「そういえば、食材はどこで買っているのですか?」
海で遊んだ後、りうちゃんの案内で集落を巡った。赤煉瓦屋根の民家が並ぶ集落には、いわゆるスーパーマーケットのような、野菜や肉、魚などを買えるような店舗は見当たらなかった。
でも、今朝は島豆腐のお味噌汁や焼き魚が食卓に並んでいた。今も、みずきくんが美味しそうな料理をせっせと運んでいる。
「この辺りはね、あまり食材が採れないから、石垣島に買い出しに行くことが多いの」
なるほど。
石垣島はある程度の広さがある島で、スーパーの類も点在しているとのことだ。この竹富島からは、フェリーで15分くらいの距離にある。
近所の人が代表して何軒分かの食材をまとめて買って来てくれることもあるそうだ。
「帰ったぞー」
「あ、おかえりなさーい!」
野太い男の人の声が聞こえた。それに呼応するように家族が出迎える。
お父さんが、仕事から帰って来たのだ。
りうちゃんのお父さんは漁師だそうだ。
石垣島を拠点に、海の幸を採り、それらは沖縄県を中心に日本各地に売られる。漁は日の出前に始まる。天候に左右されやすい仕事でもあるので、一度漁に出ると、2、3日は拠点の石垣島に滞在するらしい。
「今日は良い魚が入ったぞ」
「おかえりなさい、りうの彼氏さん、来ているわよ」
お母さんがそう言うと、暖簾をくぐって入ってきたお父さんと目が合う。
身長は180cm以上あるだろうか。筋肉質でよく日焼けした肌が大男という印象に拍車を掛けている。髪は短く刈り上げられており、正に海の男、と呼ぶに相応しい。
俺は心拍数が急上昇するのを感じた。
この方が、りうちゃんのお父さんだ。
「こ、こんばんわ、あの、りうさんにはいつもお世話になっております」
「お、わざわざ遠くから来てくれたんだな。ありがとうね」
「い、いえ!こちらこそ、素敵な場所にお招きいただき、光栄至極でご、ございます!」
だめだ。せっかくりうちゃんのお母さんとは少しずつ打ち解けてきたのに、お父さんの登場でまた緊張が最高潮に達してしまった。
「あなた疲れたでしょう。先にお風呂に入ってくる?」
「いや、大丈夫だ。せっかく彼氏さんも来てくれたことだし、一杯やりながら夕餉にしたい」
「はいはい。準備できてますよ」
お父さんにも”彼氏さん“ということで話が通っているらしい。毎度のことだが、俺は正式にりうちゃんの彼氏ではないので、そう呼ばれる度に背中の辺りががむずむずとする。
お父さんの、白いTシャツがはち切れんばかりに胸筋が隆起したその胸板に辟易しながらも、やっぱりどこかりうちゃんの家族なんだな、という温かみを感じた。見た目は厳ついので、たじろいでしまうが、俺に対する事前の印象は悪いものではなさそうだ。よかった。
「じゃあ、父さんも帰って来たことだし、乾杯!」
みずきくんがさんぴん茶の入ったグラスをかざすと、各々、グラスを片手に高くあげて乾杯する。
俺もみずきくんやりうちゃんと同じく、さんぴん茶をグラスに注いでもらっていた。
さんぴん茶は沖縄県で親しまれているお茶だ。緑茶にジャスミンの香りを付した、いわるゆジャスミン茶。ジャスミンティーに比べると日本食にも合うまろやかな味がする。
「おろ、彼氏さんはお酒飲めないのかね?」
「あ、いえ、その…はい。全くということもないのですが、すごく弱くて、普段はほとんど飲まないんです」
「そっかそっか。じゃあ気が向いたらで良いから、これ、少し口をつけておくれ。でーじ珍しい酒なんだ」
「は、はい!」
でーじ。
これは沖縄地方の方言で、「すごく」という意味らしい。
「あなた、彼氏さん、分からないわよ」
そう言ってお母さんは苦笑する。
「お、悪い悪い」
「いえいえ!お構いなく」
簡単に自己紹介をした後、お父さんが採って来てくれた海の幸をふんだんにいただいた。どれも新鮮で、美味しい。中には口にしたことのない魚もあった。
こんなに脂がのっていて、弾力のあるお刺身を頂いたことは今までにない。
お母さんは「栞(しおり)さん」、お父さんは「明紘(あきひろ)さん」という名前らしい。
有栖川しおりさん。有栖川あきひろさん。
それにみずきくん、そしてりうちゃん。
この4人が、有栖川家の家族だ。
4人と俺、合わせて5人がちゃぶ台を囲んで食事をする。
お父さんーーーあきひろさんは、とても快活明瞭な方だった。よく笑い、よく食べ、そしてよく酒を飲んだ。
あきひろさんがもともと島人で、お母さんとは旅行先で出会ったそうだ。
「あきひろさん、なかなか島言葉が抜けなくてね、別に良いって言ったのに」
「そういう訳にはいかんだろう。しおりのところのご両親に挨拶するのに言葉が通じないんじゃ話にならないからな」
あきひろさんがしおりさんと結婚を決めた時、しおりさんの実家にご挨拶に伺ったそうだ。
そこで、しっかり挨拶や話をするために、島言葉を封印したいと。もちろん、こちらの漁師仲間や友人と話すときは島言葉なのだが、しおりさんのご家族に島言葉で話してしまっては、全く話が通じない。なので、しおりさんの教えで、いわゆる標準語を勉強したらしい。
「その、お母さんは」
「しおり、で良いわよ」
「で、では、し、しおりさんは、どちらの出身なのですか?」
「私はね、北海道の離島、礼文島の出身なの。主人が南の果て、私が北の果て。出会うこと自体が奇跡みたいよね」
確かに。
礼文島は、日本よりむしろロシアの方が近いくらいだ。一方、竹富島は台湾の方が近い。
それぞれの島の気候は、同じ国とは思えないほどの違いがある。
礼文島では半年くらいは雪深い、北の国だ。真冬の厳冬期には島で生活するのが困難なため、北海道大陸に出稼ぎに出る人も多いらしい。一方、この竹富島では、雪にお目にかかること自体がほとんどあり得ない。
ふたりは、たまたま出掛けた先の東京で出会ったらしい。そして意気投合をして、連絡先を交換し、いつしか恋に落ちていたという。
なんとドラマチックな出逢いだろう。北の果て、南の果てに住む二人が、真ん中の東京で恋に落ちる。一つの小説になりそうだ。
「お母さんとお父さん、どっちが告白したの?」
「ぶっ!」
りうちゃんの唐突な質問に、あきひろさんが、泡盛を吹き出す。
「り、りう!お前な」
「あ、それボクも気になる。そういえば聞いてなかったよね」
「それはね…ふふ」
「お、おい、しおり!」
家族3人からのからかいにあって、あきひろさんはタジタジだ。
俺はそんな様子を見ながら、自然と笑いが溢れていた。
「キミも気になるでしょ?」
「え、あ、うん。あきひろさん、どちらから告白したのでしょうか」
「えええ!彼氏さんもそれ聞いちゃう!?」
「はははっ」
お父さんと打ち解けられた安堵感、嬉しさと、見た目とは裏腹なあきひろさんの性格に、なんだか気分が高揚している。本当に、良い家族だなと思う。
「まま、とりあえずこれでも飲んで、ささ」
「あ、す、すみません、では少しだけ…」
あきひろさんは、話題を変えるべく、泡盛を俺のグラスへ注ぐ。
泡盛の瓶には『泡波』と書かれたラベルが貼られていた。
「この『泡波』は、本当に珍しい泡盛なんだ。沖縄といえば泡盛だが、この泡波だけは別格よ!」
「そ、そうなんですか」
「おう!これはな、波照間島(はてるまじま)でしか作られていない。スーッと飲めて香りも良いんだ。波照間島っていうのはそうだな、ここよりもっと南西にある、海の色がでーじ綺麗な島だ」
泡盛なんて飲んだことがなかったが、確かに、花のような良い香りが漂っている。
みずきくんが気を利かせてソーダと氷を持って来てくれた。
「あ、ありがとう」
「泡盛はアルコール度数が高いですからね。ボクは未成年なので飲んだことはないですが、多分、父さんみたいにストレートで飲んでいたらお兄さん、倒れてしまうと思います」
そう言って苦笑を浮かべる。
あきひろさんは瓶からコップに泡波を注ぎ、そのままストレートで飲んでいる。もう3杯目だ。
俺は三倍くらいのソーダで希釈して、氷を入れて口をつける。
「あ、美味しい」
意外だった。正直、まずくてもこのあきひろさんの「どうよ!?」という顔で覗き込まれている以上、美味しいとしか言いようがないのだが、お世辞ではなく本心から美味しいと口に出していた。
思っていたよりずっと爽やかで、アルコール独特の匂いの中に、華やかな香りが混ざっている。喉に引っかかる感じもなく、スーッと胃袋に落ちていく。そして少しした後で、ふわっと宙に浮くような浮遊感を感じる。とても、心地良い。
「だろう!そうだろう!これはな、泡波は幻の泡盛って呼ばれるくらい貴重なんだ」
「わたしも飲みたーい」
「りうはまだ子供だからだめだー。もうちっと大きくなったらな」
「ちぇー」
りうちゃんがいじけた声を出す。どうやら、俺とあきひろさんが打ち解けている輪の中に入りたいようだ。
仕方なく、みずきくんと同じようにさんぴん茶を飲んでいる。
しおりさんは、さりげなく泡波をロックで飲んでいた。意外とこの人もお酒に強いのかもしれない。ニコニコと微笑みながら俺とあきひろさんの会話を楽しく聞いている。顔色ひとつ変えずに。
あきひろさんは酔いが回って来たのか、顔を赤らめながら、陽気に喋り続けている。
でも、いわゆる飲み会の上司のように、説教を垂れるようなこともなく、自分のことや家族のことを話したり、俺に東京の暮らしについて質問をしたりしていた。そして、何度も
「りうが本当にお世話になっております。まだまだひよっこの小娘ですが、よろしくしてやってください」
と、恐縮至極なお言葉を口にした。
「と、とんでもないです!こちらこそ、年甲斐もなくりうさんにはお世話になりっぱなしで、お恥ずかしい限りです」
「そうだーそうだー、私はお世話してる側だもーん」
「りう、失礼だぞ」
「べー」
いつものやりとり。
家族と過ごしていると、りうちゃんが末っ子の甘えん坊のように見えて仕方がない。みずきくんが大人びた弟さんであることも一因だが。
「さ、そろそろお開きにしましょうか」
「ん?まだ泡波残ってるぞ」
「それはお風呂の後に、私と飲めば良いでしょう。彼氏さんはお酒に弱いんですから。もうそろそろ酔いを醒さないと、明日二日酔いになってしまいますよ」
「お、そうかそうか。じゃあひとっ風呂浴びてくるかな」
「あ、美味しいお酒やお魚、ごちそうさまでした!それに、たくさんお話も聞けて、すごく楽しかったです。この度は、ご実家にお招きいただきありがとうございます」
そう言って頭を下げると、あきひろさんは、キョトンとした目をして固まった。
「礼儀正しい人やねー、ほんと、おっちょこちょいな娘ですが、りうのこと、よろしくお願いします」
そう言ってペコっと頭を下げる。
俺はたまらずその場で土下座をしてしまう。
こちらこそ、よろしくお願いします。
※※※
「すごく、良いお父さんだね」
「でしょー!ちょっとうるさいくらいだけど優しいんだよ」
楽しい晩餐を終え、俺たちふたりは、2階にあるりうちゃんの部屋に来ていた。
りうちゃんの部屋は畳ではなくフローリングだった。洋室、というよりはモダンな作りの和洋折衷な部屋だ。東京のアパートと同じで、綺麗に整頓されている。
2階にあるのはりうちゃんの部屋だけで、みずきくんの部屋は1階にあるようだ。
「うんうん、とても温かくて面白い人だったな」
「キミ、すごく気に入られていたね」
「お世辞、じゃないかな」
「ううん、お父さんって不器用だからお世辞とか言えない人なんだよね。嫌いだったら、出ていけって言ってたと思うよ」
それはゾッとする。
あの巨漢に凄まれて「出ていけ」なんて言われたら即刻退散せざるを得ない。
そうならなかったことに安堵し、胸を撫で下ろす。
「羨ましいなあ」
「そうなの?」
「こんなに温かい家族、なかなか無いよ」
「えへへ…そう言われると嬉しいな」
これじゃあ。
これじゃあ、ここに帰りたくなるのは当然だ。
こんなに素敵な家族と毎日を過ごしてきた若干10代の女の子。
1年ぶりに帰郷して、温かく迎えられて、この場所に戻りたいと思わない方が不思議だろう。
だからこそ、俺は、何も言えなかった。
今日、浜辺で彼女が放った一言が脳内で反芻する。
『もし、私が東京に帰りたくないって。ここに残るって言ったら、キミはどう思う?』
もしも、の話。と彼女は言っていた。
でも、分かっていた。
彼女の言葉はもしもの言葉なんかじゃない。
今、彼女の心はきっと揺れ動いている。
上京して一年間、倒れるほどアルバイトをしてまで東京の学校に通い、弱音一つはかなかった彼女は今、手放しの愛情に包まれている。
島の凪の中で、愛情に満ちた温かくゆっくりとした家族の風に吹かれている。
だから、きっと彼女は本当に、ここに残る、東京を去るという選択肢を、自分の中で芽生えさせているだろう。
そうなった時、俺は。
あの時は、りうちゃんと一緒にいたいと言った。俺も島の人間になると、非現実的でもそうしたいと言った。嘘ではない。今でもそう思っている。半ば勢いで放った言葉だったが、俺だって東京に未練はない。
でも、なぜか心のどこかで、もやもやと霧が晴れずにいる。
いつだって、どこだって、りうちゃんのそばに居れば良いじゃないか。ただそれだけなのに、どうしてこんなに心がざわつくのか。
「…どうしたの?」
何も話さずにいる俺を覗き込み、りうちゃんが心配そうな顔を向けている。
俺はそれに答えられずにいた。
「お酒飲みすぎちゃった?」
確かに、お酒を飲みすぎたのかもしれない。あきひろさんとの会話が楽しくて、つい、数杯手にとってしまった。泡波の飲みやすさもあいまって、お酒が飲めない体質であることを忘れていた。
「そうかもしれない」
「少し、横になる?」
「あ、いや…」
言われてみれば、確かにいつもと感覚が違う。これが酔いというものなのだろうか。
ふわふわして、なんだか夢の中にいるような気分。それと同時に、感情の制御が上手くできない。
彼女と離れることを一瞬でも想像したからだろうか、感情の弁が壊れたように、心の底から止めどなく溢れてくる。
その感情は、
「寂しい」
言ってしまった。
これは言うまいと、決めていたのに。ここにいる間は絶対に口にしないと決めていたのに。
彼女とふたりきりになって、心が乱れて、あっさりと口にしてしまった。
大の大人が情けない。
あきひろさんに、よろしく頼まれたばかりじゃないか。
家族との再会を楽しんでいる彼女に、こんな感情をぶつけたところで、彼女を困らせることにしかならないのに。俺は何をしているんだ。
それでもりうちゃんは、そんな俺の気持ちを優しく受け止めてくれる。全てを話さなくても、全てを察してくれていた。
「お風呂に入ってくるね。それまで少し横になっていた方が良いよ。私のベッド、使っていて良いからね」
「うん、ありがとう」
そう言って彼女は浴室のある1階へ降りていく。その足音が聞こえなくなると、俺はりうちゃんのベッドに横になった。天井をぼんやり見上げているうちに、自然と瞼が落ちてくるのを感じた。
※※※
「あ、起こしちゃった?」
「んぅ…」
りうちゃんがお風呂に入っている間、寝入ってしまったようだ。慣れないお酒のせいだろうか。随分心地良く眠れた気がする。おかげで気分も少し晴れたように感じる。
意識が覚醒すると、視界もはっきりとしてくる。
白い下着に、お風呂上がりで少し火照った肌がてらてらと浮かんでいる。
…下着!?
「今日は、ふたりで寝よっか」
そんな格好で言われると、酔いも眠気も一気に吹き飛んでしまいそうだ。
お風呂上がりの火照った体が、ほのかに桃色を差して、妖艶にさえ見える。今は泡波を飲んだ影響で血流も良い。
ドクドク、という心拍の音とともに、下半身にうずきを感じる。
「え、いや、でもご家族が…」
万が一、今この状況をご両親にでも見られたら、得かけた信頼を一気に失ってしまうのではないだろうか。もちろんそんな気はないのだが、この状況だけを一目見たら、誰だって、“そういうこと”に及ぼうとしているように見えてしまう。
「みんなは一階で寝てるから大丈夫だよ。それにうちでは“彼氏さん”でしょ?」
ふふっと含みのある笑いを見せる。
昨晩は、一階の居間で、みずきくんとりうちゃんと3人で川の字で寝た。それはそれで楽しかったが、今の自分はりうちゃんを欲している。心の底から、寂しさと愛おしさで、彼女が欲しいと思ってしまっている。
そんな中で、この誘いを断ることなんてできそうにない。
「じゃ、じゃあ、一緒に…でも、その格好はまずいんじゃ…」
「パジャマ着るよ。当たり前でしょ!今は暑いってだけ」
「で、ですよね」
「あ、キミもしかしてこの格好でくっついて寝るとか思っていた?」
「まさか!そ、そんなわけないでしょ」
「…エッチ」
「だから違うって!!」
そんなことをしたら、翌朝大変なことになってしまいそうだ。…一番大変なのは今晩か。
「お兄さーん」
「ひゃぅぅううぅ!??」
突然、階段下からみずきくんの声がした。
最高の、いや、最悪のタイミングで俺が呼ばれる。まずい、これは非常にまずい。
「あの、お茶をお持ちしようかと…」
「あ、い、今行くから!すぐ行くから!」
飛び跳ねるように立ち上がり、階段を駆け降りる。
今、りうちゃんの格好を見せるわけにはいかない。努めて平静を装いながら、さんぴん茶を手に待つみずきくんの元へ駆け降りていく。
※※※
頭を撫でていると、すぐに寝息が聞こえてきた。
ちょっと硬い髪を手櫛ですきながら、彼の顔を覗くと、幸せそうに熟睡している。
こういう表情を見ていると、笑ってしまうくらいに子どもっぽい。
そもそも、そんなに大人の人、という感じはしないが、時折ハッとさせられるような大人な仕草をすることがある。
その度に私は、ああ、大人ってこういう人のことを言うんだなって感心する。
「寂しい、か」
彼はそう言っていた。
浜辺で、私がここに残ると、東京に戻らないと、もしもの話をした時に、彼はとても悲しそうな表情を浮かべ、必死で私の隣で生きていくことを考えてくれた。そしてさっき、寂しいと言った。
正直、それらは私にとってすごく嬉しくもあった。同時に、私の心は揺らいだ。
凪のような静寂な水面に小石を投げ入れられたように、ざわざわ、と心に水紋が広がっていった。
彼は気づいていたのかな。
もしも、とは言ったけど、実際、私は迷っている。
もちろん、彼の言うように、この島で一緒に暮らすことができたら、どれほど嬉しいだろう。どれほど幸せな毎日だろう。
でも、それが叶わないことくらい、小さな私にも分かっていた。
この島では、島外からの人をそう簡単に受け入れない風習があるからだ。
彼の頭を撫でながら、私はこの先どうしたら良いか、決めかねていた。
この、島のゆっくりとした時間、家族の温もりに触れて、ここを出ていくと決意した一年前の思いは、逆方向へ傾きつつある。
「ねえ、私はどうしたら良いのかな」
そっと、彼に問うてみる。
答えはなく、幸せそうな顔から、静かな寝息が聞こえてくるだけ。
ベッドから抜け出し、窓際に立つ。
窓を開けると、宵闇の中に無数の星が瞬いている。
島の夜は深く、濃い。
吸い込まれそうな漆黒に、そっと潮風が吹く。
風に揺られたカーテンが、私の頬を撫でていく。
To be continued...