笑うPT研究クラブ活動日誌#3:⑧
Added 2020-09-02 10:40:49 +0000 UTC8:果たし状 「ねぇ明日香さん? 私……言ったわよね? アノ事は決して口外してはならないって……」 週が明けて数日が経ち、私は努めて平常心を装って“普通の私”を演じつつ玲美さんの目を誤魔化してきたつもりだったのだが……週も終盤に近づいた木曜日の午後、私は何の脈絡もなく突然あの風紀委員長の腰巾着である和泉奈々さんに連れられ彼女の前まで連行されてしまう。 連行された先は生徒会室の隣に併設されている風紀委員室。 そこでは、腕を前に組んで睨み目を利かせた玲美さんが椅子に深々座って待っていて、私を見るなり私がドキリとしてしまう言葉を言い放ってきた。 「ハ、ハイ……イッテ…マセン……ヨ? ゼンゼン……マッタク……コレッポッチモ……」 私は突然の尋問めいた語調のキツさに舌が上手く回らず、挙動不審さMAXのカタコト返事を彼女に返してしまう。 「言ってないんだったら……この果たし状は何?」 「は、は、果たし状っっ!?」 目を背け気味に横を向こうとした私だったが、果たし状という言葉に思わず声をあげて驚き玲美さん私に向けて掲げた紙に視線を合わせてしまう。 「今日の朝、貴女の部のツインテロリっ子が直接渡しに来たわよ? 何も言わずコレだけを突きつけてね……」 若干クシャついた便箋の表題には確かに“果たし状”などという物騒な言葉が書かれていて……その先には“今週土曜の13時にPT研の部室まで来られたし! そこで全ての決着をつけましょう”などとさらに物騒な言葉が書き連ねてあった。 「あ、あの……ツインテのロリっ子って……理子先輩の事ですか?」 「あぁ、そうそう! そんな名前だったわね……。うちの奈々と同じくらい発育が悪そうな子だったから頭の片隅に覚えてはいたけれど……」 「んあっ!? 玲美さん酷いっス! 私の方が発育は良いんスよ? 胸のサイズとか……」 「はいはい……そうね。それはまぁ良いとして……明日香さん?」 「は、はひ!」 「こうして正面切っての果たし状を渡されたからには……あの事を貴女が喋っちゃったと見るのが当然だと思うのだけど……どうかしら? 正直に言ってくれるかしら? それとも……もう一度強制的に吐きたくなるように責めてあげましょうか? あの時みたいに♥」 「ひっっ!!? ち、違いますっ! 誤解ですっっ! 私は何も言ってませんよぉ!!」 しっかりと奈々さんに後ろ手を掴まれ逃げられなくされている私に、玲美さんは声を低く響かせて私を下から睨む。 美人なその瞳に睨まれるのは嫌ではないが……私にはそれを喜ぶ余裕などなく、先週行われたあの地獄の尋問を思い出しながら身を震わせ必死に誤解だと告げる。 「だったら……なぜ急にこんな“果たし状”とかいうものが私の所に届くのかしら? 決着をつけるって……何のことかしら? 納得のいく説明をしてちょうだい?」 私は必死にパニクる直前の頭をフル回転させて、この謎の果たし状に正当な理由を付るよう考えを巡らせた。 このような果たし状を送るなんて全く聞かされていない。そもそもこれが作戦の一部なのかも怪しい……。小夜子先輩の策だとしても雑な誘導だと思う。こんなド直球な呼び出しをこのタイミングで送り付けるなんて……必死に平静を装っていた私に対するいやがらせ以外のなにものでもない。本当に彼女へ報復を考えるなら私がされてみたいに拉致するなり逃げられない状況を作るなりそういう手段をとるのが彼女だ……。 これでは……無駄に私が疑われ、無駄に警戒心を煽るだけで愚策もいいとこだと私でも思う。 字の感じは理子先輩特有の子供っぽい汚さが伺えるから、あの手紙は彼女が書いたものだろう……。だったら、やっぱり作戦とは全く関係のない……理子先輩の暴走というかただの嫌がらせがなされただけじゃないだろうか? 私への恨みがまだ残っていてその仕返しをして楽しんでいるのではないだろうか? そんな疑念さえ抱いてしまう。 「明日香さん? 正当な理由がないのだったら……もう一度再教育を――」 しかし、肝心のテープの事や私から聞いたなどの情報はあの手紙には書いてはない。だったら……言い逃れは可能なはずだ! 「あっ!! あの! 私も聞かされていなかったので真意は分からないんですけど……もしかしたら、この“決着を付ける”という部分は……テープの事とかではなくて、私達の活動を風紀委員長に“部として認めさせる”っていう意味ではないでしょうか?」 私はあの時玲美さんの言っていた言葉を咄嗟に思い出した。彼女は私たちの部を“部と認めていない”という旨を話していた。今はこの言葉を利用するしかない! そう思った瞬間から私の口は考えるよりも早く嘘を吐き出し始めた。 「部として……認めさせる?」 「は、はい! ほら……玲美さん言ってたじゃないですか、PT研究部は部活動として認めていないって……」 「……そうね……それは今も考えは変わっていないけど……」 「うちの部長も“常々”言ってました! 生徒会長は良いと言ってるのに風紀委員長がダメだと言ってるのはいつか解決しなくてはならないって!」 「……なるほど? 確かに……私の権限で部をまた降格させて同好会レベルに落とすこともできるわ。それを部長さんが恐れているのであれば……解決しないといけないって思うかもしれないわね……」 「そ、それに! もしテープのことが伝わっているのだったら、テープを持参するよう書くはずです! 大事な証拠品なのですから……」 「証拠品? あぁ……そうよね? 詩織を脅す材料として持っておかなきゃいけないものね? でないと……私じゃなくても詩織が潰しかねないもの……あんな非道徳的な部活動は……」 「でしょう? それだけ大事な物なのに果たし状の中には一切触れてないのですから……」 「ふむ……そう言われると筋は通るわね……」 「だ、だから! 私は言ってないって分かってもらえるでしょ? 玲美さんを裏切って話すわけがないじゃないですか~この私が……」 「……まぁ、貴女はかなりドジそうだから……うっかり怪しまれて向こうの拷問を受けて思わず喋っちゃったってなってるんじゃないかと思ったんだけど……」 「…………(うぐっ! 鋭いっ!!)」 「そうね、そうじゃないとすると……部を存続させるために……私に直接交渉を行うって事だろうけど……」 「えぇ、えぇ! そうですよ! そう!」 「その交渉手段はいったいどんな方法で行うつもりなのかしら?」 「んぇ?? そ、それは……」 「まさか……詩織みたいに拷問を味あわせて……みたいな事……企んでないわよね?」 「さ、さぁ……? そこまでは……。私は聞かされていませんし~」 「まぁ……私に貴女たちの拷問は効かないから、恐れているわけではないんだけど……」 「えっ?? 怖くないんですか? 拷問が??」 「怖くないわよ? だって、貴女達の拷問って体をくすぐるだけなんでしょ? そういうお遊びみたいな拷問をなぜ怖がる必要があるの? 馬鹿みたいじゃない……」 「そ、それは……そうですけど……。でも苦しいですよ? 滅茶苦茶……」 「それは“笑う”からでしょ?」 「えっ? は、はぁ……」 「私……そういう刺激に強いから笑うことも無いんじゃないかしら?」 「んえ?? 刺激に……強い??」 「そっ♥ そんなお子様の遊び程度の刺激じゃ……私はピクリとも反応しないわ♥ もっとこう……胸の奥底をゾワゾワさせる扇情的な刺激じゃないと……ね?」 「せ、せ、扇情的ぃぃ!?」 「玲美さん? 風紀を乱す発言は控えて下さいっス。いちおウチら……風紀委員なんスから……」 「アハ、これは失礼♥」 一瞬見せた玲美さんの蕩ける様な目が私の印象に深く刻まれた。 その目は私ではなく……隣の生徒会室に向けられ、奈々さんに注意されるまでは何かを待ち焦がれるかのような視線を部屋の壁にぶつけていた。 「さて、まぁこの件は取り敢えず不問にしてあげるけど……戻ったら貴女の所の部長さんに言っておあげなさい?」 「……何を……です?」 「……貴女達が行うような拷問は私には効果がないから、大人しく降伏なさい……って」 「降伏!?」 「そう……だって、もったいないでしょ? 効かない相手に効かない拷問をする時間が……」 「降伏したら……見逃してくれるんですか? 部の降格を……」 「そんな訳ないじゃない♥ 果し合いに降伏するんだから、貴女達が自ら幕を引いて部室を明け渡すの♥ その日の内にね♪」 「そんな事……部長は許さないと思います……きっと本気で拷問を……」 「もし! 私の時間を煩わせたあげく私の了承を得られなかったら、同好会すらも認めないわ! というか貴女たちのメンバー全員、卒業まで風紀委員の手伝いをさせるから!」 「風紀委員の……手伝い??」 「毎朝欠かさず、校門で挨拶をしてもらって……朝夕のトイレの清掃! そして放課後は完全下校時間まで部活動の見回りと鍵の管理! 後は雑用全般ね……」 「そ、そんな! それじゃあほとんど風紀委員になったようなものじゃ……」 「当然、風紀委員の肩書きは貴女たちには付かないわよ。お手伝いさんの立場になって貰うだけだから♥」 「おぉ! それイイっスね! うちらの仕事随分と減るじゃないっスか~♪」 「減るっていうか……ほとんど全部やってもらうわ♪」 「んなっ!? そ、そんな横暴なっっ!!」 「それが嫌ならっ!」 「っッ!!?」 「それが嫌なら大人しく降伏なさい……って伝えておきなさい。降伏すれば部活動の停止だけで許してあげる……ってね」 「………………」 「分かったかしら? 古峯井……明日香さん?」 「わ、分かりました……そう……伝えておきます」 「そう。いい子ね……。いい返事を待たせてもらうわ♥ まぁ当日行ってみれば分かることだろうけどね……」 「………………」 「それと、明日香さん?」 「……はい?」 「貴女は何があっても私の側についていなさい。どうせ潰れる部活なんだから……肩入れする意味もないでしょ? それに……」 「……それに?」 「私の側についていれば……貴女だけは優遇してあげてもいいわよ? 部長さんや理子さんをこき使う立場にしてあげても……いいと思ってる♥」 「私が……理子先輩や部長を……こき使う立場に?」 「えぇ……素敵でしょ?」 「………………」 「まぁ今の話は心の内に潜めておきなさい? 私についてくれば……悪いようにしないから♥」 「……わ、分かりました……」 私はそのまま解放され、部室へと戻ることを許された。 部室に戻る道中は、さっき言われた理子先輩や部長をこき使えるという条件にいささか妄想が膨らみ顔がにやけてしまっていた。あの我侭な理子先輩を威圧してこき使えたらどんなに楽しいか……部長を言いなりにできるという優越感は如何程のものなのか……そんな妄想を膨らましている裏で、私が居なくなった風紀委員室では密かに暗雲立ち込める話が進められていた。 「奈々? 急ぎ紗英さんに連絡を取って、あの薬を用意してもらいなさい……」 「紗英さんにッスか? 良いッスけど……薬って……あの薬って言えば分かりますか?」 「えぇ……以前からお願いしてた薬だから……分かると思うわ♥」 「また風紀を正す教育を施すんスか? その薬を使って……」 「う~~ん、そうね……明日香さんにはちゃんと罰は与えようと思っているけど……今回の薬はそれだけじゃないの」 「えっ? 明日香ちゃんはコッチ側に引き込むんじゃないんスか? てっきり裏切らせようって流れの話だと思ってたッスけど?」 「優遇してあげてもいいとは言ったけど、優遇“する”とは言っていないわ♥ それに彼女……恐らくこっち側に肩入れする気なんて無いんだと思う……」 「んえ? そうッスか? 案外簡単に裏切ってくれそうな気配が感じられたッスけど……」 「彼女……私の質問に対して嘘をついていたわ……」 「嘘を??」 「えぇ……。私があの子にテープの事を喋ってないかって聞いたじゃない? でも彼女は“喋っていない”と言った……」 「は、はぁ……」 「言っていないんだったらこの果たし状はなぜ送り付けられたのか? 私はそう彼女に問い詰めたわよね?」 「えぇ……でも明日香ちゃんいわく、PT研を潰したがっているうちらの事を部長さんが良く思っていなかったからって……」 「そこよ。その部分は明らかな嘘なの……」 「え? 嘘??」 「そう……だって私は表立ってPT研を潰すなんて言葉を吐いた事は一度もない。そういうそぶりを見せた事だって無かったでしょう?」 「そう言われれば……そうっスね。自分達はなんとなく玲美さんの行動から“潰したいんだろうなぁ”って感じてただけだったっスけど……実際に潰す為に動くなんて一言も聞いていないっス!」 「あの詩織が簡単に屈服させられたあの部の事を警戒無しに攻撃しようとは思っていなかったわ……だから貴女達にもギリギリまで伏せておいたし、そんな腹積もりを悟られないよう細心の注意を払っておいたつもりよ」 「って事は……明日香ちゃんが言っていたPT研の部長が“常々”風紀委員長をなんとかしなくては……って言っていた部分は……」 「それは苦し紛れについた彼女の嘘よ。私はあの時始めて明日香さんに話したんだから……」 「苦し紛れに嘘をつくってことは……つまり……」 「私の読み通り……彼女はテープを取られたことをバラしてしまっていると思って間違いないわ」 「で、でも……それだったらあの果たし状を出したのは何の意味があるんス? そういう予告を出さずに拉致するなりなんなりした方が手っ取り早いでしょうに……」 「さぁ、あの奇人変人の集った同好会の事だから変な部分で自信が有るだけじゃない? 自信が有るから警戒させても問題ないとでも思っているのよ……お馬鹿さんだから……」 「そうっスよね? まさか玲美さんが“くすぐりに強い”なんて思ってもいなかったでしょうし……自分たちのテクニックでどうこう出来ると高をくくっているだけっスよね?」 「フフフ♥ その思いあがった自信……速攻で叩き折ってあげるわ! 私に喧嘩を売ったこと……生徒会を敵に回したこと……そして詩織を虐めた事……絶対に後悔させてあげる!! 絶対に……ね!」 「おぉ怖い……さすが玲美さんっス♪」 部室に戻った私は、今日の出来事をすべて部長に話をした。 自分が咄嗟についた嘘や、玲美さんの反応、彼女の言葉もすべて包み隠さず。 すると部長はそっと私に言った。「流石は明日香だ。見込み通りの返しをしてくれて感謝する……」と。 何が“見込み通りの返し”なのか細かく説明はしてくれなかったが、あの果たし状は計画の一部であったという旨は聞かせてもらった。 無駄に警戒を強めさせるあの果たし状と私の付いた嘘……この2つは全て小夜子先輩の計画の一部だと聞かされた瞬間、私は先ほどまで脳裏にチラついていた「風紀委員に肩入れしても良いかなぁ」という浮気心は吹き飛んでいった。 きっと私の知らない部分で計画は進んでいる……。彼女を攻略するための作戦が既に進行しているんだと考えただけでワクワクが止まらない。 でも、懸念点が無いといえば嘘になる。 っというのも、私が「彼女はくすぐりが効かないらしい」と告げた瞬間、部長の顔が曇ったのだ。 そして「それは初めての情報だな……」と低い声で私に告げた。 玲美さんの情報は全て集めていたものだと思っていた私からしてみれば……この雲った顔は不安を掻き立ててならない。 その対策を打てていないという事であれば……彼女への拷問は意味をなくしてしまうこと請け合いだ。 その後部長は小夜子先輩と話を交わして何かしらの結論に至ったようだ。 私はその内容を聞かされることもなく、不安と期待が入り混じった思いを胸にいよいよ決戦の日を迎える。 約束通り昼で授業の終わる土曜日の午後13時過ぎ…… 彼女は一人で現れた。 自信たっぷりに我々を見下すような笑みを浮かべながら……。