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SHADOW OF UPDATE #1-1 影

1. 影 「ニューアメリカ国軍は本日、パングア半島への進軍を…」 キーウッドの街にある書店"メモリア"の店内には今現在勃発している戦争の状況を生々しく伝えているラジオが流れている。誰もこれをまともに聴いている者などいない。皆、静かに黙ったまま立ち読みをしているか、お目当ての本を探して彷徨っているだけだ。 女子高生 "井崎 音呂"を除いては。ワインレッドのマフラーを巻き、制服のセーターの長めの袖から指を出して"ネロ"は棚から本を抜く。 綺麗な小麦色のその指が掴んだ本は物語本とエッセイ本の二冊。ネロは会計を済まして店を出た。 黒くて艶のある髪を長めのボブヘアにカットし、綺麗な二重瞼のクリッとした目、そして168cmの高めの身長がネロの特徴だ。 ネロは行きつけの書店を出て、雪の降る商店街を歩く。店々のショーウィンドウには温かな灯りが灯っており、高校生には手の届かない高級ブランド品なんかが煌びやかに並べられている。 途中、いつも通るパン屋をちらっと覗くと美味しそうなバケットが売っていた。買おうかな…なんて思ったが雪が強くなってきたのでネロは少しでも早く家に帰ろうとバケットを諦めた。 キーウッドという田舎街の外れにある"ブレイストリート"にネロの家はあった。郵便受けに入っている夕刊を取って流れるように玄関の鍵を開けて家に入る。 「お帰り。ココア作っておいたよ。」 リビングに入るや否や、妹のイザベルがトレーにカップを三つのっけてキッチンから現れた。 ブロンドの髪をカールさせたボブヘアに、二重が綺麗な綺麗なぱっちり垂れ目、白人らしく透き通るように色白で、手製のセーターに身を包んだイザベルは見た目の通り中学校でも"優等生"だ。 ネロ「ありがとイザベル。」 「"クロエ"はいるの?」 ネロが三つのカップを指差してそう尋ねると、イザベルは首を横に振る。 イザベル「これは"紫苑"の分。」 姉のネロにココアを渡し、余ったココアを二階へ持っていく。 ネロ「これでもう三日もいないわけ?」 イザベル「ううん。四日目だよ。でもほら、夏にあった"一週間音信不通"の記録よりはマシでしょ?」 ネロ「また"クレミィ"が怒るね…」 ネロの頭に浮かぶのは、この家を纏める若き母…クレミィの顔だった。勇ましさと美しさを兼ね揃えた褐色の強女だ。 帰宅して1時間ほど経ち、ネロはでっかいソファにどかっと腰を下ろし、テレビをつけたまま読書にふけっていた。イザベルがいれてくれたココアはとっくに飲み干していて、まだ口寂しかったのでクッキーを食べていた。 イザベル「今は何読んでるの?」 勉強を終えたイザベルが二階の自室から降りてきて、ネロの後ろから声をかけてきた。 勤勉なイザベル自身も読書家でありいつもネロが読み終わった本を借りたり、図書館や古本屋に出向いて自分で本を読んだりしている。 ネロ「これ、ミハイル・ミッドマンって人が書いた本でね…すごく頭の良い犬が愚かな人間のお手本になるっていうそいう話。」 イザベル「人間が愚かに描かれてるの?」 ネロ「そう。現実と同じようにね。」 ネロはイザベルの方を振り向き、歯を見せてニコッと笑った。イザベルもハッと息を吐き出すように笑う。 しばらくすると、自室から降りてきた"一応"末っ子の紫苑(シエン)もソファに座ってテレビを見ながらクッキーを齧り始めた。仲良くソファに座っている三人は血の繋がりはなかった。 次女ネロと"一応末っ子"の紫苑は同じ日系ネオ・アメリカ人であるがイザベルはパリ生まれのフランス人だ。そして四日も家に帰ってきていない長女のクロエ・ハーウッドは生粋のアメリカ人だ。 「人類のより良い未来のために。コマンドコーポレーション。」 紫苑「バカなCM。」 テレビに映された"コマンド社"のCMを見るなり紫苑が言った。紫苑は中学生という年齢の割にはちょっとマセている…というより、"マセているつもり"でいる。 イザベル「よくテレビでは見るけど、なにしてる会社なのかよく知らないよね。」 ネロ「最新のテクノロジーがどうとか、あとは…人類は長生きするために進化しないといけないとかなんか胡散臭いこといってる。」 「慈善事業とかにも積極的に取り組んでるみたいだけど…。」 「あとはほら、女優の"志澤 未知"がコマンド社の広告にすっごい出てる。」 紫苑「あー。よくドラマとか映画出てるあの人?」 「でももう最近見ないじゃん。」 「お金に困ってあんな胡散臭い会社とつるんでるのかな。」 ネロ「大人のビジネスの世界には私らには分からないことが沢山あるんだよきっと。」 ネロがそう言った直後、ネロのお腹がぐ〜っと鳴った。それを聞いたイザベルと紫苑がクスクス笑ったので、ネロは二人のお腹をくすぐった。 ネロ「クレミィは今日も遅いみたいだし…ご飯作ろうか。」 ネロがソファから立ち上がったちょうどその時、外で車が停まる音がしてネロもイザベルも紫苑も同時に窓の方を見た。クレミィが帰ってきたのだ。 バンッと勢いよく車のドアが閉まる音がして、わずか数秒後には玄関ドアが開いて「ただいま!!」っと威勢の良い女性の声が響く。 ネロたちが玄関に出迎えに行くと、ちょうどこの家の長 クレミィ・デイヴィスが靴を脱いでいるところだった。クレミィは上はタンクトップ一枚、下は作業着と真冬とは思えないほどの軽装だ。 イザベル「おかえりなさい。」 クレミィ「ちょっと遅くなってごめんな。」 「今からご飯作るから!」 作業用の靴を脱ぎ終えたクレミィはせかせかと家の奥へ入っていき、さっと手を洗ってすぐに料理の準備に取り掛かる。 雪のように白いサラサラのロングストレートヘアがよく映える褐色の肌に、アスリート並みに引き締まった身体…そしていかにも気の強そうな凛々しい目つきをしているクレミィの首からは、軍人時代から着けている銀色に光るドッグタグがかけられている。 夕飯はクレミィとネロが手分けして作ったシチューとパンとサラダだった。その間にイザベルは食器を出したりテーブルの上を拭いたりした。 クレミィ「紫苑とイザベルはテストどうだった?」 テレビを消して、シチューを啜る音がやけに大きくリビングに聞こえる中、クレミィが二人に尋ねた。 イザベル「沢山勉強したから前回よりもきっと良い点取れてると思うよ。」 紫苑「…まぁ…ぼくも。」 にこやかに答えるイザベルに対し、紫苑はクレミィの方も見ずにパンに齧り付きながらそっけなく答える。 クレミィ「ネロはどうだ?」 ネロ「私はー…まぁそこそこかな!」 クレミィ「うん。まぁそれくらいの自信がちょうど良いかもな。」 クレミィは、軍隊を辞めた後、女手一つで義理の子供たちを育てていた。親のいない…或いは恵まれなかったネロやイザベル、紫苑…そしてクロエを引き取って。 クレミィが最初に引き取ったのはクロエとネロだった。二人とも戦争により家族を失っていた。 次に引き取ったのはイザベルだ。彼女はクリームフィールド家というパリでは裕福な家庭の娘ではあったが、家庭内で大きな揉め事が起きた結果…不幸にも母親を亡くし父親も病に倒れいなくなってしまった。 そして最後が紫苑だ。年齢はイザベルと同じだが、彼は親に捨てられ孤児院にいた。孤児院でも碌な生活を送っておらず、人を信用するという事に異常なまでに警戒心を抱いている。 クレミィたちが夕飯を食べ終えた頃、ようやくクロエが家に帰ってきた。前髪を分けて額を出した首元まで伸びているブロンドの髪に、タレ目に長いまつ毛、セクシーな口元をしているクロエの左肩には高校生の時に入れたタトゥーが入っている。 クレミィ「久しぶりの帰宅だな。」 「どこほっつき歩いてた?」 クロエ「別に…まぁ友達のとこ。」 クロエはニッと作った笑みを浮かべながらクレミィの追求を流そうとする。 クレミィ「友達って?またあの"後輩"のとこか?」 クロエ「違うって…カレンのとこには行ってない。後輩の家に転がり込むほど情けなくないって。」 クレミィ「そうか。大学にはちゃんと行ってんだろうな?」 クロエ「行ってる行ってる。」 クロエは面倒そうにテキトーに返事をしてそのまま二階へ上がっていった。クレミィはハァッとため息をつき、首をかしげてから洗い物に取り掛かった。 クロエが家を空けて帰ってきたらこうしてクレミィと言い合いをしてまたすぐにクロエが出て行く…この家はそれの繰り返しだった。 今回はマシな方だった。この前は、クロエが夜職をしていたことが発覚し大喧嘩だったのだ。 しばらくして、歯磨きを済まして風呂に入り終えたネロが二階へ上がると、自室のドアを全開にしたままベッドでクロエが仰向けに寝ていた。 ネロ「お風呂、あいたけど。」 通りすがりにネロがそう声をかけると、クロエは手を挙げて反応した。 クロエ「あとではいる。」 ネロ「ねぇ、この四日間なにして遊んでたの?」 クロエ「それ気になる?」 ネロ「うん。」 クロエ「別に、特に何も。まぁ…何もってわけでもないけど。」 「大学生らしいことをね、沢山してたわけ。」 ネロ「それって?」 クロエ「あのさぁ…せっかく姉がやんわりと遠回しにオブラートに包んで説明してるのにまだ追及する?」 ネロ「うん。聞きたいなぁー」 クロエ「はぁ。」 「高校生には刺激の強い話だよ。」 ネロ「クロエは高校生の頃から刺激的だったじゃん。」 クロエ「そう?うーん…そうか。そうだったかも。」 「ていうかね、ネロが遊んでなさすぎるんだよ。」 ネロ「私ってこう見えて結構遊んでるよ?」 クロエ「健全に、でしょ?もっとこう…弾けてやりたいことやればいいんだよ。欲望のままに!」 「それとも学校の男子はどれもネロの好みには入らない?」 ネロ「うーんそうじゃないけどさ。」 クロエ「だったらテキトーにでもいいから選んで遊んでおきな。経験積んでおかないと大学行った時困るよ?」 「女って純白ピカピカより、ちょっと汚れてた方がいいんだから。」 ネロ「私、いい人だからそんなのできなーい。」 クロエ「何言ったんだか。本当は腹黒のくせに。」 クロエは笑いながらそう言ってベッドから身を起こし、一階へ降りていった。


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