秋めいた風が街路樹を揺らし、穏やかな午後の光が石畳を照らしていた。鷺沢文香は、胸元で揺れる細いペンダントを押さえながら、静かに歩を進めていた。今日の目的は書店巡り——けれどその足取りは、次の瞬間、急に乱れる。
「……っ……!」
唐突な鈍痛が腹部を走り、彼女は思わず身体を折り曲げた。涼やかな青の瞳がかすかに揺れ、額からは汗がにじむ。
ギュルルル……ッ!

内側から暴れるような音が、容赦なく響いた。
「……いけません……こんな場所で……」
落ち着こうと深呼吸を試みるが、痛みは鋭さを増し、下腹を何度も突き上げる。彼女は必死に片手で腹を押さえ、もう一方の手で壁に触れた。
「……はやく……トイレを……見つけないと……」
小さな声で呟きながら、視線を上げる。しかし整然と並ぶ街並みの中に、それらしい建物は見えない。焦燥と羞恥が重なり、普段は冷静な文香の呼吸が乱れる。
ゴロゴロゴロ……ッ! キリキリッ!
容赦ない便意が、彼女の身体を支配する。
「……まだ、耐えられるはず……。落ち着いて……歩を……進めれば……」
声は弱く途切れ、語尾が震える。それでも彼女は前を向こうとする。歩調は小刻みで、呼吸は浅い。額を濡らす汗を袖で拭うこともできず、ただ必死に一歩を重ねる。
けれど、追い詰められた心の中で、彼女はわずかに自分へ言い聞かせた。
「……ページを閉じなければ……物語は続いていく。……この痛みの先に、きっと……」
その声は震えながらも、芯のある意志を宿していた。
雑踏を抜けて辿り着いた路地裏は、静かすぎるほど静かだった。だがその静けさは、鷺沢文香にとって救いではなく、ただひとりきりで苦しむ舞台を用意するにすぎなかった。
腹を押さえた手は震え、額からは滲む汗が流れ落ちる。彼女は壁に背を預け、呼吸を荒げながら視線を走らせた。だが、そこには探し求めた扉も標識もなく、ただ無機質なコンクリートが並ぶばかり。
「……っ、……もう、見つからない……のですか……」
声はかすれ、震えていた。普段は言葉を選び、静かに話す彼女の声音は、今や痛みに押し潰され、必死に紡がれる断片に変わっている。
グルルルル……ッ!
内臓を掴むような鈍い音が身体の奥から響き、次の瞬間、力が抜けたように全身が硬直する。
「……あ……っ……だめ、止まらない……っ」
スカートの中で堰を切ったように温かい液体が流れ出し、下着を濡らし、タイツを伝い、太ももへと広がっていく。
ビチビチビチャチャッ! ジュルルルルゥゥ……ッ!

激しい音を伴って、下痢が一気に解き放たれた。脚をつたうぬるりとした感触。タイツの中でこもる熱と臭気。ついには足元の石畳にまで茶色い染みを広げていく。
「……っ……あぁ……どうして……こんな……」
両目には涙がにじみ、彼女は顔を伏せた。羞恥と絶望が胸を締め付け、呼吸はさらに乱れる。それでも便意の波は容赦なく押し寄せ、断続的に体を震わせる。
ドロロロロ……ッ! ポタタタ……ッ!
地面に広がる音が続き、周囲の静寂にいやでも響いた。
「……こんな、惨めな頁を……重ねるなんて……」
彼女は自らを“本”に喩え、声にならない嗚咽をこぼした。どんなに丁寧に装丁を整えても、本文のこの一行は消えない。それが彼女をさらに追い込んでいく。
壁に寄りかかったまま、文香は崩れるように腰を落とした。脚にはまだ温かい液体が絡みつき、石畳には濁った水溜まりが広がっていく。腹の痛みは収まらず、余韻の苦しみが途切れなく続いていた。
「……プロデューサーさんに……こんな姿……見られたら……」
その呟きは風にかき消され、路地裏にただ彼女の荒い呼吸と、なお続く滴りの音だけが響き続けた。