ショーダウン(リメイク)⑥
Added 2021-09-21 07:19:26 +0000 UTC6:大勝負 丹念に何度も切られたカード。ジョーカーを抜いた52枚のカードの束からまずはこの高額の勝負を吹っ掛けた麗華の手元に2枚が配られた。 裏向きに重なったその2枚のカードを怪しむように目を細めて見下ろす麗華だったが、綾香に怪しい動きが無かったと悟るや否やなんとも残念そうな表情を見せながらも最初の1枚目のカードを捲って見せ、曇り込んでいた表情を更に曇らせながら自分に与えられたカードの記号と数字をボソリと呟いた。 「……ハートの、4ですわね」 500万の大勝負を行うにあたって出来れば絵札以上のカードが手札にあれば先の展開が有利に運べたのだが……引いてきた数字は4というあまりに小さい数字……。 次に捲る事となる2枚目のカード如何によってはチャンスにもピンチにも転がりかねない緊張を強いられる数字ではあるのだが……その問題の2枚目を苦い顔で捲った麗華はカードの数字を見るなり一転して歓喜の声を上げ始める。 「や、やりましたわ!! なんて幸運♥ この場面でエースを引くなんて!」 麗華の2枚目のカードはハートのA。 ブラックジャックにおいて最重要となるキーカードのAを、この500万が賭かった勝負で引き当てることが出来た彼女は、勢い余って身を乗り出すくらいに興奮の態度を示した。 「くっ! なんて運の良い……」 Aの出現にどよめく観衆の声に紛れてついつい小声で本音を零してしまう綾香。 この勝負に綾香は一切手を加えてはいない。前5戦までの対戦同様に完全運任せの純粋なギャンブルを今回も行ったのだが……その結果、ツキに見放されていたはずの麗華にイレギュラーなチャンスを与える結果となってしまった。 「やはり幸運は私味方ですのね? この先の展開が楽しみですわ♥ ホホホホ……」 先程までの流れであればこのような好カードを引くチャンスすら訪れない……と、勝手ながらそのような希望的観測を行っていた綾香であったが、勝負の流れが麗華の方に流れ始めた事を示すように彼女にAという絶好の手を掴まれ彼女は純粋な勝負であるからこその悔しさを表情に露わにさせる事となった。 「……………………」 麗華がAを引き込んだのは大きい。Aはブラックジャックにおいてはかなり強いカードなのである。 Aは他のカードと違い、少し特殊で……1と計算するか11と計算するかを好きなように選べるという大きな利点が存在する。 麗華が最初に開いたカードはハートの4…… 次に開いたのがハートのAであるから、麗華はAを1として計算し4+1で5とするかAを11として計算し4+11で15とするかを選べる。更に次のカードをヒットしてきたとしてもその条件は引き継がれるので、例え次に引いてきたカードが10だとしてもAを1として計算すればバーストを起こすのを防げるし、もし仮に数字の6を引っ張ってこれれば11と計算してブラックジャック最強役である21にする事も出来る。運に左右されるゲームにおいて数字を選択出来るというのは攻撃にも防御にも転じれられる万能かつ最強の権利だと言える。 「……私の見せ札を……オープンするわよ……」 Aの出現によってこの戦いはかなり不利な勝負になりそうだ……と、自覚した綾香は喜びはしゃぐ麗華の態度を見ようともせず苦い顔を浮かべたまま自分の側にある裏返しの2枚の札の内、1枚を捲りその数字を全員に見えるように晒した。 せめて絵札でも入っていればと儚い希望を抱いて捲ったカードだったが、無情にも彼女の期待に応えるようなカードは出ず、カードとしては普通の……中途半端な数字が表れてしまった。 「うぅ……クラブの……8よ……」 うな垂れる様に悔しさを滲ませた表情で下を向く綾香。そんな様子を心配の眼差しで遠目から見ている夏姫は、胸の前で手をしっかり握り、心の中で「頑張って……お姉様!」と繰り返している。 その心の声を感じ取ったのか、綾香は沈んで下げていた顔を勢いよく上げ目に力を込めると恨めしさをぶつけるような勢いで麗華を睨み、本来のディーラーの職務である“場の進行”を進める言葉を彼女に放つ。 「で? どうするの? 当然ヒットするんでしょ?」 あわよくばこの500万の勝負は勝ちたかった……。勝っていかさまも見破られないという流れが一番望ましいと彼女は思っていた。しかし、自分の勝負手が8という中途半端な数字である以上その高望みが叶えられるのは難しそうだ。だったらこんな運だけの勝負などさっさと終わらせて、不正を見破れなかった麗華を言及する時間を多く作ってやろう……と思い立って顔を上げてヒットを促したのだが……満面の笑みを浮かべて扇子の縁から自分を覗き込んでいる彼女の姿を見て綾香のイラつきは限界を越えそうなほどに高まってしまった。 「勿論、ヒットですわ♥」 麗華にとってはノーリスクで引ける次のカード。当然ここは追加のカードを貰う事を選択する。 そのヒットを宣言するしたり顔にも苛立ちを覚えた綾香だったが、あと少しの辛抱だと自分に言い聞かせ彼女の要望通り山札の1番上から新たなカードを滑らせる様に彼女の手元に配ってあげた。 綾香のそんな内なる感情など知りもしない麗華は上機嫌に鼻歌を混じらせながらその配られたカードをゆっくりと捲る。そして表を向いたそのカードの数字は…… 「ダイヤの7……という事は……合計は12の方ですわね? 勿論もう一枚ヒットですわ♥」 現れたのは7という数字……。Aを11として計算すると22になってしまう為ここは自動的に1と計算され合計は彼女が言った通り12。 絵札か10を引けば22となりバーストとなる可能性が出てきてしまうが、12という数字では勝負にはならないと麗華は踏み勢いを崩すことなく次のカードもヒットのコールを出す。 運悪く彼女が6を引いてきて一発KOになってしまう可能性もあったこの場面で、幸か不幸かそういう理不尽な展開にならなかった事に綾香はほっと胸を撫で降ろすが……まだ油断など微塵も出来ない。なにせA~9まではどれを引いてもまだバーストする事は無いのだから…… 絵札と10がアウトでそれ以外がセーフであり、残ったカードも圧倒的にA~9までの方が多い為まだまだ麗華に有利な展開が続いていると言える。 綾香は額に薄い汗を滲ませながら次のカードを麗華の手元に滑らせた。 そのカードを躊躇なくひっくり返して見せると麗華よりも観客の方がどよめいてしまう程の数字がそこには表れた。 「あ~ら、あら、あら! これはこれは♥ とんでもないカードを引いてきちゃいましたわね♪」 現われたカードはスペードの8。 この大勝負の中、もはや勝負は決まった……と言っても過言ではない手が麗華に入ってしまう。 これまでに捲ったカードの合計はAを1と計算するならば……4+1+7で合計が12……。これに今得られた8を足すと合計が20となる。 このブラックジャックというゲームにおいて21の次に強い点数である20という数字を引いてこれたという事はこれすなわち“ほとんど負けの無い手”が麗華の手に入った……と言える。 500万の掛かった大勝負でこのような手が入り喜ばない者など居やしないだろう。現に周りの観客たちの興奮した歓声がそれを物語っている。 「くぅ……今回は貴女に微笑んだ様ね……。幸運の女神ってやつが……」 綾香はその数字を見た瞬間恐らく自分の負けであろうという事を覚悟し、敢えて彼女にスタンドかヒットかを聞かず自分の手元のもう一枚のカードを捲りゲームを進めようとした。 このような圧倒的有利になった場面であえて次の札を引いて完璧な21を目指そうとする人間など居るはずもない……とそう思ったのだから、当然ヒットコールの確認など省いてしまうのが普通である。 ――しかし、観客のみならずディーラーでさえもそのように思っていた状況の中で“彼女”だけは鋭い目を光らせて捲りそうになっている綾香のその手を止めさせる発言を行った。 「あら、お待ちくださいまし? 誰も“スタンド”なんて言ってませんわよ?」 その言葉に観客はどよめいた。そして更に…… 「スタンドせずに……その逆で“ヒット”を要請しますわ♥」 捲ろうとした2枚目の手がその言葉にピクリと反応し、綾香の動きを止める。誰もが予想だにしなかったその言葉に周囲の歓声も潮が引いていくように静まり返っていく。 スタンドではなくヒット……20という“これ以上を望むべきではない手”を持っているとは思えない非常識な発言……。綾香はその言葉が耳に入った時、自分の手札に落としていた視線を麗華の方に向けなおす。 ニコニコと明るい笑顔を浮かべているがその目の奥に潜んだ怪しい光を見るに、彼女が面白半分にそれを口走った訳ではない事を綾香は察する。 「貴女……正気? 500万も賭けているのよ? そんな大事な勝負で……20なんて強い手を引いておいて、まだ引こうっていうの? バーストになるのが濃厚だっていうのに?」 綾香の言う事はもっともである。 20の上は21しかない。つまりは次に引いてくるカードがAでない限りは麗華はバースト負けを喫してしまうのである。あの山と重なったカードの束からAを引いてこれる確率など地面に落としたコンタクトレンズを目を瞑って一発で拾い直すようなもので……とても現実的な選択とは思えない。ましてやそれに加え、彼女の手元にはハートのAがすでに1枚入っているという現実がある。4枚しかないAの内の1枚を所有しているという状況で残った3枚のAのうち1枚を引いて来ようとしているのだから彼女の選択がいかに愚行であるかが計り知れる。 普通の感覚であればその選択は視野に入りさえしない。Aなど何枚も都合よく引けるとは思わないのだから普通の感覚であればヒットコールなど決して行ったりはしない。 しかし麗華の考えは違っていた……。綾香の想像のナナメ上の考察を彼女は語り始めたのである。 「この状況……先程のあの男性の状況と似ているとは思いませんか? ほら、7戦目に残念ながら負けてしまった……私のスポンサーとなってくれた彼の状況と……」 扇子を口元に広げ、フフフと妖しく笑う麗華。 その言葉を聞き周囲の観客は再びざわつき始める。 「……貴女……まさかあの勝負と状況が似てるとでも言いたいの? 今の……コレが……」 つい1時間ほど前に行ったあの男性との最終戦……男に絶好の手が入ってなおかつ負けてしまったあの対戦と状況が似ていると……彼女はそのように主張しているのである。 確かに行き着いた過程は違えど……最終的な状況に関して言えば似ていると言えなくもない……。男の手は麗華の手と同じく20という絶好手が入っていたのだから……。 「私の合計は20……かなりのチャンスですわ♥ チャンスではありますけど……勝ちが確定した訳ではありませんわよね? 貴女の手元にあるそのまだ伏せられているカードが、例えば……2だったら合計は10になって、次に山札から引く数字……それがAなら、11計算にすれば合計が21になってしまい……勝ってしまいますわ、あ・な・た・が♥」 扇子を広げ顔全体を隠し、目だけが見える状態の麗華の表情を正確には読み取る事は出来ないが、その声の調子で分かる。彼女は今、この山札に“いかさま”が仕掛けられていると疑っているのだ。 先程の状況に倣うのであれば……この山札の1枚目はAが仕込まれている……と勘繰るのは当然だ。麗華にお金を出資したあの男性も最終的に20という手をスタンドしたために山札に仕込まれたAを取れず惜敗を喫した。これと同じことが“行われた”ならば、山札の1番上はAに違いない……彼女はそう踏んでヒットの宣言をしたのだ。 しかし……あの山札には不正は……行われて“いない”。 それは綾香自身がしっかり理解している。 だから、一瞬麗華の主張が良く分からなかった。なぜヒットをしようとしたのか……なぜリスクを冒そうとするのか……その答えに辿り着くのに時間さえかかった。 当然である……彼女はこの勝負……不正を一切行わず純粋な勝負を行ったのだから。 しかし、麗華の方はそれでは引っ込みがつくはずがない。いかさまを見抜くと豪語した以上……何かしら“いちゃもん”を付けなくてはこのままゲーム自体が終わってしまう。彼女の目的はあくまで不正の暴露であるため、当然勝負の勝ち負けなど2の次となる。 だから勝てる勝負を捨てていかさまを見抜いたと方便を吹いたのだ。いかさまなど行われてすらいないこの勝負で…… その思考を読み取った綾香はそのあまりの滑稽さに、沸々と湧き上がってくる笑いを堪えることが出来なかった。負けるかもしれないと思っていた勝負を自ら捨ててありもしない不正を見抜こうとしている彼女の必死さに笑いを抑えることが出来なかった。 「フッ……フフフ……。アハハハハハ! 貴女……本当に馬鹿ね。つまりこういう事でしょ? 私がこの山札に細工をしていて、次に捲るカードがAになっていると考えた。さっきのあの人と同じようになるんじゃないかって勘ぐって……その強い手を捨ててまで勝負しようとしているのよね? クフフフ! そりゃそうよね? 貴女ってば……私のこと疑っているんですもんね? ずっと……プクククク、アハハハハハハハ!」 腹が痛いと言わんばかりに右の手で腹部を抑えつつテーブルに逆の手をついて笑い崩れる綾香を見て麗華もつられて笑みを浮かべ彼女と同調するように控えめな笑いを僅かに零した。 ひとしきり笑いを出し切った綾香は、片眼に笑い涙を浮かべながらもその涙を指で拭い軽く咳払いをつつ調子を整え改めて今の状況を確認し始めた。 「なるほど……まぁそうする他ないわよね? 貴女は宣言しちゃったんだから……私がいかさまをしてるって……」 「えぇ……確実にヤっているはずですわ♥ こんな大勝負に……しない筈がありませんもの……」 「私が大勝負のプレッシャーに負けていかさまを仕掛けたって言いたいのよね?」 「えぇ……そうですの」 「じゃあ……この山札のカードがAだったらその可能性が高いという事ね?」 「可能性が高い……ではなくて、確実にヤっていたのですわ♥ 貴女が勝つために……」 「だったら……Aじゃなければ……逆にいかさまは無かったと言い切れるわよね?」 「それは……どうでしょうね? 実際に捲って見ない事には結論は出せませんわ……」 「何よ……煮え切らないわね。でも……まぁいいわ。じゃあ、証明してみせれば良いわよね? 今ココで……」 「えぇ。貴女はこれ以上……山札には触れないでくださいまし? 手を触れなければ……その場で入れ替える事も出来ないでしょうから……」 「……フン! 徹底してるのね? 別に私は構わないけど……」 「では……早速その山札の1枚目を……頂いてよろしいかしら?」 「どうぞ、ご自由に!」 綾香はこれ見よがしに手を背中で組み自分は何も触っていないという格好をアピールする。その姿を鋭い目で見ながら麗華は右手を出して山札の1番上のカードを1枚裏向きのまま手元に寄せる。 「では……開けますわよ?」 そのように告げると麗華はその細い指でカードの端を摘まみ、ゆっくりと持ち上げる動作を始める。 今回の勝負……一切の不正を行っていないのだからこのカードがAであるハズがない……。だから何の気兼ねなくそのカードを捲らせる事が出来る……。綾香はそのように自分に言い聞かせているが、心の奥底では言い知れぬ不安が渦巻き始めていた。 そう“もしも”という事があるのだ。 確率的にはかなり低いが、それでも可能性はある……“たまたま”Aが山札の1番上に来ている事。真剣勝負であるからこその神の悪戯的な不運が起こる可能性が……まだ残っている。 麗華の手札に1枚Aが引かれているのだから、この山札には残り3枚のAが眠っているはず……。そのAが山札の一番上に来る確率は46分の3……つまり15分の1程の確率でそんな不運が起こってしまう。 確率は薄いがそんな事がこの流れで起きる筈はない! ……そのように確信を持っているつもりだが、綾香の高鳴る心音は収まる気配がない。 異常に早く脈打つ心音が周りにも聞こえてしまいそうなくらい自分の胸を打つ。 ドクドク……ドクドクと、時間が経過するにつれその音は大きくなっていく。 カードは半分ほど持ち上がり、後は反対側に数字の面が姿を見せるだけ…… ほんの数秒程度の動きである筈なのに綾香にはその動きがスローモーションを掛けているかのように遅く映っていた。 『やめて! ココで変な引きをしなくて良いから! Aだけはやめて! Aだけは……』 立ち振る舞いは堂々とした風に見せているが、心の中の綾香は縋る様な言葉を何度も唱えている Aだけは来るな! ……と。 『アレは……絵札じゃ……ない!?』 徐々に捲られていくカードの上部分が見え、そのカードが絵札ではない事がまずは確認できた。 絵札ならカードに所狭しと大きな人物絵柄がプリントされているからすぐに判断がつく。 絵札でないという事は……通常の数字か……または、Aなのか…… 綾香の手にはジットリと脂汗が浮かんでいる。その汗すらも拳の中に握りこみググッと力を込めて彼女は成り行きを見守った。 「……あら♥ これは残念……」 麗華のその言葉を聞いたと同時に札が完全に捲られ、その札の数字が明らかになる。 その数字を見た瞬間、綾香は力の抜けるような安堵感を味わった。 「ハ……ハハ……ダイヤの6。ダイヤの6じゃない……全く……」 彼女が危惧していた“Aがたまたま出てくる”という……そういう理不尽な結果にはならなった。もしかしたら、かなり運悪くそうなるのではないかと恐れていたが……そう簡単に都合よくそのような事が起こるわけではない。特にいかさまを使ってもいない純粋な勝負なのだから…… 綾香は思わず「ふぅ」と息を吐き、緊張した手の拳を少しずつ緩めていった。 「これで分かったでしょ? この500万を賭けた大勝負で“偶然”さっきの状況と同じになったけど……Aなんて仕込んでいなかった! これこそが、私がいかさまなんてしていないっていう、これ以上ない証拠よ!! いえ、まぁ……いかさまなんて最初から無かったんだから当然だけどね! 貴女がただの偶然に言いがかりつけてきたわけなんだし!」 普段冷静な氷の心を持つディーラーの綾香でも、このダイヤの6が出た瞬間の安堵と歓喜の感情はある種の快感を伴って全身を駆け巡った。 その安堵の感情が彼女の口を軽くさせ、ペラペラと口をついて言葉を溢れ出させている。 そして、ここぞとばかりに自分の正当性を観客にアピールするために手を広げてグルリと周りを見渡して声を上げた。 観客もそのアピールに惜しみない拍手を添え、逆に麗華には「いかさまなんて無いじゃないかっ!」「やっぱりお前の勘違いだろ!」等のヤジが飛ぶ。 しかし、そのヤジを全く耳に入れていないのか、それともまだ何か企みがあるのか……彼女は未だ口元をニヤつかせながら綾香の隣に立つバニーに頷きく仕草を見せ、小声で綾香に言葉を伝えた。 「残念ですが私の手はバーストしてしまいましたわね……」 不正はそのカードには仕込まれていなかったが、まだ麗華の負けが確定したわけではない。綾香の手札はまだ未開示のままであるため、彼女が変な数字を引いてバーストし勝者無しのドローとなる事だってある。麗華は次にそれを狙うべく「貴女が捲る番ですの」と言いたげにまだ捲られていないそのカードを指差して勝負を続けろと無言で促した。 「フフン! 貴女はもう終わりよ! 在りもしない不正をさも在るかのように言い回ってカジノ全体を混乱に陥れたんだから、その罪は極刑に値するわ! これからその罪を存分に後悔させてあげるんだから、覚悟してこの勝負の終わりを見届けなさい!」 勝ち誇った笑みを浮かべ、脳内で夏姫と共に彼女を辱めるいかがわしい妄想をシミュレートしながら綾香は残っていた自分の手札の1枚を躊躇なくひっくり返した。 引っくり返って表を向いたカードには綾香の完全勝利を揺るぎなくするごく平凡な数字が表れた。 ハートの7…… 綾香の見せ札の1枚目が8で2枚目が7……合計15。 これにより例え麗華がスタンドを宣言し山札にAがたまたま入っていたとしても綾香が21になる事はないため、この結果だけを見たとしてもいかさまが仕込まれていなかったことが証明される。 仮に山札がAであったとしても、15という合計を21にすることはどんなにひっくり返しても成すことは出来ないのであるから、どちらにしてもいかさまが仕込まれていなかったという事が完全に立証される。 山札にAなど仕込まれてはいなかったし、綾香の手も平凡極まりない手……誰の目から見ても純粋な運だけの勝負であった……と、その場にいた全員が納得しかけた……が、しかし! その捲られた手札の数字を見て、口元を緩ませ不敵に笑みを浮かべた人物が一人だけ居た。そして彼女だけはその結果を見て皆とは真逆の意見を口走る事となった。 事もあろうに……今まさにカード勝負すらも負けいかさまも見抜けられず観衆から「嘘つき」呼ばわりされた彼女が、声を張り上げこう主張してきたのである。 「みなさんっ!! やはり彼女は“いかさま”をしていましたの!! もう、動かぬ証拠が出てしまいましたわ!!」 綾香も周りを取り囲んでいた観客もその言葉に耳を疑った。 不正など一切していない場面で……しかも“たった今”いかさまが無かったことが証明された場面で、この不躾な対戦者は逆に綾香がいかさまを使ったと叫び始めたのだ! 苦し紛れにしてもこれは意味が分からない! 観衆も彼女の言っている意味が分からずお互いに顔を見合わせている始末…… 渦中の綾香でさえ目を白黒させて驚いてしまっている。 「な、何言ってるいのよ! 今まさにその“いかさま”がされていないって証明されたでしょうが! 山札からはAは出なかったのよ?」 ハッとなりすかさず反論を唱える綾香。 当然いかさま問題は解決したのだと彼女は食い下がる。しかしそんな彼女を麗華は構いもせず、観衆の一人一人を見渡す様にグルリと身体を回して手を大きく広げ更なる声を上げる。彼女はいかさまをしたのだと何度もその言葉を繰り返す。 「い、いい加減になさいっ!! 貴女は負けを認めるのが悔しくて――」 テーブルに手を突き、綾香は身を乗り出し喧嘩口調で言葉を繋ごうとしたが、不意に彼女の方をクルリと向き直した麗華が口の前で指を横に振り、聞こえる様にチッチッチ……と声を出した事でその言葉の続きを飲み込んでしまう事となった。 その得意気な顔……その顔を見た瞬間、綾香はゾクリと嫌な予感が背筋を伝うのを感じてしまう。 「誰が……山札からAが出なければ無罪だと言いました?」 得意げな顔から放たれた最初の言葉は、綾香の耳に届くなり頭の上に疑問符を付けさせる。 「ど、どういう……ことよ?」 自分の安全が脅かされているのではないかと自信が揺らぎ、改めて手札を見直し、どんな理屈があるのかと答えを求めようとする綾香。その額にはすでに冷や汗が垂れ始めていた。 「最終的にどんな経緯を辿っても……貴女が不正をして勝負に勝てば、それが“いかさま”でしょう? 目の前でそれが起きてるではありませんか……」 目の前には確かに麗華の負けが濃厚な結果が出てしまっている。手札の合計が26でバーストしてしまっている以上……綾香の次のヒットが7以上でなければ引き分けにも持ち込めない。かなり分の悪い状況である事は間違いない……。間違いないのだが…… 「なっ! まさか……私が勝ちそうだからって“いかさま”だとか言ってないでしょうね? 貴女はいかさまを疑って勝手にヒットした挙句にバーストしたのよ? 自業自得以外の何ものでもない結果でしょうにっ! そこに難癖付けるのはお門違いってもんじゃない!」 綾香は必死に反論した。実際言っている事は正しい……負けを濃厚にしたあのヒットの決断を下したのは誰でもなく麗華自身の判断によるものだったのだから……自分自身で自爆したと言われても仕方がない。 「あのヒットさえしていなければ勝っていたのは貴女だったかもしれないのよ? その判断の誤りを棚上げして貴女は……」 拳を握り怒りを露わにする綾香に麗華は相変わらず涼しい顔でフフ……っと笑みを零し、綾香とは全くの別視点で自分の言葉の正当性を説明し始めた。 「フフフ……もう一度よく見てくださいまし? 私が引いたカード。そして貴女の手札……」 その落ち着いた語り口に……『タダの難癖じゃない』と悟った綾香は、怒りに身を任せて握った拳をゆっくりと解き改めて息をついて自分の手札に目をやった。 綾香の最初のカードはクラブの8……2枚目はハートの7……合計は15…… ディーラーは最低でも17以上の点数が無い限り必ず山札からもう一枚引いてこなくてはならないというルールがある為、この勝負はまだついてはいない。 もしやこの次に引いてくるカードに難癖を付けるつもりなのでは? と、一瞬頭を過ったが、麗華の説明はその想像の斜め上を飛んでいくものとなった。 「まだ分かりませんの? それじゃ、言い方を変えて……これならわかるでしょう?」 麗華は扇子をパタンとたたみ、自分の手札を指しながら言葉を続ける。 「もし私があの20を出した場面で“ヒット”じゃなくて“スタンド”を選んでいたらどうなっていましたか?」 その言葉を聞いた瞬間……綾香の脳に衝撃という名の電流が走った。そしてとあることに気付いてしまった。 慌てて麗華の札を確認し……あの時麗華をバーストに追いやった“例の山札”の数字を再確認する……その数字は―― 「あの時の札は……ダイヤの……6っ! 6って事は……つまり、6って事は……」 「そう! もし私が“スタンド”を選択していれば、このダイヤの6は“貴女”が引いていたはずですの。だってスタンドというのは山札を引かないって宣言する事なのですから……」 「はっっ!? あっっ……う、嘘でしょ?」 「そうなると、この6を引くのは……順番的に貴女……。だからこのダイヤの6は貴女の手札に加わる筈でしたわ♥ そして……貴女のカードの合計は8+7+6で……ピッタリ21! つまり、貴女は私の20という手札よりも強い21を手にしていましたの!! 貴女は勝っていましたのよ! このダイヤの6でっ!!」 綾香の手札は合計が15だった。つまり、その6が入っていれば綾香の手はピタリと21になり……勝ってしまっていた。 麗華の20の手に…… 麗華が怪しんでヒットをしたためにその6は彼女が持って行く事となり結果的にバーストする事となったが……改めて順を追って見返してみると、結局綾香は“何もしないでも勝てた”試合になってしまっていたのだ。 Aがいかさまの争点だと思っていた綾香は、その事実を知った瞬間……奈落に堕ちる様な錯覚を覚えてしまう。 目の前が暗くなっていき…… 綾香の耳には周りのザワつきと共に少しずつ聞こえ始めてくる。「あれは間違いなくいかさまじゃないか?」「確かにどうやってもディーラーが最終的に勝つ様に仕組まれてるよな?」など……彼女への疑いの声が…… 絶望を感じつつも、綾香は必死に自分を保とうと意識を奈落の底から無理やり引き摺り出し、聞こえてくる疑いの声に必死に言葉を返した。 「ち、ち、違います!! やってません!! なにもっ!! 私はなにもっっ!!」 懸命に取り繕い、身振り手振りを交えて自分は無実だと訴えたいが、その言葉よりも目の前の事象のインパクトの方が強く、観客はすぐに麗華の味方に付いていく…… やがて疑いの声は彼女をいかさま師だと決めつけるかのような声に変わっていった。 「あらあら……これだけ確かな証拠があるのに……まだ言い逃れをするつもりですの? 貴女はやっぱりヤってしまったのですよ♥ 高額な賭けのプレッシャーに負けて……い・か・さ・ま・を♥」 「や、やってないものはやってないわ!! 大体、証拠って何よ! こんなのただの偶然じゃないっ!!」 「フフ……こんな偶然がありますの? いかさまが行われる可能性が高い500万を賭けた勝負。ヒットしてもスタンドしても貴女が勝つようになっていたカードの順番……そして先程の男性と同じようなゲーム展開になったという事実……これら全てが偶然に起きるなんて普通は思えませんわ♥」 「そ、それでも! 偶然が重なり合う事くらい、いくらでもある事よ! その偶然の1回がこの勝負に出ただけでしょうが! ふざけないでっ!!」 「あら? 偶然の1回と言ってますけど……私は最初以外全敗してますのよ? それも偶然なのかしら?」 「ぐ、偶然に……決まっているじゃない! 私“今回は”何もしてないんだからっ!」 「クフフ♥ いま“今回は”“何も”っておっしゃりました? 何を“今回は”やらなかったのでしょうね? フフフフ……」 綾香はあまりの理不尽さに、ついつい危うい言葉を口に出してしまう。 自分は何もしていないのに……ただ偶然が重なって“いかさま”っぽく見えているだけなのに……自分は今回は無実なのに…… そんな憤りが焦りを生み、必死に弁解しようとする心が彼女の頭を麻痺させ、ついつい言ってはいけない本音を口から吐いてしまう。 決定的な事を言ったわけではないが、恐らく麗華にはその言葉だけで確信を持たれたであろう。 “普段はいかさまを使っている”と。 「う、うるさいっ!! とにかく認めないわ! こんなの何の証拠でもないし、偶然そうなったものなのよ!」 「そうは言いましても……観衆の皆さんは納得出来ない様子ですわよ? ほら、ここには貴女に散財させられたお客様も多数いらっしゃいますし……」 「ぐぅ……うぅ……」 確かに偶然だった。今までの勝負は偶然の産物で、いかさまなど入れてなどいない。だが、何を間違ったらこうなるのか“不正が行われたように見える”試合になってしまった。 この不正に見える試合は、いかさまの真偽はともかく観客に疑いを持たせるのに十分だった。勝負の始まりから麗華に散々“いかさまを使っている”と豪語され回っていたのだから……。 そんな疑いの渦中にあるディーラーに“偶然です”と言われても観客はそれに納得など出来ない。 今まで何十万もこのディーラーに吸われていった……という観客達の記憶が、あれは正当な勝負ではなかったのだと勝手に結論を付けられてしまう。 綾香を擁護する人間は一人としていない……あの夏姫でさえ、言葉を出せない程にショックを受けてしまっていたのだから。 勝利を確信した瞬間から一転して奈落へと突き落された彼女……それはさしずめ、今まで彼女によって食い物にされてきた観客の道程を辿らされたと言っても過言ではない。 絶好手を得た次の瞬間の敗北……その道程に極めてよく似ていた。 「いいですわ! そんなに認められないのでしたら、最後の勝負できっちり決着を付けましょう!!」 憤りの感情が爆発して物を飛ばしかねない観客の方を再び振り返り、麗華は両手をいっぱいに頭上斜め上に広げ彼等の視線を集めるように振る舞った。その行為に、勢いだけで怒りをぶちまけようと意気込んでいた観客にブレーキが掛かる。 「どちらにしてももう一戦残して有りますし……いかさまを“見破った”私にはもうこのディーラーは勝つ事なんて出来ませんの! だから皆さんも次の7戦目で彼女の最後を見届けて下さいまし! そして私が完全勝利をする姿を目に焼き付けてくださいましっ!」 周りを見渡しながら大声でそう宣言する麗華に、観客は一瞬綾香にぶつけていた怒声を収め始める。 一瞬シンと静まった観衆は、すぐに隣同士……前後ろ……見知らぬ客同士でガヤガヤと相談するかのように話を始め、そしてある程度顔を見合わせた後皆一様に首を縦に振って綾香に飛ばすヤジを保留という形に留めていった。 場が静けさを取り戻し始めたのを見計らい麗華は再び綾香の方を振り返り彼女にだけ聞こえるよう小さな声で言葉を続ける。 「ウフフ……残念でしたわね? 逃げ切れると思っていたでしょうけど……そうはさせませんわよ?」 「ふ、ふざけないでよ! 私は本当にいかさまなんて使ってないわ! アレは完全に偶然起きた事なのよ!」 「確かに……偶然起きてしまう事も……まぁ、あるかもしれませんよね? もしかしたら……」 「当たり前じゃないのよっ!! こんな事でいかさま師呼ばわりされたんじゃ死んでも死にきれないわ!」 「しかしとても残念な事に……これを見ていた観客さん達は納得できないみたいですわ。特に貴女に負けを喫してしまった殿方は貴女に怒りの感情を持ち続けるでしょうね……あの時もいかさまだったのか……って」 「……くっ!」 「ですから、それを払拭するためにも今皆さんに話した通り……私と最後の勝負を行いましょう……」 「最後の……勝負?」 「えぇ……元々7回対戦するつもりでいましたから予定通りではありますけど、次の勝負は単純に勝ち負けだけで勝敗を決めようと思いますの♥」 「勝ち負けだけ……って、どういう事よ?」 「私が勝てば貴女はいかさまをしていた事を認める。貴女が勝てば逆に私が貴女のいかさまを見破れなかったと正式に謝罪してしっかり罰も受けて差し上げますわ。これなら……分かり易いですしあと腐れ無いでしょう?」 「ゲームの勝ち負けで……結果を決めようっていうの? 証拠も提示されていないのに……ゲームに負けただけでいかさまを認めるような事をしなきゃならないって訳? そんな馬鹿な話に私が乗るとでも?」 「私が勝つ場合はちゃんと証拠を提示して差し上げますわよ? そしてその証拠を見ている皆さんにお披露目して説明するつもりですの♥」 「なるほど……つまりはあんたが負ければ、実はいかさまなんて無くて自分が難癖付けただけでしたって……認める訳ね? 客の前で……」 「えぇ……その予定ですわ♥」 「……いかさまの証拠なんて掴んでもないクセに……大した自信ね。アレを見破って“いかさま”だと証明するなんて……そもそも不可能な事なのに……」 「あら♥ その口ぶりは皆さんに聞こえないようにしないと……またあらぬ誤解を生みますわよ? ホホホ……」 「うぐっ! わ、分かったわよ……その条件……呑んであげても良いわ……」 麗華の予想だにしない提案に綾香は身構えた。しかし、彼女の言う“証拠を見せる”という言葉を聞き綾香は改めてこの条件が自分に有利に働くと悟る事となる。 そう……綾香のやる“いかさま”は証拠など見せられるものではないモノなのだ。仕込みが終わった時にはすでに手遅れ……彼女が何と喚き騒ごうが物的な証拠は何も残っていない状態になってしまうのだから。 で、あるが故そもそも“証拠を見せる”という発言自体おかしい。アレを知っていたのだとしたらそのような発言は出てこない筈なのだ。 つまりは麗華も“あのままでは証拠としては弱すぎる”と感じてこの勝負を挑んできたのだろう。いかさまのタネも理解しておらず……克つその証拠すら上げられないでいた彼女からすれば、このゲームに勝ちさえすれば“いかさま”を自白させられるのだからこの条件が好都合なのだ。 さっきの6戦目はたまたま運が悪かったせいであらぬ疑いをかけられてしまう結果となってしまったが、次の勝負で負けなければ“無罪放免”となるのであればこの条件は願ってもないチャンスだ。 あのテクニックがバレる訳がない……ましてやそれを使われたという証拠を提示できるはずもない。 綾香は麗華の提案に渋々乗るような態度を取ったが、心の中ではほくそ笑んでいた。 この不利な状況を打開できるチャンスが何もせずとも転がってきただけでなく、これに勝てれば今までの疑いも彼女に晴らして貰えるという特典付きだ。乗らない手はない。 「皆さん! 話はまとまりましたわ♥ さっきも言った通り、私は絶対に負けません! ですから……万が一、私が負けることになりましたら……先程の一件は“偶然だった”と認めて、更に彼女にいかさまの嫌疑をかけた事を深くお詫びさせて頂く事にしますわ!」 麗華は再び観衆に向かって手を広げ大袈裟なアピールを行う。 それを見て綾香はわざとらしく不機嫌そうな顔を作り「フン」と息を吐き捨てて腰横に手を当てる。 「では、早速……次の勝負のベット額についてですけど……」 一通りアピールを終え再びテーブルを挟んだ綾香と顔を突き合わせた麗華は、未だ回収されず手元に保持していた5枚のチップを広げて見せそれを指差して新たな条件を彼女に提案した。 「さっきの勝負……なんだかんだ言って決着まで行っていませんし……とりあえずノーカウントって事でよろしいでしょう?」 「んなっ!? 何であんたの負けが濃厚なゲームをノーカウントにしなきゃならないのよ! 今からでも決着付ければ問題ないでしょ!」 「でも……ほらぁ♥ 先程のゲームは、いかさまがされていたかもしれませんし……ねぇ?」 「うぐっっ! だから、してないって……」 「安心してくださいまし♥ 最後の戦いで私が負ければ不正が無かったという事になりますから、この結果も遡って私の負けにしてくださって構いません♥」 「……遡って清算していいっていう訳? まぁ、疑われているのは確かだから……貴女がそれでいいならそれでもいいけど……」 「では、この500万のチップを再び賭けるというのと……」 「まだ……なんかある訳?」 「えぇ。折角の最終決戦ですから……それに見合うようにと思いまして……」 「見合う? 何が?」 「つい……今しがた届けて頂きましたの♥」 「……だから……何がよ?」 「ほら……先程お願いしていた……追加分のお・か・ね♥」 「追加分って……まさか……」 「そう! ほら、上乗せでプラス500万! これも全~部つぎ込みましてよ! ド~~ンと♪」 「なっっ!? なぁぁっっ!? 何言ってるの貴女ッっ!?」 「500万と追加の500万で……合計1千万♥ 勝てば億万長者ですわぁ♪」 「は、はぁぁ!!? 1千万ッっ?? 嘘でしょ?」 金色に輝く5枚のチップ以外にも更に100枚の束が5つテーブルの上にばら撒かれ、その場にいた観客もディーラーである綾香も開いた口が塞がらないほどに驚愕する。 そのお金を工面した張本人であるスーツ姿の男も、白目を剥いて天を仰いでしまう始末…… 麗華はそんな一同が驚愕し言葉を失う様を見て「あらあら……ウフフ♥」と呑気極まりない笑いを零して再び扇子で口元を隠す。 負ければ人が一人死んでもなんらおかしくない程の法外な額の賭け金……その果てしない額に圧倒された綾香だったが、再び冷静さを取り戻すのにさほど時間は掛からなかった。 いかに法外な金額を賭けられたとしても……勝てば問題無いのだ。 そういうルールにしたのは……目の前で呑気に笑っている彼女なのだから。 勝てば……1000万も…………不名誉なレッテルの回復も思いのまま…… だから勝たなくてはならない。 次の一戦は……必ず。 綾香の覚悟を決めた睨み目と、何かしらを企んでいるであろう麗華の甘い視線が再びテーブルの中央にてぶつかり火花を散らす。 更に高額化した賭けのゲームが行われると知った客は次から次にそのテーブルの周りに人だかりを作り丸い壁で囲うように彼女達を取り囲んだ。夏姫はその中で揉みくちゃにされながらも綾香の身を案じ祈りを続けた。 絶対に勝って戻ってきて……と、何度も胸の内に思いを込め自分の手を握っていた。 観衆のざわめきと人だかりの多さに場は混沌を極めるが……程なくして、それは静かに幕を開ける事となった。 史上例を見ない……1千万という高額なベットと“いかさまの証拠”を賭けた……戦いの火蓋が……。