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天空戦姫セラフィーヌ 第3話 守るべきもの 後編

 しかし、ルージュがそれ以上の蛮行に遭うことはなかった。

「んがっ、がっ……」

「あ、兄貴……?」

 兄貴と呼ばれた男が、突然頭を抱えてうめき出した。

 舎弟の二人が心配そうに覗き込む。

「うご、あああああっ!!」

「えっ……」

 ぼごんっ!

 頭を抱えていた男の両腕が、突如膨張した。

 丸太ほどの太さになったそれを目にして、舎弟二人は呆然としている。

「ご、ああああああああっ!!」

 男が突然咆哮を上げ、両腕を振り下ろした。

「あっ……」

 逃げる暇もなかったろう。どちゅ、と肉を潰す音がして、舎弟二人は地面に折りたたまれた。

「ひっ……」

 呆然とその様を見つめていたルージュが、小さく悲鳴を漏らす。

(か、怪人……!?)

 この異様さはそうとしか思えない。

 ばき、ばきばきっ!

 男の変質は終わらない。骨が歪み、肉が盛り上がり、尋常ならざるものへと変わっていく。

「な、が、ああ……」

 そこに現れたのは、人型ではあるが各部が異常に隆起して、頭部だけが異様に小さい怪人であった。

 肉体は青黒くくすんで、全身の筋肉に血管が浮き出て隆起している。

「だずけ……て……」

 男の意識は微妙に残っているようだ。しかし、ぜひゅ、ぜひゅ、と呼吸が苦しそうだ。

「あ、あ……」

 ルージュはしかし、呆然と立ち尽くしていた。

「こんなの……こんなことって……」

 あまりに無惨な光景だった。単なる人間が、化け物になったのだ。

 理由はわからない。しかし、原因がエリミネーターにあることは確実だろう。

「うがああああっ!」

 男が腕を振り下ろしてきた。

 ルージュはとっさに飛び退いて躱す。今まで立っていた地面が砕け、深く抉れた。

「くっ……なんとかしないと……っ」

 建物の中に連れ込まれたとはいえ、おそらく人の住んでいるところからそう遠くではないだろう。ここから出してしまえば、人々に危険が及ぶ。

 わずかに、エネルギーも戻ってきてはいた。

 しかし、攻撃しようという気が起きない。

 自分を辱めた男とはいえ、本来は自分が守ると決めた人々の中に含まれていた存在だ。

(それを自分の手で、なんて……できるわけないよ……。でも、もし今まで倒してきた怪人がみんなのうちの誰かだったなら……私のしていることって……?)

 怪人の腕が迫る。セラフィーヌの防御シールドもまだ万全ではない。まともに受け止めれば、男たちと同じく容易にルージュも地面にたたまれてしまうだろう。

「こ、こないでっ!」

 ルージュはぶうん、と光剣を展開させる。

 びくっと男が反応する。潜在的な恐怖が残っているのだろう。

「がうああっ!」

 踵を返し、建物の入口に向けて駆け出した。

「そ、そっちはだめっ!!」

 ルージュはたっと地面を蹴り、跳躍する。

 そして男の頭上に、剣を振り下ろす――

「だめ、やっぱりできないっ……」

 逡巡して停止したルージュを、男の腕が弾き飛ばした。

「きゃあああっ!」

 ルージュは激しく吹き飛ばされ、瓦礫の山にしたたかに体を打ちつける。

「う、うう……」

 外で人々の叫ぶ声がする。

 助けなきゃ、そうは思っても、体が動かない。

 痛みでも、恐怖でもない。自分はこのままだと、人を殺すのだという現実への忌避感だ。

「立て、ルージュ!!」

 はっと顔を上げる。セラフジェイドの声だ。

 我に返り外に駆け出ると、男の振り下ろされた両腕を受け止めているジェイドがいた。



 その後ろでは、腰が抜けて倒れ込んでいる老婆がいる。

「迷うなっ! 人々を守れるのは、私たちだけなんだぞっ……」

 ずきん、と胸が痛む。ここでみんなに危害が及んだら、きっと、きっともっと大きな後悔が自分を苛むだろう。

「う、あ……」

 ルージュは心の底から湧き上がる衝動に突き動かされて、奔った。

「ああああああああっ!!」

 ずっ!

 男の背中に光剣を突き立て、心臓を一突きにする。

「がふうっ……」

 びくん、と男の体が大きく震え、数秒後、その場にどずん、と崩折れた。

「あ……」

 ルージュは光剣を取り落とし、その場に座り込む。

 すっと体中から血の気が引いていく。

 今まで倒してきた敵は、自分たちとは全く異なる存在だと思えばこそ、躊躇なく戦うことができた。しかし、その正体が人間だとすれば、話は別だ。

(私は、私は……)

 化け物となった男の死顔に、一瞬人間だった頃の相貌が被る。

(人を、殺したんだ……)

「大丈夫か?」

 ジェイドがルージュの肩に手を置く。

「君の戦闘の反応が消えたのが気になってな。来てみたらこれだ」

「……人だったんです、これ、は」

「ああ……」

「知っていたんですか」

「私も、正確なところは知らない。ただ、怪人のいくらかは人間を改造し、調整したものだとされている」

 ルージュはぼんやりとジェイドの言葉を聞いていたが、その殆は右から左に抜けていくようで頭に入らない。

「……すべての罪悪感から逃れることなど出来はしない」

 ジェイドは踵を返し、まだ腰が抜けている老婆を抱き起こした。

「私たちは、いつも何かを拾い上げるとき……その他の何かを、無自覚に切り捨ててきたんだ。それが見えてしまった……単純なことだよ」

 そしてルージュをその場に残し、去っていく。その際に、ちらりと振り返る。

(それにまみえて傷ついて……ようやく、始まりなんだよ、ルージュ……)

 ルージュは膝をついて突っ伏している。

 彼女が立ち上がるのには、もう少し時間がかかりそうだった。


 第4話に続く

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