朝から胸の奥に小さな違和感があった。目が覚めたときから、下腹部に重たい鉛のような感覚が沈んでいる。
「……なんだか変な感じだぞ……」
そう呟きながら身支度を整え、事務所に入った響は、いつものように明るい声で仲間たちに挨拶した。
「はいさーい! 自分、今日もカンペキに決めるぞ!」
言葉こそ元気だが、内心は落ち着かない。胃の奥から腸にかけて、じわりじわりと波が寄せては返すように痛みが広がっているのだ。だが彼女は強がりを見せる。仲間に心配をかけたくないという気持ちが、声を張らせていた。
午前中はリハーサルを控えていたため、事務所の会議室でスタッフを交えての打ち合わせが始まった。テーブルには資料が並び、ホワイトボードにはスケジュールが書き込まれている。プロデューサーの説明に頷きながら、響もメモを取る。
しかし、ページをめくるたびに小さく腹の奥がキリキリッと痛んだ。手のひらを腹部に軽く当てると、鼓動と一緒に腸がギュルルル……と訴える。
「う、うぅ……」
顔をしかめたが、隣に座る仲間に気づかれぬようすぐに笑顔を作る。
「じ、自分、だいじょーぶだぞ。ほんとに……!」
しかし声が上ずり、額にじんわりと汗がにじむ。額の汗がタラリと資料の端に落ち、インクがにじむ。
プロデューサーが次の予定を説明し始めたとき、不意に強烈な便意が響を襲った。
「――ッ!」
全身に電流のような衝撃が走り、響は思わず机の下で太ももをぎゅっと寄せ合わせる。ポニーテールが大きく揺れ、背筋が小さく震えた。
〔だ、だめだぞ……! 今は打ち合わせの最中で……でも、このままじゃ……!〕
腹の奥でグググ……ゴロゴロッと音が鳴り響く。座っている姿勢では痛みを抑えきれない。思わず身体を少し前かがみにし、両手でお腹を押さえる。
「響、大丈夫?」
仲間の一人が小声で尋ねる。
「だ、だいじょーぶ、カンペキさー……!」
響は必死に笑顔を作って答えるが、声の端が震えていた。汗がこめかみを伝って流れ、喉は乾き、口の中が渇いて声がかすれる。
プロデューサーの説明が続く。スケジュールの確認、振り付けの修正点――すべてが頭に入らない。響の意識はただひとつ、迫り来る波をどうやって凌ぐかに集中していた。
〔ここで我慢して……あと少し、あと少しだけ……!〕
そう念じても、波は引かない。むしろ時間と共に強さを増していく。
ついに、響は意を決した。震える声で口を開く。
「あ、あの……じ、自分……ちょっとだけ、席を外すさー……!」

椅子の背もたれを押し、立ち上がろうとする。しかし急に立ち上がった反動で腹部が圧迫され、ギュルルルル……ッ!と大きな音が響いた。会議室にいた全員の視線が一斉に集まる。
「っ……!」
響は顔を真っ赤にしながら、俯いた。汗がぽたりぽたりと床に落ちる。
プロデューサーが心配そうに声をかける。
「響、大丈夫か? 顔色が……」
「だ、だいじょーぶだぞ! じ、自分、カンペキだから……! でも、ちょっとだけ……失礼するさ……!」
声を張り上げた瞬間も、痛みは増していく。もはや強がりでは誤魔化せない。
響は椅子を押しのけ、ドアへと歩を進める。足取りはぎこちなく、膝が小刻みに震える。靴底が床を擦り、ギシッ、ギシッと音を立てる。
〔は、早く……! トイレに行かないと……!〕
額からは滝のような汗。背中もじっとりと濡れ、シャツが肌に張り付く。ポニーテールが揺れるたびに汗が飛び散り、頬に落ちる。
仲間たちは気まずそうに目を逸らしつつも、心配の眼差しを送っていた。誰もが響の明るさを知っているからこそ、今の姿が痛々しかった。
響はそれに気づかぬふりをしながら、必死に笑顔を作る。
「す、すぐ戻るさー……だから……だいじょーぶだぞ……!」
ドアノブに手をかけ、開け放つと、廊下の涼しい空気が頬を撫でた。だがそれも一瞬、再び波が押し寄せる。腹部がズキンッと痛み、響は思わず壁に手をついた。
「くっ……う、うぅ……!」
声が漏れ、目には涙が滲む。必死に堪えながら、廊下を進む。
会議室の中からはまだプロデューサーの声が聞こえてくるが、響の耳には遠く響く雑音にしか感じられなかった。すべての意識は下腹部に集中している。
〔自分、負けないぞ……! 今だけは……今だけは……カンペキじゃなくてもいい、でも、絶対に間に合わないと……!〕
汗を振り切るように、響は早足で事務所のトイレへと向かった。ポニーテールが背中を叩き、心臓は早鐘のように打つ。腹の奥ではゴロゴロッ……ギュルルッと音が続いている。
彼女の額から滴る汗が床に点々と落ちていく。その背中は強気なアイドルではなく、ひとりの少女として苦しみと必死さを抱えた姿そのものだった。
会議室を飛び出した瞬間、響は壁に手をつきながら必死に呼吸を整えていた。
「はぁっ……はぁっ……じ、自分……大丈夫だぞ……!」
強がるように声を出すが、その声はかすれ、足は小刻みに震えている。打ち合わせの最中から波のように押し寄せていた腹痛は、いまや全身を支配していた。
廊下の先にはトイレ。あと少し――ほんの数十歩。頭ではわかっているのに、下腹部の圧迫感は待ってはくれない。
〔は、早く……早く行かないと……!〕
内心で叫びながら、一歩を踏み出すたびに腹の奥から*ギュルルル……!*と重低音が鳴り響く。響の表情は青ざめ、額からは滝のように汗が流れていた。
腰を前に折り曲げるようにしながら進む足取りはぎこちない。ポニーテールが背中に張り付くほどの汗。
「う、うぅ……だ、だめだぞ……カンペキじゃ……ない……!」
声にならない呻きが喉を震わせる。
トイレの扉がようやく見えた瞬間、腹の奥から鋭い痛みが走った。
「ッ……!!」
全身が硬直し、響はその場で立ち止まる。両腕でお腹を抱え込むようにして耐えようとするが、波は容赦なく押し寄せてくる。
次の瞬間――
ビチビチビチッ!!
湿った破裂音が廊下に響き渡った。響の身体は反射的に震え、膝がガクッと折れる。
「いやぁ……っ! で、出ちゃうさーっ……!」
ショートパンツの奥で、熱く粥状に崩れた便が一気に解き放たれる。*ドロロロロッ……!*と濁った音を立てて広がり、下着と布地を瞬く間に汚していく。
太ももの内側を伝って、粘性を帯びた下痢が流れ落ちた。ジュルルル……ドロォォ……。滴り落ちた液体が床に*ポタッ、ポタポタ……*と黒い染みをつくっていく。
「や、やだ……! じ、自分……みんなに見られたら……!」
響は必死に振り返り、誰もいないことを確かめる。しかし事務所の廊下は静かで、今の自分の情けない音だけが木霊している。
それでも便意は止まらない。力なく震える脚からは次々と粥状の便が滴り落ち、白いショートパンツを茶色に染めていく。
ビチャァァ……ビチビチッ……!

「くっ……はぁっ、はぁっ……と、止まらないぞ……っ!」
響の瞳には涙が滲んでいた。普段は「自分、カンペキだぞ!」と胸を張る彼女が、誰にも見せたくない無様な姿をさらしている。強がりも、明るさも、この瞬間ばかりはすべて崩れ去っていた。
廊下の壁に片手をつきながら、響は必死に呼吸を整えようとする。しかし背後ではジュルジュル……ドロッ……という情けない音が続いている。汗と涙が混じり合い、頬を濡らした。
〔なんで……なんで自分だけ……! こんな……カンペキどころか、最低じゃないか……!〕
やっとの思いでトイレの前にたどり着いたときには、もう半分以上を失っていた。ショートパンツの裾からは褐色の液体が垂れ、床に線を描く。鼻を突く酸っぱい臭気が漂い、響の羞恥心をさらに抉った。
「うぅ……もう、ダメだぞ……自分、全然カンペキじゃないさ……!」
嗚咽混じりにそう呟いた響は、壁に背を預けて崩れ落ちる。トイレの扉はすぐ目の前にあった。あと数秒、あと数歩早ければ――。
だが現実は残酷だ。
ビチビチッ……ドロロ……!
最後の残りが音を立てて漏れ出し、響の脚をつたい、床に広がっていく。
廊下に残されたのは、汗と涙に濡れた響の小さな嗚咽と、無惨に汚れた衣服、そして漂う臭気だった。
彼女の強さも明るさも、この瞬間だけは覆い隠され、ただ一人の少女としての弱さと恥ずかしさが剥き出しになっていた。