居場所
Added 2020-12-17 22:31:05 +0000 UTC世の中には自分より遥かに頭のいい人がたくさんいる。
なんか頭が良すぎて会話が成立しないレベルでわたしより断然頭がいい人。
そういう人は存外に多く存在して、そういう人達の世界でうまくコミュニティを築いていい感じにやってるようにみえる。
わたしみたいなアホは背伸びしても混ざれない世界。
で、逆に自分よりモノを知らない、知ろうとする意欲もない、今楽しければそれでいい系のハッピーな人達というのも結構沢山いる。
彼らも彼らで彼らなりのコミュニティを形成していて、その中でうまく諸々が循環してて、わたしみたいなのっぺりした顔つきの退屈な人間は混ざれない空気。
最大限言葉を噛み砕いて簡潔に話そうとしてもわたしは頭よくないから必ず話長くなっちゃうし要点だけうまく伝えるとかできないし、彼らからしたら「いつも話長いし意味分かんないしなんか無理」ってなりがちで、こっちも「うん、意味わかんないよね。時間取らせてごめんね」って感じで、だからやっぱりうまく関われない。
上とも絡めない、下とも絡めない、じゃあどこと絡めばいいんだろうみたいな宙ぶらりんな感じ。
自分が頭良くない事はもうよく自覚してる。
でも今が楽しければそれでいいし政治とか社会の事とか難しいこと何も分かりません勉強する気も毛頭ないですって人達ほど突き抜けたアホにもなれない。
中途半端な知識が中途半端にあって、だけど所詮中途半端だからどんなに頑張っても意識高い系の人達とは会話が成立しないし、あんま頭良くない人の群れにもそういう人達なりの序列みたいなものがあって、いわば低所得層と呼ばれる世界で頑張って生きてる人達のその価値基準でいうとわたしはかなり無能な最底辺の部類で、単純労働すら満足にこなせないしトロ臭いし物覚え悪いしミスいっぱいするし迷惑かけるし、どこいってもいつも使えない奴扱いだし、そんな感じだから居心地悪いし、向こうも大概早くこいつやめて欲しいって思ってると思う。
そんなふうだから必然的に自営業に行き着いて、絵でそこそこ売れて、低所得層よりは稼いでるけど富裕層ほどは稼いでないし頭もよくない、暇もお金もそれなりにあるけど低所得層の人とは自由に使える時間の量とタイミングが違うから付き合いづらいし、富裕層の人達の世界で生きられるほどの財力もない。
ものすごく中途半端。
なんかこう、いろんな意味でうまくハマれる場所というのがない。
肌の病気で冬場は外に出れないから必然的にインドア派になるわけだけど、ゲームとかアニメとかのコンテンツに詳しくないからガチインドア趣味の人たちとも会話は弾まないし、当然アウトドア趣味の人とも話は合わない。外でないし。
中途半端にお金と暇を持て余してて、特に趣味らしい趣味もなくて、頭良くもなれないくせに突き抜けた馬鹿にもなれない、この居場所のない感じ。
個人事業主って形だからどの組織にも所属してないし、日常的に顔を合わせるのっていったら家族くらい。
じゃあ引き篭もりなんですかっていったら普通に外出るし買い物いくし散歩もするし古着屋巡りとか好きだしコロナ前は旅行とかもちょいちょい行ってたし。
20代の頃は音楽やってたけどほぼ自分と音楽仲間のオリジナルの曲しかやらないから流行りの曲とか全くわかんないし、有名な定番曲みたいなのすら知らないし。
その音楽仲間たちはそれぞれプロになったり家庭持ったり死んだりで散り散りだし、ぽつんと取り残されて居場所がない。
宗教にハマれるほど信心深い真面目な性格じゃないし、社会人サークルみたいなのも昔はちょいちょい参加してみたりしたけどどこもなんか雰囲気合わなくてすぐに参加しなくなった。
特別外見がいいわけじゃないけど突き抜けて悪いわけでもないから丁度塩梅がいいのか、社会人サークル的なのに入るとそこのボスみたいな人にマスコットキャラクター的な感じの役割をお願いされて、会費とかイベントのお金とか交通費とか全部免除してくれる代わりにサークルを宣伝する写真の真ん中に載ってほしいみたいにいわれてごめんなさいと断ったり。
なんとなく好意的に迎え入れてもらえることはあっても「自然に馴染む」が出来ない。
居場所がない。
SNSもやってはやめてを繰り返してるのだけど、大概自分と違う系統の人達がなぜか集まってきて、わたしを起点に集まってきた人達で形成された輪なのに、なぜかわたしが一番居心地悪いみたいな感じになって、慕ってくれたのに申し訳ないなと思いながらもそっと退会する。
誤解のないように付け加えておくと、別に自分と違う系統の人が苦手というわけでもなくて、個人単位での付き合いなら全然いけるし楽しいけど、「自分と違う系統の集団」になると自分だけが異色の不穏分子みたいになっちゃうから居場所がなくなる、みたいな感じ。
自分を中心に集まった人達の生み出したカラーにすらうまく染まれないんだから救いがない。
もちろんそれだってすぐに諦めて逃げ出すわけじゃない。
半年とか年単位で自分なりに彼らに馴染もうと努力して、結果やっぱ無理だった、、、なんだか常にしんどい、、、もう無理となる。
で、稀にふと自分のようなタイプと遭遇する。
どの輪にもうまく馴染まない、頭良くもないけど馬鹿でもない、特別貧乏でもないけど特別金持ちでもないタイプのひと。
そういう人となら上手くやれるかというと、やっぱり微妙に座標が違って、上でも下でもない、という点では自分と同じなのだけど、じゃあその人が自分とほぼ同じ高さかっていうともちろん違うし、向いてる方向も違う。
相手が若干上だったり下だったり、そして向いてる方向自体が全然真逆だったりするからお互い合わせるのもしんどくて、結局離れちゃう。
「どの輪にも馴染めないよね、なんか宙ぶらりんだよね」というこの感覚だけは共有できるから、親近感みたいなものはお互いにあって、だけど深く交われる、継続的に長く関係を続けていけるような間柄にはなかなかならない。
たまに気まぐれに連絡がきて「居場所みつかった?」「ない」「ないよね」「ないね」で終わるくらいの感じ。
居場所がない。
自分みたいな人って多分日本中探せば結構いる気がする。
下手すれば割合的に上位に食い込めるレベルの「結構いる」なのかもしれない。
だけど上記のようにそれぞれがそれぞれの座標で宙ぶらりんでいる以外に出来なくて、なんだかもうどうしようもないな、と。
何かに染まれる人が羨ましい。居場所に馴染める人が羨ましい。自然体でいられる人が羨ましい。
いうほど羨ましいとも思ってなくて、努力してまでそれを獲得したいとも思ってなくて、本心を言えばわりとどうでもいい。
ただ持て余してるだけ。
かきむしるほどの孤独感だとか、虚しさや焦燥感だとか、そういうものは年と共に減衰して、今はもうあんまり感じない。
そんな事より悪性度10段階中9の癌である事が数日前の検査で確定した父が後どれくらい生きられるんだろうとかのほうがよっぽど悩む。
今まで散々こういう場で「うちの親は色々理解ってくれなくて云々」とぼやいてきたけど、でも数日前に腹を割って話したらさ、言うんだ。
「お父さんの世代はハンセン病とかが流行ってて、手足がない子とかたくさんいて、そういう中で育ったから肌がちょっとアレくらいなのは病気とも認識してなかった。だからお前が肌の病気でそんなに苦しんでたなんて想像もしなかった。でもお前の世代の気質みたいなものを冷静に考えたら、お父さんの時代と違って相当に差別もされただろうし苦しんだだろうし悩んだだろうし、そういうの全く気付いてやれなかったことを本当に後悔してる。申し訳ないと思ってる」ってさ。
わたしさ、自分の過ちを絶対に認めない、自分を正当化しかしないような人は大嫌いだよ。絶対仲良くなれないと思う。家族だったとしても。
でもどんなにひどい間違いをしても「自分が間違ってた、すまんかった」って言う人を憎んだり怒ったりは絶対しない。
許しちゃう。普通に。
理解ってくれて嬉しいって思っちゃう。
だから悲しい。後何年生きられるんだろう、後何年こんな風に話せるんだろうって。
お父さん言うんだ。
「お前がいてくれて本当によかった。お前とこうやって話せた事で、話しながら気持ちとか状況を頭の中で整理できて、現実を受け止める事ができた。お前に本当に感謝してる」って。
今この場面でそんなこというなよ、泣いちゃうよ・・・ってなる。普通に。
わたしは涙もろいほうじゃないけど、涙腺が装備されてないわけじゃないんだよ。
いつも家庭を顧みない父で、自分の事ばかりで、家族に迷惑かけまくって、あまりにもひどい時期は「早く死んでくれたらいいのに。人としてあまりにアレすぎるからきっと死んでも涙も出ないだろう」くらい思った。
でも寛解は見込めない深刻な癌を宣告されて、その生きる死ぬの苦悩よりも先に、わたしへの懺悔を口にする父を前にして、逆恨みに似た拒絶の気持ちは一瞬で消滅しちゃった。
生きてほしいと思ってしまう。いてほしいと思ってしまう。たった一つの居場所なんだから。
父は長く生きることより、短くても最後まで充実を感じて生きたいというタイプの人で、だからなるべく家の中がしんみりした空気にならないように本人もそう振る舞うしわたし達もなるべく普段どおりに振る舞う。
その白々しさは何度か見知らぬ人の闘病ブログとかで読んだのと同じで、ああ、やっぱりこういう白々しい空気になるんだとか思って、だけどそれしか出来ないから、今日の鍋おいしいねって笑う。
家族で鍋を囲んで、鍋をつついて、当然一晩では食べ切れず、残って、残った鍋にうどんとかいれて、翌朝もみんなで食べて、そうしていつかなくなる。
今の都営団地に越してきたのは去年の暮れの手前で、11月頭くらい。
父は「都営とはいえせっかくの新居だし、運良く高層階当たって景色のいい広いベランダだからいい感じにDIYしたい」といい出して、むき出しのコンクリートのベランダに木目のタイルを敷き詰めて、足りないや、また買ってこなきゃと車で買いに行って、ほら、これ、はめ込む突起の位置がアレだからちゃんと計算して組んでかないと上手くはまらないんだぞ、なかなか苦労する・・・とか言いながらちょうど去年の今くらいの時期にわたしの部屋の前のベランダでずっとがちゃがちゃやってて、できあがるとわたしにそれを見せて「どうだ、いい感じになっただろ?」って。
実際いい感じだった。
折角ベランダを綺麗にしたからと母がカインズでアウトドア用の木と布で出来たリラックスチェアを買って、ベランダに置いて、結局それはほぼわたししか使わなくて、わたし専用のリラックスチェアみたいになって、カーテンを開けると木目のタイルの床の上に木と布のリラックスチェアが見えて、その向こうに赤いレンガの家達と山々が見えて、雲が山を囲うように流れて、その隙間から太陽が差して、雲を貫く感じで。
昼間、温かい日はそのベランダのリラックスチェアでぼーっと紅茶を飲んだりする。
父がいつかいなくなった時、わたしは耐えられるかなって想像する。
耐えられるはずだった、如何せんどうしようもない父だから死んでいなくなってもさほど気にも留めないくらいの気持ちでいた。
だけどそれは去年の検査の段階で不穏なものを感じて、遠くないうちの別れを覚悟するために、好きなまま死なれたら本当に耐えられないから、少しでも多く嫌いな点を挙列して、嫌いだということにして、死んでくれていいことにして、そうやって備えてただけなんだと痛感する。
「お前がいてくれてよかった」
居場所はいつだってここにあった。
人生に躓いて仕事も健康も恋人も失って貯金も尽きてもう完全にダメだ終わったと思った時、仲間だった人達は優しい言葉をかけてくれた。
けどくれたのは優しい言葉だけで、もちろん何もしてはくれなかった。
幸運を祈ってもらっても具体的に何もどうにもならないどん詰まりの状況だった。
親だけが「じゃあ帰ってこい」って言ってくれた。
鬱をゴリゴリにこじらせた状態でほとんど心ここにあらずな感じで実家に戻って、毎日何もせずただ呆けたように半年、1年と延々部屋に閉じ籠もってぼんやり机の角とか眺めて過ごすわたしに「いい加減立ち直れ」とも「そろそろ働け」とも言わなかった。
せめて生活費くらい入れようと思って絵を描いてネットで売るようになった。
「今、エロい絵描いてネットで売ったりしてる」ってそのまま親に言った。
「すごいじゃないか。エロだろうがなんだろうが、お前の頑張って作ったものを誰かがほしいと思って買ってくれる。すごいことだぞそれは。恥じることなんてない。胸を張っていい。父さんは素直に嬉しいよ」
「別にアンタが絵で売れようが売れまいがどうだっていいよ。あたしの金が増えるわけじゃないし」
そう言いながらも、わたしの作品の売上が増えるとお母さんはちょっとうれしそうだった。
作品がたくさん売れた月は両親に回転しないお寿司とか、父が好きなうな重とかをごちそうしたりした。
「ごちそうさん」「ごちそうさんね」
父の、母の、その声のトーンがやっぱり嬉しそうだった。
エロを書くのはもう単純に一番簡単にお金になりそうって思ったからだし、もう最初から「お金のために描いてるだけ」っていう感覚だったから、ファンの人に応援とか期待とかされてもなんかちょっと後ろめたいような気持ちがあった。彼らの善意を食い物にしてるような心地がして。
でもわたしが稼いだお金で親にご飯をおごったりして、彼らの嬉しそうな顔を見て、わたしも普通に嬉しくて、いい気分になって、もっと頑張ろうって思った。
それでも実際はそんなに良いことばかりでもなくて、わたしが絵に集中したいから話しかけないで、邪魔しないで、って何度言っても普通に大声で話しかけてくるしズカズカ部屋に入ってくるし、絵の仕事の一番むずかしい部分っていうのは「まず最初に集中モードに入ること。集中を切らさないようにすること」で、そこを邪魔されると本当にもう作業にならなくて、それを何度説明しても雇われ仕事しかしたことのない父や母はわたしのいう「集中力の重要性」を理解できなくて。
「そんなに邪魔したいならもういい!いくらでも邪魔すれば!?もう書かないから!お父さんとお母さんの老後の生活が少しでも楽になればと思ってわたしなりにずっと頑張ってきたのに!!」って半ギレ気味に筆を放り投げた。
絵の仕事を7年続けてきて、単純にもうネタ切れ、燃料切れで続けるのがしんどいのもあったし、それでも絵に集中しようとするとまたすぐ邪魔が入る。
「残り少ない余生」をネタにわたしを釣ろうとする親の態度にカチンと来て、「もう絵の仕事もしないけどあなたたちの道楽にも付き合わない!」って部屋に閉じ籠もって、別に大して好きでもないゲームをあえてイヤホンつけず大音量で毎日朝から晩までやったりして、30歳も過ぎて今更の反抗期。
「今まで、いろいろ、ごめんな」
それももう終わり。
反抗する理由が無くなって、逃避する理由がなくなって、向き合う時間が巡ってきた。
わたしはとても弱い人間だから、冷静でいられる日もあれば取り乱す日もある。
一日一日を大事にしたいと思う日もあれば、投げやりになって全部ぐちゃぐちゃにしたくなったりもする。
大事にしたほうが納得して最後を迎えられる、自暴自棄になって憎んで恨んで背を向けたほうがきっと失った後の苦しみは小さい。
そんな事に懊悩する惰弱さを遺憾なく発揮できたのも、両親の見守る家の中だからだった。
これを書く前、わたしは「もう二度と絵は描けない気がする」みたいないつもの泣き言を書き散らすつもりだった。
少なくとも今はとても性的な絵を描けるような心境じゃないし、今後また描けるようになるのか想像もつかないし、なんか、やっぱもう無理かなっていう感覚の方が強いけど、でも「やめます」とはやっぱり言えない。
全部、わたしだけじゃなくて、応援してくれる人達と、そして家族で紡いできたものだから。
わたしの一存で決める事が許されてても、それを選択することはわたしはしない。
もしかしたら今後一生「自分なりに描こうとしたけど、やっぱ描けませんでした」が続いて二度と作品を提供出来ないかも知れないけど、「もう描けません」とは絶対に言わない。
描けるとか描けないとか売れるとか売れないとかじゃなくて、ちゃんと、最後まで終わらないまま倒れたい。
「無理なら無理でいいと思うよ。無理する必要なんてないし今まで何年も頑張ってきたんだから休息する時期も必要だろ。でもまたいずれふと描きたいって思ったら、その時は難しく考えず思うまま描けばいいんじゃないか?描き続けるとかもう辞めるとか、別に今完全に決める必要ないんじゃないかって父さんは思うけどなぁ。お前が本当に心からもう辞めたいって思うなら、うん、じゃあもうここで辞めなさいってもちろん言うけども」
いつか何か本当に頑張りたいことが見つかって、それに命を懸ける覚悟が決まるような事があれば話は別だけど、「もう描けそうにないから」みたいな理由で終了を宣言することはしたくない。
エロ同人サークル・メランコルは、最初ただのお金稼ぎ目的だったけど、いつの間にか応援してくれる人達への恩返しが目的になって、でも今はもう家業だから。
「それを下世話な仕事だと蔑むようなやつには勝手にそう思わせとけばいいじゃないか。父さんは誰がなんと言おうとお前の仕事を誇りに思うぞ。世の中にはお前が作るようなモノを必要としてる人がいる。そして実際に買ってくれる。お前はそのお金でちゃんと食べてる。凄いことじゃないか」
「あんたが安定して稼げるようになったのはそりゃ当然嬉しいよ。でも子供の稼ぎをあてにするようなお荷物な親になるくらいなら飢えて死んだほうがマシだよ。あんたが続けたいなら続けりゃいいし、あんたがもう無理だと思うならあたしたちの生活の事なんか気にせずやめりゃいい。好きにすりゃいいよ」
発達障害で公的な手続きの書類とかがまともに読めない書けないわたしの代わりに、毎月の売上とかを管理して、経費の帳簿をつけて青色申告とか収支の管理を全部肩代わりしてくれてる母。
家族3人でずっとやってきたんだ。
ここがわたしの居場所だから、やめるなんてもう言わない。
逃げるとか逃げないとかじゃなくて、この居場所を失ったらもう本当にわたしの場所なくなっちゃうから。
家族の紡ぎが途絶えちゃうから。
これから先数年か数ヶ月か分からないけど、父の闘病に付き合う間は絵とか描いてる余裕正直ないと思う。
時間的余裕とか肉体的な労力の問題じゃなくて、頭が今はそういうモードにうまく入れないから。
わたしの場合、創作をする時は本当にすべての情報を遮断してその一つに意識を集中しないと作れないタイプだから。
でも、ここで終わるつもりはないですと言うことだけ宣言しておきたくて、これを書いてます。
また描ける時がきたら描くし、その時は今までそうしてきたように、少しでも応援してくれる人の満足、納得に繋がる作品を作れるように、へたくそなりに精一杯頑張りたい。
ちゃんと復帰できるのがいつになるか予測もつかないから、もちろん待っててくれなくていいし、存在を忘れ去ってくれていいし、いつかまた描けるようになった時、それがもし響いたら、本当に欲しいと感じたらまた買ってくれたらそれでいいし。
でも、本当にみんなのおかげなんだよ。
7年も絵を続けてこれたのは。
だから本当に感謝。
今数日おきに公開してる作品はこのまま最後まで1シチュずつ公開していく予定だけど、それが終われば今出来上がってるその後の作品はもうないので、またしばらく中断する形になると思います。
辞めたと思ったらまた再開したり、再開したと思ったらまたすぐ休止したり、もう一体どっちやねん!って感じでころころ右往左往してほんと申し訳ないですけど、全部状況が終わって整理ついてから「実はこういう事がありました」とか報告するのもなんだか違うかなって思って、お金を払って支援してくださってる人にはちゃんとめらんこるの状況、実情を理解した上で納得してそれを選択してほしいし、だから、もう燃え尽き気味で描けなくなりました、でも一応作り置きが残ってるのでそれを出して、続けられそうならそのまま継続・・・と思った矢先に父の癌の進行状況が具体的に理解ってきたので当面は闘病への助力に力を注ぎたいと思います、という旨の経過報告です。
実家に戻ってきてから8年間、そのうちの7年は同人活動と共にありました。
わたしにとって、実家に戻ってきてからの家族との時間は同人活動に費やした期間とも重なって、それら全部がわたしにとって生きる糧でした。
辛いことも沢山あったけど、でも生まれてはじめて「会社やお店に雇われて月給をいただくのではなく、自分の力で、作品でお金を稼ぐ」という事を経験して、自分の可能性を試す機会を与えてくださった皆様に心から感謝してます。
今後何がどうなるにせよこれまでの7年間は消えないし、この7年の間に起こったすべての事はわたしにとって人生で大きな意味を持つ想い出になるだろうし、支えになると思います。
今支援してくださってる40人、フォローしてくださってる172人、支援もフォローもしてないけど作品は購入してるよ!という方、ひとりひとりにありがとうを言いたいです。
今後の事を考えると夜も眠れなくて不安で潰されそうになるけど、それも正直な気持ちだけど、今まで応援してくれたみなさん、絵が描けなくなってもそれでも支えてくれることを選択してくれた優しい人達がいるから、めらんこるは簡単には折れまいぞと思えるのも事実です。
「メランコル」は個人サークルだけど、メランコルを構成してるのは「惰弱なわたし」だけじゃないからね。
活動を支えてくれる家族とか、色々アドバイスや応援をしてくれるひとりひとりの幾らかずつの支えがすべて詰まって存在してるのがメランコルだから。
わたしを含む、これを読んでる皆がある意味メランコルだから。
消えないし、消さないし、折れないよ。
ここが、ずっと居場所なかったわたしのようやく見つけた居場所だから。
ありがとう。