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天空戦姫セラフィーヌ 第21話 眩き翼

 それはふわふわと宙空に漂いながら、ルージュとアズールの二人を見下ろしていた。

 周囲の色を飲み込んでなお漆黒のその体躯は、人が内包する数多の業の具現化とでもいうのだろうか。顔の中央に埋め込まれた単眼だけが赤光をたたえ、不気味に明滅し続けている。

(ネガアーク……?)

 ルージュは意図せずして胸の内でそれをそう呼んでいた。

 セラフたちはセラフクリスタルより常時情報が流れ込んでくる。それは言葉として受け止めるものではないのだが、この敵を表す名をつけるのであれば、”ネガアーク”であるらしい。

 その意味を反芻している暇はなかったが、それはきっと不吉なものであるとルージュは感じ取っていた。

 絶対に倒すべきものである――その認識が、ルージュの体を動かした。

「――! ミサキ、待っ……」

「やぁああああああっ!!」

 アズールが制止の言葉を言い終わるよりも早く、ルージュはネガアークに肉薄していた。

(は、はやいっ!)

「オーバールージュ・インパクトぉっ!」

 今までのルージュの一撃とは文字通り桁の違う、閃光の拳がネガアークに炸裂する。

 瞬間的に幾重にも貼られた防御フィールドをぶち抜いて、ネガアークの片腕が爆散した。

「よしっ!」

 確かな手応え。ネガアークの体は揺らぎ、そのままふらついて墜落する――ことはなかった。

 しゅるるっ!

「!?」

 黒い霧が傷口から伸び、腕の形を象る。そして、そのまま現実の肉体として顕現した。

「再生……!?」

「ミサキ、巨人の体躯が、あの形になった……それだけ内側には力を蓄えているということ」

「なら……それが尽きるまで戦うっ!」

「ムダナコトヲ」

 声、と言うにはあまりにも無機質な音が二人の耳朶を打つ。人間味の全く感じられない不気味さに背筋が凍る。

「だあああっ!」

「そこ……! アズールスラッシャー!」

 ネガアークに立ち向かうルージュを援護すべく、アズールは死角から青の光刃を放つ。

 チュンっ!

 しかしアズールの攻撃はネガアークの寸前で弾かれ、消失してしまう。ネガアークに貼られた防御フィールドは相当に分厚い。

「この程度では、抜けない……!」

 アズールは唇を噛む。二人が激しすぎる戦闘を行っているそばで、何も介入する術がないのだ。

「大丈夫! キョウちゃん……私がなんとかするっ!」

「ミサキ……!」

 こんな時に、友の力にもなれない――忸怩たる思いを噛みしめるアズールをよそに、二人の戦いは激化していった。


 かつて巨人が立っていた足元で――ジェイドらセラフィーヌたちは凌辱から一時開放され、白濁まみれで無様に横たわっていた。

 ほとんどの怪人は一通りヤッたことで満足し、新たな獲物を求め四方に飛び去っていた。

「う、ああ……あ……」

 ジェイドたち三人は完全に心が折れ、生気を失って倒れ伏していた。

 そこに、残り物にあずかろうと雑魚怪人が近づいてきた。

「へへ……どの穴ももうガバガバだろうけどよ、せっかくだから楽しませてもらうぜえ」

「もう、やめ……ぐ、ううっ」

 髪を掴まれてライラックが無理やり顔を上げさせられる。もはや息も絶え絶えだった。

 その傍らのアンバーも足を引っ掴まれ、怪人の股ぐらに引きずり込まれる。

「カイ……せん、ぱい……」

 ただ虚空を見つめているジェイドに、アンバーの縋るような視線が刺さる。

「カイ……せん……たす、け……」

「…………」

 セラフアンバー……ケイは自分を慕ってくれていた。強く、凛々しく、頼りがいのある女傑としてだ。

 だが、カイ本人はそう思っていたわけではなかった。

 もとより、他人よりは人に臆しない、はっきりした人間ではあった。

 しかしそれがゆえ人に頼られ、買いかぶられ、他者の思う自分であるように振る舞うようになっていた。

(私は……こいつらに屈した、弱い女なんだ……君の思っているような……人間、では……)

 そうあろうと突っ張り続けていた。そうでなければ、自分ではなくなってしまうような気がしていた。周囲からそうであってほしいという望みのまま、大河原カイはあり続けた。

(それももう、疲れた……)

「カイイぃぃッ」

「っ!」

 怒声が突如響き渡る。

「なんだよ、そのザマはよぉっ!」

「ケイ……」

「あたしを助けてくれた……あたしが憧れたあんたは……大河原カイはそんなんじゃないだろおっ!!」

 カイは彼女との出会いを思い出す。

 もう数年前の話だ。ケイは家庭内の不和から家を飛び出し、地元の歓楽街を住処にしていた。

 居場所を失い、社会に絶望し、不良行為に走った彼女だったが、ある時不幸に見舞われることになる。違法薬物の取引現場を目にしてしまい、拉致されそうになったのだ。

 彼女は助けを求めたが、周囲の人間は無関心を装い、昨日まで悩みを打ち明けあっていた仲間さえ目をそらした。

 家族に見捨てられ、そして今また同じように裏切られた――その絶望から救ってくれたのがカイだった。歓楽街の中にある大きな映画館に訪れていた彼女はちょうどその拉致の現場に居合わせ、ケイを攫おうとしていた連中をことごとく叩き伏せてしまった。

 その時よりケイの中で、大河原カイは自分を拾い上げてくれた、神のような存在となったのだった。

「今日は助けてくれなんて言わないからっ……あたしの好きなあんたであってくれっ……」

 どくん、とカイの心臓が高鳴った。

「うるせえな、このクソアマっ」

「あぐっ!」

 ケイが彼女を犯そうとしていた怪人に蹴り飛ばされた。

「けっ……興ざめだぜ! たとえマグロでも、こっちのほうがまだマシかもなあ」

 そして空を見つめたまま動かないカイの元へ歩み寄り、その足を引っ掴み股を開かせる。

「カイ……っ!」

「私の上に、跨るな……!!」

 ジェイドはボソリと呟くと、胸越しに天を衝くペニスを思い切り踏みつけた。

「ぎぃやぁっ!?」

 生殖器をグシャリと潰され、怪人は仰向けに倒れてもがき苦しんだ。

「先輩……!」

 ケイの表情がくしゃと潰れ、涙がボロボロと溢れ出した。

 本当の自分も、誰かに望まれる自分も、自分を象るものの一つでしかない。

「ならば寝ているわけにはいかないっ……! たとえ絶望の未来しかなくとも、私は私のままあり続けてやる……」

 怪人がブルブルと震えながら立ち上がり、片腕を変形させ、鈍く光をたたえた斧を作り出す。

「このアマ、死にぞこないのくせに……! 望み通りに殺してやらあ!」

「か、カイっ!」

 ジェイドの脳天に怪人の腕が振り下ろされ、アンバーが悲鳴に似た声を上げる。

「うぐっ……!」

 一瞬後、その場に響いたのは怪人の断末魔だった。

「……!?」

 目を丸くするジェイドの前で、怪人の首は胴体からずるりとこぼれ落ちていく。

 そして一瞬の静寂の後、倒れゆく胴体の向こうに立っていたのは……。

「ベスタ……!」

 巨人から墜落していたベスタだった。彼女は巨人の足元で行われていた饗宴に気づき、救出の機会を伺っていたのだ。

「はっ……あたしみたいに狂っちまったかと思ったけど、まだ根性座ってたんじゃん、カイ」

「ははは……私は、お前のような痴態を晒していたか……? すまない……」

「お礼なんていいよ、それより……」

 ベスタはちょんと上空を指さした。

「さっきから上ですんごいエネルギーがぶつかり合ってる。あれはきっとルージュたちだよ」

「ルージュたちが……?」

 たしかに、はるか空の彼方で強いエネルギー反応が二つある。一つはルージュのそれをそのまま大きくしたような眩いものだが、もう一つは全く別の、禍々しい凶悪さを漂わせている。

「あのヤバい方は巨人が変化したやつじゃないかな。あれから感じていた凶悪さをぎゅっと凝縮したらああなりそうじゃん」

「しかし、それと同じくらい強いエネルギーをルージュから感じるというのは……?」

「あの子はクリスタルを二つ持ってた。それが原因かもしれない」

「それにしてもだ……単純に二つのクリスタルの力を足しただけではああはならないんじゃないか」

「セラフに先があるとしたら、どうだろね」

「先……」

「彼女はそこに至った。やり方はわからないけど」

 ちらりとベスタが視線を横に向けた。ライラックとアンバーがふらつきながらも立ち上がり、二人を見ていた。

「ふふ、じゃあもうやることは決まったものじゃないの」

「そうですよ、カイ先輩……!」

 一瞬の沈黙の後、重い口を開く。

「ルージュたちに加勢したい。……二人のクリスタルを私に預けてくれないか」

 この場に他の敵の姿はない。ヤリ飽きた怪人はどこかへ行ってしまっていたが、いつ戻ってこないとも限らない。

「構いません、それ以外に方法がないのなら」

「いいわ、今更惜しむ命もないものね」

「……ありがとう」

 そして二人は変身を解除し、クリスタルをジェイドに手渡した。

「あんたとあたしの残りのエネルギーじゃ、あそこまでは届かない。だからあたしがあんたを担いで飛んで、ギリギリで投げ飛ばす」

 それでは――とジェイドは言いかけたが、ベスタがその口元に人差し指を突きつけて黙らせる。

「エネルギー切れのスーツでも、死にやしないでしょ、多分ね」

「よし、頼むぞ」

「やああああっ!」

 そしてベスタはジェイドの体を抱え、上空へ飛び立ったのだった。


 上空のルージュとネガアークの戦いは拮抗していたが、全く効いた素振りも見せないネガアークの耐久に、ルージュは焦燥の色を隠せなくなっていた。

 桁違いの出力を得たとはいえ、クリスタルのエネルギー自体は単独であったときと同じく有限であろう。

「こ、のおっ!!」

「ふ……」

 焦りから迂闊に踏み出したその一瞬の隙を突かれ、ルージュはネガアークの体のあちこちから伸びでた黒い触手に捕らわれてしまう。

「ぐ、あぁ……っ!」

 ぎりぎりと締め上げられ、ルージュは悲鳴を上げた。あの巨人の膂力がこの細い触手に込められているのだ。強化されたスーツと言えどダメージは免れ得ない。

「ミサキっ!」

「あううっ! キョウ、ちゃ……」

「それ以上はさせないっ!」

 アズールが光剣を振りかざし触手に斬りかかるが、その一本も切らないうちに四方から伸びたそれに叩き返されてしまう。

「うぐうっ!」

「キョウちゃんっ!」

(なんて無力……ミサキの助けにもならないなんて……!)

 悔しみから涙が滲む。力がほしい。大切な友を救う力が――。

 その時、自身の下方から強い光が登ってくるのが目に入った。

「! あれは……」

 紫光をまとい天駆けるそれは、セラフジェイドだった。

「アズールっ!」

 ジェイドがなにか光るものを投げてよこす。慌てて受け取ると、それはセラフクリスタルだった。そして、傍らに並び立ったジェイドと同じく、自身を包んでいたセラフエナジーがぐんぐんと高まっていく。

「な、なに? これ――」

「願え、アズール……! 君は何を望むっ」

「わた、しは――!」

 そして、眩い光が二人を包んだ。



 光が収まったとき、そこに現れたのは新たなスーツに身を包んだアズールとジェイドだった。

「セラフジェイド!」

「セラフアズール……!」

『オーバーフォーム!』

 突如出現した二つの巨大な気配に、ルージュとネガアークも一斉にそちらを向いた。

「二人とも……!」

 喜色を浮かべるルージュとは対象的に、ネガアークの硬直した顔面はわずかに歪んだようだった。

「ミサキ……あなたを守る」

「私は、私を貫く……意固地であろうとも、それが私の強さだ!」



(25日更新分は単独のHシーンとなります。ご了承ください)

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