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ハルカナ
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悪戯カフェへ……ヨウコソ②

2:秘密  そんなこんなで日曜カラオケデートを断られた私は外へ出る気力も失くし、夕方になるまで一人寂しく気晴らしにTVをつけてボーっと流れる映像を流し見していたのだけど……  時計の針が17時を指し終えて少し経った頃、半分ほど開けておいた窓からガチャンという扉を開ける音が飛び込んできて私はその音が隣の樹希の家からしたんじゃないかと瞬時に思いたち、隠れるようにコソコソと窓際へ身体を寄せ顔だけを出して窓の下を覗き込んだ。  2階の私の部屋からは樹希の家の玄関や普段通学に使う道なんかもある程度見渡せる。しかし、頭を半分だけしか出していない私に下から気付くには顔を上げないといけないし、普通に生活しているのであればそのような不自然な格好をする人なんてまずいない。そういうもろもろの事を考慮して私は玄関を開けたのが樹希じゃないかと期待しながら、下から見られないようにこっそりと覗き込んだのである。 『あっ! やっぱ、樹希だ! お洒落しちゃって……どこかお出かけかな?』  庭に植えてある柿の木の隙間からは夕焼けのオレンジ色が映り込んだロングヘアと普段着なさそうなフリルの付いた可愛い系のワンピースを身に纏って出てきた樹希が見え、レアな彼女の姿を見る事が出来た嬉しさに私の胸は躍った。 『なんか……キョロキョロして落ち着かない感じに見えるけど……気のせいかなぁ?』  扉に施錠をした後の彼女は挙動不審という言葉しか当てはまらない程警戒心丸出しで周囲に人がいないかを確認し始めたかと思うと、通りに出ても落ち着かない様子で過剰なまでに顔をキョロキョロと左右に動かし警戒色を強めながら足早に大通りの方へと歩みを進めていた。 『まさか……彼氏とか?』  その過剰なまでに周囲を警戒している様子を見るに、もしかしたらと私の脳裏にそのような言葉がよぎる。  そしてその言葉がよぎった瞬間、私は無意識のうちに財布と携帯電話と小さなポシェットを手に取って玄関の方へと小走りに向かっていた。  惚れてしまった相手にそのような相手が出来てしまったのか? それとも違うのか? 考えを巡らせるより先に“確かめたい”という思いが先行したため、私は彼女の姿を見失う前にと急いで後を追うように玄関から飛び出したのだった。  幸い、夕食を外で済まそうかと考えていたため、部屋に居ながらも外に出てもおかしくない格好でいたのは助かった。服を着替えていれば間違いなく追いつけなかっただろうから…… 『それにしても……何でこんな人通りの少ない路地に入っていくんだろう?』  電信柱の影や立て看板の後ろなんかに身を寄せながら、さながら探偵のように樹希の背中を追っていた私は、彼女が段々と大通りから外れて細い入り組んだ裏路地の方面へ足を向け始めたことに不安を覚え始める。  車の量の多い大通りを抜けた方が距離的に短かかったでろう道程をわざわざ人目を忍ぶように回り道して足早に歩いていく樹希……それを追うように同じ道を辿っている私は、徐々に少なく人通りと陽が沈み薄暗くなっていく道に身の危険すらも感じ始めていた。 『ん? こんな所に……お店が?』  路地の裏手の更に裏……普段から人通りなどほとんどないであろう薄暗く細い道の終着点に、その場に似つかわしくない煌びやかな電飾の店が現われた。  いや、その場に似つかわしくないというのは逆かもしれない……このような人目を忍んでひっそりとした場所だからこそこういう店は存在しているのだろう……  だって、その店は見た目にも普通の店と呼べる建物ではなかったのだから。 『……風俗店? だよね? この店……』  入った事は無くてもどういう店か想像は出来る。そりゃあ、TVとか雑誌の広告とかゲームの中でだとか……目に触れる機会があったのだからそういう店が実際にある事くらいは分かっていたつもりだ。  でもこうして店の扉の前まで来てみると……なんというかお金だとか性だとかの欲望的な何かが黒い渦のように可視化して見えてくるような威圧感を感じさせられる。この自動ドアの奥にはきっとそういう瘴気の様なモヤが漂っているに違いないとさえ思えてきてしまう。 「い、悪戯……ニャンニャン……カフェ?」  点滅するLEDライトに囲まれる様に掲げられていた店の名前をついつい声に出して読み上げてしまった私。声に出てしまった事に気付くとあまりにも恥ずかしくなってしまい真っ赤になった顔を下に向けて頭をポリポリと掻いて誤魔化そうとする。 『悪戯って……やっぱり性的な……アレだよね?』  私は看板に書かれていた店名を思い出し、そういう店である事を改めて脳内で想像してしまう。  複数の男女が生地の薄い服を着てたり着てなかったりして露出した肌を触り合っている光景……性知識に乏しい私でもそのような破廉恥極まりない想像が出来てしまうあたり、自分はムッツリなスケベちゃんなのだろうと自覚してしまう。 『18歳未満のお客様の入店はお断りしております……か……』  自分がそのような妄想をしてしまうふしだらな娘だと悟ってしまいたくなかった為、誤魔化すように店の看板から視線を落とし入り口に貼ってあったチラシに目をやると、風俗店なのだから当然であろう注意書きが目に留まる。  そしてさらに横に視線をずらしていくと店の壁の合間にショーウインドーの様なスペースが設けられており、そのガラスの奥にはこの店に在籍しているであろう女性たちの顔写真が複数飾られていた。  皆一様に目元を黒い帯で隠され、下に年齢と源氏名であろう呼び名が簡単なプロフィールと共に載せられていた。  私はその写真たちを興味深げに眺め「こういう風に身体を売っている女性は大変なんだろうな……」と、理解してもいないくせに分かった風な言葉を頭の中に並べ、先程浮かべた妄想の一片を完全に追い出してしまおうと冷静な体を整えていった。  しかしその偽の傍観者視点は、右下の写真を見た瞬間に一気に崩壊する事となる。 「んえっっ!? こ、こ、これって!! 嘘っっ!?」  先程よりも大きな声が出てしまう私。  それも当然の事だった……  その右下に飾られた写真……目元は隠れているがすぐにそれが誰なのか分かってしまったからだ。 「樹希……だよね? これ……絶対……樹希だ!!」  目元は分からないが、特徴的な青みがかった綺麗な髪……小さな口……そして決定的だったのが首元にチラッと見えているほくろの存在だ。決して大きいほくろではないのだが、あまり見慣れない位置にあったほくろだったからよく覚えていた。  この位置にこの大きさのほくろがあるという事はほぼ間違いはない……確信できる。この写真は樹希であると…… 「えっ?? な、なに? 21歳?? はぁ?? 何それ……」  樹希の写真の下には年齢が記載されていて、その樹希の年齢は実際よりも4歳も年上という事になっていた。  確かに……背もそこそこ高いし、それくらいに見えなくもないけれど…… 「っっっ!? ちょっっ!? 何よこの名前っっ!?」  年齢の事には驚いたが、それ以上に驚くべき事が年齢の下に書いてあり私は店の前で更に大きな声を上げてしまう。 「サトミ……って、私の名前じゃない!! どういう事? これ……」  普通……風俗関係の仕事に就く女性は本名とは別に源氏名という夜の店だけで使うあだ名の様なものを用いてあれやこれやな仕事を行う。自分の名前に近い愛称を源氏名にする人もいれば、全く関係の無い好みの名前を名乗る人もいる。そういう点から見ても樹希が名乗っている源氏名は自分の名前とはかけ離れていると言えるが……親友であり幼馴染であり家が隣同士でもある私の名前を使って名乗っているのだ。私に何の許可も求めずに……(許可が必要かどうかはさて置きだけど)   「私の名前を源氏名にして……私に内緒でこんな店なんかで働いていたって事よね? 年齢も偽って……」  自分の名前が勝手に源氏名にされていた私はそれだけで瞬間湯沸かし器のように怒りの熱が頭に登って行くのを感じた。塞ぎ込んだり冷たくなっていた態度を本気で心配していた私からしてみれば、この嘘にまみれた樹希のプロフィール写真は問い詰めて引っ叩いてやらないと気が済まないレベルだ。  ガラスに反射した私の顔は怒りに震え、口から煙でも吐きそうな勢いで顔を真っ赤にさせていた。そして、この処分をどうしてくれようかと色々な案が頭の中を駆け巡り始めていた。  その時……ふと、名前の下の自己PRの段に視線を下げてその文章を読むとその怒りの炎はすぐに“疑問”という冷静な思考に鎮火される事となる。  あまりにもその自己PRが自分の知る樹希とかけ離れていた為……名前や秘密にされていた事への怒りは1つの大きな疑問へと形を変えていったのだ。 『いつも元気でニコニコ笑顔なサトミは指名してくれるご主人様の為にどんな悪戯でも喜んで受けちゃいますニャン♥ でも他のニャンニャンに浮気したら……拗ねちゃうんだから! 私の事だけをいっぱい可愛がってね?』  この文章を読み終えた時……ゾクリとした寒気が私を襲った。  あの真面目で芯の強い樹希がこんなふざけたアピールをするはずはない。自分の顔写真の下に、こんな恥ずかしい文章が飾られる事を黙ってうなずく様な子でもない。私の知る樹希は、こんな辱しめの様なレッテルを張られるくらいなら毅然とした態度で拒否をするに決まっている。  でも……もし、それが今出来ない状況に置かれているとしたら? 抵抗や反抗することが叶わない状況に今置かれているとしたら?   例えば……犯罪……とか? 何か弱みを握られている……とか? もっと大事な何かを……人質に取られている……とか?  だから抵抗できずにこの店で働かされているのかもしれない。  私に何も言わず……一人で抱え込んで……  PR文章を読み終えた私はそのように疑問を持ち、自分の考察を広げ、きっとそうに違いない……と、結論を導いた。  あのツンツンした態度も……私を巻き込みたくなかっただけかもしれないし、コソコソとこの場所へ来ていたのも余計な詮索をされない為だったのかも……  などと、自分の導いた結論に相応しいこじ付けを樹希の態度を思い起こしながら行っていく私……  しかしその結論は、結局本当にただのこじ付けだったのだと数十分後の私は思い直す事となる。    結局このいかがわしい店の中に入る事となり、樹希の本当の姿をその目で見てしまったのだから……


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