「たぁあああっ!」
ルージュの炎の拳が虫型の怪人、マズリムの胸部を捉える。しかし、その外殻は分厚かった。鈍い痛みを拳に感じ、ルージュは顔を歪めた。
「はっ……」
マズリムの顔が不敵に笑ったように見えて、ルージュはとっさに飛び退いた。
その一瞬後、ルージュが立っていたところに鋏尾が突き立っていた。
「おしい」
マズリムがくぐもった笑いを漏らすと、その関節部の外殻がこすれ合い、キチキチと不快な音を立てる。
「こんな、ところで……!」
足止めを食っているわけにはいかないのに。
ルージュを焦燥感が襲う。
「どうした正義のヒロインちゃん♥ 来なよ、頭にきてるんだろぉ?」
ルージュの胸の奥で怒りの炎が渦巻いている。自分を行かせるために、仲間たちがいま窮地に陥っている。モタモタしている暇はない。
「あなたたち、元は人間なんでしょ! なんでこんなことするのよ!」
その邪魔をするのが、人間を改造した怪人なのだから、ルージュの怒りももっともだった。
「あぁん?」
マズリムは一瞬視線を泳がせる。
「人間か……どうやらそうだったらしいがねェ。もう俺には関係ねえことだ。この体になった以上、楽しくヤッて殺ってやりまくるしかねぇだろ」
「そんなの、ひどいよ!」
「だいたいよぉ、こんな体になった俺らをお前らは受け入れんのかァ? 無理だろ?」
「! そんな、ことは……」
想像がつかない。怪人が人間に恭順したとして、どう社会に溶け込んでいくのだろうか。
外見が違うだけならまだしも、容易に人を殺しうる能力を持つ彼らに、人が対等に接しうるはずはない。
「へっ、それ見たことか。そろそろ話は終わりだ。そんなぴっちりスーツ着やがって。お陰でもうこっちがギンギンなんだよォ」
マズリムの股間の外殻の隙間から、体液が染み出してきている。
「このぉお……ッ」
ルージュは光剣ルージュセイバーを伸ばすと、嫌悪感を振り払うように飛び出し、マズリムに打ち掛かる。
ギン、ギンッ!!
流石に光剣にはマズリムも警戒している。おそらく関節部に刃が入れば、十分なダメージが与えられるだろう。
しかし――
「くっ!」
ここぞ、というタイミングで鋏尾が飛んでくる。
嫌な武器だ。守備の堅さに焦って攻め込んでいると、意識の外から致命的な一撃を喰らいかねない。
「ふっ!」
それでもルージュは果敢に攻め立てる。しかし、鋏尾の存在がちらつき、決定的な一打を与えるところまで踏み込めない。
「はっ、はぁっ……」
「へへっ」
ルージュの息が上がり始めたのを見て、マズリムが笑う。
「そろそろだな」
「なにをっ!」
「こうするんだよッ!!」
マズリムの腹部が大きく開き、そこから管状の器官が飛び出した。
「なッ!?」
その先端から、勢いよく黄金色のガスが飛び出す。
「わ、わっ!」
慌ててルージュは飛び退いて、直撃を免れる。
「ちっ!」
マズリムの反応を見るに、食らってはまずい攻撃だったのだろう。
「やれると思ったのによォ~! ちょこまかすんじゃねえっ!」
その悔しそうな口ぶりに、ルージュはピンときた。
(あれは麻痺ガスか何かだった……? なら!)
こんなゲス野郎だ。こっちを動けなくして、楽しもうとするに違いない。戦いが優勢である今なら尚更だ。
「はっ!」
とん、とんっ!
ルージュは左右に身体を振りながら、マズリムに接近する。
「チィッ!」
俊敏性ではこちらが上だ。マズリムはルージュの動きを追いきれない。だが、この装甲の厚さの前ではまともには抜けない。
(なら――)
ルージュはわざと、動きを緩めた。
「ハハッ! 遅いぜ!」
マズリムの腹が、再び開く。
「かかった!」
ルージュは光剣を伸ばすと、剥き出しになった腹部を思い切り貫いた。
「ぐ、あああっ!?」
「てゃああああああ!!」
ルージュはそのまま光剣を振り上げ、マズリムを縦に切り裂いた。
「ぎゃぁあああッ!!」
水路にマズリムの絶叫が響き渡る。
その体が真っ二つに裂けると同時に、断末魔のようにガスが噴き出した。そして炎がガスに引火し、マズリムの身体は木っ端微塵に爆散した。
「ふぅっ、やった……」
勝利に安堵し、ルージュは額の汗を拭う。しかしまだ道は半ばだ。
「急がないと」
アズールや他の仲間のことを思い出しながら、ルージュは水路を急いだ。