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あの夏の悶絶は思い出の中に(2日目#2)

2. しずかとユウ お昼ご飯の冷麦を食べ終わった時、ハクの体に ドッと疲れが押し寄せた。このあとは何をして遊ぼうかと考えを巡らせていた頭も、うまく回らない。 ユウも疲れたのか、お昼を食べ終えると二階の和室で身体を大の字に広げて昼寝していた。起こすのも悪いと思ったハクは、一人で出かけることにした。 川の岩場には誰もいなかった。みんながいたときは、すごく賑やかだったのに、今はまるで別の場所のように静かだ。念のため、木の上を見上げたが、しずかの姿もない。 木の下には、ヒカリが枝を使って描いた落書きの跡が残っていた。 シンに勝つために川泳ぎの練習でもしようか、と思ったが、身体が疲れていて川に足を入れる気にもなれなかった。 仕方なく、ハクは林道へ戻って秘密基地へ向かった。やはりここは、他の場所よりも涼しく、ほてっていた身体がひんやり冷やされて心地よかった。 がらんとした秘密基地で、未悠がハンモックで寝ていた。 ハクが床を踏んでぎしっと音を立てると、未悠は目を覚ましてちらりとハクの方を見た。 ハク「あ、悪い」 未悠「いいんだよ。そろそろ起きようと思ってたから」 未悠は眠そうに伸びをして、上体を起こした。 ハク「さっき、凄かったな。男子相手に泳ぎで勝つなんてさ」 ハクは、おそらくシンが用意してくれたのであろうハク用の小さな椅子に腰掛けた。椅子はちょうど、秘密基地が建っている立派な木の幹の側にあるため、幹が背もたれがわりになって座り心地が良かった。 未悠「まぁね。走ったり、泳いだりは自信あるよ」 「スポーツはやってるから」 ハク「へぇ。走るのも?」 「スポーツってなにやってんの?」 未悠「サッカーだよ。と言っても、今みたいに学校が無い間はお休みしてるんだけどね。大会がある冬は、学校休みでも行くんだけど。あと…空手もちょこっとやってる」 ハク「それだけやったら、泳ぎが速いのも納得だな」 ハクはうんうんと頷いた。 未悠「ハクは何かやってるの?そっちも速かったじゃん」 未悠は身体をハクの方に向けて、両脚をハンモックからぷらぷら垂らした。 ハク「いや、俺はスポーツ習ったりはしてないよ。ただ、走るのは好きだしよく競走してる」 「泳ぐのは…夏休みにプール行った時くらい」 未悠「それであの速さなら、シンが焦るのも無理ないね」 「シンと接戦だったでしょ?シン、悔しそうだったよ」 未悠はそう言ってふふっと笑った。 シンが悔しそうにしていたのが、ハクの思い違いではなく、本当だということが分かって、ハクはなんだかシンに負けた気がしなかった。 ハク「いつか追い抜くつもりだ」 ハクは自信満々にそう言った。 未悠「期待してるよ」 未悠は微笑んだ。 ハク「そういえばさ、ユウって負けず嫌いなんだな」 ハクは水泳大会の時、しずかに負けたユウのことを思い出した。 未悠「あぁ、ユウはね、うん。負けず嫌いだよ。シンもダイチも同じだけど、ユウは悔しくて拗ねちゃうから大変な時は大変なんだ。この前なんて拗ねてちょっと行方不明になったからね。みんなで探して見つけたけど…」 ハク「それは大変だな。まぁでも、気持ちはよく分かるよ。俺も、負けず嫌いだし」 未悠「だろうね」 ハク「え?そう見える?」 負けず嫌いの自分を隠しているつもりだったハクは、見透かされていたことに驚いた。 未悠「バレバレだよ。ほんと、ここの男たちってみんなそうだから。まぁ、私もそうだけど!」 ハク「なんだそれ…」 「次やる時は、俺はシンに勝つし、ユウもしずかに勝てれば良いな」 未悠「だね。今度こそしずかに勝たないとまたユウはどこかに消えちゃうかも」 ハク「どういうことだ?」 未悠「ユウは特にしずかに負けるのが凄く悔しいんだよ」 未悠はそう言ってハンモックからピョンと飛び降り、ポケットから取り出したチューイングキャンディをハクに投げた。ハクはそれを受け取り、お礼を言って口に放り込んだ。グレープ味だった。 未悠「ユウはいっつも、しずかに逆らえないでしょ?」 ハク「そりゃああの調子だとな…」 未悠「単に、こちょこちょで脅されてるからってわけじゃなくてね、うーん…なんて言うのかな、きっとユウはしずかを見返したいんだよ」 ハク「見返したい?」 ハクは口をもぐもぐさせて尋ねた。 未悠「しずかは、ユウを守ってるんだ」 「しずかがユウにキツく当たってるように見えるかもしれないけど、ああ見えてユウのこと一番心配してるのはしずかだからね」 「学校でもね、気の弱いユウに悪さする奴らって何人かいるんだ。もちろん、周りにシンとダイチがいない時にそいつらはユウに嫌がらせしてくるんだけど…」 「そう言う時にしずかが真っ先にユウを助けてる。この前は、しずかがその男のいじめっ子を泣かしちゃったからね」 ハク「男を泣かしたのか!?あいつやるなあ…」 びっくりしたが正直、しずかが男を泣かしている場面はそこまで想像ができなくもなかった。 未悠「そう。まぁとにかく、ユウはしずかに守られてばっかりだから、ユウは"しずかは自分が弱いと思ってる"って、ユウはきっとそう思ってるんじゃないかな」 ハク「これ以上弱いと思われたくないから負けられないってことか…」 未悠「まぁ、これは私の予想ね。と言っても…レイナ姉(ねえ)とかが言ってたのを聞いたのがほとんどなんだけど」 未悠は言って、チューイングキャンディを口に入れた。 未悠「そうだ。ハクさあ。釣りとか興味ある?」 ハク「釣り?あぁうん。やったことないけど」 未悠「なら、今度一緒にやろうよ。色々教えるから。釣竿も私の貸したげる」 ハク「お、おぅ。さんきゅー…」 未悠「あぁ、それから。これあげる」 未悠は座卓の上のごちゃごちゃをどかして、埋もれていた画用紙を一枚、ハクに手渡した。 画用紙に色鉛筆やらで綺麗に描かれていたのは、地図らしきものだった。 未悠「この島の地図だよ。もともと、宝探し遊びするために私が描いてたんだけど、結局やらなかったからもういらないんだ。よかったら使ってよ」 ハク「へぇ…こんなに色んなところがあるのか…」 ハクは未悠の描いた地図に釘付けになっていた。 地図には波都の町だけでなく、隣り町のことや島の全ての山やら川やら湖やらも描かれており、ハクはまるで、見晴らしの良いところから島を一望しているような気分になった。 見ているだけで、わくわくした。 ハクに地図を渡した未悠はまだ産まれたばかりだという弟の世話をするために家に帰って行った。 秘密基地を出ると、あたりはもう夕焼け色に染まり始めていた。どうもあの秘密基地にいると時間の感覚が分からなくなる。あそこはずっと静かな昼間のままな気がした。 ハクは未悠から渡された地図を見ながら、どこへ行こうか考えた。夕飯までの時間はもうそんなにはないだろうし、隣り町に行くのはナシだ。 色々と考えた末、ハクは空野家から近い公園を行き先に選んだ。 林道を抜けて別れ道に出た。 地図によるとここは"フォーク道"と呼ばれているそうだ。きっと、三叉に分かれているからそう呼ばれているのだろう。 空野家から見てフォーク道の左側の別れ道は、大きな橋があってその向こうにしずかが住んでいる。そして右側の道はハクが通ってきた林道だ。秘密基地と川に行くために通る道になる。 問題は真ん中の道だ。地図には"開かずのやしき"と記されており、どうやら建物があるらしかった。 覗いてみようかと思ったが、夕暮れ時ということもあってなんだか怖くなったハクは大人しく公園へ向かった。 "ヒノトリ公園"は、空野家の木の門を潜り、二階の建物の裏をぐるりと回って港方面に進むと現れる。 空野家の周りとは違う舗装された道を歩くハク。この道は舗装されているせいか、すごく走りやすそうに感じた。 まっすぐに歩き続けると公園の入り口が見えた。入り口には確かに"ヒノトリ公園"と刻まれており、入り口の近くには木や茂みが公演を囲うように生い茂っている。 公園の入り口の右手には柵があり、その真下は港で、海から吹いてくる風がとても心地よかった。 広々とした公園にはいくつかの遊具が設置されている。まず入り口から見て左手の木陰の下に高さの違う鉄棒が三つ並んである。その真横にはブランコがあって、その正面には滑り台があった。 遊具は充実しているとはいえないが、その分広さがあるので走り回ることが出来る。 入り口の正面の奥には、金網の扉があった。扉は開けられたままになっていて、扉の奥には小さな橋が見える。 ハクは、港方面にある柵の前に設置されている大きな土管に背中をつけた。土管はまだ昼間の陽射しから受けた熱を籠もらせていて、少しだけ温かった。 全体重を土管に預けるように、ハクが力を抜いて土管にもたれかかった時だった。 どたどたと忙しない足音が公園の外から聞こえてきた。 足音の主は公園に飛び込んできた。 ヒカリだった。 ヒカリは砂を撒き散らしながら何かから逃げるように走っている。 「こらこら!どこへいくのだねヒカリ」 公園の外からふざけた台詞が聞こえてきた。聞き覚えのある声だった。 ニヤニヤと笑いながら公園に入ってきたのは、レイナ姉ちゃんだった。 ヒカリはレイナ姉ちゃんの方を振り向くと、公園の奥の金網扉に向かって走り出した。 レイナ「逃しはせんぞ!」 レイナ姉ちゃんは信じられないくらい速く走り、ヒカリを捕まえて金網ドアから引き剥がした。 ヒカリ「わっ!ちょっと!待って!」 レイナ「十分待ったでしょうが!」 レイナ姉ちゃんは捕まえたヒカリの首を掴んだ。 ヒカリが顔を引き攣らせて首をすくめて抵抗をやめた。 レイナ「私に勝負を挑んで負けたんだから…きっちりと罰は受けてもらうよ?」 レイナ姉ちゃんはニッコリ笑うと、もう片方の手でヒカリの腋の下にズクっと手を突っ込んだ。 その瞬間、ヒカリの身体から一気に力が奪い取られたように、ヒカリはふにゃっと地面に崩れ落ちた。


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