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オペレーション・ブルーアルカディア♯3-⑯

16:土壇場の冴えた手段 ――ズズズズズズン……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!! ガガガガガ、ゴゴゴゴゴゴ……  船にトドメを刺す為に積まれていた最後の爆薬は貨物用エレベーターのすぐ真下で爆発を起こし、床や壁を破壊しながらエレベーターの通路に炎と海水を同時に入り乱れさせる。  下を向けば狂った勢いで暴れまわる爆炎が次々に通路の内部を駆け巡り、第二第三の小規模な爆発と電子機器の漏電を加速させる様子が目に入る。  しかし下ばかりを見てはいられない。千紗にはどうする事も出来ない話ではあるが、通路の上からも鉄骨やら剥き出しの配線やら、燃えた木材やらが次々に降り注いでくる。  それがいつ自分の身体に突き刺さるか……気が気ではない。カメラを上に向けギリギリの所でその障害物を避けて飛んでくれている皐月の腕を信じる事しかできない。  一時は爆炎に追いつかれ炎の中に呑み込まれるといった場面もあったが、今はその炎を掻き消すかのように海水が通路脇から次々に降り注いでいる。  爆発によって沈み始めた船が浸水対策の薄い上のフロアまで海中に浸からせたため、海水が一気に流れ込んできているのがその様子を見て分かる。  皐月が言った通り……階段を使って脱出など到底出来るはずもない程の勢いを目の当たりにし、自分の考えの甘さに背筋がゾッとしてしまう。 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ガガガガガガガ……ギギギギギ……ズズズズズズズズズズズズズ……  船全体が悲鳴を上げているかのような大きな金属の軋み音が通路の中に木霊する。通路自体も完全な縦の通路ではなくなり少しずつ斜めに傾きを始めていく。 千沙 「船が……傾き始めているのか? 上に向かっている筈が……段々ナナメに進むようになってきている……」  千沙の想像通り……船の後方はすでに海中に沈んでおり、その後ろの部分に引き摺られるように船全体が沈み始めている為船の頭が水面に立つような格好に持ち上げられ始めている。完全に持ち上がってしまえば……もう船に残された浮力では引き込みに抵抗など出来ない。後はそのまま沈んでいくだけ…… 千沙 「くそっ! 水が……もうそこまで……」  徐々に傾いていく通路に対応させるよう飛び方を修正していくドローンだが、通路が横倒しになればなるほど浸水の速度は早まり、鉄砲水が追いかけてきているかのような勢いで千沙の身体を濡らし始める。  後ろからは濁流のように迫りくる水、通路の壁は次々に剥がれ落ち火の粉やら鉄板やらを容赦なく千沙の身体に降り注がせる。もはやそういうものを避けている時間などない。皐月の操縦はただ一点……ゴールである甲板ヘリポート直通の屋外プール傍エレベータ出口しか見えてはいない! 千沙 「ウプッッはっ! ぷはっ! ゲホゲホ! 水が……もうヤバイ! 間に合うのか? 本当に間に合うのか?」  千沙を逃がさないよう足元に縋りつくかのよう追ってくる海水は船が傾くたびにその勢いを増していく。口を開けていると容赦なく降りかかってくる海水を飲んでしまい咳き込むことを余儀なくされる。  このままでは追いつかれてしまう……船首が完全に起き上ってしまえば……この通路も真横になって……水の勢いが止められなくなる。  そうなってしまえば終わりだ。この船から自分が出る事も、皐月が助かる事も叶わない……  何とかその前にこの通路を抜け出したい!  千沙のそんな願いが通じたのかいよいよこのエレベーター通路の出口の扉が見え始める。  扉は開いている! いや、皐月が開けておいたのであろう……  このフロアの電源はまだかろうじて生きている。先にハッキングを済ませておいて開けておいたのだ。  手を伸ばしてドローンの手を掴んでいた千沙の身体はすでに迫り切っていた水の中に沈んでいる。辛うじてドローンに水が掛かっていないだけでそれも時間の問題だった。  水の中で息を止めつつしっかりと息を止めている千沙……。  通路はもはや真横に傾き、船全体も水面に垂直になるくらいまで浮き上がってしまった。後は引き摺られて沈み込むだけ……  しかしその前にドローンが開いていた扉を勢いよく飛び出し、千沙を通路から引っ張り出した。  同時に海水もその扉から溢れ出し、間一髪のところで千沙を船の外へと連れ出すことに成功する。  ドローンに掴まりながら水面に直立するようにせり上がった船首と甲板を見て恐怖に凍り付く。  ほんの数時間前まで招かれた客がカクテルを片手に優雅な船旅を満喫していたであろう甲板が……今や朝焼けに染まった茜色の空にそそり立ってしまっている……。  朝日が逆行となり、眩しい影を作り出しているその船首部分は……一瞬巨大なクジラが潮吹きの後に海面を優雅に跳ねているかのようにも見え、恐ろしいながらも美しい物を見たかのような錯覚を覚えた。  しかし、そのクジラのように優雅に浮き上がっていた船首もすぐにこと切れる様に海中へと沈み始め、いよいよ最後の瞬間を迎えようとしている事を千沙に無言で訴えかける。 千沙 「お、おい! 皐月! もういい! 後は私が自力で泳いで帰る!! まだ……多分間に合うはずだ! もういいからドローンの操作をやめて脱出してくれ!!」  船が沈み始めても一向にドローンの操作が止まらない事にハッとなった千沙は、聞こえるはずもないドローンのカメラに向かって大声で怒鳴り声を上げる。 千沙 「海だ! 海に飛び込むんだ!! それならまだ可能性はあるっ!! お前はどうせ甲板近くにいるんだろ? だったら飛び込むんだ! 今すぐにっ!!」  どんなに叫んでも皐月からの応答はない。代わりにカメラのレンズを何度かまばたきさせて千沙にコミュニケーションを図ろうと試みている。 千沙 「このパターンは……モールス信号……か?」  まばたきの長さ……回数が規則的に行われていたため、それがモールス信号の波長であるとすぐに悟ることが出来た。 千沙 「……だい……じょう……ぶ……。出来る……だけ……遠くへ……はこびます……ので……電気が……き……れ……たら……後は……泳……い……で……下さいだと? ふ、ふざけるな!! そうじゃないっ!!」  モールス信号を読み解いても、千沙の望むような回答は得られなかった……  皐月は電力が続く限り千沙を船から遠ざけようと考えているのだ。つまりそれは…… 千沙 「最後まで残って操作しようっていう事だな? 沈み切って電力が完全に切れるまで……操作するつもりなんだな?」  甲板付近の電力は確かにまだ生きていた。つまりはその電力が尽きるまで残って操作を続ける……皐月の最後の言葉をそう受け取った千沙は、もはや手段を選んでいる時間は無いと愚かな選択を選んでしまう。 千沙 「そうはさせんぞ!! 私がこんなものに掴まっているからお前は出られないんだろ? だったらこんなものっっ!!」  脱出のためにしっかりと掴んでいたドローンの手を……何の躊躇もなく手放し、海へ向けて身体を落下させ始めたのだ。  自分を届けるために犠牲になろうとする皐月を救うため……。  自分さえドローンから離れてしまえば皐月は逃げの行動に出られるかもしれない……そのように考えが巡ったや否や、千沙は手を放していた。まだ……沈みゆく船から大して離れていないのに……。このまま水面に着水すればほぼ間違いなく船の沈没によって引き起こされた海流に呑まれて……海底へ一緒に引きずり込まれると教えてもらったにもかかわらず……  そもそも……皐月の居たフロアは甲板より1つ下の階であったため、千沙が手を放してドローンを操縦しなくてよくなったからといってそこから脱出する事など出来やしない。  そういう行動をしても無駄なのだ……そういう安易な行動を取らせないために、モールス信号を使って“大丈夫”と伝えたはずなのに…… ??? 「全く……なんで人の言う事をちゃんと聞かないかなぁ~?」 ――ガシッ!!  落ちゆく千沙の身体を海面ギリギリの所でガシリと掴んだのは、人間の手ではなくまたしても機械の無骨な手だった。 千沙 「っは!? な、な、なに?? 何だこれは??」  てっきり海中に沈むだろうと息を止めて備えていた千沙だったが、着水する寸前で何者かに身体を掴まれたことに驚き目を白黒させる。 ??? 「せっかく助けあげたのに勝手に自殺するような事するんでしたら……次は助けてあげませんよ?」  腰を掴んでいる手は紛れもなく先程千沙を助けてくれたドローンの黒い手……。そしてもう一本のてのひらの上にはパッド型のデバイスを操作している小柄な女性が眉をひそめて千沙を睨んでいる。 千沙 「さ、皐月っっ!? お、お前……なんでここに!?」  一瞬……何の間違いかと疑いたくなるような光景が見え何度も瞬きを繰り返す千沙だったが、そこにいたのは紛れもなく奏皐月その人だった。 千沙 「し、心配させおって……。しっかり脱出していたんじゃないか! って事は……アレは嘘だったのか? 船に残らなければ操作が出来ないとか言ってたのは……」  皐月 「い・い・え、それは本当です……」 千沙 「じゃ、じゃあ……なぜココに? このドローンは……誰が操縦しているんだ?」 皐月 「誰も残ってはいませんよ。あの部屋には人は誰も……」 千沙 「じゃ、じゃあ……これは一体どういうカラクリだ? ハッキングも出来ないって……さっき言ってたよな?」 皐月 「えぇ……ハッキングもしてませんよ? このドローンには……」 千沙 「わ、訳が分からん! どういう事か教えてくれ! 一体どうやってこいつを飛ばしているんだ?」 皐月 「舞華さん達を指揮船に運び終えた後、私はこのドローンを呼び寄せたんです」 千沙 「このドローン……とは?」 皐月 「岬さんを探していたドローンです。船内にまだ残しておいたんですよ……」 千沙 「あぁ……余った2基のうちのもう片割れって事か?」 皐月 「えぇ……。このドローンを自分の所に戻した後千沙さんの脱出を行いつつ私も脱出の準備をしてました」 千沙 「脱出の……準備?」 皐月 「まぁ、実は先に終わらせておいたんですけどね……この仕掛けは……」 千沙 「仕掛け? 仕掛けってなんだ?」 皐月 「このドローンはハッキングを一切受け付けません……それと同時に船の中にあるPCでしか操作は出来ません……」 千沙 「あぁ……さっき言ってたやつだよな?」 皐月 「このドローン“は”ハッキングできませんけど……他のマシンならハッキングは可能です」 千沙 「……んん?? どういう事だ?」 皐月 「運が良かったことにこのドローンが保管されていた場所には、くすぐりマシンの試作品達も数多く置かれていたんです……」 千沙 「くすぐりマシン? 美波の……悪趣味な研究成果ってやつか?」 皐月 「はい……あんな研究で作られたマシンに頼るのはいささか癪に感じましたけど……あの状況で出来うる最善の策はこれしか思いつきませんでした」 千沙 「……最善の……策?」 皐月 「人の身体の細かい部分まで正確にくすぐれるあのマシンなら、ハッキングすれば私の手の感覚通りに動いてくれるんじゃないかって思いまして……」 千沙 「ま、まさか……お前……。そのくすぐりハンドの方をハッキングして……その手に今もPCに向かわせているとか……言わないよな?」 皐月 「ご明察❤ その通りです♪」 千沙 「ま、待て待て! くすぐり用のマシンの手をハッキングしてパソコンのキーボードを叩かせているのか!? 今もっ!?」 皐月 「そうですよぉ~♪ ほら……見てください❤」  指を目にも止まらぬ速さで動かしながらハッキングツールである携帯型パッド操作している皐月が千沙にも見えるように画面を少し傾けて見せる。すると、パッドの全面にはキーボードを上から撮影しているであろうカメラのリアルタイムの映像が映っており、皐月の指の動きに僅かに遅れる形で映像内のキーボードを叩く白い手袋を被された機械の手も同時に映されているのが確認できた。 千沙 「お、お前は……この土壇場で……よくそんな策を思いついたなぁ……」 皐月 「勿論、コマンダー代理ですから♪ それくらい思いつきますよぉ~千沙さんだって追い込まれたらそれくらい思いつくでしょ?」 千沙 「そんな変態的なハッキングはお前しかできんわ!」 皐月 「えぇ~~そうですかぁ~?」  船が沈みゆく光景とのぼりかけている朝日をバックに、ドローンは二人を乗せて船から遠ざかっていく……  少し視線を先に向ければ見慣れた指揮船がこちらに向かってきているのが見えてくる。  先の届けた舞華が船を操縦して皐月の指示を“無視”して船の沈没現場へ向かっているのだ…… 皐月 「あぁ~~! 舞華さんも私の命令を無視して船をこっちに向かわせてますね~! 怪我が治ったらお仕置きしてあげなきゃ……」 千沙 「命令を無視してこっちに来てるのか? 舞華は……」 皐月 「そうですよぉ~~! 指揮船についたら船から離れるように逃げてって伝えたのに……どうして私の命令は誰も聞いてくれないんですかねぇ……もう!」 千沙 「それは……まだまだお前が未熟だからじゃないか? コマンダーという役割は優しいお前には荷が重かったのかもしれんしな……」 皐月 「そ、そんなことないですもん! 私だって立派にやり遂げましたっ!!」 千沙 「フフ……何事も経験が大事さ。私だって……優遇されていたとはいえ実践には何度も出されて苦い経験はしたものさ……」 皐月 「……まぁ、簡単になれるようなモノとは……思ってはいませんけど……」 千沙 「次は最初からチームを率いて作戦に臨んで貰うつもりだ……今回の事は良い教訓として胸に留めて置け」 皐月 「今度……という事は……私、本当にコマンダー候補なんですか? 本当に?」 千沙 「そのつもりでお前に託したつもりだが?」 皐月 「んえっ!? 今回限りだと思ってましたっ!!」 千沙 「お前にはリーダーをやる資質は十分にある。後は経験が足りていないだけさ……それを私が居るうちに叩き込んでやる! ビシバシしごいてやるから、覚悟しろよ?」 皐月 「うっ……優しく……教えてくださいね? 私……打たれ弱い方なので……」 千沙 「だぁ~め~だ! 基本の“き”の字から教え込んでやる!」 皐月 「ひぃぃ~~~~~」  朝焼けを背に和やかな風が二人の間を通り抜ける。  水にぬれた顔も、火傷した腕も、鉄材が掠めて切ってしまった脚にもその風が当たっているが、2人はそれを苦痛だとは思わない。  それよりも任務をやり遂げたという達成感の方が気持ちを適度に高揚させ、彼女達の苦痛を吹き飛ばしてしまっている。  ドローンは行く……。朝焼けの赤が反射している海の上空を……  舞華の操縦する指揮船へ向かって……ゆっくりと…… ———————————――— ——————――— ―― 皐月 「あっ! そういえば千沙さん、言い忘れてましたが……」 千沙 「なんだ?」 皐月 「船……沈んじゃったみたいなので、PCの操作はもう出来ません♪」 千沙 「へっ?」 皐月 「ほら、プロペラ……止まったでしょ?」 千沙 「あ、あぁ……止まったな……」 皐月 「まぁ、ほら……あの船からはかなり離れられましたし……良いですよね?」 千沙 「“良いですよね”って……何がだ?」 皐月 「もうひと泳ぎ……頑張りましょ♥ ね?」 千沙 「は?」 ――ガクン! ヒュゥゥゥゥーーーーー……………… 千沙 「こ、こらあぁぁぁぁぁぁ! そういう事はもっと早く言えぇぇっっっ!!」 皐月 「えぇ~? だって……早く言ったら千沙さん怒るじゃないですかぁ~~♥」 千沙 「お前はやっぱり厳しく教育してやるっ!! 覚えておけよぉぉぉ!!」 皐月 「ひぃぃぃ! そんなに怒らないでくださいよぉぉ~~~………………ぉ」 ――バシャァァ~~ン!  茜色に染まった海面に二つの水飛沫が上がり、水面を大きく波立たせる……  その上がった飛沫に舞華の操縦する指揮船が到着するのはそう大した時間は掛からなかった……  船首には明るい表情で何やら騒ぎ立てている瑞樹の姿と、ふてくされるように頬を膨らませながら横を向く茜……そして、舞方は別にもう一人……千沙達にとっては驚くべき人物の姿がその甲板の上にはあった。


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