光の奔流が収束したとき、そこにいたのは今までのルージュではなかった。
白いスーツのところどころ、金のラインが走った新しい意匠が刻み込まれている。
背中からはまばゆい光の翼が生え、闇を薙ぐように羽ばたいている。
(これが……私の力なの……?)
体の奥深くから力が溢れてくるようだ。二つのクリスタルは両肩に移動し、共鳴するように光を放っている。
「ミサキ……」
よろよろとアズールが立ち上がり、微笑んだ。
「キョウちゃん……!」
倒れていたアズールはルージュの手を取って立ち上がった。
「行こうっ!」
「……うん!」
そうして二人は互いに手を取り合ったまま、光球となって飛び立つ。
「やああああああああっ!!」
巨人の内部を消し飛ばしながら突き進み、やがて表皮を突き破り、宙空へ飛び出した。
「な、なんだっ!?」
それを最初に目撃したのはベスタだった。
彼女は巨人の頭部周辺で怪人たちの襲撃を受け続けていたのだった。
「ルージュ、アズール……?」
二人の姿を呆然としながら見つめ続ける。
「やばぁ……」
明らかに今までの二人ではなかった。
それを感じ取ってか、ベスタを包囲していた怪人たちが一斉に二人の元へ向かう。
二人はそれに気づくと、目配せをして頷きあった。
「行こうっ! このまま引き付けて上へっ!」
「うん!」
そのまま二人は巨人の頭上へ舞い上がる。眼下には巨人の頭頂部と、黒く柱のようになってこちらへ伸びる怪人たちの群れ。
「やれる……二人なら!」
「ミサキ、手を……!」
ルージュとアズールは手をしっかりと握り合う。
すると二人を覆っていたエネルギーが収束し、一つの光の玉となって二人を包みこんだ。
「待て―っ! って、これやばくね?」
怪人たちに追いすがっていたベスタは急停止、危険な気配を察し身を翻す。
離れていくベスタとは逆に、怪人たちは灯火に群がる虫のようにわらわらと光球に近づいていく。
そして急激に膨れ上がっていくエネルギーに焼かれ、蒸発していった。
「いっけええええええーーーっ!!」
光球が急加速し、巨人の頭頂部へ向けて降下し始めた。
その途中にあった怪人たちの群れを軒並み飲み込んで、巨人の頂きを垂直に貫いた。
そして―― 一瞬の閃光の後、凄まじい爆発が巨人の頭部を内側から吹き飛ばした。
「うわあぁっ!?」
ベスタはその爆発の衝撃で吹き飛ばされてしまう。エネルギーもほとんど突きて、もはや軟着陸する程度しか残っていない。
(二人ともっ……!!)
死ぬんじゃねえぞ、と思いつつ、ベスタはゆっくりと地表へと吸い込まれていった。
巨人の頭部から生じた爆発は、連鎖的に巨人の肉体を崩壊させていく。
地響きを立てながら巨人の体は崩れ落ち、やがて灰と煤の黒黒とした小山となっていった。
「……やったの?」
残骸となった巨人を見下ろして、ルージュが呟く。
「うん……多分」
しかし、二人からは嫌な予感が消えなかった。肌にピリピリとするものを感じる。
その時、背筋がぞわりとした。
空中にもやもやした黒い塊が浮かんでいる。そして、それが一つの塊へと凝縮していく。
その黒い塊は徐々に形を成し始め、人型へと変貌しつつあった。
しかし鋭角的なそのシルエットはまるで悪夢の中から抜け出してきたかのような不気味さを漂わせていた。ルージュとアズールは息を呑む。
二人は瞬時に理解する。巨人が完全に消滅したわけではない。その残滓が新たな形で生まれ変わろうとしているのだ。
「ミサキ、気をつけて!」
「うん……わかってる」
二人は警戒を強めた。今現出しようとしている何かは巨人よりはるか小型で、人間の男性――つまりは今まで戦ってきた怪人程度の体躯でしかない。
しかしそれから感じる圧迫感は、先刻まで対峙していた巨人と同程度に強い。いや、邪気に関してはそれ以上だった。
そしてそれが顕現した。
その身に纏うのは漆黒のローブ状の機械衣。胴体は真っ黒で光を反射せず、影がそのまま紺碧の空に落ちたようだった。
(よくこの段階までたどり着いた、ルージュ。アズール……)
二つの声が重なっていた。そのうち一つは、巨人の内部でルージュが聞いた声だ。神のごとく振る舞い、人類に審判の杭を撃つとうそぶいた神気取りの――。
そしてもう一つは、どこかで聞いた声。
「長官――?」
二人は同時にそう呟いていた。セラフたちを率い、エリミネーターの怪人たちとの戦いの指揮を採っていたもの。本人は姿を見せなかったことから、その詳細は不明だったが……。
それが、いま自分の前に立っている。おそらくは、敵として。
「な、なぜっ!? あなたは、一体何者なの!?」
ルージュが叫ぶ。悲嘆がこもったその声にも、それは動じもしない。
「我々はもとより一つのものだった。私以外に伝えられただろうが、これは仕組みに過ぎない。枝葉が伸びれば剪定される、それぐらいの話だ」
巨人の頭部内で聞いたのも、そんな感じだったな、とルージュは思い返す。
その仕組み、というものは誰かの意図的なものではなく、この宇宙が定めたものなのだろう。光の速さや引力と同じくらい普遍的なのだろう。
「そして君たちも目にしたあの日――かの海に杭が撃たれたとき、地球は次元的にいくつもの世界に分断された」
(分断――)
ルージュたちはこの地がその他の地域と完全に切り離されていたことを思い出す。
それは通信網や交通網、ありとあらゆる交流手段がエリミネーター達によって立たれたものだと思っていたが、どうやら違うようだった。
「人は己の形を模した怪人に蹂躙され、滅んだ。この次元以外は……」
不意に、声が長官だけのものとなる。
「その時、私だけが分離した。理の一部である私は、私以外に問うた」
(理の一部――)
二人はその言葉の意味を推し量りながら静かにその声を聞いた。
「そして一つの譲歩を引き出した。人にはまだ見ぬ可能性がある。その可能性を開く助けをさせてくれないかと――そして君たちに一つの鍵を授けた。それこそがセラフクリスタル。君たちをセラフィーヌと呼ばれる姿に変身させるためのものだ」
ルージュは息を呑む。自分がセラフィーヌになった理由を初めて知らされて、かすかな動揺がある。ただ誰かを護る力だと思っていたこれが、そんなだいそれた判定を任されていようとは。
「そんな……そんな決め方ってないよ! こんな、力でぶつかり合って、生き残ったほうがなんて……乱暴だよ!」
「……その通り。拙速に過ぎる」
「それくらい――取るに足らない、事なのだ。私以外にとっては……。だが勝ったほうが残る、という単純な図式ではあるが、君たちが示した可能性が力となるならば、人の業が具現化した怪人たちのそれとしのぎを削るに足る尺度ではあろう……」
そして、この先は――と続けた後、長官の声は遠くなっていき、消えた。
あとに残るは、圧倒的な威圧感を誇る黒き怪人のみ。
「さあ――続きを始めようか。」
口腔もないのにこちらの臓腑を震わせて鳴り響くそれは、もはや人の言葉ではない。人を喰らう獣の咆哮に近い。
「よくわからないけど……あなたを倒せば、すべてが終わるってことだね!」
「元は長官でもなんでも……倒させてもらう」
ルージュのクリスタルは金色に輝きを増し、アズールのクリスタルは青く強く煌めきだす。
二人は息を整え、そして同時に叫んだ。
「はああああああっ!」
そして赤と青、二つの輝きが漆黒へと絡み合いながら突撃していった。