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あの夏の悶絶は思い出の中に(7日目#2)

2. 大人のくすぐりは… (F/M) 潜水調査を終えた後、未悠は用事があるからと言ってどこかへ行ってしまった。ハクが理由を聞いても教えてくれなかった。 未悠が向かったのは、あのベンケイ山の方だった。あとを追ってみようかとも考えたがもうすっかりへとへとになってしまっていたので断念した。 淵のそばで沙月と二人きりになったハクはしばらく岩に座り込んでぼーっと滝を見つめていた。 ハクの後ろにいる沙月も何も言わず、パーカーのポケットに手を突っ込んで身体をゆーらゆーらと揺らしている。 ハクは振り向いて沙月を見た。 沙月はその綺麗な目でハクを見て、すぐに視線を地面に落とした。沙月の落ち着かない様子を見たハクは、なんだか自分を見ているようでちょっと恥ずかしくなった。 ハクは再び滝の方へ目を向けた。もし、沙月が自分と似た正確なら、じっと見つめられるのは嫌だろうからだ。 淵での用事も終わったし、あとは帰るだけだ。 だが、なんとなくこの沙月を一人にするのは気が引けた。 余計なお世話なのは分かっていたが、それでもこのいつも退屈そうにしている沙月を一人のままにしておくのは、なんとなく引っかかったのだ。 ハク「なぁ」 ハクは滝の音に負けないくらい声を上げた。 背後の沙月が顔を上げて自分を見ているのが分かった。 ハク「明日でもいいからさ、お前も一緒に遊ぼうぜ」 「みんなで」 照れ臭さを押し殺してハクはそう言った。 沙月のそぶりや口ぶりはなんとなく自分と似ている。 ハクは仲間が欲しくたって自分から寄ってはいかない。もし沙月もそうだったらきっと寂しい思いをしているはずだ。ハクは勝手にそう思ったのだ。 なら、シンたちがそうしてくれたように自分も沙月を招きいれてやろう、そうも思った。 沙月は黙ったまま、フッと鼻で笑って「優しいんだ。君」と言った。 ハク「ま、まぁな」 「それと…俺は…"君"じゃなくて"ハク"だ」 「出来ればハクって呼んでくれ」 歳上でもない女子に名前で呼ばれないのはどうも調子が狂うのでハクは沙月にそう言った。 沙月「わかった」 沙月はうんうんと小刻みに頷いた。 ハク「そんじゃあそうだな…登美の川ってわかるか?それかヒノトリ公園でもいいんだけど、明日そこで集合しようぜ」 沙月「うーん。私、そこの行き方、わかんないかも」 ハク「あ、そうか」 「なら…ここでいいか」 ハクは、奥の森に住んでいるわけでもないであろうこの沙月が、ここに来るまでに通りそうな川や公園さえも知らないのが少し引っかかった。 ハク「そん時はさ、落とし物とかそういうの一旦忘れようぜ」 「余計なこと考えるのは無しってことで」 ハクはそう言ったが、本心を言えば、自分が苦労して見つけたあの大物らしき落とし物をなんとしてでも自分の手で引き上げたかっただけだった。 余計な負けず嫌いがここに来ても発動していたのだ。 沙月「あの箱の中──」 沙月が地面を見つめたままぼそりと呟くように言った。 ハク「えっ?」 沙月「あの箱の中身、知りたい?」 沙月は細い首を捻るようにしてハクを見た。 沙月の大きな黒目が吸い込むようにハクの目を捉えていた。 ハクはその目に釘付けになっていた。 ハク「いやそれは──」 ──それは。それはなんだか聞いてはいけないような気がした。いや、そもそも沙月は落とし物のことを覚えていないのではなかったか。思い出したのだろうか。 例え沙月が思い出したのだとしても、ハクはそれを聞きたくない気がした。中身は自分で確認したい───いやそうじゃない。 やはり、聞いてはいけないような気がした。 ハクの意思に反して、沙月のピンク色の唇は動いた。 ざわり。 森がざわめいた。 ◯ 潜水ですっかりくたびれたハクが診療所の前にある木の木陰で休んでいると、ちょうどヒカリが前を通りがかった。 「熱射病?」 ヒカリは、あぐらをかいて座り込んでいるハクの顔を覗き込み、何かを確認するようにハクの手を触った。 ヒカリ「うわ。めっちゃ冷たいじゃん」 ハク「淵の底まで潜ってたんだよ」 ヒカリ「それ本当?よくそんなことできるね?」 ヒカリは大きな目をさらに大きくして驚いた。長いまつ毛がぐんと伸びたように見えた。それから少し不思議そうにした。 ヒカリ「そうだとしても、こんなに身体って冷えるものなの?氷みたいじゃん」 ヒカリは物珍しげにもう一度ハクの冷たい手を触って、うわー、と言った。 ヒカリ「私の家で休んでいく?うん。こんなところにいるより、そうした方が良いよ」 ヒカリはハクの返事を聞かないまま、ハクの手を取って家まで連れて行った。 ヒカリの家はヒノトリ公園とほとんど隣接している。裏庭にあるやや高い柵を乗り越えれば、道路に出なくても公園に行くことだって出来るのだ。 その家は、いわゆる日本家屋らしいしずかの家や空野家とは違い、鉄筋コンクリート構造であることが外から見てもはっきりと分かるような無骨な外観をしていた。 ヒカリは玄関を使わず、坂道に面している前庭に入り、掃き出し窓を開けて中に入った。 心地の良い冷気がハクの身体を撫でた。 家の中は冷房がよく効いていた。窓を入るとそこは、艶々とした綺麗なフローリングの床が張られた広々としたリビングになっていた。 広いリビングには新しそうな大きなテレビとフカフカのソファ、大きなテーブルが置いてある。 この家は、外から見るよりずっと新しくて綺麗だった。 ヒカリ「なんかジュース飲む〜?」 ハクが綺麗なリビングに見惚れていると、台所らしき所からヒカリの声が飛んできた。 ヒカリは開けっぱなしにした冷蔵庫の扉から顔をひょっこり出してハクの方を見ていた。 ハクは迷わず頷いた。 水の中にいてすっかり感覚が麻痺していたが、喉はカラカラだ。 ヒカリが戻ってくるのを待つ間、ハクはこの綺麗なリビングをうろうろした。 リビングの奥、ちょうど玄関の正面にあたる箇所に、カーテンで仕切られた四畳半ほどの狭いスペースがあった。 一見すると物置部屋みたいな空間だが、そこにはベッドと小さな勉強机が置いてあった。小さな本棚もある。どうやらここがヒカリの部屋らしい。 ドアはなく、カーテンがドア代わりのようで、ハクは自分ならドアがないと落ち着かないな、なんて思いながら勝手に部屋に入ってみた。 日当たりも良くないし、狭いがそれがなんだか思いの外、落ち着いた。秘密基地みたいだ。そう思った。 「ハクどこいったの?」 ヒカリの声がしたのでハクはリビングに戻った。 テーブルの上には、しゅわしゅわと泡を立てているジュースが二つ、コップに注がれた状態で置いてあった。お煎餅も添えられている。 ヒカリ「うち、お煎餅とかしないんだよね」 「お爺ちゃんもお婆ちゃんもそう言うのばっかり好きだから」 ヒカリはうんざりしたように言った。 それから、でも一緒に買い物に行ったら好きなの買ってくれるんだけど。と付け加えた。 どうやらヒカリの家には両親がいないようだった。 ヒカリの両親は少し前に離婚し、さらに母親は出て行ってしまったので今は祖父母が親代わりに育ててくれているということを、ハクはずいぶん後になって知ることになった。 ハク「いいよ俺。煎餅好きだし」 ハクは本当に煎餅が好きだったので大喜びでそれに齧り付いた。口の中がカラカラだったので煎餅が口内に張り付いた。ハクは慌ててジュースでそれを流し込んだ。粉々に砕けた塩っぱい煎餅の破片を甘いジュースで流し込む──それがどうしてかたまらなく美味しかった。 ふとテーブルの上に視線を落とすと、白色のカードが一枚置いてあった。 カードゲームのカードだろうか。興味をそそられたハクはカードを拾い上げた。 【株式会社妖講社】 雑誌月刊冥界報 担当記者 折原 明日香 なんだか難しい漢字ばかりが並んでいてよく分からなかった ただ、"明日香"が"あすか"と読めることは分かった。明日香。つまり、明日香。つまり、あの折原 明日香だ。 どうして明日香のカードがここにあるんだろうか。ハクが首を傾げているとヒカリがそれに気づいたように口を開いた。 ヒカリ「あ、それね」 「さっきまでよその町から来たお姉さんがいて、うちのお爺ちゃんに色々聞いてたんだ」 「すっごく可愛いお姉さんでね、なんか見た目が──」 ハク「──探偵みたいだった?」 ハクがヒカリの言おうとしていた言葉をさらうと、ヒカリはぽかんと口を開けて固まった。 ヒカリ「あれ?知ってるの?」 ハク「まぁな。ちょっと前から知り合いだ」 ハクはもう一度カードを睨んだ。 ますます怪しい。やはり、明日香は探偵に他ならない。 この名札みたいなカードには"探偵"と書いていないが、秘密に調査する探偵ならわざわざ自分の正体も書かないだろうと思えた。 ハク「あの探偵の姉ちゃん、何聞いてた?」 ヒカリ「え?えっとね…確か、開かずの屋敷のことだったかな」 ハク「やっぱりそうか」 ハクは探偵みたいに顎を触りながらわざとらしく考え込むようなポーズをした。ハク的には大人ぶった格好だったのだが、目の前にあるジュースがその大人な雰囲気をぶち壊していた。 ヒカリ「どうしたの?」 ハク「いや、あの姉ちゃん…やたらと開かずの屋敷について調べてるみたいなんだよなー」 「あそこに入る方法も見つけたとかって言ってたし」 ヒカリ「じゃあやっぱり探偵なのかな?」 ハク「間違いないって」 「一体、何について調べてるのか気になるよな」 ヒカリ「何って、開かずの屋敷なんでしょ?」 ハク「いやいや。開かずの屋敷を調べるためにここに来た感じじゃなかったんだ」 「あの屋敷のことは、俺が教えてから知ったみたいだ」 「確か最初は──、この辺りで人の来ないような場所はどこかないかとかそんなことを聞いて来たんだ」 そう。明日香は、開かずの屋敷はあくまでここに来てから見つけたのだ。ならば、開かずの屋敷のような人の来ない場所を探す必要があったのはなぜか。それが疑問だった。 ヒカリ「それじゃあ今度さ、みんなで集まって会議して、その探偵のお姉さんの秘密を解き明かそうよ!」 ハク「それは名案だな!」 ヒカリ「でしょ!」 ヒカリはふふんと得意げに笑った。 しばらく沈黙が流れた。 ハクはバリバリと煎餅を食べ、それをまたジュースで流し込む。 ヒカリ「ねえねえ」 ヒカリは手を伸ばして、向かいに座っているハクを手招きするように手を動かした。 ハクが眉を上げて反応するとヒカリはちょっと意地悪に笑ってこう言った。 「ハクさぁ、しずかのこと好きなの?」 ハクは口に含んでいたジュースを吹き出しそうになった。 ハク「いきなり何言うんだよ!」 ハクは慌てて口の周りに溢れたジュースを拭いた。 ヒカリは慌てているハクを面白いものでも見るかのようにニヤニヤしながら眺めている。 ヒカリ「なんでそんなに慌てるの?」 「私は、好きなの?って聞いただけじゃん」 ヒカリは目を細めた。明らかに何か企みのあるような顔つきだった。 ハク「別に。変なこと聞くからびっくりしただけだって」 ハクはぷいっとヒカリから目を逸らした。 ハク自身、ヒカリの質問にどうして自分が驚いたのかもよく分かっていなかった。 それは単に、しずかに対してそう言った恋愛感情を抱いていると疑われることがなんだか恥ずかしいだけなのだと思い込んでいた。 好きってなんだ? ハクにはどうにもそれが分からない。 人を好きになった時、その人を見たら、なんだか体温が上がって熱くなって、ドキドキして、目を合わせるのも恥ずかしくなるのだという。 もし、そうならば───そのことを好きと言うのならば── ──いや。そんなはずがない。自分があんな、凶暴なしずかのことを好きなわけがない。 第一、ハクはしずかとは普通に話せる。いや、話せているつもりだ。 でも、しずかが二人きりの時に見せる優しい表情。あれを見た時、あるいは、帰っていくしずかの後ろ姿を見た時、なんだか身体が熱くなったような気はした。 なんだか、無性にしずかに会いたくなって来た。 ◯ 沙月の言っていたことと言い、明日香の目的と言い、ヒカリに聞かれたことと言い、その日はなんだかモヤモヤとした出来事が連続してハクの頭の中に溜め込まれてしまった。 ヒカリの家を出た後、橋を超えてしずかの家の方へ行こうかとも考えたがなんだか勇気が出なくて、旧墓地へ続く石段の方に曲がり、ふらりと矢剱神社に立ち寄った。 目的は一つ。幽霊か悪魔かどちらが実在するものなのかを宮司に確かめるためだ。ハクは昼間の幽霊・悪魔論争に終止符を打とうと思ったのだ。 ハクは、神社の人間を幽霊のスペシャリストだと勝手に思っている。 地元にいる神社の家系の友人がそうなのだから、きっとここの神社の宮司もそうに決まっていると決めつけていたのだ。しかもこっちは大人の宮司なのでハクは全幅の信頼を置いていた。 「幽霊と悪魔のどちらが実在するか?」 ハクが質問するや否や、宮司は箒を持っていた手を止めた。 「私は悪魔の方はよく分からんが、幽霊なら前に言った通りだ」 ハク「幽霊は、いると思えばいるとかそんなこと言ってたっけ」 「そうじゃ」 ハク「それってどう言うことだ?いないと思えばいないってそう言うことか?いやでもそれはおかしいな」 「なにが気に掛かる」 ハク「だってそれじゃあ、まるで俺たち人間が幽霊がいるかどうかを決めれるみたいだ」 「ふふ。それの何が不思議だ?幽霊が存在するのは、他ならぬ我々生きた人間のせいだ」 ハク「それどういうことだ!?」 口をあんぐりと開けて混乱するハクの様子を宮司は微笑ましそうに見て少し笑った。 「生きている人間がいる限り、幽霊は在り続ける」 「幽霊が生まれるか否かは、生者の思い次第だ」 「幽霊というものは、もとより我々生きた者の想いの力の産物」 「悪霊はさしずめ…負の産物といったところか」 「うむ。子供が理解するにはやや難しいかな」 ハク「ん.難しいな」 負けず嫌いのハクは分かったふりをしようとしたが、それさえままならないほど宮司の説明は難しかった。 「そうだな…人の思いが創り上げた存在とでも言っておこうか」 ハク「な、なるほどな」 ハクはついに分かったふりをした。 宮司から幽霊に関する答えを聞くつもりが、却ってますます分からなくなってしまった。 ハク「まぁいいや。それじゃあ…幽霊見たことあんの?」 ハクはせめてシンたちに話せることを手柄としてこの宮司から持って帰ろうとした。 「見ない方がおかしかろう」 「そこいらにおる」 宮司はあっさりと答えた。 ハク「ここにも!?」 「この辺りにもいんの!?」 ハクはあたりをキョロキョロ見渡した。ハクの目には何も見えない。 「この境内におらぬ。結界の中に連中は入っては来れぬからな」 ハク「けっかい…」 そう言えば、地元の友人もそんなことを言っていたな、と思い出した。 ハク「この辺りならどこに幽霊がいるんだ?」 「すぐそこの旧墓地で見たこともある。しかしあれはかなり…異質だったかな」 宮司は細い指で顎を触った。 ハク「聞かせてくれよ」 「聞きたいか?」 宮司がサディスティックな目つきでハクを見下ろした。 ハク「き、聞きたい」 旧墓地はすぐそこだ。そこでの怪談など怖くないわけがなかったが、逆に言えば手土産としては最適に思えたので聞かないわけにはいかなかった。 「ふん。帰り道にそこの旧墓地を通れなくなっても知らんぞ?」 宮司はただでさえピンと伸びた背筋をさらに伸ばして話し始めた。 「ずいぶんと昔のことだ。そうだな…おそらく今から十五年くらい前かな。私がまだ十代の学生だった頃だ。夜遅くにそこの旧墓地を通った時、墓地の隅に見覚えのない墓が建っていることに気づいた」 宮司の口調はまるで怪談を語る専門家のようだった。 「その墓石──と言ってよいのか分からぬがとにかく墓石らしきものの前にな、小娘がおった。ちょうどお主くらいの年齢の娘だ。顔に覚えはなかったな。知っての通りこの町は狭い。波都の娘でないことはすぐに分かった。あんな夜遅くに隣町の娘が一人でこんな墓地に来るとも思えなかったから、隣町の者でもないだろう」 ハク「じゃ、じゃあそれが幽霊…」 「うむ。なにより、その娘から感じる気は、この世のものではなかったのだ。娘はぼーっとしておった。おそらく、まだ自分が何者か気づいてさえおらぬようだった」 宮司は目を閉じ、当時のことを思い出すように話した。 「娘は不安げに私を見つめていた。不思議そうにしておった。しかし、当時は私もまだ修行の身。単身ではその娘を救うこともできず、神社へ走って婆に報告し、すぐに旧墓地へ戻ったがもうそこに娘はおらなんだ」 「翌日。旧墓地を通ると娘のおった墓が荒れておった。埋められていた何かを掘り返したようなあとがあった。墓荒らしだな。通報したほうが良かったのかも知れぬ。だが、あの墓地は当時もう正当な管理者もおらず、荒らされた墓自体、誰かが勝手に建てたようなものだったので通報はせんかった」 「ただ…見て見ぬふりもできなかったから、私と婆で直しておいた」 途中から宮司はハクという子供相手に説明していることを忘れ、大人に話すかのような言葉遣いで話していた。 「あの妙な墓には一体、何が埋められておったのだろうな」 宮司はひときわ低い声で話を締め括った。 旧墓地の隅っこの墓。 ハクにも覚えがあった。そうだ。あそこには確かにちょっと変なお墓があった。 覚えがあったし、前々からあのお墓だけはなんだか奇妙に思っていたので余計にゾッとした。 「ちょっと怖すぎたか?」 宮司は、固まっているハクを見てからかうように笑った。 ハク「い、いや別に怖くなんかない」 「ふふ。別に恐れることなどないぞ。あれはおそらく、迷える霊だ。悪い霊ではないだろう。もしばったり会っても恐れなくて良い。ただ、深入りはするな」 そんなことを言われても、幽霊に会ったことのないハクには対処の仕方も分からなかった。 ハク「幽霊ってやっつけられんの?」 せめてやっつけたり追い払ったりする方法さえ分かっていれば良いのではないか。ハクはそう思った。それに、幽霊をやっつけられるなんてなんだかかっこいい。 「うん?そうだな。素質と、修行が必要だ」 ハク「修行?それをやればいいのか?」 「な、なあ宮司のお姉さん。ちょっと俺を修行してくれよ」 宮司は"お姉さん"と呼ばれたことに対して少しだけ嬉しそうな顔をした。 ここで修行をしてなんらかの力を身につければ、イチコちゃんに大差をつけることができるような気がしたのだ。それに、やっぱり幽霊退治ができるようになるというのは魅力的だった。 「ほう。いいのか?私の修行は少々──」 ハク「いいんだよ。やらせてくれ」 再び真面目な顔をに戻った宮司の言葉を遮るようにしてハクは食らいついた。 「いいだろう。もう撤回はするなよ」 宮司は腕組みをしてハクを睨んだ。 ハク「当たり前だ」 「そうだな…まずはお手並み拝見と行こうか」 「五分間この私から逃げ延びてみろ」 「境内の中ならどこへ行っても構わぬ」 ハク「五分?たったそれだけの間逃げれば良いのか?お姉さんから?」 ハクはあまりに簡単な内容に肩透かしを食らった。 いくら歳上のお姉さんと言えども、歳でいえばおそらく奈水より少し下…レイナ姉ちゃんみたいなバリバリの高校生よりはずっと歳上の女性だ。 身軽で、走るのが速いとは思えない。 「その通りだ。逃げるだけで良い。ただし捕まったら──」 ハク「捕まったら?」 「──矢剱に伝わる秘伝のくすぐり地獄の刑だ」 宮司は冷徹な笑みを浮かべて大きな手に揃う白くて長い指を曲げ伸ばしした。 その程よく伸びた爪の先や、しなやかな指の動きを見たハクは背筋に冷たいものを感じた。 「どうした?怖気付いたか?」 ハク「い、いやそんなことない」 「に、逃げればいいんだからな」 「その通りだ。"単純"であろう?それでは、十数える内に好きに逃げろ。数え終えたら追いかけるからな。では」 宮司が数字を数え始めるのと同時にハクは駆け出した。 宮司の言った通り、やることは至って単純。 いくら限られた範囲とはいえ、すばしっこく逃げることなら身体の小さなハクの方が有利だ。 宮司はまだ数字を数えている。 3、2、1… カウントダウンが終わると、しんと境内が静かになった。鳥居の方にいたはずの宮司の気配がピタリと消えた。 ハクは思わず立ち止まった。動こうとすれば、当然足音が鳴る。しかし、この沈黙の境内ではその足音が異様に大きく響くのだ。動けば動くほど、宮司に居場所を知らせてしまう気がした。 それにしても。 それにしても宮司の気配も足音もない。 ハクは息を殺し、足音を立てないようにそろりと建物の陰に移動しようとした。 「"気配を消す"とは、息を潜めることではないぞ矢内ハク」 宮司の低い声がハクの真後ろから聞こえた。 音も気配も何も無かった。 ハクは凍りついたように固まった。 ハクが振り向くよりも早く、宮司の大きな手がハクの細い手首を捕まえた。 ハク「あっ!?」 「失格じゃ」 ハクが抵抗しようとすると、宮司は空いている手を伸ばし、ハクの耳と首回りをコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショとこしょぐり回した。 ハク「ヒャッ!?んひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょっ!!?ひょぇぇへへへへへへへへへへへへへへへへへ!!?」 少し伸びた硬い爪や柔らかな指先の感触が耳周りに走り回り、ハクはくすぐったさに身を悶えさせた。 それでもハクはなんとか踏ん張って倒れまいとした。 倒れた先に待っているのは、地獄なのだから。 「往生際の悪い奴だ。全く」 宮司はそう言ってため息をつくと、背後からハクの腋の下に手を突っ込み、大きな手でモジョモジョモジョモジョ!!っと腋の下を掻き回した。 ハク「くぁぁぁぁぁっ!!?」 冷たくて鋭いくすぐったさが炸裂し、ガクガクと膝が震え、抗うこともできずにハクは地面に崩れ落ちる。 「ここまでだ」 宮司は捕まえたままのハクの手首をきゅっと捻ると、ハクを仰向けに倒してしまった。 宮司の身体が腰のあたりにどっかりとのしかかった途端、ハクは恐怖心に襲われた。 これから襲いかかるのは"大人"からのくすぐり。少し前に明日香から受けた時もそれはもう死にそうになったのだ。 ハク「うわぁぁっ!?くそっ!」 ハクがジタバタ抵抗しようとするが、宮司はハクの両手を太ももと膝の下敷きにして抵抗を封じた。 「いくぞ?」 宮司の大人の大きな手に揃う長い指がワキッワキッと曲げ伸ばしされる。 迫り来る恐怖のくすぐりに怯えたハクは目を閉じ、歯を食いしばった。 宮司の大きな手がハクの腋周りに優しく添えられる。手のひらと指先と、硬い爪の感触が神経をムズムズと刺激し、ハクはピクリと肩を震わせた。 直後、宮司はワシッと指関節を折り曲げ、爪を突き立てると、そのまま突き立てた爪を滑らせるようにハクの腋の周りと胸部周りを思い切りくすぐり始めた。 ワシワシワシワシワシワシッ!!! コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! ハク「ぎゃあっ!!?っっあっはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?うあああああああははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?」 予想を遥かに超えた猛烈なくすぐったさが神経に走り回った。 食いしばった歯は容易く離れ、口を開けてしまったハクは自由に動かせる両脚をばったばったと必死に暴れさせ悶えた。 「分かってはいたが相当なくすぐったがりだな。仕置きも捗るというものだ。なぁ?」 宮司は目を細めてハクを意地悪に見つめながら爪と指先を滑らせ、くすぐりを続ける。 ワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシ!!! コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! ハク「くあぅ!!?あっっ!!?あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?う、うるさぃぃぃっ!!!うひひひひはははははははははははははははははははははははははははは!!!んひぃぃぃひひひははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?」 宮司は爪の先をグッとシャツ越しの皮膚に当てて 滑らせているので、シャツは防御の役目をまるで果たしていない。それどころか、スベスベした滑りの良い材質のシャツは、滑りが良く、くすぐったさを倍増させていた。 「ほぅ?うるさい?そんなことを言っていいのかな」 宮司はほんの少しだけ口角を上げると、爪をさらに突き立て、しっかりと爪の先でくすぐったい神経を捉えた状態で腋の下の周りと胸のあたりを、仕置きだと言わんばかりに激しくくすぐり始めた。 ワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシ!! ゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョ!!! ハク「ぎゃっ!!?ぐぇぇぇへへへへへへへへへはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?やめ"っ!!ちょっ!!?ギブっ!!ぅあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」 さらに奥深くのくすぐったい神経をズクズクと刺激するような強烈なくすぐったさがハクを襲う。 既に限界を迎えていたハクは真っ赤に染めた顔をブンブンと振り回し、口をパクパクさせてこの暴力的くすぐり地獄の苦しみを身体中にあらわにしている。 「目上に対する暴言は見過ごせないぞ?ほれ、やめて欲しかったらごめんなさいとそう言ってみろ」 宮司は慣れた手つきで長い指を操って腋の下の近くのくすぐったい箇所を引っ掻き、胸の表面を掻き回し、仕置きを続行する。 ワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシワシ!! ゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョ!!! ハク「んぎゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!あああああはははははははははははははははははははははははははははは!!?ごめんっっなさぃっ!!ごめんなさいってぇぇ!!っへへへへへへへへへははははははははははははははははははははははははははははははは!!?」 硬い爪の丸く尖った先端部がくすぐったい神経を刺激するのがたまらなく恐ろしく、ハクは目に恐怖の色を宿したまま強制笑顔を顔に貼り付けて苦しむ。 腹部は痙攣を始めており、喉も震え始めていた。 「ヘラヘラしておるな?反省が足りてないぞ」 宮司は指をつーっと腹部の方に滑らせると、ハクのシャツをぺろりとめくり手のを忍ばせ、腹部に直接を爪を立ててくすぐり殺し始めた。 ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ!! コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! ハク「い"っ!!?うあああああははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?かぁぁぁぁああああああああああああはははは!!?それはっ!!?それは駄目だってそれはぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああはははははははははははははははははははははは!!!」 ひんやり冷たく硬い爪がハクの腹部を掻き回し、暴力的に神経を刺激する。 ハクは壊れたように首を振り回し、脚をバタつかせ、天に向かって吠えるような叫び声をあげた。 くすぐった過ぎて、謝罪するどころではなかった。 「どうした?謝るのはやめたか?ずっとこうされていたいか?」 宮司はいつもとはちょっと違うサディスティックな声色でハクをイジメながら、ハクの白いお腹に手加減なしで爪を滑らせこそばしまくる。 これは、大人がガキにやって良いくすぐり方ではなかった。 ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ!! コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! ハク「くっっ!!?かっっ!!?あ"っ!!?くあっっ!!?あっ!!!?くえええええええええええええええええええ!!!!じぬっっ!!!じぬっっ!!!じぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!っっひひひひひははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?」 宮司の手つきはやはり明らかに普通ではない。 スベスベした厚みのある手のひらでお腹を優しく撫で回してゾワゾワさせたかと思うと、次の瞬間には爪を立てて暴力的に神経を刺激したりする。 これではお仕置きではなく、拷問のようだった。 「お腹にはくすぐったぁい神経がたくさんびっしりと張り巡らされておるのだ。こんなに無防備では、くすぐりの餌食になるだけだぞ」 宮司は忠告しながらも楽しそうに笑いながら、およそ大人に対してするような指遣いでハクの下腹部を集中的に掻き回したり、横っ腹の近くを爪で細かくくすぐっていじめた。 ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ!! コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! ハク「ほぇぇぇぇへへへへへへへへへへへへはははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?かっ!!?かはっ!!?ひぃぃぁぁぁああああああああああああああああああああ!!?うがぁぁぁぁぁああああああああああはははははははははははははははははははははは!!?ぐるじっ!!?ぃぃいあああああああああ!!!」 ハクは腰を浮かし、地面で反り返るようにして必死になって悶えた。そうすることでさらに腹部のスジが伸び、神経も伸びてより敏感になってしまった。ハクは自爆したのだ。 宮司がそれを見逃すはずもなく、その伸び切った腹部に猛烈なこしょぐりを浴びせた。 コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! ハク「ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ"!!?無理無理無理無理無理無理無理!!!ギブ!!ギブぅ!!っっひひひひははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?」 「もう心は折れたようだな。ならば──」 宮司の白い手がハクの骨盤あたりに伸び、宮司は親指の先っちょで骨盤のくすぐったいミゾをグリグリグリグリッと指圧した。 ハク「ぎょぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええっっ!!?んんんんんんんんっっ!!!?んぁぁぁぁあははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!?じぬっ!!!これはじぬぅぅぅぅぅ!!!っっひはははははははははははははははは!!!あっ!?あっ!!?あっっ!!?」 親指の爪の先と指先で突き刺すようにしてグリグリと骨盤のくすぐったい神経の塊を指圧されたハクは、不気味な痙攣を引き起こすほどに笑い苦しみ、そしてそのまま糸が切れた人形のように脱力し、ぐったりとのびてしまった。 一体どれだけの間こそばされていたのかハクには分からなかったが、体感では一時間ほどに感じた。 「ふふふ。まだまだだね少年」 聞き覚えのある声が、敗北感と疲労感に襲われていたハクの目を覚させた。 ハクが顔をあげるとちょうど鳥居の向こうにレイナ姉ちゃんが腕組みをして立っていた。


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