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ハルカナ
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ショーダウン(リメイク)⑳

20:タイムリミット  口紅と色を合わせるように真っ赤に塗られた智恵理の指先が、夏姫の伸びきった無防備なワキを背後から掴んでくすぐる様は見る者によって様々な比喩を思い浮かばせる。  胴体の赤い複数の虫達が木の窪みに溜まった蜜に群がるかのような動きに見えていたり、はたまた真っ赤な花弁を持つ食虫植物が餌につられて罠にかかった虫を取り込もうと集まってきているように見えていたり……智恵理の唇と同じ色のマニキュアである為爪の赤が彼女の小さくなった唇の様に見えそれらが腋の肌を食べているかのような姿に見えたり……  そのくすぐりに対して様々な見方を浮かべる観客達だが、皆の比喩の中には“智恵理のくすぐりは何かを捕食しているかのような動きをしている”という共通認識が存在する。  虫が餌を……植物が虫を……唇がワキを……  赤い何かが何かを食べようとしている……そういう認識が一致して浮かべられている。  彼女のそれはその認識が固着してしまう程激しいモノだった。  まるでワキの窪みの中に頑固な汚れでもへばりついているかの如く爪先でジョリジョリと音を立ててその汚れを引っ掻き出そうとするような動きで腋窩をくすぐっている。  汗をかいた事でそれが潤滑油となり滑りが良くなってしまった夏姫の無防備な腋……  その腋に溜まった潤滑油を塗り広げるように……そして腋窩から全て掬い出してしまおうとする様に爪の先で無軌道に引っ掻き回している。  そのように引っ掻かれて、くすぐりに弱い夏姫が笑わない筈が無かった。  むしろ夏姫でなくてもその絶望的な刺激に逆らうことがなど出来ようはずがない。  夏姫は最初の一掻きから全力で笑いを吐き出した。  遠慮も配慮も見当たらない無慈悲な引っ掻きに喉が破れんばかりの笑い声を吐き散らかした。 「ギャーーーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、あがははははははははははははははははははははは、いぎゃああぁあぁぁあぁぁ!! アギィヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、ひぎゃははははははははははははははははは、うはひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、やめっっへへへへへへへへへへへ、やめでぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」  あの鈴音でさえも最初は焦らす様に手加減をしてくすぐってきていたというのに……時間が迫っていることもあるかとは思うが、智恵理のくすぐりは最初からクライマックスを迎えてしまったかのように腋の中心に指が密着し痛いくらいの強い力で引っ掻き責めを執行したのだ。  無刺激だったワキにそのような刺激が突然の嵐の様に襲い出せば、いくらくすぐりに強いと豪語するような強者でも笑いを我慢する事など不可能だろう。しかしくすぐられたのはそういう刺激に滅法弱いと本人さえも自覚しているあの夏姫である。これだけ激しく強制される笑いの衝動に彼女が抗えられる筈がない。  彼女は気でも狂ってしまったんじゃないかと思わせるくらいの発狂笑いを綾香の真後ろで上げさせられることとなった。 「ちょ、ちょっと!? 夏姫っ!? どうしたの? 大丈夫!!? な、何が起きたの??」  膨らませた風船を破裂させたような甲高い大笑いが突然耳元で上げられ、綾香は驚くのと同時に困惑を強めてしまう。  明らかに今までとは全く別のベクトルで発された夏姫の笑いはもはや命の危機に瀕した悲鳴と遜色は無い。そんな叫び声を耳元で上げられて困惑しないほど綾香の精神は落ち着いてなどいない。そのけたたましく上げられる笑いに負けないくらいの声で夏姫の身を案じる言葉を紡ぐ。 「だぎゃあぁぁはははははははははははははははははは、おでぇざまぁぁっはっはははははははははははははははははははははは、コレ無理ぃィぃひひひひひひひひひひひひ、だえらんないぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!! 助げでぇへへへへへへへへへへへへへへ、苦じずぎでずぅぅぅふふふふふふふふふふふふ、ひぎゃ~~~~~っっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」 「な、な、な、夏姫!!? どうしたの? また足の裏? 足の裏をくすぐられてるの?」 「ち、違っっは~~~っはははははははははははははははははははは、違っっはははははははははははははははははははははははははは、違ぁぁぁぁっっはははははははははははははははははははは」 「な、何をされてんの? ねぇ!! こいつらに何処をくすぐられてるの?」 「うわぁっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ダハハハハハハハハハハハハハ、ぎひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!! わ、わ、わぎぃぃぃぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひくいひひひひひひひひひひひひひひひひひ、わぎぃぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、あがはははははははははははははははははははははは!!」 「わ、わき?? ワキをくすぐられてるって言いたいの?」 「だひゃはははははははははははははは、やめで! やめでぇっへへへへへへ!! 腋ガリガリやめでえぇへへへへへへへへへへへへへへへへ、アギャ~~ッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、うへはははははははははははははははははははは、ぃひいっ、はひぃぃぃっっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、きへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ!!」 「だ、大丈夫なの? あんた……そんな声で笑ったら喉がおかしくなるわよ? それにそんな風に暴れたら手首や足首を痛めて……」 「だ、だっでぇぇへへへへへへへへへへへへへへ、だっでっっぇへへへへへへへへへへへ、だっでっ! この人のくずぐりっっひひひひひひひひひひひひひひ、一切容赦がぁぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」 (※こーじさんの新規書き下ろしイラスト挿入予定場所)  智恵理のくすぐりに激しく身を振り乱そうとしながら笑い狂う夏姫を下から眺めながら鈴音はニヤリと笑みを零す。  そして笑い苦しむ夏姫に追い打ちを掛けんと彼女の足裏に再び両手を運び込んでいく。 「流石は機械の様に感情の無い女ね……こんな人柱になるような可憐な女であっても一切慈悲なんて与えずに責め立てるとは……恐れ入るわ♥」  鈴音の煽りに眉ひとつ動かさず夏姫をくすぐる手に集中している智恵理は、下で足裏をくすぐろうと構える鈴音を見ようともせずに彼女へ言葉を返す。 「誰が感情のない女ですか! 私だって感情くらいあります!」 「へぇ? ホントにぃ? じゃあなんで手を緩めてあげないのよ? 最初より更に指を早く動かしてるようにも見えるけど……」 「感情はありますが……それは慈悲の感情じゃありません……」 「じゃあ、なに?」 「……怒りです!」 「怒り? この女に怒りの感情が芽生えたってわけ? そりゃまたどうして?」 「さっき引っ掻いてきたんです! この子を抑え込んだ時に……私の腕を!」 「抑え込んだ? あぁ……あの飛び出そうとした時の話?」 「そうです! 引っ掻いたんです! 爪で! 二の腕の柔肌を!」 「そんな事で怒ってんの? あんたもお子様ねぇ~♥」 「お子様の鈴音さんには言われたくありません! でも、ほら見てください? 私の右腕っ!! 赤く跡がついちゃってるでしょ?」 「う~~ん、ここからじゃよく見えないけど……。まぁ、引っ掻かれたんなら怒って当然よね?」 「でしょ?」 「ところで今……どさくさに紛れて私の事“お子様”って言ったわよね?」 「……うっ……い、言ってません……」 「嘘ついたわね? じゃあ……あんたは後でお仕置き30分の刑……決定ね?」 「うぐぅ! ど、どうぞご勝手にっ! でも私はこの引っ掻かれた事許すわけにはいきませんから! 私にしたように彼女の腋も引っ掻いてあげるんです! 赤い跡がいっぱいつくようにっっ!!」 ――コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョっっ!!  智恵理の語気の強さに連動して彼女の指の動きも激しさを増す。  腋の窪みから腋の外側の様々な方向へと爪先を掻き出して、夏姫の腋の筋に沢山の爪跡を残すようくすぐり込んでいく。 「ぎゃ~~~っはははははははははははははははははははは、し、し、知らないぃィっひひひひひひひひひひひひひひ、引っ掻いだなんでじらないぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」  掠られる刺激が一層強くなった彼女のくすぐりに夏姫は額を拘束台にぶつけてその責めが耐えられないとアピールするが智恵理の責めは途切れたいはしない。むしろ、夏姫の弱点を的確に把握しそこを重点的に責めるよう手の動きを変え始める。 「知らないとはどういう事ですか? まさか……自分のやったことを覚えていないとでも言うつもりですか?」  智恵理の表情は責め始めの時と何ら変わりはない。何にも興味が無いかの様な無表情で夏姫の腋をくすぐり続けている。しかし語気だけは怒りのこもった威圧感の有る低い声で彼女を責め立てている。  決して感情を顔には出さないが責めの手だけは容赦なく無慈悲に執行するその姿は、鈴音の言葉通り機械そのものであると誰もが思った。 「だぎゃ~~~っはははははははははははははははははは、ごべんだざいぃぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、夢中だったがらおぼえてましぇぇへへへへへへへへへへへへへへへへんっっふふふふふふふふふふふ、くはっ!? かはっっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、ワッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、だははははははははははははははははははははははははは!!」 「痛かったんですよ? すっごく……」 「ギャハッッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ごべんだざいぃぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひ、イひィぃ~~ッっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」 「笑ってないでちゃんと謝って下さい? ほらっっ!!」 「あがぎゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっははははははははははははははははははははははは、無理ぃィひひひひひひひひひひひひひひ、それやめてくれないと無理ぃィひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、ぎはっはははははははははははははははははははっははははははははははははは」 「誠意が有れば謝れるはずです! ほら、謝って下さい! わ・ら・わ・ず・に!!」 「ギャ~~ッハハハハハハハハハハハハハハハ、だから無理ですってばぁぁははははははははははははは、腋のくすぐりやめでぇぇへへへへへへへへへへへへへへへ!! 笑いがとめらんないぃぃっひひひひひひ、いひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、カハハハハハハハハハハハハハハハ!!」 「謝れないんだったらもっと笑わせちゃいますよ? 反省するまで笑わせ続けますからね? ほらっ!! ほらほらぁ!!」 「アギャハハハハハハハハハハハ、うはひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、いぎゃあぁあっっははははははははははははははははははははははは、や、や、やめ……やめへっっへへへへへへへへへへへへへへへへへへ、いぎぃぃひひひひひひひひひひひひひひひ、んへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ……」  智恵理の理不尽な要求に一瞬でも応えようと笑う事を我慢しようとはした夏姫だったが……しかし、智恵理の指を食い込ませるような暴力的なくすぐりに笑いを数秒でも我慢する事は叶わない。  我慢したいのに我慢させてもらえない……  自我をも崩壊させ自分のキャラに似つかわしくない笑いを吐き出し続ける夏姫は、その暴力的なくすぐりに絶望と恐怖を同時に植え付けられた。  笑っても笑っても終わりが見えてこない無限地獄……その笑いは彼女の手が止まるまでやむことはない。 「ギャハッッハハハハハハハハハハハハハハハハ、おでえざまぁ? おでぇざまぁぁっっ!!」  智恵理が手を止めてくれないとなると、残された唯一の希望はもうこれしかない。 「な、な、なに? 夏姫っっ!! どうしたの?」 「あど、何分っ?? あど、なんぶん耐えればいいんでずがぁぁははははははははははは? あがはははははははははははははは、いひぃぃぃっっひひひひひひひひひひひ!!」  夏姫にも綾香にも希望という名の光を照らし出している唯一の希望……それは時間だった。  ショーを買い取って仕置きの時間に置き換えたと宣っていた麗華の言葉通りであれば……ショーの時間は後僅か。その僅かな時間を過ぎれば解放される筈なのだ。 「え、えと、あと……あと、あと……あと1分よっ! あと1分っっ!! もう1分を切ったわ!! 本当にあと少しよっ!! あと少し……」  ショーの終了時刻まで残り50秒弱。1分にも満たない時間でこの仕置きの時間は終わるはずだ。終わる筈……なのだが……  目の前で腕時計も見ずに智恵理の仕置きを眺めている麗華の顔を見ると綾香に不安が過ってしまう。こんなにも切羽詰まった状況なのに、扇子を片手に澄ました顔で仕置きを見守っている彼女の余裕ある表情が気になって仕方がない……  嫌な予感が渦巻いてくる……  この顔は何の顔なのか? この余裕は何を示すのか? 本当にこの仕置きはこのまま終わってくれるのだろうか? と、尽きぬ不安が綾香の心臓を高鳴らせる。  そしてその不安を助長するかのように、今更ながら見ているだけの鈴音が行動を開始した。 「もう……これだから無感情な女は怖いのよ。私は……智恵理とは違って優しいわよ? ほ~ら♥ さっき引っ掻いた土踏まず……痛かったでしょぉ? 今度は優しくコショコショしてあげるわね?  ほ~ら、ほらほらぁ♥」  言葉を聞く限りでは鈴音の責めは智恵理と違い本気では行わない様子。  それも綾香に違和感を生む。この1分を切った状況で……彼女が追い込みを掛けようとしないのはなぜなのか?  その違和感は……すぐに絶望の宣告へと姿を変えて答えをもたらす事となる。 「ギャ~~~ッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、あがはははははははははははははははははは、だめっ! だめぇぇへへへへへへへ、優しくされるのもダメっっへへへへへへへへへへへへへへへへへ、あじのうらぁこしょばいぃぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!! イギャ~ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」  25秒……24秒……  確実に時間が流れている筈なのに……そのスピードはゴールに向かう程に長く感じてしまう。  不安と違和感が時計を見る綾香の目を鋭くさせる。早く時間よ経てと強く願いを込めてしまう。 「ぎゃはぁぁ~~っははははははははははははは、もう無理ひひひひひひひひひひ、限界ぃィひひひひひひひひひひひひひ、おでぇざまぁぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、まだでずがぁ? まだ終わんないんでずがぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、いひぃ~っひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」  後20秒……19秒……18秒……  暗がりにある為照明が当たっているとはいえ遠くからはぼんやりしか見えない秒針の進みを、1秒たりとも見逃すまいと綾香は睨みつける。  あの壁時計に合わせてカジノやショーの時間は進行している。特にショーが終わる時刻には雰囲気をリセットする為にチャイムが鳴るよう時計には仕込まれている。だから秒針が12を指せばいつも通りチャイムが鳴って知らせてくれるはずだ……  ショーの終わりと……カジノ時間の再開を…… 「はぎゃぁぁ~~っはははははははははははははははははは、くるひぃぃっっっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、死んじゃうっふふふふふふふふ!!! ホントにもう無理ぃィひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」  しかし、もし……もしも万が一……この、目の前で扇子を広げて優雅に仕置きを眺めている女が……時計の時刻を数分早めるような小細工をしていたら……  もしも……そういうズルい事をしていたなら……チャイムはならず仕置きがそのまま続いてしまう事になる……  そうなれば……彼女が何分時計をずらしたのか分からない為、あと何分夏姫が耐えれば良いのか正確な時間を伝える事も出来なくなってしまう。  夏姫はこれ以上耐えられる筈がない……自分よりも限界に達してしまっている事は、息の吐き方で悟ることが出来る。  夏姫はもう限界だ……。  もしも時間を2分や3分引き伸ばされているのだったら……自分がまた演技をして時間を稼ごう。  反省するふりをして……謝る振りをしてチャイムが鳴った瞬間にその態度を改めればいい……。  とにかく時間を稼ごう……。チャイムが鳴るまでが……勝負なのだ。 「がはっっはっはっはっはっはっはっは、あは、あは、あはっっはははははははははははは、ゲホゲホゲホ!! だはっ!? ギャハハハハハハハハハハハハハ、うははははははははははははははははははははははははははは!! はぎぃっひひひひひひひひひひひひひ」  綾香はその瞬間を待った。  秒針が12を指すその瞬間を……  そして、イレギュラーな事が起これば、まずは夏姫の責めをやめさせるのを優先して時間を稼いでやると決意した。  刻一刻と秒針は進む……  55秒……56秒…… 「だはがっっはははははははははは、あがははははははははは、ひぎししししししししししししししし、えげへへへへへへへへへ……へぎぃぃ! いぎひぃぃぃっっ!? うげへっっへっへっへっへっへっへ……ひっっひっひっひ……ひひ……ぃひひひひ……ひぃひ……」  夏姫の笑い声が急にトーンダウンを始める。  いよいよ限界が来てしまったのだ……  彼女はもう……意識を失う寸前まで追い詰められている事だろう……でも、時間も残りわずか!  58…………59…………っ!!  麗華や鈴音たちの態度からチャイムは鳴らないかもしれない……と、杞憂した綾香だったが、秒針が時計の12の数字に差し掛かると同時に、その杞憂を晴らすかのようにいつも聞きなれたあのチャイムの音がホールの中全体に鳴り響いてくれた。 ――キ~~~~~ン、コ~~~ン、カ~~~~ン、コ~~~~ン……  およそカジノには相応しくない、小学校の全体放送でも流れてきそうな間抜けな音が鳴り響くが、綾香にとってはそれは待ち焦がれた音であり、ショーの終了を伝える希望の音色でもあった。 「はぎひっ!? や、や、やっだ! チャイムっっふふふふふふふ!! チャイム鳴っだぁぁはははははははははははははははははははははははははは!!  夏姫もそのチャイムの音に気付き残った力を振り絞って喜びの声を上げる。  しかし、その喜んでいる声は笑いを含んでおり、彼女への責めが未だに緩められていないという事を知る事となる。  チャイムが鳴ったのに……なぜ? もしかしたら……チャイムが鳴り終わるまで粘るつもりだろうか? ギリギリまで責めて……屈服しなかった私への腹いせに夏姫の事を苦しめようとしているのではないだろうか?  でも、チャイムももう……鳴りやむ……  長いチャイムではないのだから……すぐに鳴りやむが…… 「がはっっはははははははははははははははは!! ゲホゲホ!! にゃ、にゃんでっ!? にゃんでやめでぐれないのぉぉほほほほほほほほほほほ?? チャイム鳴っだっぁはははははっははははははははははははははははははは!! 鳴ったでしょ!? 今ぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」  まさか……チャイムの余韻が消えるまでとか……? そんな無駄な引き伸ばしをして……最後の最後まで夏姫を苦しめようという腹なのか?  「そろそろ……私の方も本気でヤろうかしら? 流石にナデナデだけじゃつまらないしね……」 「じゃあ次に私は……服に手を突っ込んで地肌の脇の下をこそぐってあげましょうかね♪ 夏姫さんは鈴音さんと同じで胸が小っこいですから……こっちの方が敏感かもですし♥」 「相変わらず容赦ないわね? 気絶させないでよ? あ、あと! あんたのお仕置き1時間に増やすから……」 「うげ! 余計なところは聞き流してくださいよぉ~~」 「そんな事言って……実は責められるの嫌いじゃないくせに! あんたさっきからわざと私の事煽ってるでしょ?」 「……エヘ♥ バレちゃいましたか♥」  チャイムが鳴り終わったにもかかわらず、鈴音たちの会話は一向に責めの終わりを告知しようとはしない。まるでチャイムなど聞いていなかったかのように会話を楽しみながら責めの手を変えようとすらしている。  チャイムが鳴った事は夏姫も確認したし間違いない筈だ、周りで見ている観客たちも「今チャイム鳴ったよな?」「ショーの時間って終わったよな?」と隣同士で零しているくらいなのだから……確実にチャイムは鳴った。幻聴などでは決してない。  でも責めが止まっていない……  夏姫も笑い続けている……  麗華はそれを止めようともしない……  これはなぜなのか? なぜ止めようとしないのか…… 「ちょ、ちょっと!! 何をボーっと突っ立ってんのよ!! 早くあいつら……やめさせなさいよっ!!」  責め手を変え責めを続けようとしている二人を止めることなく眺め続けている麗華に、綾香は不安を募らせている様子を悟られないよう強い睨みを彼女に向け、やめさせない理由を怒声によって問いただした。  その猛々しい声に全く動揺を見せようとしない麗華は、夏姫の方を見ていた目をジロリと動かして綾香の方へ向けなおす。そして、綾香にとぼける様に言葉を返していった。 「なぜ……止めないといけないのです?」  その簡潔な返事に、綾香は嫌な予感が限界まで胸奥に溜まるのを心臓の大きな鼓動を聞いて自覚した。 「な、なぜって……チャイムが……鳴ったのよ? ショーの終わりを知らせる……チャイムが……」  綾香の心音は言葉を紡ぐごとに大きく鼓動を鳴らす。最初こそ強く睨んでいた筈の綾香の目も、麗華の冷たい視線と合うと途端に恐ろしいモノを見ているかのように視線が逸れてしまう。 「それが? いかがしました?」  麗華の笑みが徐々に綾香の顔の前に迫ってくる。  綾香はその顔を直視できない。  核心を言ってしまおうかとニヤけるその顔を……見ることができない。 「あ、あんたが言った事でしょ! そ、その……ショーの時間を……わ、私の仕置きの為に……買い取った……って……」 「えぇ。申し上げましたわ……」 「そ、その……ショーの時間は……今……終わったのよ? チャイムは……それを知らせる……合図みたいなものだから……」 「はい。それも存じておりましてよ?」 「じゃ、じゃ、じゃあ……なんで? なんで……止めて……くれないの? あの二人……を……」 「え? それは……勿論。貴女が認めていないからに他なりませんわ?」 「み、認めていないって……い、いかさまの……事?」 「当然じゃありませんかぁ♥ だって……それを認めさせて仕置きするのがこのショーの目的なんですから♪」 「そ、その! そのショーの時間がさっき終わったって言ってんのよっ!! 終わったんだから止めなさいよっ!! そういう約束なんでしょ?」  そこまで綾香が声を上げると、麗華は再び口角を上げて子供の様な笑顔を綾香に向けなおす。  そして畳んだ扇子を綾香の喉元へ突き付けて…… 「だ・れ・が……ショーの時間“だけ”を買い取ったって……言いました?」  と、殺意のある低い声で綾香に詰め寄った。  斜め下に顔を突き付けて見上げるその顔は既に笑いを消し去って獲物を睨む様な鋭い狩人の目へと変化していた。 「あっ……かっ……は?? え……?? そ、そ、それって……ど、どういう……意味?」  その目に睨まれ思わず呼吸が止まり顔を硬直する程恐れを感じてしまった綾香は、思わず顎を引いて顔を遠ざけようとしてしまう。しかし拘束された身での遠ざけなど何の意味も持たず、未だ笑い苦しみ続けている夏姫の声をダイレクトに耳に入れる事を余儀なくされてしまう。 「私は確かに“ショーの時間を買い取って仕置きの時間に当てた”とは申しましたが……それだけで仕置きを済ますとは一言も申しておりませんでしたでしょう?」 「うぅ……それは……そうだったかもだけど……」  夏姫の苦しむ声を聞き綾香は再び頭の中が真っ白に染め上げられてしまう。  考えないようにしていたが、もしかしたらという不安は彼女の脳裏にも過っていた。  確かに……仕置きの時間が1時間だけとは誰も言ってはいなかった……  言ってはいなかったが……それ以外の時間を買い取るというのは考え難かった。なにせショー以外の時間となれば後は“カジノ自体”の運営時間を買い取るという事になるのだから……。  一介の不正ディーラーを断罪する為にそこまでする者など居る筈がない。その様な事をすれば最悪破産する恐れだってあるのだから……  だからそれはないだろうと信じていた。信じたかったが……彼女の言葉はそれを裏切る事となる。 「きっと……ショーの時間だけを買い取ったとしても、貴女の断罪は叶わないだろうと思ってました。というか……こんな1時間ぽっちの時間で反省したと言われましても……ただの苦し紛れである可能性が高いと思いますし、不正の被害にあったお客様も納得して頂けないと思いましたの。だから……その先の時間も追加で買い取らせて頂きましたわ♥ このカジノが閉店するまでの……残りの2時間という時間も……」 「へ、閉店するまでの……2時間って……営業時間の買い取りをしたって事? う、嘘……でしょ?」 「いいえ♥ ちゃんとキャッシュで払わされましたわ♥ 目が飛び出るくらいの金額でしたけどね……」 「ば、馬鹿げてる! そんな……あり得ない!! だって……私への仕置きが目的なだけなんでしょ? そんな事の為に……カジノの営業時間を買い取ったって言うの? そんな事出来る訳が……」 「今回の依頼……いちおスポンサーが付いていましてね♥ その方が情報提供と依頼を同時にしてくださったんですの……。『このカジノにはいかさまを平然と行うディーラーが居る。そのタネは分からないが被害にあっている人間が多数声を上げている。だから、このディーラーのいかさまを暴いて断罪して欲しい……』と。そして『二度とディーラーとして表に立てないよう仕置きをして欲しい……』とも申されておりましたの」 「な、何よそれ……私がいかさまをしているって決めつけて依頼をしてきたって言うの? その人が?」 「えぇ……その方が、『もしも依頼通りに事が運べば買い取った時間は自分が処理してやる……』って言ってくださりましたのでこの営業時間の買い取りというのが実現できましたの♥」 「そ、そんな馬鹿みたいな依頼を出す人間が……被害者の中に居たって言うの?」 「さぁ? 被害者かどうかは聞いていませんが……でも、この契約には裏がありまして……」 「う、裏?」 「ほら、私達はあまり有名ではありませんでしょ? ですから……不正を暴くという部分が失敗する事も考えられるし、何より失敗した時のリスクも大きい……」 「…………………………」 「だからあの方はこう仰ったんですの。『断罪に成功した時だけ報酬も経費も全て払う、その代わり断罪に失敗した時は全ての費用は実費で支払って頂く』って……」 「つまり……私との勝負に負けてたら……賭けた額だけでなく……自分が晒されるショーの時間も自腹させられるかもしれなかったって事?」  「ちなみに賭けた金額は自腹ですの♥ それは経費として認めてくれないって言われましたので……」 「その依頼……あんた達に何の旨味があるって言うのよ? 聞く限りではリスクしか背負ってないじゃない!」 「まぁ、色々ありますのよ……私達にも♥ でも驚きましたわぁ~~カジノの営業時間を買い取るだけでとんでもない請求額を出されたんですのよ! それはもう……目が飛び出ん程の――」 「それはもういいわ! それで? まさかその……依頼してきたやつって言うのは……さっきアタッシュケースを持ち運んできてた……そのスーツ姿の男だとか……言わないわよね?」  綾香がステージの端に2つのアタッシュケースを持って立っている男を顎で指すと、その男は「えっ? 俺??」と突然スポットライトが当てられたかのように驚く声を上げた。  そんな彼を視線だけで追いかけた麗華はその男を見るなり首を横に振り「いいえ」と小さく返す。 「依頼主が誰かなどは公表できませんけど……でも、残念ながら彼は少し違いますわ♥ 彼とはココで初めて会ったというだけの関係ですから……」  麗華のその返答に綾香は目を見開いて驚くそぶりを見せるが、その目はすぐに疑惑の目へと変化する。 「あ、あんなに金を引っ張っといて……初めてココで会ったですって? う、嘘つきなさいよ! そんな都合のいい話がある訳が……」 「彼は本当の依頼主ではない。それは真実ですわ♥ 彼からすれば初めてだったという話であって、私達は彼の事をマークはしてたんですけどね♪」 「マークしてた? 何のためのマークよ? くっ……意味わかんない! 大体なんなのよその本当の依頼者ってっ!! カジノの運営時間を買い取るって言っても単純じゃないのよ? 賭博場なんだから売上なんて予測でしかないし……その額も下手したらウン億円いく事だってあるのよ? そんな莫大なお金を誰が肩代わりするって言うの!」 「世の中には変わった趣向をお持ちの方もいらっしゃるんですの♥ ほら……今も指を動かし続けているそこの二人の様に……」  綾香はその言葉を聞いてハッとなり背後から絶え間なく吐き出されている夏姫の笑い声を意識を戻す。  さっきまで息も絶え絶えだった夏姫の声は、何かしらの休みを入れられた後なのか責めが始まった時の様な甲高さを取り戻しており、手足の枷をバタつかせて新たな笑いを搾り取られている。 「ギャ~~~ッハハハハハハハハハハハハハハハハ、にゃんで終わっでぐれないのぉぉほほほほほほほほほほほほほ、ぎひゃはははははははははははははははははははははは!! もう笑いだぐないぃぃっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、死んじゃうぅぅふふふふふふふふふふふふ!! もうホントに無理だからぁぁはははははははははははははははははははは!!」  普段は先輩であれ後輩であれ敬語を使って話しかける程言葉に気を遣う性格である夏姫であるが、その笑いにもはや丁寧な言葉を気遣う余裕は見られない。それよりも笑う事が苦しくて堪らず必死に声を絞り出す事で精一杯な様子だ。 「もう笑いたくないんだって……どうする? 智恵理ぃ?」 「え? だって椿さんはまだ認めていないんでしょう? だったら……もっと笑って頂かなきゃ♥」 「あんたってホント鬼畜よね? ま、そういうのも嫌いじゃないけど……」 「自分の鬼畜さは棚上げですか? いやぁ~やっぱり鈴音さんは言う事が違うなぁ……」 「……智恵理への仕置きの時間プラス30分っと……。ほら、そういう事ならもっとこいつの事笑わせまくるわよ! もう、失神しようが失禁しようが構やしないわ! とことんくすぐり責めにしてあげましょ?」 「……うわ……怖っ! でも了解です♥ 夏姫さんの新しい弱点も見つけましたのでそこを集中攻撃してあげます♥」 「新しい弱点? それ何処よ? 後で責めるかもしれないから教えて?」 「ウフフ♥ 夏姫さんはココが弱いんですよねぇ~? 可愛くて小さなオッパイの横ぉ♥ ここをオッパイの柔肌と一緒にコチョコチョ~~ってこそばしてあげたら……すっごい悦んじゃうんですよぉ~?」 「あんた……それは女であってもセクハラよ?」 「良いじゃないですかぁ♥ 鈴音さんもさっきセクハラっぽい事彼女に言ってたでしょ?」 「アレは煽りを入れただけよ……あんたみたいに本当に趣味に走った訳じゃないっての……」 「えぇ? そうですかぁ? エヘヘ♥ まぁいいや♪ それじゃ、いただきまぁ~す♥♥ コチョコチョコチョコチョ~♥」  夏姫への苛烈な責めは止む気配はない。むしろ先程よりもより陰湿により効果的に彼女を笑わせ苦しめている。  このままでは夏姫の精神が異常をきたしてしまうかもしれない……  この様な責めを受け続ければ……仕舞には…… 「でへへへへへへへへへへへへへへへへ、うへへへへへへへへへへへへへへへ、ゲホゲホ! がっっはっっっへっっへへへへへへへへへ、いへひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇ、うへへへへへへへへへへへへへへへへ、ガホッ、ゲホゲホ!! おげぇぇへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ、やめれぇぇへへへへへへへへへへへ、ひぃぃっっひひひひひひひひひひひひひ、ウヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェ、けへへへへへへへへへへへへへへへ……」  綾香にはただひたすらに笑い続けて苦しい咳を繰り返す夏姫の叫び声と、脇の下と足裏をくすぐる二人の指が夏姫の無防備な肌をしつこく擦るようなカサコソという音しか聞けない。  彼女がどれほど苦しい思いをしているのか……どれだけ辛い顔を浮かべて笑い悶えているのか……想像できない。  でも、この責めを早く止めてあげないといけないという事は綾香にも理解できている。  本来この責めは……自分が受けるべき責めであり、夏姫は何も関係が無いのだから……  延長の時間が数分程度のものであれば、自分の演技で胡麻化すことも出来ただろうが……カジノの閉店時刻24時まで時間を抑えられているのであれば、そんな胡麻化しも通用しない。二時間もまごまごと引き伸ばす事など不可能なのは目に見えている。  夏姫を助けてあげられる言葉は……もはや一つしか残っていない。  きっと……後二時間も時間を取ってあるのであれば……今まで以上の責めを仕置きと称して受ける事になるのは想像しなくても分かる事だが……  綾香に残されたカードは……もうこれしか残っていない。このカードを切る以外に方法はない…… 「…………認める……」  息も絶え絶えになりながら自分の身代わりに笑ってくれている夏姫を救うには……この言葉を言うしか……方法は残っていなかった。 「……はい? 今、何か……申されましたぁ?」  本当はこのような言葉を告げたくはない。一度は諦めかけようともしたが……夏姫が必死に庇ってくれたのが嬉しくて……また彼女と……同じ立場で過ごしたいと思ってしまった……。  この言葉を言いきれば夏姫とは離れ離れになるかもしれない……心の距離も離れることになるかもしれない……それは切なくて苦しいけど…… 「……認めるって……言ったの……」  結局は自分が蒔いた種なのだから……  自分が行ってきたツケが今回ってきたのだから……   「認めるとは? 何をです?」  だから……今度こそ……自分自身のカラダで……その罪を清算しなくては……  夏姫に背負わせる罪など……元々ひとつもないのだから。  全て……自分が撒いてしまった種なのだから…… 「いかさま……不正……それを……やったって……認めるわ。この罪は私が償わなくちゃいけないものだから……。だから……」 「……だから?」 「やめて……あげて。夏姫を……解放してあげて……」  涙が込み上げてきて……目尻から一筋の大きな筋を顎まで垂らしていく。  その涙が……悔し涙なのか……それとも自分の不甲斐なさから溢れてきたのかは分からない。  分からないが……綾香の目には見えていない筈の夏姫の残像が浮かび上がって薄くなりまた消えていった。  その夏姫は綾香に向かって微笑みかけいる様に見えた。  今零している……苦しそうな笑いではなく……  いつものように茶化されて……恥ずかしそうに照れ笑いする……  綾香が愛してやまない……彼女の笑顔のように見えた……  その笑顔がぼんやり消えていった瞬間、綾香は再び涙を零した。  この笑顔を……もう……見れなくなるかもしれない……と、その様な切ない思いが胸を締め付け……綾香の瞳から一つ二つと大粒の涙を零させた。  綾香の顔を正面から真顔で見つめた麗華は、そこでようやく鈴音と智恵理にくすぐりを止めるよう指示を下した。  くすぐりが終わり、鈴音と智恵理が不満そうにステージ脇に立ち退いた後……  ステージに残されたのは……  嗚咽しながら涙を零しながら「ごめん」という言葉を繰り返す綾香と……  くすぐりが止まり、体中の力が抜けきる様にぐったりとしながら荒い呼吸を繰り返す夏姫……  そして、変わらずの真顔を綾香に向けたまま扇子で顔を仰いで二人の様子を見守っている麗華の姿だけとなった……


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