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メランコル
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悲劇のヒロイン症候群

自分は不幸な人間だと思う。


思い返せば思い返すほどなかなか巧妙に練られた、それでいて直感的に解り易い、エンタメ性に富んだ、見栄えのする悲劇的人生だなと思う。


先天性魚鱗癬っていう比較的珍しい難病を持って生まれて、その病気の特質が示す皮膚の病変をゾンビと誂われながら育って、母親が自殺して、ようやく出来た数少ない友達が拒食症で死んで、学生時代出来なかった青春を取り戻したい一心で始めた音楽、それを通じて出来た仲間にようやく出来た恋人をあっさり寝取られて、10代後半に遭った事故の後遺症で右目の視野の上半分が無くて、家は子供の頃からずっと貧しくて、自分個人の単位でも近年までずっと貧しくて、貧しさに耐えかねて身体を売ったりもして、人から物のように扱われてみる経験もして、心から大切だと思えた人達は皆去っていって、いくつかの携帯小説の設定を無理やり全部一つの人生に詰め込んでみましたみたいな様相。


少しやり過ぎで陳腐化してる感すらある。


最早ギャグだ。


人生は間近で視ると悲劇だけど、遠目で観ると喜劇だなんて言ったのはチャップリンだっけ。


感動ポルノなんて言葉がある。


わたしの人生に起こった事を部分的に抜粋してそれっぽく装飾して語れば誰かしらが同情してくれる。


同情して気持ちよくなるのに丁度いい御誂え向きの不幸達。


昔、創作仲間に言われた。


「あなたの悲劇が羨ましい。自分には何もない。健康で、どちらかといえば裕福な家庭に生まれて、家庭は円満で、充分な愛情を注がれて育って、虐められた経験もなくて、特に挫折らしい挫折もなくて、だから結局自分は何者にもなれなかったし、これからも多分なれない。どれだけ努力してみても、ちょっと頑張った普通の人。それをドラマチックに仕立て上げてくれる悲劇が自分には無い。あなたはただ存在してるだけで劇的で、存在そのものが劇的で、あなたがそこにいるだけであなたがその場の主人公みたいな空気になる。正直あなたに嫉妬してしまう自分がいる」


みたいな感じの事。


でも、とてもいい子だった。


「あなたみたいな人がもしいつか働けなくなっても不足なく生きてけるように、自分みたいな凡人は社会の歯車になって税金収めないとね」って、皮肉じゃなく親愛を込めた優しい声色で言ってくれた。


悲劇的な境遇というのは、普通の範疇で生きてきたボリューム層の同情心を掻き立てる形式にうまくパッケージングして提供すれば、それなりの恩恵をもたらしてもくれる。


「人間ってのは、自分に不都合がない範囲で人に良くしておきたい生き物なのさ」


漱石の三四郎かなにかで出てきた台詞。


可哀想な人に優しくするのは気分がいい。


可哀想な人に手を差し伸べて、その存在を悲劇から守る盾になる事ができれば、それってもはやヒーローだ。


あわよくばヒーローになりたい願望を持つ人は少なからずいる。


わたし自身の中にだってそういう願望はある。


だから「不運に恵まれている」というのは必ずしも「損だらけ」という事じゃなかったりする。


多種多様な悲劇の体験談をうまく使い分ければ、様々な層の同情を適時獲得することが出来る。


人の気持ちの深い部分を汲み取れる人、みたいにも思ってもらえる。


自分自身が体験してるんだから汲むもなにもない。


ただ自分の経験と人のそれを重ねれば自動的に心を汲んだ事になる。


人は基本的に、自分が経験した事しか本当の意味では理解出来ない生き物だから。


20代の頃は今ほど捻くれてなかったからいろんな人の相談に無償で乗ってた。


ある時期は小規模の命の電話みたいになってた。


心や身体に障害を抱えてたり、長年引き篭もりをして憂鬱な気持ちで多くの時間を過ごしてる人達が事あるごとにわたしに電話をかけてきて「今日こんな事があって、こんな気持ちになってしまった。こういう気持ちにどう対処すればいいか理解らない。医者に行っても薬を出されるだけで、あなたしか話を聞いてくれる人がいない。あなたくらいしか、こんな話を出来る相手がいない」と言う。


昼夜問わず代わる代わる誰かしらから電話がかかってきて、一時期は一日の7割くらいその手の対応だけで過ぎ去る感じだった。


彼ら彼女らの多くはひどくナイーブだから、一度電話に出ないだけで「本当は自分の存在もあなたにとっては重荷なんでしょ?友達だって言ってくれてるけど、あなたはどこか自分の事を下に見てて、哀れんで、同情で優しくしてくれてるだけで、そういう風にするのが気持ちいいだけなんでしょ?迷惑なら迷惑ってはっきり言ってよ」みたいに感情的に詰られる。


人生を通して雑に扱われてきたから「雑に扱われること」にひどく敏感で、そんな風に言いたくなっちゃう気持ちというのもよく分かるし、何より途中で見放される辛さというのも経験則としてすごく理解できるから、自分からは人を絶対最後まで見放さないって心に決めてた。


電話は夜中でも早朝でもお構いなしにかかってきて、一つ一つの相談が毎回とても長くて、「辛い、苦しい、助けて、もうあなたしかいないんだ」と電話をしてくる彼ら彼女らの多くは朝刊配達の7万の収入だけで自活するわたしより遥かに良い物を毎日食べて、遥かに豊かな生活をしてて、わたしより沢山の娯楽を嗜んでて、それらを満喫してて、その上で「辛い、苦しい、助けて、あなたしかいないんだ」と縋ってきて、辛いの分かるけど、苦しいの分かるけど、寂しいの分かるけど、でもなんだか、自分は一体何をやってるんだろうって気持ちになってしまって数年で限界が来た。


逃げるように携帯を解約した。それ以来現在に至るまで携帯もスマホも持ってない。


村上春樹の小説の中にこんな小話があった。


ある村に声を発せない青年がいて、彼は喋れない代わりにいつもにこにこ笑ってた。


村人達はいつからかその青年に自分の個人的な悩み事を打ち明けるようになって、青年はただ無言でニコニコ微笑みながら村人達の悩みを何年も延々と聞き入れ続けた。


そしてある日青年は自殺した。


みたいな話。


青年の気持ちが半分理解る。


半分だけ。


わたしはこの青年ほどピュアではなくて、どこかシニカルに物事を俯瞰してる部分があって、だから「痰壺」になった程度で自殺を選んだりしない。


潮時だなと感じたら、生きる為の別の手段を選ぶだけ。


痰壺。


人々の喉に溜まった不快な老廃物を吐き出し、収める為の壺。


病気や境遇によって不遇を強いられた人達が社会に迫害されて、その鬱憤を「壺」に吐き出す。


なんだかこの社会全体の生贄にされてる気分だった。


本来社会が担うべき負債を一人で背負わされてる心地がした。


増長しすぎた思い違いだと自覚はあったけど、でもそう感じたのも事実だった。


社会的弱者である彼らを迫害し苦しめた当事者たちは無責任に無自覚のまま淡々と自分の幸福を追求して人生を謳歌して、その下敷きになって踏み潰された人達のその苦痛がなんとなく分かるがゆえに他人事と思えなくて見放せないわたしみたいな中途半端な偽善者に全てが押し付けられる。


ほんの一時期勤めてた介護業界もまさにそんな様相だった。


自分がやりたくないことを、自分より立場の弱い人間にやらせて、自分は快適ライフを謳歌する。


社会がどういう仕組みで動いていて、どういう欺瞞の上に成り立ってるのか身を以て知った。


「お前らの無責任と無配慮が生んだ不幸の尻拭いをなんでよりによって一番最底辺に這いずるわたしがしなきゃいけないんだ」みたいな怒りがふつふつと沸いてきて、それで携帯を解約した。


人生の多くの時間を社会の縮図の清算に吸い取られたように感じて、だからその分を手早く取り戻してやろうと思って体を売った。


というか単にそれ以外月収20万を越えられるような仕事が無かっただけ。


わたしは決して美人なんて言えるほど顔も整ってないし、豆腐と納豆ともやしを無限ループで食べるような生活だったから鏡を見る度に「貧相」というド直球の単語を連想する程度には頭から爪先まで満遍なく貧相だったけど、ついでに言えば冒頭で書いた魚鱗癬という肌のハンデもあったけど、多分わたしが所有するストーリーの「臭い」みたいなものが一部の客を惹き付けたのか客にはほぼ困らなかったし、そこそこの儲けになった。


初めて身体を売った日の事はとても良く覚えてる。


厳密には2回めになるのかな。


最初は夕方過ぎの新宿で50代くらいのおじさんに声をかけられて、それが何を意味してるのかを理解しつつおじさんについていって、おじさんの車に乗った。


「おじさん家庭あるから、仕事ということで今ここにいるから、今日はもうじき帰らなきゃいけないから、だから触るだけ、、、いい?」


そう言って助手席に座るわたしの服の中に手を入れた。


10分くらい身体をまさぐって「もう帰らなきゃ」と言って、幾らかの金と缶のお茶と煎餅をくれた。


携帯は無いからパソコンのメールアドレスを教えて連絡を取り合って、数日後の昼にまた会った。


身体を売るには最適な、いかにも陰惨な感じが漂うどんよりとした曇りの日で、新宿のタクシーのロータリーにこの間と同じ社用車でおじさんがやってきて、最初に会った時より少しだけマシな服で、少しだけマシな髪型で、助手席のドアを開ける動作も芝居がかってて、言外の何かをアピールしたいようだった。


車に乗って、そのまま昭和を感じさせる安いホテルに行って、古い和室の臭いがする畳の上には既に白い布団が敷かれていて、シャワーは浴びなくていいというからそのまま服を脱いで、硬くて冷たい布団に寝転がった。


半開きのカーテンから灰色のビルの壁と汚れた排水管と灰色の空が見えて、なんだか今の自分の気持をそのまま表してるみたいに思えた。


そういう性癖なのか、テクニックのつもりなのか、やたらと下腹部を舐める事に執拗で、舐めながら何度も「綺麗だ、こんなに綺麗なのは見たことがない。こんな子とできるなんて夢みたいだ」と、同じような、だけど少しだけ言い回しを変化させたような台詞を延々とおじさんは紡いでた。


わたしは自分の下腹部をなんとなく興味本位で手鏡に映して見たことがある。


正直見ていて気持ちのいいものじゃなかった。綺麗とは言い難がった。


だからおじさんの言葉は嘘だとすぐに分かったし、だけどその嘘はそんなに嫌じゃなかった。


下腹部を延々と舐め回す舌の感触は、生理的なおぞましさの中に物理的な快の感覚を一定量含んでいて、きっと小慣れてるんだなと思いながら、ぼんやり灰色の空を眺めてた。


その後の本番行為自体はほんの数分で終わったと思う。


終わった後、シャワーを浴びて、前回より多くのお金と、前回と同じ煎餅とお茶と、あとなぜか商品券を3枚くらいもらった。


わたしの事を気に入ったらしくて、月額で定期的に買いたいと言ってきた。


それについては考えてからメールで返事すると答えて濁した。


お金と商品券以外は捨てた。


しばらく新宿の街をうろうろ歩いて、歩くのに疲れたら各駅停車でゆっくり1時間かけて日が暮れる頃四畳半一間のアパートに帰ってきて、しばらく椅子に座ってボーッとして、日が完全に暮れて、8時か9時になった頃、涙が自動的に溢れてきた。


性的な経験自体は別に初めてじゃない。


だけど「商品として売る」というのは初めてで、ありもしない漠然とした特別な人生の価値がその日消滅したような感じがして、踏みなれた足元の床が突然瓦解してどこまでも奈落に堕ちていくような心地がして、椅子の上とベッドの上を無意味に行ったり来たりしながら震えと涙が明け方まで止まらなかった。


暗い部屋でウロウロしながら泣いてる自分をどこか俯瞰的に冷静に見てる自分もいて、なんだか昔流行った安っぽい携帯小説そのまんまだなと思って、くだらないなと思って、でもそれを実際にやるとこういう気持ちになるんだなと思った。


泣いたのはその日だけだった。


それから数人の客を個人的に取った後はそういうお店に所属して、幾つかのお店を転々として、最終的には本番行為が無く自分が嫌なことは全部NGでいい、強引な客にはお店側が対処してくれるお店にしばらく身を置いた。


よほど客入りの少ない日以外は大体一晩で数万になった。


本番なし、フェラなし、身体を触らせるだけ、手でしてあげるだけで数万になるなら割がいいと思った。


同じ店内にいてもキャスト同士での会話は殆ど無くて、互いの名前さえ知らない感じだったけど、ひとりだけ人懐こく話しかけてくれる大学生の子がいて、その子となんとなく友達みたいになった。


お店が閉店して、気だるい身体でよたよたと歩く早朝の新宿はまだほとんど誰もいなくて、世界が崩壊した後の街を連想したりして、きっと精液とかの嫌な臭いも放ってたんだろうけどそういうのを気にする気分でもなくて、同業の子達と並んでぞろぞろと駅に向かうその帰り道には、新宿の闇をまるで自分達こそが飲み干したみたいな勘違いじみた独特の爽快感があって、下世話な世界特有の退廃的な引力がそこにあるのを感じて、こういう世界から抜け出せなくなる子が多いのは単にお金とかだけの問題ではないんだなって思った。


何かが致命的に欠けてる自分にはこういう世界が適してる、みたいな実感。


他の職場ではいつもなんとなく居心地が悪かったのに、そこではなぜか自分がうまく馴染めてる感じがした。


アレな客も中には多少いたけど、概ねその当時の客たちには感謝してる。


出勤前の同伴で色々な場所、自腹では絶対行かないような色々なお店にも連れてってくれた。


肌の状態のいい夏の間だけその仕事をして、肌の状態が著しく悪くなる冬場は夏の蓄えで引き篭もるみたいな生活を何年か続けた。


20代後半になって若さの喪失、自分の商品価値の低下をなんとなく肌で感じて、自分を売り物にする商売に見切りをつけるか付けないかの頃、同業の知人に誘われて行った新宿2丁目のゲイバーで隣に座ったオカマに「あんた女?女装?どっち?」みたいな感じで突然服の中に手を入れられて肌を触られて、その次の瞬間オカマが飛び上がって叫んだ。


「え!?なに?!ちょっとなんなのその肌?!水分が全く無・・・・ッ死体みたいな肌!!ゾンビ!?気持ち悪いもの触っちゃった!!」


突然飛び出してきたゴキブリを間近で目撃したオカマが如何にもしそうなオーバーな表情とリアクションだった。


小学生の頃、中学生の頃、体育の授業なんかで偶然わたしの肌を見た子、触れた子がしたのと同じ反応だった。


だけどそこに居合わせたゲイバーのマスターも、バイトの性同一性障害の子も、わたしをそこに誘った知人も、そのオカマの言葉に全く反応しなかった。


何も聞こえなかったかのように1ミリも表情を変えず、声のトーンすら変えず、淡々とそれまでの話題の続きを演じてくれた。


瞬間的に何かを察して配慮してくれた彼ら、彼女らの優しさにうっかり涙が出そうになったし、彼らがなぜ瞬時にそれを理解できてしまうのか、寸分の迷いも見せず「適切な対処」が出来てしまうのか、そこに居合わせた彼ら彼女らの背負ってきた境遇を思えばやっぱり泣いちゃいそうになったし、でも同時に心のどこかで「ああ、やっぱり、実際に生で触れたら”ゾンビみたいな不気味な肌”だと感じるんだな。そっちが正直な感想なんだな」とも思った。


わたしを買った客の中で、わたしの肌について何かを言った人は一人もいなかった。


ほとんどの客が皆「綺麗だ」「こんな子とこんな事が出来るなんて夢みたいだ」なんて見え透いた嘘を最後まで貫き通してくれた。


わたしをお金で買って、わたしの肌に触れた誰一人として眉をひそめなかった。


「わたしの肌がどういう肌か」を知った上で足繁く通って毎回わたしを指名してくれた人もいる。


どれだけの配慮に自分が守られてたのかを理解した瞬間だった。


人生には様々な側面がある。


単純にエピソードの数で語るならわたしのそれは、ドラマにするのに向きそうな典型的な不運の塊だと思う。


冒頭で「わたしは不幸な人間だ」と書いたけど、それはあくまで上記の「エピソードの数」に由来する客観的事実であって、わたし自身が自らを心底哀れんでるかといえば、必ずしもそうじゃない。


こんな風だったからこそ経験できた事も沢山ある。


「何その肌、気持ち悪い!ゾンビ!?」


誰かが大きな声で叫んで、「え!?なになに!?」と興味津々で集まってくる同級生たち。


気持ち悪いなら近寄らなければいいのに、わたしを囲んで、逃げ道を塞いで、口々に気持ち悪いといいながらわたしの腕を掴んで、服をまくりあげて、もう既に理解りきってるはずの「気持ち悪い」を連呼する同級生たちの表情、声、仕草、全部鮮明に覚えてる。


「やめなよ」なんて言って庇ってくれるヒーローは一向に現れなかったし、教師達でさえ殆どの場合見て見ぬふりをした。


イジメが具体的な暴力に変容して、それが次第に過激化して保護者会で議題に上がるまで1年以上教師たちはそれを「子供同士のじゃれあい」として扱った。


挙句の果てにやったことと言えば、既に半分ノイローゼ状態だったわたしの母にその事実を突きつけて自殺に追いやっただけだった。


昼下がりの閑散としたゲイバーで、子供の頃のあの場面を再現するような「起爆」が突発的に発生して、だけど、何も起こらなかった。


ウィットの利いた毒舌と無神経を履き違えたオカマが尊厳を欠いた行動をして、たしかにその言動を以て起爆させたんだ。


それをその場にいた皆が瞬時に感じ取って、「爆発」を無かった事にしてみせた。


そこには場を諌める名言も格言もヒーローの登場もない、ただ淡々とした、穏やかで温かい「いつものトークの続き」だけがあった。


その優しさが本当に心に染みて帰りの電車で少し泣いた。


電車の中で、嬉しくて泣いたのは初めての事だったと思う。


そのバーでその時バイトしてた性同一性障害の子の退勤時間とわたしの出社時間がほぼ同じだったから、なんとなく親しくなって時々一緒にラーメンとかを食べた。


わたしの肌の事をすごく気遣ってくれて、こういうのが肌にいいよ、ああいうのもあるよとラーメンを食べながら話してくれた。


「自分の心は生まれた時から疑いの余地もなく完全に女だから、私はこの身体をまだ認めてないし認めるわけにいかないから、手術を終えるまで殿方とそういう行為は絶対しない。身体売って手術代稼ぐみたいなことも絶対しないって決めてるの。そういうやり方で女になれても胸張れないから。どれだけかかっても地道に真っ当な方法で稼いで貯めて自分の本当の姿を手に入れる。それが、こういう身体で生まれたわたしの意地。絶対ちゃんとした女になって、絶対幸せになってやるって決めてるの」


その子は屈託なく笑いながら言った。


しょうもない理由で拗ねて身体を売って悲劇のヒロインごっこして小銭稼ぎに励んでた自分がなんだかすごく恥ずかしくなって、その夏に「その手の商売」から身を引いた。


新宿を訪れる機会もなくなって、代わりにアパレルでバイトを始めたから毎日忙しくてその子と会う機会はそれっきりなくなった。


今頃、性転換を終えて愛する誰かと幸せになっててくれたらって思う。


まだ性転換もしてない段階で、わたしなんかよりも全然可愛い子。


「一緒に遊んだ」というほど多くの時間を共有はしなかったし、一緒にラーメンや焼き鳥を食べたのも数える程度だけど、でもなんだかそんな日の、夕日が沈んだ直後の薄く青い空の質感と彼女の声を今も鮮明に覚えてる。


暗い水の底にまでとどく声。


優しくて強い声。


わたしの人生の多くの場面は、笑っちゃうくらいベタなドラマ向きの不運で敷き詰められてる。


だけどその隙間を貫くように要所要所に光が差し込んでいて、その柔らかい光の暖かさをわたしより深く実感してる人間がそうそう多くいない事もわたしは知ってる。


空腹を知らない人間は、一切れのパンの嬉しさを知らない。


その一切れが「おいしい」とか「まずい」とか「大きい」とか「小さい」とか「見栄えがする」とか「パッとしない」とかじゃなく「嬉しいのだ」ということを本当の意味で理解してる人間は多くない。


だからそれを知ってるわたしは恵まれてるんだと思う。


若さの喪失を連想させる夕暮れの街並みに、喪失とは別の色を見つけることもできるんだから。


わたしはとても惰弱な人間だから、辛いことがあればすぐに無様な弱音を漏らすし、同情を欲して慰めを欲して誰かの善意を食い物にして、散々食い物にした挙げ句「可哀想な人に優しくして自分が気持ちよくなるだけの偽善」だなんて唾を吐くとことん根性のひん曲がった人間だけど、決して善良でも高潔でもないただのダメ人間だけど、それでも未だ見限らないでいてくれる人達に心から感謝してる。


「大概の事は時間が解決してくれる」


そんな風に言う人もいるけど、ある種の経験はPTSDのように日常的にフラッシュバックして、何年経っても一向に薄らぐ事無く人生に延々とついてまわる。


まるで当時に戻ったかのように錯覚する生々しい夢を頻繁に見て、目が醒めてもしばらくは夢なのか現実なのか判然としなくて、ただ、かつて経験したその痛みだけが鮮烈に胸を締め付けて、痛みが別の痛みを呼び集めて、苦悶に似た渦の底からうまく這い上がれないまま一日が終わっちゃう事も往々にある。


そんな風だからなかなか「もうキッチリ乗り越えました!今後は元気に前向きにやっていきます!」なんて多分一生言えないと思うし、なんだか頑張れない時、病気やトラウマを都合のいい言い訳にして隠れ蓑にして逃げたりもやっぱりしちゃうと思う。


ほんとうにどうしようもない人間なんだ。


だけど、そんな「どうしようもない」も込みで向き合っていきたいと思う。


楽しかった瞬間、嬉しかった瞬間、幸せって思えた瞬間も確かに僅かながらあったのに「この人生は不幸でした」って言っちゃったらそれもまた嘘になっちゃうから。


どうすることもできない事達に囲まれて、どうにかできる範囲の事をどうにかできそうな時に少しだけ弄ってみたりして、それが結局無駄でも、不毛でも、ばかみたいでも、そんなのはもうとっくに理解りきってて、だけどそれでも。


それでも。


「それでも」のその先は、ここには書かない。


これを読んでくれたそれぞれが、あるいはわたし自身がその答えをいつか見つけて、それはきっと高尚ぶって語るものでも流行りのメロディに乗せて歌い上げる類のものでもなく、ただ心の中にそっとあればいいんだと思う。


人はどこまでも残酷になれる事をわたしは知ってるし、人が存外優しくなれることもわたしは知ってる。


希望を投げ捨てる逃走劇じゃなく、絶望を退ける闘争劇でもなく、ただ在る日常の退屈さに漫然と漂い歩く一歩分の重みと価値をわたしは知ってる。


何かにつけいちいち性懲りもなく迷い惑うわたし自身の、これを読む誰かの、不明瞭な未知の一歩を後押しする為のほんの幾らか程度の取っ掛かりになれたらと思う。


ありがとね。



悲劇のヒロイン症候群

Comments

どもども`~` 今はちょっとスランプで絵がほぼ描けない状態ゆえせめて文字だけでも・・・とゆう感じで書いてるものなのでどうしても文字だけになっちゃうんですよね、、、`~` 一応文字だけのアレはnoteの方でも公開してみたりしてます`~`

メランコル

拝領× 入り○

ニコ・C

大切なことを言い忘れていました💦 これは、ファンボックスだけに納めておくよりも、 どうにかして世に出されたなら、様々な人に目に拝領、多くの人が色々と考えさせられて、少しだけ世界が優しいものになるかも知れないとボクは思います。 でも、まあ、こう言うのって痛みが伴うものですし、決して無理はなさずに💦

ニコ・C

最後まで読ませてもらったのだけど、うーん、これ、途中途中で簡素かつ少し手の込んだラフ画を入れた方が方が良いかも知れない。 言葉の紡ぎかた?みたいのが独特で美しいように思いますね、ボクは無責任な素人ですが💦

ニコ・C


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