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ショーダウンⅡ 『4:VIPルームの二人』

4:VIPルームの二人 「フフフ……初めまして、水城鈴音さん♥」  カジノの大きなフロアの奥……中二階に浮いているように出っ張った部屋がそこにはあり、全面ガラスの壁であるその部屋からはフロア全体がどの方角からでも見渡せる特別な造りをしていた。その特別な部屋に妙齢の女性と子供のようにしか見えない女性の二人が互いに高級そうな椅子に腰かけ話をしていた。 「初めまして? よくもまぁそんな白々しい挨拶が出来たわね……あんたの事はよく聞き及んでいるわよ、うち(エレメンタル生命)を目の敵にして嫌がらせをしてきてるって……」  子供のようにしか見えない女性……水城鈴音は足のつかない椅子の高さに不快感を表情に出しながらも、持参した携帯ゲーム機を熱心に操作しつつ向かいで優雅に脚を組んで紅茶を啜っている女性に棘のある言葉を返している。その言葉を聞いた豪華な着物に身を包んだ妙齢の女性は彼女の言葉にワザとらしく驚くふりをしつつも冷静な声で言葉を返した。 「目の敵? 私が? フフフ……それは何かの間違いでしょう? だって私はリスペクトしていますのよ? おたくさんの……斬新な保険商品を……」  成人式の晴れ着の様に首元に白いファーを付けた黒地に赤の差し色が所々に入ったボリュームのある着物に身を包み、ウェーブの掛かった赤い長い髪を遊ばせるように背中まで降ろした彼女……このホテルとカジノのオーナーである伊角百合子は椅子の肘置きに頬杖を付きつつ紅茶のカップをテーブルに置き、子供のようにしか見えない鈴音をその青いカラーコンタクトを入れた垂れ目で見てニヤリと笑みを零してそのように言う。 「ふん! リスペクト? その割には、うちのプランを真似するように似たような保険プランを発売してうちよりも格安に振舞ってくれてるじゃない! お陰でうちの客は全部あんたに取られてるって話よ?」 「あら……それはご愁傷様♥ でもお客さんが流れているのは……あなた達の企業努力が足りてない証拠ではないかしら?」 「あんたの所の保険商品は安すぎるのよ! うちがあの保険料に下げたら間違いなく採算が取れなくなって潰れてしまうわ!」 「フフフ……うちと鈴音さんの会社では元々の資本力が違いますからね。安く提供できるのは資本の余裕が無いと出来ない事だから……仕方のない事よ♥」 「うちがカジノ保険を立ち上げた時もあんたの所が真っ先に対抗するような保険を立ち上げたわよね? その後もうちが新商品を出すごとに同じような商品を格安でぶつけて……」 「それはたまたまじゃないかしら? うちもカジノ保険にはある種の“可能性”を感じておりしたし……貴女達が動かなくともいずれは私が先に動く予定でしたのよ?」 「可能性? 何よそれ……まるでそこに“儲けのカラクリ”でも転がってそうな言い方じゃない?」 「儲けのカラクリ……ね……。うん、まぁ言い換えるとそうなるかしら……」  鈴音は百合子のその言葉を聞いて呆れた表情を作り溜息を零す。そしてゲーム機越しにギロリと睨みを利かせて反論の言葉を紡いでいく。 「あんたねぇ……保険屋の基本は“相互扶助”が原則だって事忘れてるの? 保険ってのは複数人が資金を出し合って保険事故が起きた時の補償をするってのが基本原則でしょうが! 保険屋が会社の儲けの為に保険商品を作るだなんて……言語道断よ!」  鈴音の言葉は保険業界の原則としてはごく当たり前の鉄則でありどんな保険にも根底にはその考え方が根付いている筈なのだが、百合子はそれを聞くと唾棄する様にフンと声を零して怪訝な表情を作り自分の考えを語り始める。 「そんな原則……古い因習みたいなものじゃない。会社が儲かって、その儲かったお金で保険を買う人間にちゃんと補償が行き渡るのであればそれに越したことはない筈よ?」  保険を買った人間にちゃんと補償が行き渡る……それは保険の大前提でありその根底を覆せば保険は成り立たなくなる。一見彼女の言い分は間違っていないようにも聞こえるが……鈴音の価値観の中では彼女の言う“会社が儲かる”という言葉にはどうしても反発を覚えてしまう。今まで自分が教え込まれた前提が揺らがされているよな感覚を覚え反論せずにはいられなくなる。 「そもそも……保険で会社が儲かるって考えが気に食わないのよ! そりゃあ保険会社も預かったお金を運用して多少の利益は得ようとするけど、それはあくまで会社が存続する為に行う必要最低限の儲けな筈! 保険を提供する事で会社が大きく儲けを得るなんて……あってはならない事よ!」 「フフフ……それはなぜかしら? なぜ……会社が儲けを追及してはいけないの? 儲けを得る事で保険料を安くできる……保険料が安ければお客さんも助かる……っと、会社にもお客さんにも良い事尽くめじゃない♥」 「昔、それと同じ事言って破産した会社をいくつも見て来たわ! そういった会社は利益を追求した結果最後には必ず保険を買ったお客さん達に皺寄せが行っていた! 上手く儲けが出せなくなった会社は結局保険料を不当に上げたり支払うべきものを支払わなくなったりして買い手を裏切る事になるわ! あんたのトコもその未来を辿るわよ! 必ず……」 「おぉ怖い……。でもお生憎様♥ うちはそういう事にはならないから♪」 「利益を追い求めれば必ずそうなる! 保険ってのはそういう風に出来てんのよ!」 「大丈夫♪ カジノ風に言うなら……うちは負ける賭けには絶対に手を出さない。必ず勝つ賭けにしかBETをしないようにしてるから……」 「……っ!? 必ず勝つ……賭け? それはどういう意味よ?」 「さぁ……どういう意味でしょうね♥ それよりもほら見て? 次は必ず勝てると信じて戻ってきた貴女の哀れなご主人様が戻ってきたみたいよ? 麗しの綾香嬢を連れて……」  促されゲーム機の画面からガラス張りの壁の方へと片方の目を動かした鈴音は、眼下に牡丹に連れられてホールを歩く綾香と麗華の姿を確認する。  三人はホール中央に広がっているショーステージを横切り、部屋の最奥に位置するカードゲームを行う為のテーブルが並んだ場所へと案内されていた。  そのテーブルの一つにはディーラー服を身に纏った金髪の女性がカードをシャッフルして三人の到着を待っている様子が伺えた。 「そういえばあんた……あそこに立ってるディーラーがイカサマしてるって知ってたでしょ? 知っていて野放しにして……立会人として顔を出したわね?」 「彼女が……イカサマ? はて……何の事でしょう? 私はただ……貴女のご主人様が無様に破滅する姿をこの特等席で眺めたいと思ったから来ただけよ?」 「破滅? 冗談でしょ? お嬢があんな素人丸出しの女に負けるわけないじゃない!」 「あら? その割には先日……イカサマを見破るとかなんとか豪語されて大負けしていたみたいじゃない?」 「それは……その……わざとに決まってんでしょ!」 「ふぅ~ん? だとするなら8千万という大金を捨てた事になるけど……それを考えると麗華さんって相当なお金持ちなのね? 私がそんな大金失ったら再戦なんて決して挑もうと思わないけど……」 「うぐっ……くっ!」 「余程あの紅葉さんに執着しているのかしら? 有りもしないイカサマなどという幻想に惑わされて……」 「イカサマは……幻想じゃない! 私もお嬢が理不尽に負ける姿を見ていたわ。あの負け方をイカサマと呼ばずしてなんと呼ぶってのよ!」 「フフフ……どんなに怪しかろうと、そのタネが見破れなければイカサマが有ったとは言えないわ。例え紅葉さんがイカサマに手を出しているとしても、何の証拠もないのであればそれはただの言いがかりでしかない……」 「ぐっっ……ぐぬぅぅ!」 「それはいいとして……そういえばおたくの麗華さん……先日は随分と派手に騒いでくれたみたいじゃない? お客さんのいる前で……。それで証拠も見つけられないって言うんだから、営業妨害と名誉棄損の訴えくらいは起こしてもいいわよね?」 「フン! なんとでも言ってなさいよ! 今日こそは……必ずあの女のイカサマを見破って罰を与えてやるわ! そんで今度はこっちがあんたの所のカジノを詐欺で訴えてやるんだから! そうなればあいつを雇ったオーナーであるあんたの経歴にもホテルの信用にも傷が付く事でしょうね!」 「フフフ……そんな事が麗華嬢に出来るのかしら? 何一つ見破る事も出来ないまま8千万もの借金を抱え込んだ彼女が?」 「絶対にお嬢は負けないわ! 必ず……あの女にギャフンと言わせて見せる!」 「それは楽しみ♥ そのセリフを言うのが貴女のご主人様でない事を切に願うわ♪」 「くっ! くぅぅ!」  鈴音はあくまで強気に麗華たちの勝利を信じ、向かいの席で余裕の笑みを浮かべる伊角百合子を威圧する。しかし、ふと眼下に見える綾香と麗華の表情に視線を移すと一抹の不安が過ってしまう。  カードゲームのテーブルへと向かっている彼女達は一様に焦りの見える表情を浮かべて歩いていたのだ。  遠くからでも確認できるその……“想定してなかった”と言わんばかりの表情を見て、鈴音は背筋に冷や汗が落ちる感覚を味わう。  実際鈴音も二人が向かう場所へは違和感を覚えていた。なぜ、前回ボロ負けを喫したルーレットではなく、カードゲームのテーブルへ向かっているのか? そしてなぜ、ルーレットでイカサマをした筈の紅葉が……そのカードゲーム用のテーブルで彼女たちを待っているのか?  その疑問は違和感となり鈴音の思考を改めさせる事となった。  もしかしたら……自分が考えている以上に紅葉という女はイカサマを行う手段を数限りなく持っているのではないか? そして、そのイカサマの中でもカードゲームは彼女の得意なイカサマなのではないか? 前回は不意を突くように彼女との勝負を行ったが、今回はあらかじめ予定された勝負なのだから……ルーレットよりももっと看破し辛いカードゲームを勝負に選んだのではないか……と。  そうでなければ再戦すると決まっていて同じゲームを選ばないのはおかしい。ボロ負けさせることが出来たイカサマを放棄してまで別のゲームで勝負するというのは理屈に合わない。  鈴音はそのように感じホールを歩く二人と紅葉を交互に見返した。  その様子を目を細めて観察している百合子は声を出さずに口角を上げてニヤリと笑う。  そしてテーブルに置いたティーカップを再び手にとって目を閉じ上品に口を付けて残った紅茶をゆっくり飲み干していく。  優雅なその飲み姿はまるでこれから起こる勝負の行方を知っているかのような余裕が感じられた。  鈴音はその余裕ある態度に……ただただ唇を噛んで反論したい言葉を押し殺す事しか出来なかった。


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