? そんなんじゃ見張りの意味は……」 「フフフ♥ でも、貴女を連れて行けばプラスマイナスゼロになると思わない?」 「っっ!?」 「だってほら……今度は妹ちゃんに対しての人質が出来るわけだし……」 「うぅ……そ、それは……」 「ほら、ついこの前までは貴女が妹さんを随分と心配していたでしょ? 今度は貴女が心配をかける番になる♥ 妹さん……貴女を人質に取られて警察にちゃんと報告するかしら?」 「……?」 「もしかしたら私みたいに裏切り者が居るかもしれない警察を……信用できちゃうかしら?」 「っっっ!!? 他にも……仲間が……居る?? だから、そんなに余裕ある態度を……くぅっっ!!」 「さぁ、無駄話はもういいでしょ? 貴女は力づくでも連れて行くわよ……覚悟なさい」 「わ、私だって! 警察学校で護身術くらいは習ってます!! 引き倒して私が逃げるだけの時間は稼がせて貰います!!」 「良いわね……少年漫画のバトルシーンみたいで……。熱くなっちゃうわぁ~♥」 草むらからゆらりと前へ進み出る志乃。その顔は余裕で満ち溢れている。 一方でただならぬ雰囲気に気圧され頬に脂汗を垂らしながら1歩2歩と後退ってしまう美香……。胸の前に構えた拳もしっかりと握り込めてはいない。 「ウフフ♥ ねぇ、そんな構えで大丈夫? 無造作に手を前に出していると……こんな風にッ」 スッと音もなく大きな1歩を繰り出した志乃は後退る美香の正面に急接近を果たし、右手で彼女の拳を払い除ける動作を行った。 「あっっ!?」 一瞬の隙を突かれた美香は、その払い手に対応が出来ず両手を横に促され構えが一瞬にして解除されてしまう。 そして次の声を上げる間もなく……。 ――ズン! 腰を低くもう1歩踏み出した志乃が反対の手を肘から曲げ、その曲げた肘先を美香の上腹部に素早く入れる。 「げほっっっ!!?」 肘先がみぞおち部分に突き刺さった美香は目の前が真っ白になるくらいの鋭い痛みと苦しみに襲われ、その場にしゃがみ込んでしまう。 「私も……伊達に年を食っている訳じゃないのよ? それなりに身体は鍛えてあるの♥ 御免なさいね……」 腹部を抑え目を見開いたまま悶え込む美香に、志乃はいつもの朗らかな笑みを浮かべ、右手を揃えて軽く宙に掲げる。 そしてその上げた手を切腹の介錯を行うように美香の首筋に振り下ろすと、彼女が意識を失える程度の力を加えてトドメを刺した。 意識を途切らせバタリとその場に倒れ込む美香……。 その彼女の小さな体躯を志乃はひょいと担ぎ上げ、開きっ放しになっていた出口の扉にそっと手を掛ける。 そして千里が逃げ去った藪の方を一瞬だけ遠い目で見つめ…… 「頑張って……逃げるのよ……」 と、独り言をポツリと呟いた。 その目はいつもの朗らかな笑顔ではなく、何処か物憂げで……寂しそうな目をしていた。