SamSuka
ねぼしかぼちゃ
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絡みつくタール

 ハート型のブローチに手を触れると、少女はピンク色の光に覆われた。

 さっきまで着ていた制服がメイド服をイメージした可愛らしい衣装に変わり、茶色いローファーを履いていた足はピンク色の長靴に包まれていた。赤い刺繍が施された三角巾が結ばれ、中からレースがたなびいていた。指をピンと伸ばした繊細な手にはピンクの手袋が付けられた。

 伸ばした両手から棒状の光が伸びてきたかと思うと、モップのようなステッキが現れた。

 少女はモップを手に薄汚れた地下水道を進み始めた。


 通路にヘドロだまりができていた。

 少女はモップを構えると、ヘドロに向かって振り下ろした。

「えいっ!」

 弾力のあったヘドロが水のように溶けてゆく。

 少女がヘドロの溜まった通路をモップで拭いてゆくと、通路を塞いでいたヘドロがみるみるうちに溶けていった。

 ものの1分でポリバケツをひっくり返したようなヘドロの山はただの水たまりになった。

 少女はパチャパチャと音を立て、水たまりを横切るとさらに奥へと進んでいった。


「何これっ!」

 地下水道の奥で少女が声を上げた。

 床一面に黒いタールのようなヘドロが広がり、それがずっと奥まで続いているように見えた。

 足の踏み場もないほど、ヘドロが広がり、このままではヘドロの発生源までたどり着けそうもなかった。

「まずは、掃除しないと」

 少女はモップを構えると、タールのようなヘドロに向かって勢いよく振り下ろした。

(べちゃっ!)

 鈍い水音が響いたかと思うと、モップがヘドロに絡まっていた。

「う・・・、なにこれ・・・」

 モップの毛に粘着テープのようにネバネバしたタールが絡みつき、拭くどころか動かすことすらできなくなった。

「・・・まずは、引き離さなきゃ」

 少女はモップを引っ張った。

「んっ!」

 しかし、モップの毛1本1本にタールが絡みつき、びくともしなかった。

「はぁ、はぁ・・・、あれを使うしか・・・」

 少女は腰に下げていた洗剤をモップに吹きかけた。

「う・・・なんでっ・・・」

 タールが洗剤を雨粒のようにはじいてしまったのだ。

少女は何度も吹きかけたが、ピンク色の液体が床に染み込んでゆくだけだった。

「うう・・・どうしよう・・・」

 明るい少女の顔が暗く曇り始めた。

「・・・もう一回、引っ張ってみよう」

 少女はモップの柄を持ち直すと、思いっきり引っ張った。

「うんっ!」

「えいっ!」

「んっ!」

 何度も引っ張ったが、セメントで固められているかのようにびくともしなかった。

「えいっ!」

 突然、踏ん張っていた足にぬるりとした感触が走った。

「あっ!」

 よろけそうになった少女はモップにもたれ掛かった。

「うう・・・」

 体勢を立て直した少女はふと足元を見た。

「ひっ!」

 足がタールに入っていたのだ。

 少女は慌てて足を引っ張った。

「んっ!」

粘着力が強すぎてびくともしなかった。

「うぐっ・・・」

「このままじゃ、帰れなくなっちゃう!」

 少女はピンクのブーツを脱ぎ捨てることにした。

「はあ、はあ・・・」

「普通のヘドロなら、片付けれるけど、このタールみたいなのは、わたしには無理・・・」

「魔力を強化すれば、片付けれるようになるかな・・・」

「もっと、練習しなきゃ・・・」

 少女は来た道を引き返そうと、後ろを振り返った。

「ひやっ!」

 少女が来た道にタールが広がっていたのだ。

 幸い、ところどころに足の踏み場があった。

「踏まないようにしなきゃ・・・」

 少女はタールを踏まないように歩き始めた。

「もう少し・・・」

 タールの隙間は狭く、少女はつま先立ちになりながら、タールをよけていった。

「きゃっ!」

 少女が悲鳴を上げた。

(どぶっ!)

 鈍い水音が響き渡った。

「いやあああああああああっ!」

 すぐ後に少女の悲鳴が響いた。


 タールをよけるのに夢中で、通路から側溝に落ちてしまったのだ。

 側溝にはタールがたっぷりと溜まっており、少女はその中に両足を突っ込んでしまった。

 ずぶずぶとタイツ一枚の右脚とブーツに包まれた左脚が沈んでゆくのが分かった。

 脚はセメントのように重く、引き抜くことは叶わなかった。

「あ・・・あ・・・」

 少女の顔は真っ青に染まり、唇がわなわなと震えていた。

 少女は茫然とタールの中で立ち尽くしていた。

 ブーツの中にタールが入り込んできた。

 冷たく無機質なタールが少女の心に圧し掛かった。

 そのまま、膝、そして太ももに冷たい感触が走った。

 ふわふわのスカートがタールに浸かり、くしゃくしゃと苦し気にしわを寄せた。

 粘性があるせいで、沈むスピードもひどくゆっくりだ。

 足先から体温を奪われながら、少女は自分の運命に心を歪ませていた。

 10分ほどかけて少女は腰まで沈んだ。

「いやあああああああああっっ!」

「出してっ!お願いっ!」

「助けてえええええっ!」

 少女が泣き叫び始めた。


 少女は今までお掃除魔法少女として町を汚す魔物と何度も戦ってきた。怖い思いもたくさん経験したが、町を綺麗にしたいという願いを胸に戦い続けてきた。

 しかし、少女はまだ〇学生なのだ。これから楽しいこともいっぱいしたいし、恋愛だってしたい。そんな少女にはこんな運命はあまりにも残酷すぎた。

「うわああああああああああっ!」

 少女は身を捩り、身体を振りながら、タール沼から抜け出そうとした。

 腕にタールが絡みつき、ベッタリと糸を引いた。

 見る見る内に少女の手はタール塗れになり、腕を動かせなくなった。

「・・・そんな・・・わたし・・・この町を、綺麗にしたかった・・・だけなのに・・・」

 少女はボロボロと涙をこぼした。

 しかし、無情にも少女の身体は少しずつ沈んでいった。


「ッ!」

 少女が泣き止んだ。

「・・・?」

 少女はタールに浸かった身体に目を落とした。

「う・・・」

 タールがひとりでに動き始めたのだ。

 白い前掛けにこびりついたタールが少女の身体をよじ登るように広がっていった。

 タールが重力を逆らいながら、まるで生きているスライムのように、少女を包み始めた。

「いやっ!気持ち悪いっ!」

 もぞもぞとした感触が少女の身体に走った。

 まるで何かに触られているかのような不気味な感触だった。

 少女を胸のあたりまで包むと、今度は腕を包み始めた。

 タールは少女の指先までぴっちりと包み込んだ。

「うっ、ひやっ!」

 エプロンドレスが黒いタールに覆われ、胸元のブローチもタールの中に消えてしまった。


 タールが少女の首元まで迫ってきた。

「う・・・ああ・・・」

 少女は全身タイツを履いているような姿になった。

 ぴっちりとしたタールは身体を強く締め付けながら、少女の身体のラインを強調していた。

 首元まで迫ってきたタールは顎の下へと広がっていった。

 頬に冷たい感触が舌かと思うと、顔が呑まれ始めた。

「あっ!いやっ!むぐっ・・・」

 少女の口が塞がれ、声を出せなくなった。

「もごっ!んごっ!んぐぐっ・・・」

 口を動かせず、タールで閉じられた口からくぐもった声しか出なかった。

「んんっ!んん~っ!」

 少女の鼻がタールに覆われた。

 口と鼻を覆われ、息ができなくなってしまった。

 少女の顔が青ざめていくのが分かった。









 少女の世界から光が奪われた。

 タールは少女の髪や三角巾をくしゃくしゃにしながら、頭まで覆い始めた。

 赤い髪飾りが見えなくなったかと思うと、少女の身体は黒い人形のようになってしまった。

「んごっ!んん~っ!」

「もごもごんんんん~っ!」

 少女が身体をくねらせながら苦しそうなくぐもった声を上げていた。

 口を塞がれ息ができないのだ。

「んんっ!んんんん~っ!」

 助けて助けてと言わんばかりに身体をのけぞらせた瞬間、

「んごっ!」

 シューと空気の抜ける音が聞こえた。

「はあ、はあ、はあ」

 気道が確保された少女は勢いよく息を吸い込んでいた。

 タールで覆われた口元の部分に小さな穴が開いていたのだ。


 このまま少女を窒息させることもできたかもしれない。

 しかし、このタールは魔物の一種である。

 増殖するためには魔力が必要だ。

 この少女がただの女の子であれば、呑み込んで窒息させた後、消化しただろう。

 しかし、この子は魔法少女なのだ。

 体内に膨大な魔力を宿らせている。

 このまま生かしながら、魔力を搾れるだけ搾り尽くし、大量のタールを生み出すことができるのだ。




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