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あの夏の悶絶は思い出の中に(5日目#1)

1. 神秘の森 5日目の朝は盆の法要があった。 リビングそばの十二畳の和室にある仏壇の前で、空野家に混じってハクは法要に参加した。 法要が始まるまでは、いつもとは違う雰囲気にワクワクしていたが、いざ始まってみるとすぐに退屈さが込み上げてきた。 和尚のありがたそうなお経も、この当時のハクの耳にとどまることはなく、ハクの耳にはすぐ近くの波の音や、おそらく二階の縁側まえの木で鳴いている蝉の声ばかりが届いていた。 それを聞いていると、外が恋しくなってきた。 レイナ姉ちゃんでさえ目を閉じて集中しているというのに、ハクは退屈で仕方がなく、何度も時計を確認していた。 一時間ほどで法要は終わった。そのあと、少しだけ和尚はハクたちにありがたそうな話をした。 和尚はどうやら隣町から来ているらしく、隣町のことも話していた。 波都の町には寺はないらしい。あるのは神社のみで、そう言えば、この家近くの"古い墓地"とやらの先に神社がある、とユウが言っていたのをハクは思い出した。 和尚が帰ると、奈水とおじさんは一階和室の縁側の掃除を始めた。ここは普段から洗濯物を干す時以外に使わないため、雑草だらけになっていたのだ。 レイナ姉ちゃんは掃除を手伝わされるのが嫌だったのか、頼まれる前にさっさと姿を消した。 案の定、ハクとユウは手伝わされた。 掃除が終わった頃には時刻は11時30分を回っており、奈水は休む間もなくお昼ご飯の支度を始めた。 掃除を手伝ってくれたお礼として奈水は、冷蔵庫に冷えているジュースを一本選んで飲んで良いよ、と言ってくれた。ハクは迷わずサイダーを手に取った。ユウはなぜか烏龍茶を取った。 ハク「え。そんなのでいいの?」 ユウ「甘いのより、僕はこういうのが好きなんだ」 ユウはそう言って、烏龍茶を一口飲んですぐに蓋を閉めた。 あれだけ動いたのに喉が渇いていないのだろうか、とハクは疑問に思った。 ハク「おばちゃん凄いんだな、そんなに色んなこと出来てさ」 ハクはそう言って飲み終えたサイダーの瓶をゴミ箱に入れた。 奈水は朝からノンストップで動き続けている。 奈水「ハクくんの歳でその凄さが分かるなんて大したもんだね?」 奈水はまな板に置いたキュウリをサクサク切りながらニッコリ笑った。 奈水「そう。私はすごいんだよ。むかしやってたスポーツのおかげかな。体力だけはあるからさ」 ハク「なにやってたの?」 ハクは、カラカラと回っている換気扇の音に負けないように声をちょっとだけ張り上げた。 奈水「昔はねぇ、色々やってたよ。バスケにバレーに水泳に陸上とか」 ハク「へぇ。すげぇたくさんだな」 奈水「まぁね。あの時は大変だったけどこうして今その体力が役に立ってるってこと」 「でもね無理しちゃいけない。やっぱり、どこかで息抜きする時間はないと」 「私も、お昼寝はいっつもし過ぎなくらいしてるからね」 奈水は、薄く切ったキュウリをほとんど全部いっきに鷲掴みにして、ボウルの中の水にどさっと放り込んだ。 昼食を済まし、待ち侘びた外出の時間がやってきた。 川の岩場に行こうか、公園に行こうか、それとも地図を頼りに波都の町を探検しようか。ハクがそんなことを考えながら二階の玄関から外に出たのと同時に、それは確かに聞こえた。 ちょっとチープで間抜けな音が遠くの方から聞こえてきた。 おもちゃのラッパの音だ。 ──このラッパが鳴ったら全員集合の合図だ! ダイチがそう言っていたのを思い出した。 わざわざ呼び出すくらいなのだからきっと何かでっかい遊びをするに違いない。いや、ラッパが鳴ったのは、きっとみんなで"あの場所"に行くためだ。 ハクがまだ知らない場所、"奥の森"に行けるのだ。 ハクは興奮してぶるっと身震いした。 ユウを探したが見当たらなかったので、ハクは一人で秘密基地に向かうことにした。 門を抜け、フォーク道を曲がって林道へ進む。ハクが林道から秘密基地のある林へ入ろうとした時、ふと林道の奥に人影が見えた。 レイナ姉ちゃんとこころ姉ちゃんの後ろ姿だった。二人は川の岩場方面に向かって歩いていた。 秘密基地のハシゴを急いで上がると、基地にはハクとユウ以外の全員が揃っていた。かなり急いで来たつもりだったが、それでも出遅れてしまったようでハクはちょっと悔しかった。 みんな、自分の知らない抜け道でも使っているのだろうか、と思った。 しずかは特等席に座ったままハクを睨んで「遅い」と言った。 ハクは言い返そうと思ったが、そうすると酷い目に遭わされそうなのでよしておいた。それに、それより気になることがあった。 ハク「あれ?ユウは?」 ユウがいない。家にもいなかったのに、ここにもいないのだ。 シン「なんだ一緒じゃなかったのか?」 空のサイダー瓶片手にシンが不思議そうに眉を上げた。 ハク「探したけどいなかったからもう向かってるのかと思ってた」 ハクはもう一度、キョロキョロ辺りを見渡した。当然だがやはりどこにもいない。 未悠「もう一回鳴らす?」 ハンモックに揺られていた未悠が座卓の上に置かれたおもちゃのラッパに目を向けた。 ダイチ「この音が聞こえてないはずないぜ?」 ダイチが言った時だった。 ドタバタと音を立ててユウがハシゴを登って現れた。 ユウは息を切らしていた。膝や手は泥だらけだ。 しずか「おっそい。あんた何してたの?」 しずかは顔を顰めてユウの泥汚れを睨みつけた。 ユウ「ちょっとね」 ユウがそっけなく答えると、しずかはまた顔を顰めて何か不審に思うように目を細めた。 イチコ「ケガしたの?」 イチコちゃんが心配そうにユウの膝を覗いた。泥汚れの向こうには、かすかに赤い傷が見えた。 ユウ「まぁね。でも、へっちゃらさ」 ユウはしずかに聞かれた時よりも明るい声で答えると、自分の席に座った。 シン「よし。いいか?」 シンがわざとらしく咳払いをした。 シン「えー…今日集まってもらったのは──」 しずか「そういうのいいから。"奥の森"に行くんでしょ?」 しずかに言葉を遮られたシンは心底悲しそうな顔をして「まぁそうだけど」と言ってもう一度咳払いをした。それを見たヒカリは笑っていた。 シン「しずかに言われちまったけど、いよいよ"奥の森"に踏み込もうと思う」 シンはしずかのツッコミにも怯まず、声を低くして映画の登場人物みたいに言った。 ダイチ「まあ毎年行ってるけどな」 ダイチが冷めたツッコミを飛ばしてきた。 シン「今年初ってのが大事なんだよ」 ヒカリ「本当に渡れるようになったの?」 シン「ああ!俺とダイチと、それから…大人たちの力を借りたんだ」 ヒカリ「橋が出来たってことは、シンもダイチも奥の森に入ったんじゃないの〜?」 ヒカリが意地悪な笑みを浮かべ、目を細めてシンとダイチをジロジロ見た。 シン「バカ言うなよ。毎年一発目はみんなで入るって決めてんだからまだ入ってないぜ」 ダイチ「お前、俺が止めなかったら昨日入りかけてたろ」 ヒカリ「やっぱり〜」 ヒカリは楽しそうにシンを指さした。 シン「ちょ、ちょっと様子を見ようと思っただけさ」 「そんなことはいいんだよ!とにかく、これからみんなで今年初の"奥の森"に行くぞ!」 「ハク。気を引き締めろよ!あそこは…すっごく楽しいからな!」 ハク「えっ。あぁ、うん」 突然自分の方にボールが飛んできたハクはふにゃふにゃした返事をした。ハクの頭の中は、謎に包まれた奥の森への好奇心でいっぱいだったのだ。 ハクたちは秘密基地を出て、奥の森へ入ることができるあの流された橋のある場所へ向かった。 まるですごく重大な任務に向かうかのような気持ちだった。 でも実際、奥の森に入るのはそれくらい大事なことだった。当時のハクたちにとっては。 ハク「うわぁ…すげぇな」 しずか「なるほど、そう言うことね」 ヒカリ「すっごいけどこれ…大丈夫なの?」 橋の前にやってきたハクたちはその新たな橋に驚いた。 なんせ、シンとダイチが作ったというその新しい橋というのは橋というよりもうほとんどただの大きな丸太だったからだ。太く逞しい丸太が橋のように架かっている。ただそれだけだった。 シン「どうだ?すげぇだろ?」 シンは呆然としているハクの肩に手を置いた。 確かにこれは凄いが、おそらくシンが思っている凄さと、ハクの思っている凄さとは少し方向性が違った。 これは、発想がぶっ飛んでいるという意味で"凄い"のだ。 丸太の向こうの陸地には森の入り口が広がっている。その奥は、ここからではよく見えないほどつっすら暗い。 ダイチ「一応、しっかり固定してあるから安心していいぜ。まぁ仮に落ちても泳げばいいだろ」 ダイチはそう言ったが、この丸太の橋の下の海はかなり深い。 未悠「うん。確かに。けっこうしっかりしてる」 未悠は丸太の橋をガンガンと踏みつけた。橋は意外にもびくともしなかった。 シン「それじゃ、いくか」 シンはそう言うなり、みんなの返事を待たないままぴょんと飛び乗った。よほど奥の森に行きたいらしい。 次に橋に乗ったのは未悠だった。未悠も奥の森が楽しみなのか口角を上げてニヤけていた。 ハクはダイチのあとに続いて乗った。頑丈だと思ってはいたが、いざ乗ってみると、船の上に乗ったみたいにぐらりと身体が揺れてバランスを崩しかけた。 「大丈夫?」 ハクの後ろにいたしずかがハクの手首を掴んでくれた。 ハク「おう。サンキュー」 ハクが振り向いて礼を言うと、しずかはなぜか恥ずかしそうに笑って頷いた。ハクは珍しいものを見たような気がした。 丸太の橋は頑丈。とは言えど、決して歩きやすくはないため、バランスをとりながら進まないといけない。 走ってさっさと駆け抜ければこの橋を渡ることに何の問題もないのだが、シンがやけにもったいぶってみんなでゆっくり渡りたがるせいで歩きづらかった。 奥の森が気になるが、足元を見ないと転んでしまいそうなのでハクの視線は下ばかり向いていた。 一体、いま自分が橋のどの辺りにいるのかも分からない。 「よし!」 先頭のシンが、ぴょーんとジャンプして雑草の生い茂る奥の森の入り口に着地した。続いて未悠がぴょんと飛び降りた。それからダイチが、そしてハクも飛び降りた。 奥の森に降り立つと、森の奥からふわっと湿った土のような匂いが香った。 イチコ「なんかすごく懐かしい」 イチコちゃんは森の入り口をぐるりと見渡してニコニコしていた。 ハクはのびのびの雑草にふくらはぎあたりを撫でられながら、奥の森の入り口とは逆の方向を見ていた。 ハク「あっちも道があるけど?」 シン「ん?あぁ。この海沿いをずーっと港の方に下っていくと、"ベンケイ山"の入り口があるんだ」 ハク「あぁ昨日言ってたオバケが出る山か」 「それって…」 ハクがベンケイ山についてもっと聞こうとすると、ふと背後からただならぬ殺気を感じた。しずかだった。 しずかは無言のまま人差し指を口に当てて恐ろしいほどの眼力でハクとシンを睨んでいた。 シン「ま、まぁあれだ。この先ずっといくと…俺ん家とかイチコの家のある港が見えるんだよ。でも、ベンケイ山と俺たちの家のある場所の間に深い森があるからこうやって橋渡って周りこまないと奥の森にはこれないってわけだ」 しずかからの殺気を感じたシンは、オバケの話をしなかった。それでもちらちらとしずかの様子を伺っていた。 ダイチ「おーい。早く入ろうぜ」 奥の森の入り口の前からダイチがハクとシンを呼んだ。 シン「よし。いくか」 シンはダイチに先を越されたくないのか、急いで入り口に走った。ハクも続いた。 入り口の奥からひんやりとした空気が流れていた。蝉の鳴き声に混じって、どこか涼やかな音も聞こえてくる気がした。 ハクは吸い込まれるように奥の森の中へ足を踏み入れた。 森に入ると、そこが外と比べて明らかに気温が低いのが分かった。あまりに涼しいのでハクの肌はぶるっと震えた。 シン「見ろよ、あれ!」 シンが指差したのは、大きなクヌギの木だった。木にはたくさんのカブトムシやコガネムシが群がっていた。 ハクは甲虫たちの群がるクヌギの木に目を奪われ、気づくとその木の近くまで近づいていた。 樹液の甘い香りと、土っぽい匂いがした。 ダイチ「お!でっけぇアゲハチョウだ」 真っ黄色と真っ黒の美しい模様をした大きなアゲハチョウがひらひらとハクたちの前を横切っていく。 色々なところに目移りする。 自然に溢れた波都の町の周りより、さらに深い自然に覆われたこの奥の森にハクは早くも心を奪われていた。 ひたすらに続くうねうねとした一本道を進むと、分かれ道が現れた。 ヒカリ「そっちに行くと、新しいお墓があったり、そのずっと奥に"星見(ほしみ)の丘"っていう星が綺麗に見える丘があるんだ」 ヒカリが向かって右側の道を指差したまま答えた。 ヒカリ「あ、でも途中で分かれ道があって、間違えちゃうと沼にハマっちゃうから気をつけてね」 「まぁ、滅多に行くことはないと思うけどね」 新しい墓地やら星が綺麗に見える丘やら、沼やらなんやらとそれらの言葉にハクの好奇心はそそられていた。 波都の町はハクが思っていたよりもずっとずっと大きか広いのだと分かった。先日、超鬼ごっこで波都の町を走り尽くした気でいたが、それはとんだ勘違いだとハクは思った。 何度も珍しい虫に目を奪われたり、林の向こうに獣か何かの気配を感じてみんなで観察したりしながら、なんとか一本道の一番奥にたどり着いた。 道の向こうから、水の流れ落ちる涼しげな音がする。 また気温がぐんと下がった気がした。 道を抜けると、ずっと遠くから聞こえていた涼しげな音の正体がようやく明らかになった。 眩しいくらいに輝いているはずの陽の光が、周囲の木々によって遮られたうっすらと薄暗いその場所には、"湖"が広がっていた。 岩壁のはるか上から滝が流れ落ちている。 涼しげな音の正体はこの滝音だったのだ。 シン「ここが"奥の滝"だ!」 シンは、ここがまるで自分の物であるかのように自慢げな顔をして見せた。 奥の滝の透明度の高さは登美の川以上で、岸辺の岩や湖の中の剥き出しの岩までくっきり鮮明に見える。 岩々にはびっしりと苔がむしており、それがなんだか不気味にも思えた。 奥の森の湖こと奥の滝の広さは、一軒家が四軒ほどすっぽり入ってしまうくらいの広さで、湖としてはそう巨大ではなかったが少年たちにとってはかなり大きい湖であることに間違いはなかった。 ダイチ「ちなみにここって海に繋がってんだよ。潜ってみると分かるけど、穴がぽっかり空いててそこから繋がってるみたいだ。だから湖みたいだけど本当は"川"なんだ。いわゆる"淵"ってやつだな」 ハクは、川の水がたくさん溜まっているこういった湖みたいな深みのことを"淵"と呼ぶことを初めて知った。 シン「よし!そんじゃあ泳ごうぜ!」 シンは白いTシャツを脱ぎ捨て、奥の滝に飛び込んだ。 シン「うひょー!つめてぇ!」 ダイチ「お前なぁ準備体操しろよ。ここ結構深いんだからな」 ダイチがぶつくさ言いながら岩に脚を乗せてストレッチをしていた。 ハクもそれを見習ってストレッチをしてから奥の滝に足をつけた。 つま先にひんやり冷たい感触が走る。夏だと言うのに、ここに水は冷たすぎた。透き通った水面を覗き込めば、遥か下の川底が見える。川底はとてもとても下にあるように思えた。 ハクはまるで高所から落下するような気持ちで意を決して全身を奥の滝の中に沈めた。 嫌な冷たさが全身を包み込んだ。 ハクがその冷たさに体を馴染ませようとしていると、隣にダイチが飛び込んできてその水飛沫と波によってハクは余計に冷たさを感じる羽目になった。 未悠「ハク。ここで泳ぐ時は中央は泳がないようにね」 入念なストレッチを終えた未悠がふわふわと泳ぎながらハクに近づいてきた。 ハク「え?なんで?」 未悠「ちょっと見てみな」 未悠は奥の滝の中央部分を指さしてみせた。 川の透明度の高さから、他の部分は川底が見えるのに、中央部分だけなぜかよく見えなかった。 未悠「ここの中央ってすっごい深いんだよ。だから、気をつけてってこと」 ハク「この底には何があるんだ?」 未悠「…たぶん、このずっと下に海と繋がっている穴があるんだよ」 「危ないから絶対に近づいちゃダメだよ」 未悠はまるでお姉さんみたいな口調でそう言って、ハクが頷くまでじっとハクの目を見ていた。 やがて、しずかとヒカリとイチコちゃんも奥の滝に入ってきた。だがユウの姿が見当たらない。 ハク「あれ?ユウは?」 しずか「なんかやることあるからってどっか行っちゃったよ」 しずかがそっけなく答えた。 イチコ「ハクくん。どっちが早く滝のあるところまで行けるか勝負しますか?」 イチコちゃんが泳ぎながら言った。 ハク「え?まじ?」 ハクは遠くにある滝壺を見た。 そう遠くはないが、レースをするつもりではなかったのでいまいち気持ちを引き締められなかった。 イチコ「あ、やっぱりやめておきましょう。ここは危ないですから」 イチコちゃんは自分で提案しておいてすぐにその提案を撤回した。彼女の判断は賢明だと思ったのでハクも言い返さなかった。 イチコ「勝負は、予定通りのものだけにした方が良さそうですからね」 ハク「だな」 ハクはそう言ってまた滝の方へ目を向けた。滝の近くではシンとダイチが遊んでいる。 そしてその手前、この奥の滝の中央に未悠が浮かんでいた。未悠は、真剣な顔で遠い川底を見つめている。 危ないよ。と注意していた張本人がその危ない場所に浮いているのが気になった。 ハク「未悠…?」 ハクが名前を呼ぶと、未悠は我に帰ったようにハッとしてハクの方に泳いできた。 未悠「ごめん。なんでもないよ」 未悠はそれだけ答えると、また泳ぎ始めた。 ハクはなんだかこの奥の滝でシンのようにはしゃぐ気にはなれなかった。 結局、ハクははしゃぎ切れないまま、みんなと一緒に奥の森から引き上げた。 「ベンケイ山が気になるんなら、また今度私が案内してあげよっか?」 帰りに丸太橋の上を渡っていると、後ろにいた未悠が耳元でそう囁いた。 ハク「ほんとか?」 未悠「うん。ほんと」 「あの山の上には色々あるんだよ。すごく大きい池とかね。ちょっと怖いかもだけど…釣りもしようって言ってたし。また今度ね」 未悠はまるで弟にでも言い聞かせるような優しい口調でそう言った。 ハクはそんな包容力に溢れた優しすぎる言葉にお礼を言うのが恥ずかしくて、うん、と小さく頷いた。 丸太橋を渡り終えると、ホッとした。張り詰めていたものが腹の中から抜けていくのを感じた。 ハクはくるりと振り返って奥の森の入り口を見た。 奥の森は魅力的な場所だ。だが、あの奥の滝はやなり不気味だ。 だが、必ずまた行かねばならない時が来るような気がした。


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