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七浦なりな
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【閑神】呼び名【小説】

閑神本編一話の後のお話です。





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「かずま! もういっかい! もういっかいだ!!」

 

 山奥に建つ名もなき社で、自らを閑神と名乗る狛犬の兄弟、右衣と一左に出会った和馬は、赤毛の狛犬の姿をした右衣から木の棒を押し付けられた。

 

 流されるまま閑神に仕える事になったが、その仕事は至極単純なもので、彼らの閑つぶしに少しばかり付き合うというものだった。

 

 和馬の足元で大きなひとみを輝かせながら、それを早く投げろと訴える右衣と、手に持った木の棒を交互に見つめながら、和馬は己の感じている違和感をどうにか言葉にしようと思考を巡らせた。

 

 (お仕えするというか……これじゃあまるで……)

 

 飼い犬と遊んでいるだけのような……。そう思いながら、和馬は貧弱な肩に精一杯のちからを込めて木の棒を投げた。かれこれどのくらいこの動作を繰り返しているのだろう。底なしの体力相手に和馬の肩はすでに限界を迎えていた。

 

 へろへろと力なく飛んでいく木の棒に向かって、右衣は弾丸のように駆け出した。棒が地面に落ちる──その瞬間。

 

「もらいっ!」

 

 右衣の目の前で青毛の狛犬──一左が見事に空中で棒を捕まえてみせた。

 

「ああっ! あにきずるい!」

 

 青い毛玉の周りを赤い毛玉がぴょんぴょんと飛び回る。彼らの本来の姿が筋肉隆々の青年と、そこそこ出来上がっている少年だと知っていても、この光景は大変癒やされる。

 

「へへっ、これで15勝6敗2引き分けだな!」

 

 ほれ! 次だ次! と一左もまた和馬に木の棒を押し付ける。

 

「あ……あの……。すみません、俺もう肩が」

 

 己のへっぽこさを悔やみつつ、それでも素直に今の状態を伝えると、一左は、しゃーねぇな〜。などと言いながらヒトの姿になり、和馬の隣に腰を下ろした。右衣は狛犬の姿のまま、一左の足の間に陣取る。

 

 木の棒遊びにはおおむね満足していたのだろう。ふたりとも程よい運動の後という具合の肌つやをしている。

 

「一左様が投げて、右衣様が取ってくる……とか、その逆じゃあ駄目なんですか?」

「それはもう散々やったからな!」

 

 な! と身を屈めて右衣の顔を覗き込む一左に対して、右衣も同じ調子で、な! と返す。

 

 一左と右衣は、神として有り余る時間の大半を二人だけで過ごしていたという。二人でできる閑つぶしはもう殆ど実行済みだった。だからこそ三人目──和馬の存在が必要だったのだ。

 

 和馬は、自分には大したことはできない、と考えているが、そこに居るだけで一左と右衣の日常には変化が起きている。その事実に和馬はまだ気付いていない。

 

 まぁ、それはこれから共に過ごす時間のなかで、いずれ気付いてもらえれば良いか、と思いながら、それよりも一左には少し気になることがあった。

 

「……なあ和馬」

 

 突然神妙な面持ちで名前を呼ばれ、和馬は少し体をこわばらせた。

 

「その……『一左様』ってのよう。なんか……呼びにくくないか?」

 

 和馬は一瞬、何を言われているのか分からないようで、二、三度まばたきをしてから、ようやく言葉の意味を飲み込んだ。

 

「えと……そう、でしょうか?」

 

 自分としては、特に気になることはなかったが、そう言われた後で何度か『一左様』と口にしてみると、なるほど、たしかに。一左の言っている意味が、何となく分かるような気がした。

 

「一左様……いっささま……ささ……」

「ああっそこそこ! なんかムズムズすんだよな!」

 

 居心地が悪そうに身体をくねらせる一左を見て、和馬は少し悩んだ。

 

 そうは言われても、どうしたら良いのか。目の前にいるこの男は、『一左』という名の『神様』なのだから、たかが人間風情の和馬からすれば、『一左様』と呼ぶのが道理だ。

 

 とはいえ、この様子じゃ、この先名前を呼ぶたびに一左はムズムズするだろうし、そんな事を言われたせいで和馬も何となくその名にむず痒さを覚え始めていた。言葉の響きとは難しいものだ。

 

「かずまも『あにき』ってよんだら?」

 

 一左の足の間で木の棒の噛み心地を楽しんでいた右衣が、ペロッと提案した。それを聞いた一左は「そいつは名案だぜ!」と声を大にしたが、当の和馬には「いや、それは無理です」と呆気なく却下されてしまった。

 

 和馬に悪気が無いのは分かっているのだが、もう少しノッてくれてもいいじゃねーか……と、少し凹む一左であった。

 

 そんなこんなで、一左と右衣がじゃれ合っている横で悩むこと数分。

 

「あ。」

「お?」

 

 ピコン。と和馬の頭上に電球が灯る。

 

「それじゃあ、その……『一様』……というのは」

「いちさま?」

 

 和馬は少し気恥ずかしそうにしながら、一左の顔色を伺った。一左は聞き馴染みのない音を自らに覚えさせるように、繰り返しその名を口に出している。

 

「……なはは! 何だよ良いじゃねぇか! 気に入ったぜ!」

 

 花がぱっと咲いたように笑いながら、一左は和馬の背中をばしばしと叩いた。その衝撃で全部の内臓が震えたような感覚を覚えつつ、和馬は自分の提案した名をこの男に気に入ってもらえたことに安堵した。

 

「良かったな兄貴〜! 兄貴っぽくもあって、和馬っぽさもあって、良いと思うぜ!」

「うんうん、分かるぜ。よく分かんねぇけど分かるぜ!」

 

 それはどっちなんだろう、と思いながら、和馬はいつの間にかヒトの姿になっていた右衣と肩を組んで盛り上がる一左を見つめた。

 

「へへっ……そういう事で、改めてよろしくな、和馬!」

 

 眩しすぎる笑顔と一緒に差し出された一左の大きな手。

 

 閑神という聞いたこともなかった神に仕えた事で、この先どんな未来が自分を待っているのか、想像もできない。

 

 けれど多分、この二人と一緒なら、きっと大丈夫。そんな不確かな確信を覚えながら、和馬は両の手で一左の手を包み返した。

 

「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします。一様、右衣様」

 


 

 終


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2023.04.05

そうえいば作中で語られていなかった和馬の「一様」呼びの始まり。



【閑神】呼び名【小説】

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