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ねむうさぎ
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『おいでませ雪ノ町温泉旅館』①〜②

Chapter①『毎日が仕事日和』

 某社、午前10時30分。

 猫科獣人の多い営業部と犬科獣人の多い開発部では、部署間戦争と呼ばれるような不仲が恒常。どちらも牙を剥き出しにして、いい歳をしながらキャンキャンと吠え合うのが日常茶飯事となっているのだ。

 小規模な事前ミーティング中、大柄な雄虎部長が声を張り上げる。

「あの資料どこやった!?11時までに用意しとけって言ったろ!?」

「うぇ、まだですけど……!?」

 隣にいた部下の返答に、声にならない咆哮。

「〜〜〜〜ッ!!」

 それこそ大騒ぎとなって叱られてしまう部下。


「す、すみません〜っ!」

 その大きな身体を小さくして怒られているのは『市仁 三春(イチニ サンシュン)』。

 むっちりとした茶トラ猫獣人で、まだまだ新入社員気分が抜けない20代中頃。パツパツのワイシャツ、苦しそうなネクタイ、はち切れそうな腹のベルト。普段は明るく元気ながらも、部長様のお怒りを買ってしまえばとんがり耳も尻尾もしゅんとさせてしまっているのだ。


「ま、まあまあ。市仁くん、開発でも使うからこっちでも手伝うよ、ほら」

 そこへ助け舟を出すのは開発部でも優秀と名高い『低田 秋高(ヒクタ アキタカ)』。

 スラリとスーツを着込んだ長身のシベリアンハスキー種の犬獣人、グレーの毛並みだってどこにも乱れはない。20代後半とまだ若いながらも実績も多く、若手社員の憧れのような存在だ。

 まだ怒りの表情を納めない雄虎部長を宥めつつ、大柄茶トラ猫を連れ出すのだった。

「た、助かります低田さ〜ん」


 そうして資料室のドアを茶トラ猫が閉めた瞬間。その顔をくしゃくしゃにしてハスキー犬へと泣き付く。

「ひーん、午後からで良いって言われてたのに〜」

 上からの指示がコロコロ変わるのだって何度となく経験してきたハスキー犬だ、一瞬だけ遠い目でため息を吐きつつも茶トラ猫の肩を抱く。

「どこも大変だ」

 そこからは2人だけモード。

「秋高さ〜ん、慰めてぇ〜」

「よしよし、三春は頑張っているよ」

 お互いに会社内では苗字呼びをしているものの、こんな密室であればそれも必要ない。社内恋愛男子たちは撫でられたり撫でたりしてお互いの苦労をねぎらうのだった。

 しばしあやされていた三春だったが、元気をチャージし終えたのか顔を上げる。

「助けてくれてありがと!でも、付き合ってるからって特別扱いはなしだからね!?」

「俺がそうしたかったんだよ」

 年上だけあって余裕顔。公私混同は避けないとと理解はしていても、どうしても年下の三春の顔を曇らせたくはない一心で行動してしまう秋高なのだった。まだ撫で足りないと低い位置にある恋人の頭をよしよし。

 三春は小さく「にゃぁ……」と嬉しさに負けそうになりつつも、どうにか堪える。

「じゃあ『貸し1』これでね?」

「ああ」

 どこで返すことになるかは分からないにせよ、これで一区切り。三春にしろ秋高にしろ社会人然とした顔になり、仕事モードへ。

「……仕事しよっか」

「……ああ」

 どうしてもその声が消極的だったのは2人がかき集めないといけない資料が多いから。大きな書類の山を前に、2人は小さなため息を隠せはしないのだった。


 * * *


Chapter②『商店街デート』

 今日は2人揃っての休日。近所の商店街で特売セールがあるとのことで、買い物デートとしけ込んでいるのだ。まだ年明けして少ししか経ってはいない、2人ともしっかり着込んでのお出かけルック。

 古びたアーケード商店街は様々な店が連なっており、この付近の住民にはなくてはならない存在。確かに大型ショッピングモールのような利便性はなくとも、人情溢れる昔ながらの店々が地域を賑わせているのだ。

 その入り口、急かすように大柄茶トラ猫──三春がぴょんぴょんと跳ねて騒いでいる。

「秋高さ〜ん、早く早く〜」

 呼ばれ、三春が飛び跳ねる度に見えそうになる腹に視線を向けそうになるハスキー犬──秋高が呆れたように呟く。

「……朝あれだけ出かけるの渋ってたのに」

 社内恋愛男子でありつつも既に同棲している2人。久しぶりの休日だからか「やだやだまだ寝るーっ」と布団に潜り込んでしまう三春を起こすのに秋高がどれだけ苦労したことか。カタツムリのように丸まる三春から布団を引っぺがし、カーテンを開いてお日様を当てての大騒ぎだったのだから。


 このところ仕事ばかりの2人だ、秋高の思惑通り良い気分転換になりそうだ。

「ほら!そんなゆっくりしてたらおじいちゃんになっちゃう!」

 急かしてはその場で足踏みまでする三春。まだまだ大学生みたいな童顔と相まって年相応に見えはしない。

「分かったから落ち着きなさい」

 秋高はそういう所も可愛いと思うものの「まったく……」と少しだけ気恥ずかしい。

 そこまで三春が嬉しそうなのは商店街に香る美味しそうな惣菜の匂いのせい。駅前の大きなスーパーに対抗しているのでどこも安く美味しく、何より出来立ての味が庶民の胃袋を掴んでいるのだから。もちろん、三春だってその1人だということ。


 そんな2人はエコバック片手に買い物道中。

 まずは八百屋さん。

「ふわ〜、キャベツ高いよねえ」

 ひょいと片手ずつにキャベツを掴み、歴戦の主婦のように重さを測っていく三春。

「もやしちゃんはいつだって庶民の味方よ」

 3袋ほどカゴに放り込みながら、どうやって食べるかまで頭の中で考える三春。

「あ、バナナ安いじゃん」

 他にもおやつに入ったり入らなかったりする果物を確保する三春なのだった。

 隣で静かに見守っている秋高はただただ「良いお嫁さんになるな」と満足そうに頷いたとか。

「毎度あり〜!」

 タヌキ獣人の主人から屈託のない笑顔で見送られ、秋高は小さく頭を下げる。

「はい、どうも」

「ああ、そうだこれこれ」

 そんな手に渡されたのは小さいが自己主張の強い彩りのチケットのようなもの。そこには大きく『町々商店・春の大感謝祭福引券』と書かれており、それが2枚。買った金額に応じて貰えるとのことらしい。2人は顔を突き合わせて「ふうん」と一読、「楽しそうだね」と財布に仕舞うのだった。

 そして三春は「ふんふん〜」とエコバックを漁り、買ったばかりのバナナを一本もぎ取ると歩きながら食べ始めた。

「三春、行儀」

 秋高は注意しつつも、もしかすれば帰るまでにバナナは皮だけになっているかもしれないと危惧せざるを得ないのだった。


 次に小さな精肉店。

 日焼けした建物やら年季が入って油っぽい壁紙、しかし何より嗅覚にうったえてくる美味しそうな揚げ物の匂いが特徴だ。はためく『本日特売日!』ののぼりも、どこかいつもより元気に見える。

 ショーケースに並ぶ計り売りの肉に三春はもう頭の中で献立を考えているほど。何とかその美味しそうな空想を振り払い、秋高へと。

「お肉も特売だもんねえ」

「小さく包んでもらって冷凍しておくか。さっきの福引券も貰えるし」

 恰幅のいい黒熊獣人の店主へと、秋高が注文。小分けにしてもらっている間に、隣で忙しそうに揚げ物を手慣れた様子でさばいていく奥さんにも注文を。

「それじゃあコロッケを2つ──」

 だが、野菜のエコバックを握りしめた三春のじっとりとした視線が秋高の頬を刺す。食欲の化身と化した恋人からの「じ〜っ」という可愛らしくはない眼差し。

「3つ──」

 慌てて個数を増やすも、三春のただでさえ細目がより細くなり一本線状態。それなのに何が何でも「もっと」と要求する意気込みだけは秋高にねっとりと伝えてくるのだ。

「よ、4つお願いします」

 完全に気圧された様子で秋高は注文確定。冷や汗さえかいているかもしれないほど。

 そうやって奥さんから手渡された熱々の揚げたてコロッケを3個受け取る三春。うんうんと頷き、大事そうに抱えた。

 秋高は精算を終え、追加で先ほどの福引券を3枚もらう。

「これで5回は回せるぞ」

 店を出てから自分もコロッケを頬張りつつ、隣でがっつく三春に言った秋高。

「……聞いてるか?」

「う、うん!」

 まったく聞いてなんて。


 他にも洗剤だとかスポンジなどなど、細かい日用品やらを買い込む2人。気付けば持ってきたエコバック4枚ともパンパンの有様。しかし獲得した福引券はこれで10枚、何だかんだ楽しみになってそこへと。

 アーケード通りのおおよそ真ん中の広場には、特設会場といった様子のテント。商店街の会長さんらしき人物や、酒屋のおっちゃんだのが派手なパーティーハットを被って受付をしているのが見えた。

「ほら、あそこでやってるみたいだ」

 机の上のガラポン台を前に、子供連れの若い夫婦などが賑わった様子でハンドルを回している。回転ごと、「ああ惜しい、残念賞」なんて威勢の良い声が止まないのだ。


 まだ大して並んでもいないしと、2人はその隣に大きく張り出されている福引の景品を眺めることに。隣り合ってそれぞれにコメントしていく。

 まずは『1等賞 圧力鍋』。

「あっ、ちょっと良いメーカーのだ、いいね〜」

「これ当たれば今日の買い物分、お釣りくるな」

 三春はキッチンにそれを並べる様子を、秋高は即座に値段をそれぞれ頭の中で。


 続いて『2等賞 すき焼きのお肉』。

「なんならこっちもで良い!」

「当たったら買い物もう一周だな」

 まだまだ寒い日も続いている、タダの肉より美味しいものはないだろう。


 それから『3等賞 みかん1箱』。

「当たったら僕、抱えてくから」

「もう食べながら歩かせないからな?」

 既に両手がエコバックで塞がっていても、それでも持とうというのはそういうこと。


 他にも『4等賞 渋い柄の小鉢』。

「ま、まあ当たらないよりはいいよね」

「漬物とか出す時に良いか」

 3等賞くらいまでなら嬉しいものの、このラインになってくると何とも反応に困る物。


 その下なんて『5等賞 サランラップ』。

「まあ、うん」

「……うん」

 なんなら大きいのと小さいの、買い置きの分まで先ほど買ってしまった2人だから。


 そして憎っくき『残念賞 ポケットティッシュ』。

 2人してノーコメント。何せ先ほどの家族連れ、子供がこれを両手いっぱいに抱えて泣きながら帰るのを横目に見て、聞いていたから。


 しかししかし、一等賞よりも上があるなんて。

 それは『特賞 温泉旅行』。

「任せたよ秋高さん!?」

「流石に無理だろ……」

 三春はまだコロッケを食べているので秋高へと眩しいほどキラッキラの視線を送っている。もちろんそのコロッケは後で追加購入した分。都合5個目。

 三春は幾つものエコバックをぶら下げながら、合計10枚の福引券を片手に戦地へと赴く秋高へとコール。

「よっ、期待してるからね〜」

 赤と青模様、金のポンポンのパーティハットが眩しい会長さんと酒屋のおっちゃんが秋高を歓迎。

「さあお兄ちゃん、頑張ってな!?」

「まだまだ景品出てないからね〜」

 後ろで過剰に応援してくる恋人くんのせいで、下手な会社のプレゼンよりも緊張し始めてしまう秋高。しかし年上として男として、良いところを見せたいというのが本心。

「が、頑張ります!」

 運命と同じようにガラポンは賑やかな音を立て立て、回る回る。転がり落ちるは白いボール。喜ばしいポケットティッシュを引き換えてくれるのだ。

 秋高は回す回す、白、白、白、白。

 途中で気まずい顔で三春がやってきてエコバックにポケットティシュを詰め込む。

「ま、まあほら、ちょうど必要だったし?」

 一つを開封して口元や手を拭いて慰めるのが、これまた秋高を落ち込ませるのだ。合計9個のポケットティッシュ。高い物でなくとも、せめて残念賞以外が欲しかったと悲しそうに尻尾を丸めてしまっているのだ。

「ごめんな、駄目な恋人で……」

「いやいや、もう秋高さんたら、も〜」

 優等生タイプの秋高のこんな所はあまり見たことがなく、呑気な三春だって焦った顔。

 既にこういった場面に慣れているだろうガラポン係の中年2人でさえ、気まずそうな顔で「こ、こういう事もある」とか「次がんばろ!次!な?」とか慰めてくれたり。


 なんだかんだでラスト一回は三春が回すことに。これで下手に何か当たりでもしたら余計に話が拗れるだろうなと、三春はもうヤケクソ気味にガラポンのハンドルに手をかける。

「僕、僕もほら、ティッシュ貰っちゃうぞ〜!」

 ガランガラン、やはり賑やかな音。きっと数百のボールが中でランダムに転がり回り、ヒトビトの一喜一憂を笑っているのだろう。三春の肉厚な指がハンドルから離れ、小さなボールが一つ、ポロリと落ちてくる。

 目の錯覚だとか、そういうのでなければそれは紛れもない金色。

「……へ?」

 三春の細目が、ここにきてまん丸に開かれる。

 次の瞬間には商店街会長がハンドベルを鳴らしに鳴らし、三春の右腕を掴んで辺り一帯に聞こえるように喧伝。

「おめでとうございます!特賞の『雪ノ町温泉旅館・4泊5日』ご招待〜!!」

 酒屋のおっちゃんもパーティハットを揺らしながら大笑い。

「いやー、まさか朝から出ちゃうなんて、お客さんすごい強運の持ち主ですよ」


 あとはもう流れに任せるまま、三春は揉みくちゃにされながら景品を受け取ることに。

 ガラポンの隣に貼るからと写真まで撮られる始末。

「い、いえ〜い!」

 若干嬉しみつつも困ったような顔でピースサインをする三春なのだった。

 とはいえあまりの落差に秋高は余計に落ち込んでしまったりもしたし、三春がその背中をバンバン叩いて慰めたりもした。

 それらは嵐のように過ぎ去り、アーケード商店街の入り口へと戻ってきた2人。エコバックを抱えつつも、手には温泉旅館の招待券。まだ現実感が湧かないながら、三春は秋高と喜びを分かち合おうと大きな笑みを。

「こういう時こそ有給使ってパーッと楽しみましょ秋高さん!」

「ああ、そうだな」

 と、落ち着きを取り戻した秋高だったが、直ぐに空を見上げて呟く。

「有給、貯まってるもんなぁ……」


 などと、行きよりも足取りもより軽い三春、秋高と帰路へつく。

「それにしてもああいう古い商店街で4泊5日の宿泊券なんて儲かってるのか、あれで。いやそれとも……」

 はたと立ち止まって考え込む秋高。仕事モードの少し鋭い目付きに変わる。

「秋高さん?」

「もしかして──脱税か?」

 少し真面目そうな顔で言うものだから、真剣に聞いて損したと三春は苦笑い。宿泊券について会長さんから聞いた話を秋高へと伝えるのだ。

「いやいや、なんか親戚が旅館やってるからそれ融通してもらったって言ってたってば」

「なんだ」

「なんだじゃない?!」

 三春が小さく体当たりで秋高へつっこみを入れると、ぶつかった拍子にエコバックの中身のポケットティッシュたちがポフンと鳴くのだった。


 * * *


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