あの夏の悶絶は思い出の中に(1日目#1)
Added 2023-08-12 14:16:09 +0000 UTC私には好きな言葉がある。 それは、どんなに悲しいお別れも乗り越えることができる不思議な言葉。 もう二度と会えないって、なんとなくそう分かっていても、その言葉を聞くだけでなんだかホッとする。どんなに離れていても、また会える気がする。 「また明日」 彼はよく、私にその魔法の言葉をかけてくれた。 それは小学生当時、家に帰るのが憂鬱だった私にとって、とってもとっても心強い言葉だった。 ある時、私は彼に尋ねた。 どこでその言葉を教えてもらったの? すると、彼はどこか恥ずかしそうに、小学五年の夏休みに経験した、こんな話を私に聞かせてくれた。 1. 思い出の音 ガレージに停めてある車の真横に自転車を停め、「矢内」と刻まれた表札の真横にある白い門をキシキシ軋ませながら開き、そのままガシャンッと乱暴に門を閉める。 汗だくになった首もとをタオルで拭き、近くの木々で鳴いている油蝉の鳴き声をやかましく感じ、さっさと玄関に鍵をさそうとすると、ふと、玄関を入ってすぐ左手の、ちょうどハクの自室の窓の真下にある花壇に植えてあるヒマワリが満開になっているのに気づいた。 あぁ、そうか。もうこんな季節か。 毎年、このヒマワリが咲いているのを見て、今が夏なのだと、思い出す。 今年も、大会間近の部活動に熱中し過ぎていて、夏が来ていたことを実感するのを忘れていた。 矢内ハクにとって、このヒマワリは、夏に欠かせないものだった。 灼熱の太陽に向かって咲き誇るこのヒマワリを見れば、遠い遠い思い出が甦る。あの夏、あの島の、あの町で過ごした忘れられない思い出。 ◯ シャワーを浴びて昼飯を済ませたハクは、家に帰ってすぐ冷房をガンガンに効かせておいた自室に入り、ベッドに転がり込んだ。 キンキンに冷えた掛け布団が、火照ったハクの身体を優しく包み込み、ハクは目を閉じ、眠りに落ちていく。 忙しく動く冷房とその室外機の音のずっとずっと向こうから、アブラゼミの大合唱が聞こえてくる。草履でコンクリートの地面を擦る音、打ち寄せる波の音、自分の名前を呼ぶ声。 懐かしい音と声が、今にも深い眠りに落ちてしまいそうなハクの耳に確かに届いた。 心地よい眠りにつきながら、ハクの脳裏に、小学生の頃の懐かしい夏の思い出が甦った。 あの夏の出来事の話は、あまり周りの友人たちにはして来なかった。 秘密にしているわけでもないが、あの夏の出来事はハクにとって宝物のようなもので、自分から進んでそれを自慢するような事はしなかった。 だが、ただ一人、小学生の頃にいたとある友人にだけそれを話した。 あの時も、あの夏の出来事を懐かしみながら話していたが、今となっては、それを話していたことさえ懐かしい。 あれは今から八年も前。ハクがまだ五年だった頃の話。 あの年の夏休み、ハクは美涼諸島にある小さな離島の波都(なみと)の町に二週間の間、預けられていた。 そこで過ごした二週間は、これまでの人生の中で過ごしたどんな二週間よりも長く、それでいて儚い、濃密な期間だった。 ハクはその町で、かけがえの無い友人たちや、様々な大人たちと出会い、彼ら彼女らの人生の 重要な1ページを共に過ごした。 そして、一生忘れられない夏を経験をしたのだった。