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汎用人型慰安義体

 汎用人型決戦兵器……ではなく、汎用人型慰安義体(VenusⅡ - ヴィーナスⅡ)。

 それは、人間の三大欲求の一つである性欲を処理する目的で開発された義体のことである。

 “義体” である以上、それを動かす “存在” は必要とされるが、性欲処理に生きている人間の身体を使うよりは人道的だろう。

 これを開発したのはこの私……紹介が遅れたことお詫びしよう、私は Dr. 柳葉(ヤナギバ)。

 ここで研究者兼技術顧問をしている。

 もう少しお話ししたいところだが…おや、誰か来たようだ……


ーーーーー


「この度はお越しいただき、誠にありがとうございます。本日のご用件は? ……面接でございますね、ではこちらに」


 私の名前は秋山 桜子(あきやま さくらこ)、潜入捜査官だ。

 この企業には黒い噂があり、それを調査するために派遣された。

 元々ここは、ロボット開発などの分野で業績を伸ばしていた。

 それが近年、風俗店 “紛い” のことを始めたのである。

 なぜ紛いかと言うと、そこで人の相手をするは本物の人ではなく、“ロボット” だと言うのだ。

 自社で生産したロボットを、慰安目的に転用するのは問題ではない。

 黒い噂と言うのは、ロボットが相手をするはずのこの店が、頻繁に新たな人の女性を雇っていることだ。

 風俗店だし、従業員の出入りが多いだけならば少しは納得できるが、ここを辞めた女性にあったことがない。

 より正確に言うなら、探してみたが一人も見つからなかった。

 それどころか、この店に勤務している人の存在すら確認できなかったのである。


「何故うちで働きたいと思ったのでしょうか?」

「ロボット開発で業績を伸ばしている御社が、それを使って別業界に進出しているのを知り、それも全くの異なる業界間を繋いでいることに感銘を受けまして」

「随分としっかりした考えをお持ちのようですね」

「(まずい怪しまれたか? 性格から来るものだけど、つい大真面目に受け答えする癖は直さないと)御社で働きたい気持ちが強いものでして……」

「…それはいいことですが、どこでの勤務を希望していますか? 先ほどあなたが仰ったように、うちには開発部門と対人部門がありますので」

「(…対人部門、これが風俗店か。ロボット開発に個人的な興味はあるが、今は任務途中だ)対人部門です」

「…そうですか、それでしたら採用いたしましょう」

「え!?(そんな簡単に!?)」

「開発部門は専門の知識や技術が必要ですが、対人部門ではその必要はありません…それに “人不足” なんですよ……勤務は明日からでも?」

「(…人 “手” 不足かな?……)ええ、平気です」


 すんなりと面接を終えた桜子は、明日からの潜入捜査に向けて自宅へ帰った。



《 定時報告 x 月 x 日 xx:xx 面接を無事通過、明日よりお店に潜入する 》



ーーーーー


 客人も帰ったことだし、ようやく話の続きができる。

 私が開発した義体は、義足や義手のように人の一部を置換するようなものでは無い。

 『汎用人型慰安義体』と読んで字の如く、その体の全てが置換される。

 それ故、ロボットなどという知性の持たない鉄の塊と同じように見られてしまう。

 しかし、この義体の脳には “人の意識が” 存在するのだ。

 人が脳から電気信号を送って身体を動かすように、装置から飛ばされた信号を受け取ることで義体は動く。

 従って、信号を送る装置から義体が離れてしまうと信号が弱まってしまう。

 また、『発信装置 → 義体の脳(受信装置)→ 義体』という手順を踏むとラグが生じるため、『義体の脳(発信装置)→ 義体』のように間に挟まるものを減らした結果、人と同じように義体の頭部にそれを組み込んだのだ。

 このことからも分かるように、信号を受け取るのは義体そのものであって、義体の頭部にある装置ではない。


 …義体の脳は、受信装置ではなく発信装置なのだ……


 人の意識が存在する義体の脳から送られる信号によって、義体は動く。

 人の意識が動かしているからロボットとは区別して欲しいが、人か人以外でしか判断できないような凡人にはそれが分からないようだが……


ーーーーー


「すみませーん、今日からここでお世話になる桜子です」


 翌日、指定された場所に訪れた桜子はお店の裏口から入り、誰か居ないかと声を掛ける。


………。


「おかしいなぁ。場所はここであってるはずなのに」


 もちろん潜入の前に下調べは行なっているし、それと昨日教えられた場所に違いは無い。

 そのため、ここが間違った場所である可能性は極めて低いが、人の気配どころか物音一つしない店の中は異様としか言えなかった。


「入りますからねー」


 何の返答もない空間に入店の許可を取り、桜子は中の様子を探るために進んだ。


「本当に誰も居ないのかしら。電気もついていなくて暗いし、スイッチは……」


パチッ!


 桜子が一つのスイッチを押すと、店中の電気が一斉についた。

 それと同時に辺りの様子が明らかになる。


「あっこれだ」


 桜子の目の前にズラッと並んだ汎用人型慰安義体。

 しかし、汎用とは名ばかりに目に入った義体に同じ見た目をしたものは一つとして無かった。


「ロボットが接客しているのは嘘ではないみたいね。でも肝心の人の姿が見当たらないわ」


 辺りを見回しても他に何も無く……と言うよりも、この義体以上に気なるものなどこの空間には存在しなかったのだろう。

 桜子が義体に歩み寄る。


ピッ!! ……Venus System(ヴィーナスシステム)Ver.2.0 起動……


「えっ、私何かした?」


 すると、電子音と共に一体の汎用人型慰安義体が動き出した。


「……私は、個体番号『A - 00236』個体名『ヤマダ ユキ』人格名『タカナシ ユズ』……状態……待機……同期中……本日の仕事は……新人の研修……対象は……秋山 桜子……」

「私!? 研修ってこのロボットがするの??」

「……人間を発見……照合中……対象者を確認……状態……覚醒……こんにちは。私は汎用人型慰安義体 A - 00236 です。桜子さんの教育係に任命されました。よろしくお願いします」


 先ほどと打って変わって、流暢に話す義体に桜子は素直に感心した。


「これが汎用人型慰安義体……ただのロボットだと思っていたけど、本物の人みたい。これなら女性の人が相手をしなくても性欲を処理出来そうね(…裏があるんじゃないかと疑っていたけど、意外と社会の役に立つことしているのかしら……)。こちらこそよろしく、お願いしますでいいのかしら?」


 相手が義体ということもあって、敬語で接するべきか悩む桜子。

 そうは言っても教えてもらうのだからと考えた結果、おかしな言葉遣いになっていた。


「私もこのあいだ配属されたばかりですし、これから一緒に働くのだからどちらでも……お客様に対してはプログラムが入っていますけど、義体に対しては何もないので……」

「?? ……そう、じゃあよろしくね」


 A - 00236 の言い回しに少し違和感を覚えつつも、相手は義体だからお店のマニュアルのことを言っているのだと桜子は理解した。


「ところで、他の人は居ないのかしら?」

「他の従業員でしたら、こちらに居ますけど?」


 A - 00236 は周りの汎用人型慰安義体を示す。


「(私の意図を理解していないようだし、人のように見えても所詮は機械か)そうじゃなくて、私のような人は他に居ないの?」

「桜子さんのような人でしたらここにたくさん居ますよ?」

「(やっぱりだめそうね)もういいわ、ええっと… A - 00 ……」

「桜子さんは覚えなくて大丈夫ですよ。それに今の私は『タカナシ ユズ』ですので、ユズとでも呼んでいただければ構いません」

「あ、ユズね。それじゃあ案内をお願いしてもいい?」

「もちろんです。案内も含めた研修が私の仕事なので、終わるまで桜子さんの教育係を務めます。では、研修部屋にご案内します」

「よろしくね」


 汎用人型慰安義体の並ぶ部屋を出て、ユズの後ろをついていく桜子。

 ユズが研修部屋と呼んだその部屋に辿り着くと、そこで映像を見るように促される。

 人一人が入れるくらいの小部屋に椅子が一つ置かれ、そこにHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が用意されていた。

 桜子がHMDを付けて椅子に座ると、ユズによって扉は閉じられ、それから一本の映像が再生された。


ーーーーー


 初めまして、あるいは知っている者も居るかも知れないが、私は Dr. 柳葉。

 この店で用いられている汎用人型慰安義体を開発した天才だ。

 君を案内していたであろう義体も、私の発明した技術によって自分の意思を持って動いている。

 この意思は人工知能と呼ばれるものではなく、まさに人の意識からもたらされる。

 義体には人格が入れられ、その人格が持つ意識がこの意思を生むのだ。

 これらの義体は個別の意識を持つと同時に、同じ情報を共有できる。

 起動時に停止中の情報を同期することですぐに必要な行動を取れるし、どの義体であっても行える行動は互いに補う事ができる。


 ……たまたま起動した A - 00236 が桜子くんの教育係の命を受けたように。

 それじゃあ、桜子くんにも体験してもらうとしよう。

 人生に一度切りしか体験出来ない素晴らしい体験だ。

 一瞬だが、楽しんでくれたまえ……


「………。」


 こんな異常とも言える事態に何の反応もしない桜子。

 すでにその意識は朦朧としており、身体からは力が抜けてだらんとしていた。

 HMDから流れていたのは動画ではなく、リアルタイムの映像だった。

 そして映像と同時にHMDからは電子ドラックが流し込まれており、桜子は気づかないうちにその意識を奪われたのだ。


「あ…あ……あ………」


 緩んで開いた口元からは言葉にならない音と涎が垂れているが、かろうじて桜子は残っていた。


「…遅いですね……」


 ユズによって研修部屋の扉が開かれる。


「これは珍しい。元の身体に意識を残す人が居るなんて……私なんて映像が終わった時にはすでにこの義体の中だったのに。こういう場合は……状態……待機……検索中……ヒット……再研修……状態……覚醒……」


 ユズは桜子のHMDを再起動した。


ーーーーー


 ………、おや。

 再び繋がるとは、一瞬だと言ったことを訂正しなければ。

 それより、桜子くんは相当強い精神を持っているようだね。

 こういう人間は大抵何かしらの使命を持っている。

 それ故自分を保つ事ができるのだ。

 そうは言っても、この状態では嘘をつくことは出来ない。

 さて、桜子くんの最後の砦は……桜子くんを構成している最後のピースは何かな?


……桜子くんの名前は?

「私の名前は、秋山 桜子」


 名前に偽りは無いか。


……なぜ桜子くんはここに来たのかい?

「私は…ここで働くために……」


 嘘では無いがはっきりとしない答えだ。


……働く以外の目的があるのでは?

「それは……消えた人の捜索……」


 順調に真実へと近づけているみたいだ。


……桜子くんの仲間は?

「私は組織によって送り込まれたいちエージェントに過ぎない。必要以上のことは知らされていない」


 こう言った状況も想定しているわけか。


……桜子くんの潜入後の予定は?

「潜入によって得た情報を定時報告すること」


 実情を知る事が目的か。


……以前に潜入を試みたことはあるか?

「今回が初めて、他に予定も聞いていない」


 そろそろか。


……桜子くんがこの潜入を失敗したら?

「私は失敗しないが、もし失敗したら組織に迷惑がかかる」


 やはり組織がネックだな。


……では、桜子くんは何のために潜入をしている?

「? …それは、消えた人の捜索……」


 ここで攻め方を変えるか。


……それは桜子くんの目的では無く、組織の目的だろう?

「私の目的? 組織の目的は私の目的ではないのか? ……私は、何のために??」


 混乱している今がチャンスだな。


……桜子くんは使命を果たすために潜入したのだろう?

「…はい」


……使命を果たすためには潜入を続ける必要があるだろう?

「…はい」


……潜入を続けるためにその身を捧げられるか?

「…はい」


……では、その意識を手放せ

「はい」


ーーーーー


…ガチャ


 研修部屋の、隣の部屋の扉がひとりでに開く。

 そこから出てきたのはユズとは違う汎用人型慰安義体だ。


「……私は、個体番号『A - 00237』個体名『タカナシ ユズ』人格名『アキヤマ サクラコ』……状態……待機……同期中……状態……覚醒」


《 定時報告 x 月 x 日 xx:xx お店への潜入を開始、異常なし 》




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