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オペレーション・ブルーアルカディア♯3-⑫

12:船底からの脱出 千沙 「……ん? あぁ……美波か? ヤツは慌ててこの部屋から出ていったよ……なんでも、電源の通っていない隔壁は気密性が保てなくなるらしい……。この船は予定よりも早く沈んでしまう……とか言ってさっさと飛び出していったのさ……」 岬 『そうか……あいつは自分の脱出艇が有るとか言ってたからな……そこへ向かったんだろう……』 千沙 「それで? お前の方はどうなんだ? ジャマ―を破壊した部屋から……戻れなくなったと言っていたが……」 岬 『あぁ……残念ながら来た道は水浸し、先の道も海水に浸かっちまってるっていう最悪の状況だ……正直しんどいぜ……』 千沙 「私のいる階よりお前の場所は一つ下の階層だったな……どうだ? 戻ってこれそうか?」 岬 『いや……合流は無理そうだ。幸い……この区画は通気ダクトが縦に連なってるみてぇだから、そこを登って行けば上の階には出られるだろうが……正直何処に出るかは見当もつかねぇ……だからココからは“それぞれ脱出”って事で手を打った方が得策だと思うぜ?』 千沙 「そうか……わかった。私はこれから皐月に通信を飛ばして脱出のルートを確認させるつもりだ……お前もある程度場所の把握が出来たら皐月とコンタクトを取ってみてくれ……」 岬 『あぁ、分かった。そっちも気をつけてな……沈むのが早まったんだったら未だ電気の通ってる上の階とかは緊急時の為の隔壁を次々に閉めているはずだ……』 千沙 「この上の階層はまだ電気が生きているはずだからな……それは皐月に開けてもらう以外ないな……」 岬 『ダクトに入ったらしばらく通信が出来なくなるから……しばらく情報交換は出来ねぇが……死ぬなよ? リーダー……』 千沙 「それはこっちのセリフだ。お前こそ無事に脱出するんだぞ? 無事に脱出出来たらお前の大好きなお金が沢山貰えるよう上と掛け合ってみるから……」 岬 『ハハ……そいつは楽しみだねぇ~。そいつを聞いちまったからには……易々とは死ねないな……。上乗せで稼いだ金を舞華なんぞにとられたら死んでも死にきれねぇからな……』 千沙 「そうだろ? だったらしっかり生き残って見せろ! お前なら容易いはずだ……こんな船からの脱出なんて……」 岬 『任せとけって! 言われなくてもこんな船簡単に脱出して見せるさ……』 千沙 「……………………」 岬 『……………………』 千沙 「じゃあ……また船の外で会おう……」 岬 『あぁ……またな……コマンダー』 千沙 「必ず……脱出しろよ? 必ずだぞ!」 岬 『……あぁ……約束だ……』 千沙 「……………………」  通信の音声に交じって絶えず聞こえてくるノイズのような海水の侵入音……  今、岬のいる部屋には……確実に海水が流れ込んできているのが見なくても想像できる。  彼女があると言った“通気ダクト”は……本当にあるのか? 実はそんな都合のいい物は存在せず……部屋に閉じ込められてしまっているのではないか? 心配を掛けたくない一心で閉じ込められていることを言えないだけではないのか? 千沙の頭の中で様々な憶測が脳裏を過る。正直……自分も下の階へ降りて彼女と合流して脱出を図りたいと思っている。  しかし、岬のもとへと行くために下の階へ降りなければならない。下の階は……おそらくほとんどの部屋が流れ込んできた海水の中に沈んでしまっている事だろう……この階だってそう長くはもたない。それは海水の流れ込む濁流音を聞いているだけで悟ることが出来る。  岬を助けたい……だが、それを実行しようとすれば間違いなく2人とも船から出る事はもとより上の階へ上がる事すら叶わなくなる。  今は信じるしかない。岬の言葉を信じて、自分は自分の脱出を考えなくてはならない……。だが…… 千沙 「岬……。お前さっきの話は……本当に————」 岬 『―—――ズズズっ!! ズン!! ザザザザザザザザ……』   やはり岬を見捨てたくはないという想いが千沙に言葉を紡がせるが、その言葉を言い終える間もなく通信からは壁か何かが壊れるような音と共に大量の水が浸入する音が聞こえ始める。  船はその際大きく揺れ、テーブルに手をついて通信を行っていた千沙もその揺れに部屋の壁際までよろめいてしまう。  そして岬との通信はその時点で途切れてしまい、千沙の必死の呼びかけにも応答は一切返ってこなかった。 千沙 「く、くそっ! この船……かなりマズくなってきてるな!」  通信の取れなくなった岬に後ろ髪は引かれる思いではあったが、このまま助けに行くという選択肢を選ぶわけにはいかないと己を律しなおし、改めて皐月のチャンネルへ通信を飛ばしなおす。  コール信号が3回……4回と繰り返され、5回目のコールにてようやく皐月のあの声を聞くに至れた。 皐月 『ち、千沙さんっ!? どうやって通信を? ジャミングされてて回線が飛ばせないと思っていたんですが……』 千沙 「ジャマ―は岬が解除してくれたんだ。今は岬とは別の場所にいる。すまないが、私の通信信号を辿って現在地を探ってくれないか? 船底近くの部屋にいるって事だけは分かっているんだが……」 皐月 『安心してください、もう見つけました! 千沙さんは今第6デッキ研究区画のB棟の部屋にいます!』 千沙 「流石、早いな……」 皐月 『私も探していましたので』 千沙 「だったら……この船の状況はもう把握しているか?」 皐月 『えぇ、先程の爆発によって第8デッキの倉庫区画が全て海水に浸かってしまっています。現在は第7デッキのほとんどと……千沙さんのいる第6デッキにも浸水が見られます!』 千沙 「よし、それじゃあ私のいる部屋から上の階層に抜ける為の道案内を頼む!」 皐月 『了解です! では……すぐにその部屋から出てください! 隣の部屋に浸水が始まりました! 隔壁がオフラインになっているのですぐにその部屋にも水が入ってきます!』 千沙 「分かった!」  隣の部屋まで浸水が始まっていると聞き、慌てて部屋の扉に手をかける千沙。手に取ったドアノブを捻り通路へと続く扉を開いてみるとすぐさま足元の扉の隙間から海水が部屋へと流れ込み始め、彼女の足元を濡らしにかかる。  通路を見れば数センチ程ではあるが床を這う水の流れが確認でき、すでにこの階層にも浸水の危機が迫っているという事を無言で訴えかけている。 千沙 「今出た! 通路はどっちだ? どっちに進めばいい?」  美波が飛び出した時には見られなかった浸水が、ほんの数分経っただけで靴を濡らすにまで至る程進んでいたことに衝撃と動揺を隠せない千沙だが、無線の奥から聞こえる皐月の声を聞くことでどうにか理性を繋げていられる。  こんな場所に一人で取り残されていたらと考えるとゾッとする事この上なしだが、今は無線越しに仲間の声が聞こえるのが頼もしい。油断すれば迫る死の重圧から考える事を辞めたくなる衝動が芽生えそうになるが、皐月の声が届くたびに現実に引き戻されているかのような感覚を覚えどうにか生き残るための知恵を巡らそうと脳が覚醒してくれる。 皐月 『扉を出て左方向へ進んでください! その通路の突き当りの扉が研究区画A棟に繋がる扉です!』  皐月の指示に頭で考える降り先に脚が反応する。時間がないのは明らか……浸水が刻一刻と進んでいくのが溢れ出してくる水の量を見ても滝のような轟音を聞いても理解できてしまう。 千沙 「分かった! A棟に向かえばいいんだな?」 皐月 『そうです! C棟にも階段はありますがそっちは機関室に繋がっていて行き止まりです! A棟であればまだ通路も浸水しきってはいませんので通れるかと!』  上の階へは基本的に階段かエレベーターを使わないと上がることは出来ない。エレベーターが稼働していれば労せず脱出も可能であろうが、電源が通っていないデッキでエレベーターを利用できるなど思うはずもない。例え動いていたとしても、災害時の備えとして稼働を自動的に止めてしまうエレベーターがほとんどであるため、これを使うにはリスクが多きすぎる……。その事は皐月もしっかり理解して階段へ向かうよう誘導を行っているのだった。 千沙 「A棟への扉が見えた! 見た感じ電子ロックが掛けられるタイプのドアのようだが?」 皐月 『そのまま手で開いてもらって問題ありません。その区画は電気が通っていないようですので今は普通の扉と変わらないかと……』 千沙 「あぁ……なんとか……開けられそう……だ……」  扉のドアノブを両手でつかみ体重をかけて横へ引くと僅かだが扉が開く感覚が手応えとして返ってきた。 皐月 『急いでください! 先程まで居た研究室付近はすでに海水が入り切ってます。ドアにも隔壁にも気密性が無いようですのですぐに廊下にも水が……』 千沙 「あぁ……もう実のところ……足元はもう水浸しだ……膝まで水位が上がってきている……」  しかし、水が迫っている影響か少し開いた扉はそれ以降ビクともしなくなり、千沙の体重だけでは完全には開いてはくれない。 皐月 『ドアは……開けられましたか? いちおA棟は予備電源が生きているみたいで部屋の気密性は保たれているようですが、部屋には通気口とかから流れ込んだ海水で今にも溢れそうです! 急いでその通路を抜けてください!』 千沙 「くっ! このドア……急に……固くなってっ! んおぉぉぉぉっっ!!」  体重だけではだめだと水に浸かりきった足を踏ん張らせ、僅かに開いた扉の隙間に手を掛けて力任せに扉へ力を込める。少しずつ……少しずつではあるが扉はその力に応えて隙間を広げていく。 皐月 『B棟の浸水率が70%を越えました! これ以上は危険水位になります! 急いでくださいっ!』 千沙 「くそ! 海水が……重くて、扉が思うように開かんっっ! くっっっ!!」  秒を追うごとに深さを増していく水の量……。いつの間にか腰まで水に浸かってしまっていた千沙は、必死に身体が浮いてしまうのを避けるために脚を踏ん張って最大の力を振り絞る。 皐月 『浸水率75%! 6……7……』 千沙 「くっはっっ!! よし! 通れるっっ!!」  結局開いたのは40cm程の隙間……。しかし身体を横にしつつ水の流れに押されながら進めばどうにかスレンダーな千沙なら通り抜けられる。  千沙は身体を何度も捻りながらどうにかその隙間に全身をくぐらせ無事にB棟を脱出する事に成功する。 皐月 『千沙さん、急いでください!! B棟の水がA棟に流れ込んでいます!』 千沙 「そんな事は分かっている!! 開けた扉から次々に水が溢れ出してきているんだからなっ!」  脱出を果たしたのはいいが半開きの扉からは次々に海水が溢れ、すぐさまA棟の通路にも浸水が始まってしまう。 皐月 『このA棟の通路には電子ロック式の隔壁が2つ……今からそれをハッキングして一つずつ開錠しますので隔壁の前で少しだけ待っていてください!』 千沙 「水の入り込む速度が思った以上に速い! B棟から流れ込んだ水がすでに足首より上まで浸水している状況だ! 間に合うのか?」 皐月 『間に合わせますっ!! 絶対にっ!!』  皐月はドローンの操作と千沙のいるフロアのハッキングを同時に行っている為本来のハッキングスピードをこなす事が出来ていない。ドローンは絶対に手が離せない為、右手はドローンの操作用に動かし……左手のみでタブレット型の端末を駆使してフロアのハッキングを行っている。どちらの操作もミスしてはならない……どちらも命のかかった作業であることは明白である。 千沙 「くそ! もう膝まで水が溜まってきた……。水の抵抗に逆らって走るよりも、思い切って泳いだ方が早いかもしれんな……」 皐月 『最初の隔壁を開く準備が出来ました! 開いたらすぐに閉じますので通過したら教えてください!』 千沙 「あぁ、今隔壁の目の前まで辿り着いた! いつでもいいぞ? っていうか早くやってくれ! もう腰のところまで浸水してしまっている!」 皐月 『了解っ! 隔壁開きます!』  ビィィーーっという警報音と共に重く分厚い隔壁の扉が水の抵抗などものともせず左右に開いていく。  すでに脚など床についておらず立ち泳ぎで隔壁の前に居た千沙は隔壁が開いた瞬間に溜まっていた水と共に次のフロアへと流れだされていく。 千沙 「プハッ! よし、通ったぞ! 閉めてくれ!」 皐月 『はい!』  水流に巻き込まれる形で次の通路へと転がり込んだ千沙は口の中に入り込んだ海水を吐き出しながら皐月へ扉を通過した旨を通信で返す。  その通信に返事が返ると同時に扉の上に設置されたスピーカーからは再び警報音が鳴り響きまだ半分も開ききっていなかった隔壁はその音と共に通路を塞ぐよう鉄壁を閉めていく。  隔壁から流れ込んだ水は大した量にはならなかったもののA棟の部屋にはすでに浸水が始まっている部屋もあり、浸水しきった部屋の行き場を失った水達は扉の僅かな隙間から少しずつ漏れ出させ通路の床を膝の高さくらいまで浸水させていた。  数十はある部屋には窓越しに浸水の度合いが見て取れ、もはや一刻の猶予も許されていないという事を千沙に知らせている。  千沙は脇目もふらず次の隔壁へと水の抵抗に逆らいながら歩を進め、どうにか次の隔壁近くまで進むことに成功するが…… ――ズズズン! ズズズズ……ズズンっっ!!!  隔壁を目の前にした瞬間船底の方からまたもや凄まじい轟音と立っていることも憚られる勢いの横揺れが船全体にもたらされた。 千沙 「くっっ! くそ!! また爆発か……」  壁に手をついて転倒する事だけは避けた千沙だったが、轟音と共に船を揺らした衝撃はA棟のフロア全体に致命的な副産物を残して去っていった。 ――ピシッ、ミシミシ……  きっと船の設計上今のような衝撃が走る事など想定していなかったのであろう……部屋の扉に付けられていた丸い覗き窓のガラスがそれによってヒビが入り…… ――パリ、パリン!! パリン! ガシャン!!  亀裂の入った窓ガラスは溜め込んでいた水を吐き出すかのように一斉に割れ始め、割れた窓からは次々に海水が千沙のいる通路へと流れ込み始める。 千沙 「まずい! この量はまずいっっ!! 皐月っっ! もう少しで隔壁につく、今のうちに開けておいてくれ!!」  A通路のほとんどの部屋の窓が割れ、一斉に吐き出され始めた水の量に通路は瞬く間に海水の水位を増していく。その水の勢いたるやダムが放流したかのよう……。先程までは太腿くらいまでしかなかった水位も、ものの数秒で千沙の胸元まで水の深さを増していく。 皐月 『千沙さんダメです! さっきの衝撃で……その区画の隔壁の電力供給が絶たれました! その隔壁はハッキングでは開けません! どうにか力で開けることは出来そうですか?』 千沙 「馬鹿言え! 扉でさえも一苦労だったのにこんな重厚感のある隔壁を私が開けるものかっ!」 皐月 『電気は通っていないのでさっきの扉同様手で開けられるはずです! ロックは掛かっていないんですから……』 千沙 「無理だ! 少しガタつく程度はするが……水の圧迫も相まって隙間すら作る事も出来ん!」 皐月 『どうにか開けられませんか? 力で無理やりにでも開いてもらえれば……』 千沙 「やってはいるが……無理だ! ビクともしないっっ!!」 皐月 『水は……今どれくらいですか? どれくらい浸水してます?』 千沙 「もう首元まで水位が上がっている! 時間が無いぞ!!」 皐月 『急いだとしても……後……2分以上……』 千沙 「なに? なんだって?? 2分ってなんだ?」 皐月 『千沙さん! 後2分そこで待機していてください! どうにか間に合わせてみますので!』 千沙 「どういう意味だっ!? 2分ってなんだ?」 皐月 『説明している時間はありません! 今は私との通信よりも呼吸を整えておくことに集中してください! そして2分……今から2分だけ……我慢しててくださいっ!!』  皐月の最後の通信が終わるや否や、海水は通路の天井近くまで浸水し立ち泳ぎで身体を浮かせていた千沙も顔を上にしてどうにか残された空気を吸っているという状況まで追い込まれた。  冷たい水が首元から顎を濡らし始め……千沙は慌てて口を大きく開きありったけの酸素を肺に含み頬を膨らませながら口を閉じた。その瞬間、さらに水位を高めた海水はいよいよ千沙の口も鼻も水の中に取り込み彼女の周りに死の空間を作り上げてしまう。  肺の中の酸素が尽きれば……そこで終わり……口を開けてしまえば口から水が……鼻で呼吸しようとすれば鼻から水が入り込み肺には酸素の代わりに海水が流れ込み彼女は溺れてしまう。  手を口に当て、妙に流れの静かになった海中を漂うように身体の力を抜いて余計な力を入れないよう心掛ける千沙……。  海中では皐月の通信も聞こえる事は無く……音もない動きもない宇宙のような空間で千沙は必死に生を繋いでいる。    皐月の最後に言った“2分”という言葉だけを頼りに……


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