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メランコル
メランコル

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ファンデーション

あの子がわたしの部屋に来る事になってる日は、なるべくベージュのチノパンを選ぶようにしてた。


どうせまたいつもみたいにわたしの膝に額を押し付けて声を殺して泣くつもりだって分かってる。


ファンデーション・・・厳密にはBBクリームとかCCクリームとかそうゆうあれだけど、ああいうのって油分多くて普通に洗濯してもなかなか落ちないから、肌色が染み付いても目立たない、おしゃれ着としてはあまり使わない古着で買ったベージュのチノパン。


わたしより幾つか年上のはずの彼女は、わたしより背が少し低いせいかわたしより幼くみえたし、幼いふるまいと言動をしたし、だからなんとなくわたしのほうが保護者みたいな雰囲気で、子犬みたいに小刻みに震えながらわたしの膝にぎゅうっと頭を押し付けて泣くその頭を、どことなく他人事みたいな気持ちでぼんやり撫でたりした。


わたしの部屋に来たがる時は大概泣きたい気分の時だ。


さみしいなら正直にそう言って抱きつけばいいのに、彼女はいつも中途半端に遠慮がちに湿気たベッドに腰掛けたわたしの膝にしがみついて泣く。


分かってるからベージュのチノパンで身構える。

いつも大体同じやつ。


泣き止んだらすぐご飯作ってくれるのかな、とか、そういえば今日は何作るっていってたっけな、とか、延々とわたしのチノパンを湿らせ続ける彼女を他所にわりと平和な事を大体考えていて、だけど時々ね。


本当に時々。


わたしも、本当はそっち側がよかったなって。


頭撫でてもらいながら泣いてみたりしたかったなって。


きっと、言えば彼女は喜んでそれをしてくれたと思うけど、でもキヅキとの関係が破綻しかけてた時期だったし、少しでも自分を甘やかせばそこからなし崩し的に全部がダメになる気がした。


例えるなら、終電が地元の駅まで行ってくれなくて、地元の駅の3つ前くらいの駅で降ろされて、タクシー代もないから3駅分歩くしかない感じになって、ただでさえ一日仕事して死ぬほど疲れてるのに、ここから3駅ってなんの拷問だと思いながら延々とぼとぼ歩いて、なんかもう本当に嫌になって、疲れたし、しんどいし、もう無理と思ってその場に倒れ込みたくなるけど、いっそここでパッと膝の力を抜いて崩れるように倒れ込んでそのまま寝てしまおうかとか思うけど、そんな事を考えながら、淡々と家まで3駅分歩き続ける時のあの感じ。


ずっとそんな感じだった。


あの子が彼女役で、わたしが彼氏役。


泣きたいのはこっちだよって思いながら、3駅分。


チノパンの膝のところが生暖かく湿って、彼女が顔をあげて、顔の輪郭に対して比率がなんだか違和感あるくらい大きな黒い瞳でわたしをみて、「よし」って顔をして、さあ料理に取り掛かろうって立ち上がろうとしてフラッとよろめいて、咄嗟に支えようと手を伸ばすけど、わたしの手が届く前に彼女は体制を立て直して、そのまま台所に向かう。


家賃4万円の手狭な台所で無駄に手の込んだ料理を作る彼女の横顔をぼんやり眺めて、どうしてわたしの好きな子はこの子じゃないんだろうって思って、この子なら、キヅキと違ってわたしが多少傷つけたって平気で生きていけるはずなのに、わたしがそういう関係になるべきなのはキヅキじゃなくてこの子なのに、そう分かるのに、わたしは選べなくて、わたしが選べないことを彼女も知っていて、だから1年近く一緒にいたけどずっとなんだか中途半端な距離感で、わたしが一度でも「もう無理助けて」って言えたら、きっと彼女は喜び勇んで救世主になってくれたはずで、だけど結局そうはならず、お互い何かを諦めたようになんとなく距離ができて連絡も減って、終わった。


わたしが実家に戻って同人活動を始める大体1年から2年ほど前のこと。


わたしは彼女のことをよく思い出す。


当時一番親密だったのは「素晴らしく糞ったれなこの世界に祝福を」でも描いたキヅキだったけど、キヅキの事を思い出すと色んな感情が連鎖的に沸き起こってきて、情緒不安定になって、日常生活がままならなくなるから極力思い出さないようにしてる。


その点、わたしの膝に額を当てて泣く彼女は楽。


恋愛感情とかそういうのじゃない、ただの友達と言うには少し特別な間柄だったけど、でも別に性的な接触とかはなかったし、曖昧で、虚ろで、言ってしまえばいてもいなくてもいい存在だった。


恋って、中毒に似てる。


恋をすると中毒症状が出る。


会えない時間が長くなると禁断症状が出る。


辛くて苦しい。


キヅキはわたしにとってまさにそれだった。


でも上記の彼女は違う。


一緒にいても中毒にはならないし、いなくなっても禁断症状とか出ない。


話はいつも退屈で、どうでもいいようなことばかり言ってて、わたしが言うことにただ延々同意してくれる、都合のいいぬいぐるみみたいな存在だった。


裕福な家庭の娘でニート生活を謳歌する彼女はわたしに服とか頻繁に買ってくれるし、多分結構高級なおさがりとかも普通にくれたし、よく夜ご飯作りにきてくれたし、スタバでキャラメルフラペチーノ奢ってくれるし、わたしが風邪で寝込めばドアの玄関の扉のところにスポーツ飲料とかインスタントのお粥とか色々もってきてくれたし、わたしが寒そうにしてればわたしの首に自分のマフラー巻いてくれたし、いつでも満遍なくとても親切だった。


やんわり同性愛者であることをほのめかす彼女は多分わたしのことが好きで、わたしも同類であることをなんとなく感じ取ってて、わたしにはキヅキっていう特別な人がいるっていう話も彼女にしてたけど、彼女は特に落ち込んだ様子も見せず「応援する!」って言いながら、相変わらず夜ご飯作りに来てくれたりした。


わたしが彼女にギターを教えて、彼女はわたしに月謝を一万円払う。


利害。


彼女はわたしとの時間を金や物品で買って、わたしは彼女に涙で濡らすための膝を提供する代わりにお金と食料と衣類を得る。


相互依存。共生関係。


大体1年くらいで、なんとなく自然消滅的に終わった。


彼女のことを最近良く思い出す。


彼女は本当に退屈で、いいとこのお嬢さんって感じで話す内容まで常にお行儀よくて、下世話なギャグとかシモネタとか絶対言わないし、話盛り上がらないし、わたしの話にはすごく意気揚々と食いついてくれるけど、話す側のわたしからすれば、聞き役は別に彼女じゃなくたって誰だっていい。


当時はまだ新宿で体を売ったりもしてた時期だし、わたしもまだ若くてそれなりにちやほやされてたし、わたしの話を聞きたいって人はそれなりにいた。


でもなぜか一番退屈な彼女と一緒にいるのが一番心地よかった。


退屈じゃない関係って、痛みを伴うから。


キヅキとの事でかなり憔悴してたのもあって、なるべく痛みを伴わない関係が好ましかった。


あれから数年の月日が経って、一緒に過ごしたのは1年弱だったけど、頻度としては結構なペースで会ってたから季節が変わるごとに「ああ、こんな感じの季節の日にあの子とあの橋に行ったっけな」とか思い出したりする。


思い出しても特に辛くも悲しくも寂しくもならなくて、だから安心して思い出せる。


あの頃彼女が頻繁に膝に染みを作ったチノパンは今もベッドの下の収納ケースの一番下に敷かれてる。


もう履かないけど、でも多分引っ越しの時にもなんとなく悩んだ末結局捨てられなくて、だから多分ずっと捨てない気がする。


彼女がくれたいかにもらしい重い箱に入ったインチキな宝石っぽいのとか、ウールのネクタイとか、もこもこのニットとか、お腹をおすと喋るハロウィンのコスプレした熊の人形とか、先端が斜めになってる毛抜きとか、腕につけるミサンガみたいな変なお守りとか、イギーポップの顔がでっかくプリントされた最悪にダサい上に肌が透けるくらい薄いTシャツとか真っ赤な長方形のグッチの香水とか、結構色々残ってる。


彼女からもらったもこもこのやつは今でも冬は寝間着代わりに使ってる。

結構もうぼろぼろだけど、もともともこもこでゴワゴワだからそんなに劣化したとかって感じしないし、なんとなく今でも彼女の匂いが残ってる感じがする。


香水は匂いがきつくて殆ど使ってないけどなぜか勝手に徐々に減っていく。多分気化してるのかな。


窓を開けると秋の匂いがして、とりわけ好きでも嫌いでもなかった彼女のことを思いだしたりする。


少しだけ穏やかな気持ちになる。


10年前、ジェンダー的なアレコレについてわたしが綴った作品を小説家になろうで読んで、当時まだ10代で性に悩んでた自分はその作品にすごく救われました、当時それを伝えられなくてずっと後悔してましたって3年くらい前にわざわざわたしを見つけ出して伝えてくれた子が、数ヶ月前、最後に「さよなら世界」とだけ言い残して音信不通になった。


生まれ持った自分の肉体の性を受け入れられなかった性同一性障害の子。


わたしが2017頃からエロ以外の落書き漫画みたいなのをまた書くようになった理由。


その子が「またあなたの作品を読みたいです。あなた作品がずっと自分の心の支えだったから」って言ってくれたから。


でも、もういなくなった。

ああいうのまた書こうかなって思ってたけど、書く理由無くなってしまった。


正直悲しいのかどうか自分でもよく分からない。


こないだの4月頃、古い友だちとネトゲで偶然再会して、お互い精神的にボロボロだったからものすごく話が盛り上がって、お互いほんともう半年くらい誰とも会話もしないような鬱々とした生活だったから、なんかもう本当に人と話すのってこんなに楽しかったっけってくらい二人で共有する時間が最高に楽しくて、幸せで、お互いに「今死んでも最高に幸せな気持ちで死ねるー」とか言ってて、彼女は幼い頃に事故で、目の前で父を亡くしてて、福島出身の彼女は震災でも大切な人を失って、お互い「大事な人がいきなりいなくなる辛さ」を知ってるから、絶対にお互い、何も言わずいなくなることだけはしないようにしようねって約束してたのに、5月の頭に突然いなくなった。

喧嘩とかも特にしなかったし、4月は「寝るのさえ惜しい・・・」って感じで毎日朝まで話してたのに、4月後半くらいに数日連絡とれなくなって、その後体調悪くて寝込んでたーってメールきて、でも良くなってきたから大丈夫ーって言ってて、でもその直後から急に一切返事こなくなった。


数年前に心臓の手術してる子。


夜更け3時頃によく彼女が言ってた「今本当に最高に幸せすぎて、今隕石とか落ちてきて急に死んでも最高にハッピーな気持ちで死ねる自信あるw」って言葉が何度も頭を巡って、「死」っていう言葉が頭から離れなくて、最悪の想像ばかり頭をぐるぐるまわって、朝起きて最初に考えるのはそのことで昼間もずっと、夜になってもずっと、眠れないままずっと考えて、また朝になって落ちるみたいに意識が途切れるまでずっと。


生きててくれたら良いなと思うけど、昨日まで生きてた人が急に死んじゃうことは別に特別でもなんでも無いごく当たり前の事だって知ってるから、どこか冷静にその可能性を考えてる自分もいて、5月頃は毎晩お風呂でシャワー顔に当てて声殺して泣いてたけど、今はもう泣かなくなった。


自分が今どういう気持なのか正直よくわからない。


色々なものがわたしの前を通り過ぎていく。


いつか何も無くなって、世界が真っ白になって、自分もいなくなる。


8年前、彼女が「自分の肌には合わなかったから」と言ってわたしにくれた、コフレドールのちょっと高級なファンデはやっぱりわたしの肌にも合わなかった。


でも、化粧をしたい時とかじゃなくて、ただなんか、なんだか、どうしようもない気分の時、鏡の前でそれを片側の頬に塗ってみたりする。


片側の頬だけが白くなって、でもわたしはやっぱり魚鱗癬があるからファンデとか粉タイプのモノは角質の間に入っちゃってぼそぼそになる。


でも別に綺麗に見せたくて塗るわけじゃなくて、それはただの儀式みたいなもので、その肌に馴染まないファンデーションの色味がわたしにほんのわずかだけ命の重みを授けてくれる。


軽すぎてもう11階のベランダから放り捨ててもいいかなって思うのを、その重さが少しだけ引き止めてくれる。


どうせみんないなくなる。


そんなただの現実を強引に塗りつぶすためにファンデーションを片側の頬に塗る。


項垂れるみたいに頭を垂れて、目を閉じて、首と肩の力を抜いて、深呼吸をする。


2回、3回。


世界は1ミリも良くはならないけど、グッチのやたら匂いのきつい香水が全部気化してからっぽになるくらいまでは。


その後はもうどうでもいいや。


生きることは簡単だよ。

死ぬことも簡単。

だからどっちでもいいんだ。


無力だなぁと心のなかで呟くようなこともなくなった。


とうに分かりきったことを今更あえてつぶやくまでもない。


世界はいつだって無情で、この日本の国内だけで毎年2万人が自殺して、一日に数十人が自殺して、数百人が病気とか事故で死んで、今日だって、今だって。


とても平凡で、ありきたりで、ごく普通の、どうでもいいこと。


心配ないよ。


わたしはそんなやわじゃないから。


部様に、滑稽に、しぶとく、あざとく。


生きていくよ。

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