めらんこるの頭の中には慢性的にそれなりの混沌が渦巻いていて、やばめなモードに入る時と温厚菩薩モードの時と、仕事オンリー人間の時で結構もう別人格レベルで違ったりします。
去年の夏頃からずっとスランプだーって言いつつ「でも一度手を止めたらそのまま二度と描けなくなっちゃうきがするから、駄作しか作れない前提で、スランプ抜けるまで淡々と駄作を垂れ流してこうと思います」って感じでやってきて、3月の後半に突然プツって切れました。糸が。
その前日までゴリゴリ描き進める事が出来てたのに、急にエンジンが壊れたみたいになって1ミリも動かなくなって全く描けなくなっちゃいました。
人が「自分なりに、どうにか耐え凌いできたもの」にふと耐えきれなくなる時、大概その理由は一つだけじゃなくて、色々な不運がコンボで重なって相乗効果による威力倍増でオーバーキルに至る感じだったりします。
メランコルは20時間くらい絵を描いて、限界がきたらお風呂入ったりネット見たりご飯食べたりぼーっとしたりで眠くなるまで5時間位うだうだ潰して、眠気がきたら10時間くらい寝るみたいなかなり不規則なサイクルで生活してて、だから昼間寝てる事も多いです。
両親は「お前の人生だからお前の好きにしたらいい」と一応理解を示してはくれてるものの「尊重」はあまりしてくれないタイプで、メランコルが夜通し作業して朝寝る、その1時間後に両親が起き出してきて、大声で会話したり喧嘩したりして、テレビも大音量で、掃除機がーがーやって・・・みたいな事が日常的にあります。
「一応自分なりに絵を仕事にして真剣に取り組んでるから・・・一度中断されると再び集中モードに入るのにかなりエネルギーを要するから、多少の配慮はしてもらえると嬉しい」って今まで折々何度か親にも言ってきて、言ったその瞬間は「ああ、すまん・・・少し無配慮だった」と静かになるのだけど、また2,3日もすればすぐうるさい我が家に戻ります。
普通の話声程度ならわたしも気にしないんですけど、父も母も元の声がかなり大きい人なのと、両親とも喧嘩早い性格で日に何度も大声の喧嘩が勃発する感じで。
大声での喧嘩ってなんだか聞いてるだけでめらんこるは本能的に怖くなってしまって、恐怖で身体も頭も硬直して絵に全然集中出来なくなっちゃうんですよね、、、
それゆえ深夜、両親が寝静まってようやく集中して作業できる・・・って日も多くて、夜通し絵を描いて、首とか腰とか目とか手首とか色々限界を感じて、歯を磨いて耳栓して寝ようとするけど、めらんこるの部屋からふすま1枚隔てたすぐ隣がリビングなので寝てる間中ほとんど真横でずっと両親がなんやかんやと大声で言い合いとかしててあまり眠れない日が多くて。
連日の睡眠不足もあって2月頃からずっと体調崩す→休む→多少良くなって作業復帰→体調崩すみたいな繰り返しで、元気に絵を描ける日というのが段々減ってきて、3月の半ばに急にぱたりと何も描けなくなりました。
急に描けなくなった原因が何なのかは正直自分でもよく分からないです。
ずっと心の原動力になってた何かが急にふっと消えてしまったような心地というか。
別に何か特別な事があったわけじゃないんですけど。。
汚れまみれでドロドロの排水溝や便器に顔を突っ込むのが趣味な人はそんなに多くないと思うんですけど、性的な絵を書こうとすると便器に顔を突っ込んでるような生理的な嫌悪がこみ上げてきて吐きそうになってしまって、数分も満足にペンタブ握ってられない感じになっちゃって。
まあ少し休めばまた描けるようになるだろうと思って、この一ヶ月ベッドでゴロゴロしながらNETFLIX観たりゲームしたりしてとにかく「怠ける」事だけを目標に掲げうだうだ過ごしてたんですけど、どれだけ休息しても全然描けるようになる兆しがなくて、そのままほぼ全く作業出来ないまま今日に至ってます。
だから3月中盤からほぼ全く仕事してない感じで・・・すいませんダメ人間で`~`
コロナで大変な中仕事に行かねばならない人達、コロナで仕事を失ってしまった人達、収入が減って生活が苦しい人達、多くの人が疫病の困難に苦しめられる中、めらんこるがしてるみたいなデジタル同人はほとんど影響も受けず淡々と続けられる数少ない職種で、言い換えるなら今日本で最も生ぬるい職種と言えるわけで、そんな恵まれた状況なのに仕事が満足に務まらない自分をひたすら恥じるばかりです。お恥ずかしい・・・本当に・・・。
わりともうこのまま絵描けなくなって同人活動終わりかなぁって感じだったんですけど、最近、同人活動を始める前によく遊んでたネットゲーム上の友達・・・だけど最近は全く交流が無かった友達とまた偶然ネットゲームで再会して、めらんこるは生まれつきの皮膚病だったり気管支喘息だったり内向的な性格だったりでなかなか外に出てリアルに人と交流するという機会がなくて、だから「ネットゲームの友達」みたいなものでも、腹を割って話せる、お互い気兼ねなく正直に色々話せる関係性ってほぼ皆無で、だからその友達との再会でかなり救われてる部分があって。
女性向けなんですけどその子も仕事として絵を描いて生計立ててる子で、だからお互い仕事上の苦楽を共有出来る部分も多くて、境遇的にも似てる部分が沢山あって、だからなんかもう本当にその子の存在に救われちゃってる感がすごくて。
もちろんこういう場で応援してくださる方、折々メッセージなどをくださる方、いちいち言葉にはしないけど淡々と作品を買って活動を支えて下さってる方、それぞれにめちゃめちゃ支えられて励まされる形で同人活動を続けてこられたのも揺るぎない事実です。
心から感謝してもしきれないくらい感謝してます本当に。
「応援してくれる人達への感謝の気持ちを作品で返したい」というのがここ数年のめらんこるの活動の動機で、その気持ちだけで続けていけると思ってたんですけど、実際には去年の夏からスランプ状態になり、調子の戻らないまま先月から絵が全く描けなくなって、気負いやすいわりにメンタル豆腐だから「描かなければ・・・」と思えば思うほど余計に描けなくなっちゃう、みたいな悪循環で。
「なんでこんなに急に全く描けなくなっちゃったんだろう」ってずっと考えてたんですけど、元々性的な事全般が苦手だったのと、やっぱり2ヶ月に1本というペースは若干無理してた部分もあって、この7年間自分の時間がほぼ持てなかったので、そういう肉体的、精神的負荷が溜まりに溜まって今回のエンジン停止に繋がったかなぁと思ったりして。
「また描きはじめる」というのがなんだかすごく怖いんですよね。
無理してずっと続けてきたから、自分の中で「絵を描くこと=命を擦り減らしながら頑張ること」みたいな感覚になっちゃってて、気楽に、楽しんで絵を描こうと思っても「またあの命が磨り減るような苦痛に耐えながら描くのはしんどいっす・・・・」ってなっちゃって、ペンタブこわい・・・絵がこわい・・・みたいに心が「絵を描くという作業」を拒絶しちゃってるような状態で。
それが「絵を描こうとすると、なぜか排水口に顔面突っ込んでるような耐え難い不快感が沸いてしまう」原因なのかなっていう、素人なりの自己分析結果です`~`
「同業の友達」というのはこういう時すごく心強くて、ここ最近毎日その友達と話してるんですけど、会話の中で発見する事も非常に多くて。
同時に、この7年間はほとんど全く人と交流する機会も時間もなくて、「人と会う暇があるなら閉じこもって1枚でも多く絵を描く」みたいに活動を続けてきて、その7年分の寂しさの鬱積というか、「友達と気兼ねなく話すのってこんな感じだったな、、、こんなに楽しかったんだな」ってしみじみ噛み絞めてる今日このごろで`~`
自分の中の人間的な部分を封じて、ひたすら絵を描き続けるロボットに徹しようとした結果、心の芯まではロボットになり切れず壊れて緊急停止した部分もあったのかなって。
やっぱり友達はだいじ。忖度することも気を使いすぎる事もなく話せる相手って大事。
正直にいうと、話す相手が全くいなかったわけじゃないんだ。
この数年間の間も多少はいた。
でも「気兼ねなく正直に」は話せなかった。
皆、わたしのある一部分を好いてはくれたけど、それ以外は正直苦手・・・みたいな感じで、だから相手に合わせて自己演出する必要があって、それを怠ると相手に多大な負担をかける形になって関係が破綻する・・・そんなことの繰り返しだった。
だから自分はやっぱり人とうまく付き合っていけない人間なんだなと思ったし、結局慕ってくれた人を失望させて終わりになるなら、もう誰も寄せ付けないでいたほうが気が楽とも思った。
それが「人間関係遮断して、同人の仕事に没頭し続けた7年」のそもそもの動機でもあった。
無理して人と付き合う→どっかで限界がきてボロが出て関係破綻する→自分も相手も傷ついて終わる。
人生ほとんどずっとその繰り返しだったから。
でも本当に極稀にだけど、無理して気を使わないでも自然とお互いに言いたいことが言えて、面白い言葉がぽんぽん勝手に出てきて、笑いが絶えなくて、話してる間中ずっと楽しい気持ちで、だけど楽しいだけじゃなくてお互いが背負ってきた辛いこと、苦しいこと、苦悩、辛さ、寂しさとかもすんなり言葉に出来て、そういう部分にもお互い共鳴できて、すごく幸せな気持ちで、満たされた気持ちで、今この瞬間隕石堕ちてきて死んでも幸せな気持ちで死ねそうだなって思えるような、そういう相手も稀に存在して。
絵の仕事とか、普段の生活とかそういう事だけじゃなく、色々無理してたんだなって痛感したし、人生の幸せな質感をもっと大切にするべきだったし、だけどこういうのって相手ありきだから、通じ合える友達もいない孤独な状態でハッピーになろうとしてもやっぱり無理だし、そういう相手がいないから寂しさを埋めるために絵の仕事に埋没して逃げてたのも事実あるし、だから素直な気持ちで話せる友達と偶然再会できたのは本当に幸運だったと思うし、今までよりもっとほんとに、ちゃんと、大事にしたいって思う。
また描けるようになったら活動を再会したい・・・と思うし、その子と再会したことでかなりモチベーション復活して昨日は少しだけ作業進めたんだけどやっぱり本調子とは遠くて、だからいつ頃前みたいにガンガン作れるようになるかは分からないけど、流れに身を任せる感じで自分のペースでやっていけたらって思う。
今後、作れるのは3ヶ月に一本になっちゃうかもしれないし、半年に一本になっちゃうかもしれないし、何も提供できないのにお金だけ頂くのも申し訳ないから正直こういう月額型の支援サイトも閉鎖したほうがいいのかな・・・と非常に悩ましいところなのだけど・・・
そもそも最初にFANBOXを設置したのは「スランプで安定した仕事が出来ない時とかに、月額で収入があれば多少の支えにはなるだろうし、そういう形で活動を支える事ができれば自分としても嬉しい」って言ってくれた人がいて、それが後押しになってFANBOX設置に至った経緯があるから、「安定して描けないのでFANBOX閉じます」っていうのもやっぱり違うのかなって。
今までみたいに安定して作品をアップロードしてくのは今後難しくなってくると思うので、「先品をいち早く楽しめるから、なんだかんだいって定期的に更新してるから」という理由で支援して下さってた方に関しては・・・代金に見合うものを提供出来る自信がないので、今月でご支援を打ち切っていただけたらって思います。
今まで本当にありがとうございました。
めっちゃ助かりました`~`
「別に更新頻度が落ちても気にしない。エロ作品の先行公開だけじゃなくて、こういうめらんこるの内部事情をやんわり眺めるのも、それはそれで楽しいから」みたいに思ってくださる方は今後ともよろしくおねがいします`~`
絵は書けなくても、日常の中で思ったこと、感じたこと、自分なりの言葉で伝えたいことなんかは折々文章という形で投稿していきたいと思うので、やんわり見守っていただけたら嬉しいです`~`
これを読んでくれてる人の中にも、あるいは本当に深く通じ合える人とかいなくて、寂しい気持ちで生きてる人もいるかもしれない。
もちろんみんなそれぞれ幸せを共有できる相手がいて、幸せな気持ちでこれを読んでてくれたらそれが一番いいのだけど。
現実って世知辛いから。
幸せに恵まれた人ばかりじゃないからね。
寂しさ抱えながら、それを外に出さないように必死に我慢して生きてる人、つらい気持ちどこにぶつけていいか分からなくて悩んでる人、
あるいはもうずっと我慢しすぎて心が麻痺して辛い寂しいとすら感じなくなってる人。
そういう感覚ってわたしは結構わかる。
わたしもこの数年ほんとそんな状態だったから。
自分はもう誰とも親密にはなれないだろうしそれでいい、ネットとかで寂しさを紛らわせて、感覚を麻痺させて、辛いのも苦しいのも寂しいのも麻痺させて、独りで生きて独りで死んでいくだけ、それでいいって思ってた。
でも本当に稀にだけど、「こんな自分、きっと誰にも理解ってもらえないよな」ってずっと思ってた、そういう自分だからこそ理解りあえちゃう相手に遭遇する事もあるみたい。
諦めないで、なんて言えないし、もうほぼ麻痺して無感覚で惰性で生きてるだけでも全然いいし、でももし出会うことがあったら。
今まで作り上げてきた自分のキャラだとか、理念だとか、美学だとか、哲学だとか、そういうものが邪魔をしてうまく手を伸ばす事さえできないかもしれないけど、それでも手を伸ばす試みだけはしてみてほしいって思う。
手を伸ばしてもとどかないものばかりだけど、手を伸ばさなきゃとどかない事だけは確定してるから。
独りが好きな人はそれで全然いいと思うし、恋愛とか友情に価値を見いだせないという人にそれでも「手を伸ばすべき」とは微塵も思わない。
そういう人はそれで全然いいと思う。
幸せの定義は千差万別。
その人その人自分が心から幸せだと思うものに手を伸ばしたらいいと思う。
だけどわたしみたいに、本当に本心を言えば、独りは寂しい、生きてるだけでなんだか辛いし苦しい、可能性があるなら誰かと深く強く繋がりたい、誰かを大切に想って、誰かから大切に想われて、そういう風に生きられるなら、できることならそうしたいって少しでも思う人は、その「本当の気持ち」を大事にしてあげてほしい。
壊さないであげて。自分を。
いつか必ずチャンスは巡ってくる、、、なんて無責任な事は言えないし、この世に絶対なんて存在しないけど、でも巡ってくる事も稀にはあるから。
自分ではどうにも出来ない事も沢山あるけど、自分次第でどうにか出来ることもやっぱりあるから。
人生は希望で溢れてはいないけど、希望で溢れてないので全部を諦めますっていうのもやっぱり違うと思うから。
自分の人生を完全に見限る儀式は、本当に死ぬ最後の直前でも間に合わない事はないからね。
努力や挑戦の99%は報われないけど、何かが報われるのは必ず「報われなかった努力と挑戦の瓦礫の上」にしかありえないんだと思う。
わたしも自分なりの幸せを諦めないでいけるところまでいきたいと思うし、お互いにね。
そんなのは共依存だ、正しく自立できてない、間違ってて歪んだ美しくない生き方だと否定する人も沢山いるけど。
独りで背負いきれないものを共有し合ったり、支え合ったり、助け合ったりする事はやっぱり温かいよ。心が暖かくなる。
そういう感覚を大切にしたい。
生きてるって悪くないね。
ありがとう。
by 鼻毛画伯メランコル
ニコ・C
2020-04-15 11:30:31 +0000 UTCメランコル
2020-04-14 15:03:39 +0000 UTCニコ・C
2020-04-14 14:59:32 +0000 UTCニコ・C
2020-04-14 14:54:17 +0000 UTC