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七浦なりな
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【閑神SS】番外編 とある日のつばきや

「つばきや特製あんみつ、おっまたたせしました~!」


 薫のはちきれんばかりの笑顔と共に目の前に差し出されたそれを見て、和馬はうわぁと息を吸い込んだ。椿の形をした真紅の器には、白玉やあんこ、鮮やかな果実たちが日の光を受けてきらきらと輝き、見るものを魅了している。


 和馬はこの日、紫弦から直々に誘いを受け、つばきやの甘味を振舞われていた。

相変わらず高音の姿は見えないが、小鉄や真砂も集まり、今日はいつもとは違った賑わいを見せている。


 小鳥たちの期待に満ちた視線を受けながら、いただきますと手を合わせた和馬は、匙に一口分のあんこを乗せ、つやつやとしたそれをしばらく目でも楽しんでから、はむりと口に含んだ。


「おっ…………」


…いしい~~~! という言葉が繋がるのだろうと容易く想像がつくように、和馬の周りからぽわぽわと花が舞う。それは様子を伺っていた小鳥たちにも伝染していく。


「うふふ、どうかしら、つばきや自慢の甘味のお味は? 」


 いつもの華やかな装いではなく、襷をかけた着物に身を包んだ紫弦が店ののれんをくぐりながら訪ねた。まだ口に残っていたものを慌てて飲み込もうとした和馬は、紫弦の問いかけにみっつほど遅れておいしいです…! と力強く答えた。


 薫がまたしょうもないいたずらをして一晩吊るされていたとか、小鉄がにやつきながら帳場で何かを描いているのが気になるんだとか、小鳥たちと他愛もない話をしながらあんみつを楽しんだ和馬は、器に残ったあんこのひとかけまで逃がすまいと匙で綺麗にかき集めた。


そうして最後の一口を運ぼうとした時──


「……あ!! 」


 普段の和馬からは想像もしえない声量に、その場にいた全員の視線が集まる。和馬はというと、匙を口に入れるか入れないかのところで、あんぐりとしたまま硬直している。すると次第に、大粒の汗が次から次へと流れ落ち、顔はみるみる青ざめていく。


「ど……どしたの和馬ちゃん」


 尋常じゃないその様子に、薫が恐る恐る声をかけた。和馬は真っ青な顔のまま俺……俺……。と顎を震わせていたが、やがてこう答えた。


「……お金とか、持って……なくて」


 いたたまれずゆっくりと視線を地に落とす和馬の隣で、紫弦と小鳥たちは互いの顔を見合わせた。少しの沈黙のあと、こらえきれなくなった薫がふき出したのを引き金に、紫弦たちは風船がはじけたかのようにどっと笑いだした。予想だにもしていなかった反応に、和馬は目をまん丸にしながら右へ左へと首を振り全員の顔を伺った。


「うふふ…ほんとに、あなたのそういうところ好きよ」


 ひとしきり笑って乱れた呼吸を整えるように胸に手を当てながら、紫弦が微笑みかけた。


「いいのよ。うちではそういうの取ってないから」


 何を言っているんですか……? とでも言いたげな和馬の顔にまたくすり、と口元をおさえ、紫弦は説明を続けた。


 不思議なことにつばきやの裏に広がる畑では、多彩な作物が絶えず実を付けるのだという。そうして収穫した材料を使って、つばきやに立ち寄る神々に無償で甘味を振舞っているのだ。畑の世話をして、収穫を楽しみ、調理を覚え、お客様の嬉しそうな顔を見る。これもつばきやで暮らす者たちの閑つぶしの一つだ。


「畑については多分、万年桜の影響なんじゃないかと思っているのよね」


 万年桜。その名を聞いて和馬の体がぴくりと跳ねる。初めてつばきやを訪れた際に見た美しい桜の木。あの日、あの場所で起こった事を、和馬はおぼろげにしか記憶していなかったが、万年桜から不思議な力を感じたことだけははっきりと覚えていた。


「和馬さん、おかわりしてもいいんですよ」


 ぼんやりと思考の渦に飲まれかけていた和馬の意識を小鉄の声が優しく現実の岸へと引き戻す。元々小食な和馬の胃袋におかわりという言葉は無縁だったが、自分が大変な事をしでかしたわけではないと分かり、ほっとした。それと同時に少しのいたたまれなさも感じはじめていた。皆に等しく振舞っているとはいえ、頂いてばかりでは気が引けてしまう。それが和馬という人間だ。


「あの、俺に何か出来ることがあれば言ってください」


 そう伝えると、そんなのいいのに~、和馬ちゃん真面目すぎ~、ねえ~。と紫弦と薫が同じ調子でくねくねとしはじめた。すると、今まで隣で静かに話を聞いているだけだった真砂が、じゃあさ。と口を開く。


「今度は畑行こうぜ」


 思わぬひとからの思わぬ誘いに和馬は一瞬言葉を忘れかけた。真砂は和馬と視線こそ合わせようとしなかったが、真砂なりに和馬とコミュニケーションを取ろうとしていたという事実は、彼の少し多いまばたきが物語っていた。


 真砂の提案にすっかり乗り気になった薫と小鉄が、小麦畑が綺麗とか、嘉禄に贈ったいちごの苗がどうとかと楽しそうに話しているものだから、和馬も自然とその日が待ち遠しくなった。


 ふと手元を見ると、あんみつの最後のひと匙がまだ残されたままになっている事に気付いた。少しだけ乾いてしまったあんこのざらりとした舌ざわりがなんだか心地よい。


 最初の一口とはまた違った幸せの味を、和馬はしっかりと噛みしめた。





◇◇◇

2022.2.7

#閑神ワンドロ お題「食べ物」


普通に3時間以上かかりました。


【閑神SS】番外編 とある日のつばきや

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