SHADOW OF UPDATE #1-3 始まりの夏
Added 2022-08-31 15:06:49 +0000 UTC3. 始まりの夏 イザベルが高校受験を控え、ネロも大学受験を控えた翌年の夏。クレミィは受験の費用や教材を買うためにさらに忙しく働き回っていた。 夏場の仕事はただでさえ暑くて敵わないのに、近頃、厄介な連中が工場に押しかけてくるようになっていた。 それと言うのが、反戦を掲げる若者たちの集まりであった。彼女らはクレミィの勤務するこの工場が武器のパーツを作っているためそれに反対していた。 「今作るべきなのは武器ではなく、平和的解決の策です!」 「あなた達の事業が戦争を、暴力を支えてしまっています!!」 これには工場長も困り果てており、何度も警察に通報したが未だに解決していなかった。 ウォーターバーグ「困ったもんだな…」 「どうやらあの若者達のバックには例のコマンドコーポレーションがついてるとか。」 クレミィ「へぇ。ならそこに直接文句言うかい?」 「毎日来られちゃ迷惑だ。」 ウォーターバーグ「いやそれがダメでね。」 「工場長が連絡したらしいんだが、向こうは知らないと。」 「あんな学生たちの末端の組織まで管理してないとのことみたいだが…実際のところはどうなのか分からんね。」 クレミィ「なんか最近、この街とか隣町にもコマンドコーポレーションのトラックやら建物やらを見かけるようになったな。」 ウォーターバーグ「ほんとに妙なことだけはしてもらいたくないねぇ。反戦運動なんつーものも働かなくて良い身分の学生には思い出づくりに過ぎんだろうが…あんな運動が広がってしまって世論が動いたら…我々軍事産業はまずいことになる。」 「それに、戦局そのものも、な。」 クレミィ「全くだよ。平和主義なのはご立派だが…やり方は良くない。なんとかしないとな。」 クレミィはそう言ってドリンクを飲み、ゲートの方に溜まって抗議を続けている若者達の方を見つめた。 その頃、イザベルと紫苑の二人は、電気代を節約するために冷房もつけず、窓から入ってくるぬるい風に吹かれながら家の自室で勉強に励んでいた。 だが、ふとイザベルが開けっぱなしにしているドアの方を見ると、そこには限界がきたのか紫苑が汗だくになりながら立っていた。 紫苑「ねぇ…リビングに降りてそこで冷房つけてやんない?」 紫苑にそう言われたイザベルは一瞬、難しそうな顔をしてから、机に置いている腕時計を見た。 イザベル「…もうすぐ電気代が安くなる…」 「あと5分。」 「いいよ。下に行こう。」 イザベルはすぐ立ち上がり、テキストや筆記用具を持って部屋を出た。 リビングの冷房をかけ、イザベルは食事用のテーブルにつき、紫苑はテレビの前のソファに座って再び勉強を始める。 だが、既に二人が午後に勉強を始めてから4時間以上が経過しておりしかも冷房で心地良くなってしまったため、イザベルと紫苑の二人ともすぐに力が抜けてソファの上でぐでっと潰れてしまった。 終いには紫苑がテレビをつけてしまい、完全に集中力が切れた。テレビでは、隣町で起きている連続殺人事件の続報や、最近町でもよく見かけるようになったコマンドコーポレーションのCMが流れていた。いつも通りの胡散臭いし意味不明のCMだ。紫苑が特にこのCMが大嫌いだからこのCMが流れるたびにイザベルはいっつも紫苑の顔を見て彼の反応を確認していた。でも、今は眠たくてそれどころではない。 ─人類が生き残る為、進化というのは避けられない道です。我々に選択の余地はありません。皆さん、アップデートを受け入れてください─ うとうとし始めていたまさにその時、いつもとは様子の違うコマンドコーポレーションのCMが流れたのが眠りかけのイザベルの耳にかすかに聞こえた。 そしてその直後だった。 耳を裂くような音が響き、何かが部屋にぼとんっと転がり込んできたのは。 咄嗟にイザベルは飛び起き、テレビを見ていた紫苑も飛び上がって持っていたリモコンを放り投げてしまった。 二人が座っていたソファの右側にある窓。そこが割れており、その下には"何か"が転がっていた。 紫苑「人だ!!」 紫苑がその"何か"を見てそう叫んだのだがイザベルには何が何だかよく分からなかった。 なぜ窓ガラスが割れたのか、一体何があったのか…整理がつかず頭がめちゃくちゃにこんがらがっていた。 それでも、この状況にイザベルはバクバクドクドクとおかしいくらいに心臓を大きく鳴らしていた。 イザベル「うそ…」 数秒遅れて紫苑の言っていた意味がわかった。 窓を突き破って現れたソレは人だった。でも、もう人じゃなかった。イザベルがなぜソレをすぐに人であると認識できなかったのか。 それは、ソレに頭と両脚が無かったからだ。 まるで何かによって凄い力でもぎ取られたかのように切断面が抉れていた。 イザベルはとすっと力なくソファに倒れ込んだ。紫苑も呆然とソレを見ている。 やがて二人の耳に叫び声や悲鳴が飛び込んできた。それは、突き破られた窓の外から響いてくる。一人や二人の悲鳴ではない。 外で何かまずいことが起こっている。 咄嗟にそう分かったものの、イザベルも紫苑も体が凍りついて動けない。今になって窓の下に転がっている惨殺死体からかおる異様な臭いが鼻をつき、さらにその人間とは呼べぬ惨状の肉の塊が目に焼き付いてしまい二人を猛烈な吐き気が襲った。 心臓を刺されたようなショックが走り、さらには吐き気、そして恐怖。それらが二人を凍り付かせる。 飛び交う悲鳴や叫び声をかきわけて、ジリ…ジリ…とゆっくりとした足音が窓の方へ近づいてくる。 窓の外に姿を現したのは、白い服、白い肌をした長身の女だった。瞳と唇と爪だけが緑色をしたその女は生気を感じさせない冷たい目でじっとイザベルと紫苑を見つめた。 「アップデートを…」 人の声だがそうではない…生物としての温もりをまるで感じない冷酷な声でそう言った女はその真っ白な全身に赤黒い血液を浴びていた。 その大女が窓枠を跨いで、リビングに入ってきてもなお、イザベルと紫苑は動けなかった。 コイツがそこにいる惨殺死体を作り上げたに違いない。そう分かっていたのに、二人とも恐怖と焦りで何も出来なかった。 大女は大きな手でイザベルの頬を挟むように頭を押さえつけ、その緑色の唇をイザベルの厚い唇にぷちゅっと密着させた。その時、ようやくイザベルは動いた。暴れた。ジタバタと手足を動かし抵抗した。だが、大女の力は凄まじく、その意味不明な強制キスから逃れることができない。 紫苑「イザベル…!」 紫苑が我に帰り、窓際に置いてあったスタンドライトを握りしめて大女の背中を叩いた。 だが、大女はびくともしないがちょうどキスが終わって唇を離した。 「8…第1段階ギフトβ投与の必要性あり。」 キスを終えた大女はそう言った。無理やりキスをされたイザベルは放心状態で、ふらふらと力なく揺れている。 紫苑「…い、い、イザベルから…離れろ…!」 震える声で大女に向かって叫ぶが、当の大女は紫苑の声など聞こえていないかのように、イザベルを押し倒し、馬乗りになった。 紫苑「や、やめろって言ってるんだ…!!」 いくら叫んだところで大女は止まらない。 「制圧プログラム開始。」 大女がまさにその手でイザベルに触れようとしたその時、紫苑が声を上げて思い切りスタンドライトで大女の背中を殴った。 紫苑「あっ!」 恐怖で体が震えていたせいか、大女が頑丈すぎたのか…わからないがスタンドライトは紫苑の手からすぽんと抜けてしまい後方へ飛んで行ってしまった。 「…対象者発見。」 ここでようやく大女は紫苑の存在に気がつき、ぎぎぎ…とぎこちなくその首を紫苑の方に向けた。大女の緑色の目が紫苑を捉える。 紫苑「うっ…!?」 武器にできそうなものはなにもないし、あったとしてもこの女には効かない。もうどうしようもない…紫苑はガタガタと脚を震わせてその場に突っ立っているしかなかった。 だがその時、イザベルが起き上がってカーテンを引きちぎり、それを大女の頭に被せた。 視界を失った大女はジタバタ暴れており、一体何が自分に起こっているのか分からないような動きをしていた。 イザベル「紫苑!2階へいくよ!!」 イザベルは震えている紫苑の手を引っ張り、無理やり2階へ駆け上がる。 紫苑「クロエの部屋だ…!クロエの部屋にいよう!」 イザベルが自分の部屋に逃げ込もうとしたその直前、紫苑が立ち止まってそう言った。 イザベル「どうして!?」 紫苑「クロエの部屋には拳銃があるんだ…」 イザベル「どうして知ってるの…!?」 紫苑「この前見た…!さぁ早く!」 紫苑に言われるがまま、イザベルは紫苑の手を引いたままクロエの部屋に入り、ドアを閉めてベッドを移動させバリケードを作った。 ハァハァと二人が息を荒らしていると、どんどん。と、あの大女が階段を上がってくる音が聞こえる。 紫苑「はぁ…はぁ…どうしよう…!?」 イザベル「…静かに…!」 二人は息を殺して部屋に身を潜めた。だが、大女はしばらく二階を歩き回ったのちに、閉ざされているクロエの部屋のドアを開けようとし始めた。 凄まじい力により、ドアノブはゴキンッと聞いたことのない音を立てて破壊され、次にドアがすごい音を立てて蹴り付けられ始めた。 ドアが破壊されるのも時間の問題だった。 その時、紫苑が咄嗟に立ち上がり、クロエの机の引き出しを乱暴に開けたり、バッグを開けて何かを探し始める。 紫苑「拳銃…拳銃があるはずなんだ…!」 「あれだよほら…黒い…グロック19っていう…」 「イザベルも手伝って!黒くてコンパクトな拳銃だよ…!」 ドアを蹴りつける恐ろしい音を耳にし、動けなくなっていたイザベルが勇気を出して立ち上がったその時、耳を突くような音と共にドアを突き破って大女の脚が部屋に突っ込まれてきた。 その頃、キーウッドの街は文字通り地獄と化していた。 街中を大勢の人々が逃げ惑い、車に乗り込んで急いで街を出ようとする者が逃げる他の者を轢いてしまったり、また、その車の主も謎のトラックに囲まれてしまったり、道端ではさっきまで生きていた人間が大女によって惨殺されたり…はたまたどこかへ連れて行かれたり…。 この街では今、数秒ごとに生命が絶たれている。 ダイナーで食事をしていたネロと友人のシグレは、カウンターの裏に身を隠していた。既にダイナーは血の海と化しており、何人かの若者が大女に連れ去られたり、なぜかその場で馬乗りになってくすぐりまくられていたり…と混沌とした現場となっていた。 さっきまで美味しい料理の匂いとかドリンクの甘ったるい匂いが充満していたのに、今じゃこのダイナーは血や謎の薬品の臭いでいっぱいだ。 ネロ「一体…何が…」 シグレ「ついにこの時が来たんだ…」 ネロ「どういうこと…」 シグレ「あの大女の言ってること聞いてない?…アップデートがどうとかって言ってた。」 「これは…コマンド社が起こしてる。」 ネロ「でも人を殺してる…さすがにそんなこと…」 シグレ「私にもよくわからない。でも、そうとしか思えない。」 二人が息を潜めて会話していると、ジャリっとガラスを踏む音が聞こえ、二人は咄嗟に黙る。 ジャリ…ジャリ…。割れて散ったガラス片を踏み締めるその足音は徐々に二人の方へ近づいてくる。 「対象者を発見」 大女がカウンターを覗き込み、冷たい声でそう言った。ネロは震え上がり、シグレも同様に怯えていたが、彼女は咄嗟にカウンター奥に置いてあった調理用の包丁を掴んだ。 シグレ「こっちに来たら…ブッ刺すよ…」 シグレは声を震わせながらそう言って大女に包丁を向ける。だが、大女は刃物に怯える様子もなく、それどころかカウンターを乗り越えてずんずんと二人の方へ近づいてくる。 ネロ「これ…刺していいの…!?」 シグレ「そんなこと言ってる場合!?」 「正当防衛でしょ…!」 シグレが攻撃をしないでいると、大女がシグレに掴みかかった。刺す勇気の出なかったシグレは包丁を落とし、そのまま大女にキスをされてしまう。 「8…第1段階ギフトβ投与の必要性あり」 緑色の唇をねっとりと離し、女は言う。 そしてその大きな手でシグレの頭をしっかり捕まえた。だが、シグレはぐったりしている。 その時、ネロの頭をある最悪の未来が駆け巡った。 …シグレが殺される…そう思ったのだ。 咄嗟にネロはカウンターに置いてあったワインボトルを握りしめ、大女の頭を殴りつけた。 ボトルは粉々に砕け散り、ビシャッとワインが飛び散る。大女はわずかによろめくがシグレを離そうとしない。 ネロ「はぁ…はぁ…!」 ワインまみれになったネロの両手は震えており、もう何をすることもできない。 大女がシグレの体から手を離し、別の箇所を掴み直そうとしたその一瞬にシグレはしゃがみ込み包丁を拾い上げ、握りしめた。 そしてシグレは声を上げながら大女の腹部を包丁で突き刺した。 人体に刃物が突き刺さり、ズプッと肉を抉りながら埋もれていく様を初めて見たネロは息をするのも忘れて腰が抜けそうになり壁に倒れかかる。 ジワ…と青い液体が大女の白い服に染み渡っていき、口からも青い液体が流れ落ちる。 シグレ「走って…!ネロ…!!」 「追いつくから!!」 シグレが叫ぶがネロは動けなかった。 目の前で人が刺されたというショックで気が動転していたし、何よりもシグレを置いていくわけにはいかないし、どうすれば良いか分からなかった。 シグレ「早く!走れっ!!」 シグレに怒鳴られ、ネロはハッと我に帰ったようにカウンターを飛び越えて砕け散ったガラスを踏んでダイナーの外に飛び出した。 カウンターの奥では、腹部を刺された大女が口をパクパクさせながらもまだシグレに手を伸ばし彼女をとらえようとしていた。 シグレはたった今、人を刺したという事実が受け止め切れず、呆然としている。 人を刺した。お腹を刺した。思い切り刺した。 なのに、生きている。動いている。 その意味不明な現実にシグレの頭がめちゃくちゃになる。そして彼女はこう思い込むことにした…この大女は人間じゃない…と。 シグレは力なくよろめいている大女の首を掴み、押し倒し、腹部に刺さっている包丁を思い切り引き抜き、一思いにと側頭部に突き刺した。包丁の刃が大女の側頭部に埋まった時、大女はその目をカッと開いたまま動かなくなった。 大女を刺し殺したシグレの顔や体には青い返り血が飛び散っていた。 しばらく放心状態となったのち、シグレはゆっくりと顔を上げてカウンターから外を覗く。 すると、外では逃げたはずのネロが複数の女に取り囲まれていた。 ネロ「はぁ…はぁ…はぁ…」 「お願い…逃して…家に行かせて…」 懇願しながらネロは自分を取り囲む女たちの着ている白い防護服のようなものに着いている見覚えのあるロゴを見た。それは、コマンドコーポレーション…コマンド社のロゴだった。 「貴女…既にチェックは受けていますね。大人しくトレーラーへ同行願います。」 女のうちの一人が丁寧な口調で言う。 ネロ「そんなの嫌…意味がわからないし…」 「とにかく家に帰らせて…!」 「それはできません。それに大丈夫…皆様が適応者ならまた…未来の地で会うことができますから。」 ネロ「何言ってるのか分からない…!!早くそこをどいてよ…」 震える声で必死にそう訴えるネロだが、職員たちは去るどころかジリジリと距離を詰めてくる。 「その子の言う通りだよ。今説明したってなんのことか分かる訳がない。説明なんて後回しだ。」 冷たくもよく通る女の声が響き、黒い服を身に纏った長身の女が白衣を着た女たちを連れて現れた。彼女が現れたのと同時に、ネロを囲んでいた女性たちが慌て始めた。 「貴女は…"処理者"…」 「それ…禁句だよ。ほら、さっさとその子をこっちに渡せ。」 「ドクター…お言葉ですがそれは…。この人は我々が見つけました。責任を持ってトレーラーに…」 「口答えするな。」 「いえしかしこれは決まりで…彼女はDr.潮子のところへ…」 「いいから立ち去れ。」 「あなた方のやり方は本部からも注意を受けているほど乱暴ですから…」 「これ以上喋るなら力づくで奪うぞ?」 黒服女が低い声でそう脅すと、先にネロを囲んでいた女たちは渋々その場を離れていき、それと同時に新たに現れた女たちが乱暴にネロの手足を掴んでどこかへ連れて行こうとした。 ネロ「待って…!!離してっ…!!嫌っ…!!」 ネロは暴れて抵抗するが、複数の女に寄ってたかって押さえつけられてはどうにもならない。 助けを求めてシグレのいるダイナーの方を見ると、カウンターから顔を出しているシグレと目があった。だが、シグレはすぐに顔を引っ込めてしまう。 その瞬間、ネロは助かる可能性が0になったのを感じた。力が抜けて、そのままズルズルとトラックの方へ連れていかれる。 クレミィは急いで車を自宅前に停め、鍵も抜かずに飛び降り、家に入る。リビングの窓は割れ、エアコンはつけっぱなし…明らかに異常な状態だった。 クレミィ「イザベル!紫苑!ネロ!クロエ!」 「いるのかー!」 外に漏れ聞こえない程度のボリュームで名前を呼ぶが返事はない。ゆっくりと階段を上がり、クロエの部屋の前まで来て愕然とした。ドアが破壊されていたのだ。 クレミィが急いで部屋に入ると、その部屋には倒れて動かない大女とそれから震えているイザベルと紫苑の姿があった。 イザベルはクレミィの姿を見るなり、わっと泣き出した。 イザベル「どうしよう…私…」 「…人を殺しちゃった…」 イザベルは床に落ちている黒い拳銃を見て、涙ながらにそう言った。 クレミィは泣き震えるイザベルをそっと抱きしめた。