「ここだ……気をつけていけ」
ごうん、と物々しい音を立てて扉が開いた先は、暗く深い水路になっていた。深く窪んだ中央を水が流れている。
ルージュとアズールの二人は、その中に降り立って、慎重に歩を進め始めた。この先は自分たちの管理下にはない。なにがいるか知れなかった。
ルージュは不安な気持ちを押し殺すかのように、胸に隠したセラフクリスタルをぐっと握りしめた。
誰とも知れぬセラフの遺品であるそれは、ピラーの構造を少なからず記憶している。
(私たちがしなければならないこと――)
それは敵の本拠地「ピラー」に踏み込んで、内部から破壊すること。
予定では、エンマたちが数日後に囮作戦を決行するはずだったが、その前に向こうが攻め込んできてくれた。
ジェイドを倒したグラガンは向こうの最大戦力の一つのはずだ。それを躱して乗り込めるのは、ある意味では行幸と言えた。
ちらとそれと戦っているエンマとケイのことが脳裏に浮かび、不安が襲ってくる。
「大丈夫……二人は、負けない」
アズールがそれを察したかのように囁いてくる。
「キョウちゃん……」
ルージュよりもずっと、長い付き合いのはずだ。不安はむしろアズールの方があるはずだが、それを隠して気遣ってくれる優しさが嬉しかった。
ガサガサッ……。
「!」
なにか物音がして、二人はきゅっとかかとを地面にグリップして止まった。
「なにか、来る……」
強めにカーブした通路の先に、気配がある。
一つではない――そうルージュが直感した瞬間、それらは姿を現した。
「ひっ……」
瞬間、生理的な嫌悪感にルージュは震え上がる。
ハサミムシのような、不気味な生物が奥の通路からぞろぞろと這い出てきたのだ。
「やっぱりいる……よね」
アズールにはわかっていたようだ。
これらはエリミネーターが地下組織制圧用に放った怪虫で、地上には出てこないが、地下を担当する警備軍は度々これらの襲撃にあっている。
アズールもかつて対応に駆り出され、戦ったことがあった。
虫どもはキチキチと顎を鳴らしながら向かってくる。
「来るよ……ミサキっ」
「う、うんっ!」
数メートル先まで近づいたとき、虫どもは次々と飛びかかってきた。
「フレイムっ、インパクトぉっ!!」
ルージュは烈火の拳で、宙に舞う虫たちを薙ぎ払う。
「凍れ……アイスラウンドっ!」
アズールの足元から円状に氷が伸びて、虫たちの足を捕まえる。
瞬間冷却された足は容易に折れ、胴体はつんのめって氷に突っ伏し、カチカチに凍って砕けた。
しかし、連中はその遺骸を乗り越えて向かってくる。仲間の死など一切気にする素振りもない。
「はっ! はぁあああっ!」
「やぁあああっ!!」
一体何匹いるのだろうか。通路の向こうからはくろぐろとした塊がこちらに向かって迫ってくる。
「てぇぇいっ! キョウちゃん、どいてっ!」
しびれを切らし、とんと飛び退いたルージュが両腕を掲げる。
「フレアブラスター!」
炎の柱が虫の集団に伸びていき、閃光と共に弾け飛ぶ。
「よしっ!」
視界に入っていた虫どもは消し炭になったように見えた。が……
「えっ!?」
通路の奥から、そこらの配管から、虫どもはぞろぞろと這い出てくる。
「キリがない……!」
「一体一体は強くないけど、この数……」
応戦を続けるが、二人は次第に追い詰められていく。
そしてついに、虫の一体がアズールの腕に噛みついた。
「キョウちゃんっ! 大丈夫っ!?」
「ちっ……!」
アズールはとっさに光剣で虫を串刺しにし、そのままブンと敵の真っ只中に放り込む。
「このままじゃ……!」
「行って」
「えっ……」
「クリスタルを持っているのは、ミサキ。それに……ここは地下水道。私のほうが武器を活かせる」
アズールから立ち上った冷気が、群れてくる虫たちに襲いかかる。そして一斉に凍らせて、壁を作った。
「今!」
「で、でもっ」
ルージュは逡巡した。この数を相手にする……それはとても困難に思える。
「早くっ! 私もあとから行く……!」
虫たちは凍った仲間たちをハサミで砕いて、こちらへの道を開こうとしている。バキン、と砕かれた虫の一部が二人の周囲に降ってきた。
もう、迷っている時間はない。
「キョウちゃん……死なないでっ!!」
ふっとアズールは相好を崩した。
「おおげさ」
「……!」
泣きそうになるのをこらえ、くっと唇を噛み締めてルージュは駆け出した。
(後編に続く)