あの日見た黒い塊に憧れる少女の話
Added 2024-03-08 15:00:00 +0000 UTCあの日は一段と日差しが強く、太陽が輝いていたのをよく覚えている。
小学校の社会科見学で訪れた牧場。
乳搾りやエサやりの体験を終え、お昼は広場でお弁当を食べた。
その後には自由時間もあって、クラスの何人かでかくれんぼをしたはずなんだけど……気がついた時には終わっていた。
その間の記憶が無いのではない。
むしろ昨日の出来事のように思い出せる。
けれどもそれは、かくれんぼとは “別の記憶” なのだ。
ーーーーー
「実はかくれんぼってあんまり好きじゃないんだよね」
他の子が散って行った後で、仲のいい友だちが私に言った。
「どうして?」
「隠れている間はひとりぼっちになっちゃうから……でももうみんなやる気になってたし、私一人が嫌とは言えないから……」
そんな友だちを置いていけるはずもなく、私は一緒に隠れることにした。
どこかにいい場所は無いかと辺りを見回した私は、午前中に見学した畜舎から少し離れたところに隠れられそうな小屋を見つける。
「あの小屋なら2人で隠れられそうじゃない?」
「物置か何かかな?」
「中に隠れられるか、先に行って見てくるね」
私は確認をしに、友だちより一足先に小屋へと走って向かう。
少しして、遅れてやって来た友だちが私に尋ねた。
「向日葵(ひまわり)ちゃんどう? 入れそう?」
「えっと……だめそう…」
「どうしよっか? ここの裏でも良いけど、何か臭うし…別の場所にしない?」
友達が言うように、確かに小屋からは “ケモノのようなニオイ” がしている。
「…そうだね。 でもみんなもう隠れ終わりそうだし、2人一緒に隠れられる場所を見つけるのは……」
「うん、バラバラに隠れるしかないね。じゃあ私はあっちの方に行くよ」
友だちは右へ、私は左へと走り出す。
しかし私の足は次第に動かなくなり、数歩進んだところで完全に止まった。
私はその場で振り返り、友だちの姿が見えないのを確認すると、再び小屋へと歩みを進める。
この時にはもう、かくれんぼをしていた事など忘れており、私はただ “あれが” 何なのか知りたいという一心で行動をしていたのだった。
ーーーーー
嘘をついたわけではないけれど、言わずに隠したことがある。
それは小屋を確認した時のこと。
小屋の扉には小さな窓があり、私はそこから中を覗いた。
中は薄暗く、全てを見て取ることは出来なかった。
それでも確かに、ミニブタサイズの “黒い塊” が動いたのはハッキリと見えていた。
なぜならその “黒い塊” が、窓から差し込む一筋の太陽光を反射し、その姿だけをテカテカと光らせていたからである。
それを見た時、私はどうしようかと考えた……が、どうすることも出来なかった。
ここに隠れる事はできない。
それに嘘はない。
けれども、その理由を友だちには言えなかった。
知らない方がいい事もある。
私も全て忘れてしまおうと思った。
その場から離れようとしたが、結果は無理だった。
頭で考えるより先に、体が動いていたのだ。
気づいた時には、私はあの小屋へと戻っていた。
私の中に生まれた “この感情” を、どのように言い表すのが正しいのか。
一目見た瞬間から、私の心を掴んで離さない “黒い塊” 。
好奇心と言うよりも “憧れ” 。
正体不明の、生き物とも無機物とも分からないはずのモノに対する感情としては、明らかにおかしな感情が私を支配していた。
ーーーーー
小屋に戻った私は、どうにかして “黒い塊” の正体を掴めないものかと辺りを見回すも、“安全” を最優先に考え、誰にも気づかれないよう “密かに” と言うのであれば、先ほどの窓以外に中の様子を伺う術は見つからない。
しかし少しの “危険” を冒すなら、また “正攻法で” と言うのなら、小屋の正面にある扉を開ければ良かった。
自然と開かないように、そして中から開けられないようにされているだけで、子どもの私でも簡単に扉を開けることは出来そうだった。
なぜなら小屋の扉には、ペットのケージに使われるような打掛錠こそ掛けられているものの、南京錠のような開けるのに鍵を必要とするものは付けられていなかったのだ。
「……鍵、かかって無い…これなら…」
もし鍵がかかっていたなら、ここで諦めていたかも知れない。
それに中の黒い塊が何か分からぬ状態で、迂闊に扉を開くのは危険である。
しかし私は、私の好奇心に負けてしまった。
……カチャ…
打掛錠を外す。
…ガサッ!!!
すると、小屋の中で何かが動いた音がする。
……ザザッ…
扉を引く。
…ヴ、ヴヴ!!!
何かが唸る。
……ザーーーッ…
完全に扉が開く。
「「………」」
私は、何かの正体である黒い塊と対面し “互いに驚き” 硬直した。
「えっ!? 人!?!?!?」
私が驚いた理由は単純で、これが予想外だったからだ。
だがおそらく、黒い塊が驚いた理由も私とそう変わらないと思う。
「ヴヴッ!?(誰っ!?)」
扉を開けて現れたのが予想外の人物であったことに動揺をしていた。
そして体感にして数分、実際には数秒の時間が流れ、私の脳は目の前の状況を “都合よく” 処理した。
「……助けなきゃ…」
この状況は、私の脳のキャパシティを超えていた。
だから私の理解の及ばない状況を、私が考えられる範疇で処理された。
「 “どうしてかは分からない” けど、こんなのおかしいよ」
畜舎から離れた位置にある小屋の中。
そこに閉じ込められた人らしき黒い塊。
「………(攫われて連れて来られた? これは拘束?? どうしてこんなところに隠して???)」
様々な疑問が頭に絶えず浮かんでくる。
もし私が冷静になっていれば、子どもの私一人で対処せずに大人の先生を呼んだだろう。
事件性だってあるかも知れないし、何よりここに長く一人で居るのは危険すぎる。
なぜなら、この人を黒い塊にした張本人がどこかで見ている可能性だってあるし、ちょうど今この小屋に来る可能性だってゼロでは無いからだ。
けれども私は、この黒い塊が何なのかを “絶対に” 知りたかった。
ここで先生を連れて来れば、“あとは先生に任せて、向日葵さんはお友達と遊んできなさい” と、たぶん私は他所へと追いやられたはず。
それに、全てが終わってから先生に聞いても誤魔化されて、教えてもらえないという自信があったのである。
「ヴ、ヴヴッ!!!」
それは威嚇のようにも聞こえた。
なので私は、敵意が無いことを示しながら近づいた。
「…お、落ち着いてください。私はあなたを傷つけるつもりはありません。助けたいんです。その “体に付いているものを外しますから” じっとして……」
「ヴヴーーーーーッ!!!」
しかしその言葉を聞いた黒い塊は、まるで “無駄なことはするな” と反発した。
「………(どうして? 私がしようとしていることは “間違っている” の??? いやでも、助けるのが間違っているはずは……)」
私はまた一歩近づく。
すると、黒い塊が私に体当たりをしてきた。
「わっ!? あぶなっ!!!」
しかし、折り畳まれたであろう手足では機敏な動きはできず、私はそれを躱すことに成功した。
またしても “どうして?” と疑問に感じたが、子どもながらに “絶対助けてやる” と私は頑固になっていた。
結果として都合よく黒い塊の後ろに回る形になった私は、そのまま覆い被さるようにして黒い塊の頭に締められている口枷のベルトを外したのである。
この世に、“完全な善意” など無いのかも知れない。
“助ける” というのだって、結局は私が黒い塊の正体を知りたかったからに過ぎないのだ。
そんな “身勝手な善意” が、相手のためになるとは限らないのは必至であろう。
なぜなら口枷を外された黒い塊の開口一番は、私に対する文句だったのだから……。
「くそっ。余計なことをしやがって……おいお前、どういうつもりだ?」
「えっ!?」
思いがけない言葉に私は、手に持っていた口枷を下に落としてしまった。
「ど、どういうも何もあなたを助けて……」
「オレがいつそんなお願いをした?」
「されてはないですけど……」
ハスキーな声をしているし、口調や一人称を聞く限りでは男性のようだが、その華奢な体つきと胸の膨らみを見るに、ボーイッシュな女性だと判断ができる。
「このままじゃあ “飼育員様” に怒られちまう。あむっ、あんっ」
目の前の私より、下に落とされた口枷を再び口に咥えとする彼女だが、手足が折り畳まれた状態ではどうにか咥えたとて、自力でベルトを締めることは出来ない。
「(助けてあげたのに)どうして?(それを受け入れている)あなたは何者?(そんな格好で)何をしているの?」
私の頭は疑問で一杯だった。
「………(そうか。こいつ “何も” 知らないのか。それでいて “オレに” 興味を……いや、違うな。“ヒトイヌに” 興味があって、これについて知りたいんだな…)なぁお前。オレと取り引きしないか?」
そんな困惑状態の私に、彼女が提案する。
「取り引き?」
「お前は “これ(オレ)について” 知りたいんだろ? 教えてやるよ。だからその代わり、全て元に戻して立ち去れ」
「………(どうしよう。でも喋れるようになったのに “早く助けて” とは言わないし、この感じ緊急性とか事件性とかは無いのかな? 私は知りたいことを知れるし、何より “助ける” と大口を叩いて言ったはいいものの、私に出来ることなんて限られてるんだ。実際、私が出来ることは先生に言うことくらいだし……それなら…)うん、わかった」
「よし、それじゃあ取引は成立だな」
そう言うと、彼女は話を始めた。
「オレは “ヒトイヌ” 。それ以上でも、それ以下でも無い。ただそれだけ……なんだけど…それじゃあ納得してもらえねぇだろうし、ガキのお前には分からねぇと思うから、もうちっとだけ教えてやる」
ポカンとする私を見て、彼女が話を続ける。
「オレは “飼われてる” んだ。それと勘違いしているようだから言っておくが、これは強制されてるんじゃない。オレが望んでやってることだ(…不思議そうな顔をしているな……まぁ、そう受け取られるのも仕方ないか……)。そう言うわけだから借金があったり、人質を取られてたり、脅されていたりもしていない」
「じゃあなんで “こんなこと” をしているの?」
「 “こんなこと” …か。随分と失礼に聞こえるが、お前の言いたいことが分からないオレではない……けれど、きっとお前なら理解できるはず。だってオレを見て逃げ出さず、あろうことか興味を持っているんだからな。えーっと何だっけ? なんでこんなことをしているかだったか??? そんなの簡単な話だ。“楽” なうえに “楽しく” 、それでいて “快楽” を得られるからさ」
「申し訳ないけれど、私には理解できない。体の自由を奪われて楽には見えないし、こんな小屋で楽しいそうには思えない。それに私は、快楽というものがいまいち分からない。それは楽しいとは違うものなの?」
「ああ、快楽と楽しいとはまるで別物だが……もう少し大人になったらお前も知る時が来る(そしてその時がおそらく……こちら側への…)。それと、普段からこの小屋で暮らしてるわけじゃねぇ。お前も午前中に畜舎を見学しただろ?」
「あ、はい。牛や豚、羊に山羊…それから……」
「言わなくていい、知ってるさ。いつもはそこで、オレもそいつらと一緒に飼育されてるからな」
「えっ!?」
「今日はお前たち部外者が来るからって見つからないよう隠されてたんだが……こうやって見つかっちまったわけで…でも知らないところに来て、勝手に倉庫を開けたりしないだろ、普通は…」
「…ごめんなさい」
「……まぁオレも、人のこと言えないんだがな…」
「それはどういう?」
「オレはここで生まれ育ったんじゃない。数年前までは都会で暮らして、大学にも通ってたんだ。けど人間関係に疲れてな。気分転換にこの牧場へ来たのさ。開放的で、大自然に囲まれて、時間の流れも、社会のしがらみも忘れられて “のんんびりと暮らしている動物たち” に対して “いいなぁ” って、“オレもこうなりたいなぁ” って思ったわけよ。食べ物も貰えるし、体も洗って貰えるし、運動もさせて貰えるし、何より可愛がって貰える。楽で楽しい暮らしだろ?」
「それだけ聞けばとってもいい待遇だなぁとは思うけど…勉強もしなくていいし……」
「でも、オレがその時に見ていたのは普通の、“動物の家畜” たち。それになりたいってのは無理な話だ。それくらいオレでも分かる。けどあの日、オレの考えが甘かった……いや、オレは無知であることを知った。あれは気分転換を終え、都会に戻ろうとした時だった。随分と長く牧場を見学していたオレはトイレを借り、そこで謎の物音を聞いたんだ。オレは家畜が逃げ出したのかと思って、物音のしたトイレの裏へと回ったんだが、そこにあったのは “用具入れ” だけで他に何も見当たら無かった。そもそもだけどこの牧場は、お前たちのような社会科見学のために門戸を開いている。それもあって普段はあまり人が来ない。だから気を抜いてたんだろうな……オレがここにやって来てから、ヒトイヌを畜舎から移動させてたんだ。遠くまで移動させる時間もなく、畜舎から離れたこの小屋じゃなくて、もっと畜舎に近い “トイレの裏の用具入れ” に隠したってわけさ。……それから先は分かるだろ?」
「…その中を覗いたんですね?」
「ああ、それでオレも “ヒトイヌ” を知った。この世界には、“人の家畜” が存在したのさ」
「それで、どうしたんですか?」
「その場ですぐに飼育員様の元へお願いをしに行ったよ。向こうもまさか見つかるとは思っていなかったようで焦っていたけど、それよりオレをヒトイヌにしてしまえば他言されずに済むわけで、二つ返事で飼育して貰えることになった」
「……それって、もし私があなたを見つけたとここの人に知られたら…」
「どうだろうな。捕まって有無も言わさずヒトイヌにされるなんてことはないと思うけど……急に居なくなったら事件になるし、捜査が入るのはこの牧場も望むことじゃないだろうし…」
「…よかったぁ……」
「ほんとにそう思ってるのか?」
「…え……」
「お人好しと言えば聞こえはいいが、それは自分を良く見せた結果だ。その行動はいつかお前自身を苦しめる時が来る……だってお前も、人付き合いが面倒な方だろ? 小屋の中から微かに聞こえていたがお前、お友達のために一緒に隠れる場所を探してあげてただろ? 先に来て確認するなど率先して動いたり、小屋の中のオレに気づいて興味があったのに巻き込まないようにと内緒にしたり、他人を優先するやつは大抵それに潰される。頼られるのは嬉しいかも知れないが、それは頼られたことを返せるうちの話。一度でも期待を裏切れば、それまでのことなど全て忘れて周りの奴らはお前のことを責め出す。なんで? どうして? の声は相手には届かない……とすまん。つい余計なことを話しすぎた。お前がオレと重なってしまってな…」
「いえ、大丈夫です。“間違ってない” と思うので……」
「そうか。まぁオレから話せることはこれくらいだ。約束通りその枷を戻してくれ」
「あ、はい」
「……あむっ、うう、うう…」
「これで平気ですか?」
「ゔゔ(ああ)」
私は彼女に口枷を嵌めた。
彼女からは、出会ったときにあった威圧も、敵意も感じられはしない。
それどころか、“似た者同士” だけが感じられる一種の仲間意識みたいなものが存在していた。
「それでは……( “また” )…」
「ゔゔ(いつか来る、その日を信じて)」
ちょうど外に出て打掛錠をかけたところで、自由時間の終了を告げる先生の声が響く。
小屋の中に居たお陰で、私は見つかる事なくかくれんぼを終えた。
「向日葵ちゃんどこ居たの?」
「全然見つけられなかったよ」
集合場所に戻った私に、一緒にかくれんぼをしていた子が訪ねる。
「あ、えーっと……お腹が痛くなっちゃって途中からトイレに…」
本当のことを言えるはずもなく、私は “嘘をついた” 。
「……(私、変わったな)」
「そうだったんだね」
「どうりで見つからないわけか」
「ごめんね。声をかけてから行ければ良かったんだけど、急だったから…」
「ううん、いいよ」
「もう大丈夫なの?」
「うん、もう平気。ありがとう」
この日、私は “今日の出来事” を胸の内にしまい込み、大人になった。
ーーーーー
あの日、心だけが先に大人になった私であったが、ようやく身体の方もそれに追い付いて、私は心身ともに大人になった。
そして今、私は “牧場に居る” 。
「…ごめんください」
「んあ? お客さんとは珍しい。今日は見学かい???」
「……いえ。私を “ヒトイヌ” にしてください!」
一拍置いてから、少し驚いた様子で質問をされた。
「…お嬢さん、どこでそれを?」
「実は〇年前……」
私は今でも鮮明に覚えている “特別な日の記憶” を打ち明けた。
「そういうことか。嘘のようだが、君の話が嘘ではないと分かる」
「それはどうしてですか?」
「その、君が会ったと言うヒトイヌだが……彼女はもうここには居ない…」
「…そ、そんな……(もう一度会って、お礼を言いたかったな)」
「少し前のことだが、物好きに引き取られてね。その時のことだよ。最後に何か言いたそうにして居たから枷を外して話す許可をやったら、偶然にも君のことを話したんだ。そして、“もう少ししたら若い女の子が訪ねてくるからお願いします” ってね。何を言ってるんだと思ったが、まさか本当に現れるとは……それで、君の求めた彼女は居ないわけだけど…それでもいいのかい?」
「……(できれば会いたかったけど、私はただ会うために来たんじゃない。私はここへ “ヒトイヌになるために” 来たんだからっ♡♡♡)お願いします!!」
「いいだろう。彼女の言葉に従って君を受け入れよう。そしたら君は、そうだなぁ…彼女が居たのと同じ畜舎の方が嬉しいのかな?」
「はいっ♡♡♡」
「ほら、こっちへおいで。もちろん、ヒトイヌらしく “四つん這い” でね」
「はいっ♡♡♡」
「よし、新しい生活の始まりだ。ようこそ “マーマリアン牧場” へ」