あの夏の悶絶は思い出の中に(9日目#3)
Added 2023-11-01 13:11:36 +0000 UTC3. 闇を包む闇 しずかと未悠にヘロヘロになるまでくすぐられたハクは、しずかと一緒に秘密基地の方面へと向かった。 時刻は15時を回っていた。 未悠は例の如く用事があるからと言ってベンケイ山の方へ行った。 「未悠。用事って何してるんだろ」 丸太橋を渡り終えたところでしずかがベンケイ山を振り返って言った。 しずか「ベンケイ山って四時までしか入れないんだよね」 「四時になると登山口の門が閉まっちゃうし」 ハク「へぇ。それって誰かが閉めてんの?」 しずか「そりゃそうでしょ」 ハク「でも、ベンケイ山ってほとんど人来ないんだろ?」 しずか「そうだけど?」 ハク「人が来ないのに誰が毎日その門を開けたり閉めたりしてるんだよ」 しずか「あんた何が言いたいの」 ハク「だから、それってベンケイ山のオバケが開けたり閉めたりしてるんじゃないかって──」 ハクが言い終わるより早く、しずかはハクの腋の下と脇腹を捕まえてコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!っとくすぐり回した。 ハク「ぎゃぁぁああああ!!!」 ハクはぐねりぐねりと身を悶えさせ、大きくバランスを崩した。 しずか「次言ったらほんとに笑い殺すからな」 しずかはそう言って最後に脅すようにちょんと脇腹を突いた。 ハクは悲鳴を上げて震え上がった。 ヒノトリ公園の前を通りかかると、ちょうどそこにシン、ダイチ、ヒカリ、イチコちゃんの四人がいた。 「よっ」 土管の上に立っていたシンが右手を挙げてハクとしずかを呼び止めた。 しずか「なんだまだ秘密基地行ってないの?」 シン「四人も揃ってないんじゃ会議しても仕方ないと思ってちょっとヒカリの家で涼んでた」 シンが言うと、鉄棒でイチコちゃんと遊んでいたヒカリは無言のまま笑顔を作ってハクとしずかに向けてピースした。 ハク「未悠ならベンケイ山の方行ったよ。ユウもまだ」 シン「なんだそうか」 「それならちょうどいいや」 ハク「なにが?」 シン「これから神社いって宮司さんに話聞こうと思ってたんだ」 「あの人物知りだし大人だから神秘の花園のことも知ってそうだろ?」 確かにあの宮司なら神秘だろうがなんだろうが全てお見通しで知っていそうな気がした。 ハクたちはほとんど正解を聞けるようなつもりで矢剱神社に使った。 一人や二人だと通る際にどこか心細い気持ちになる旧墓地も大勢で歩けばなんてことはなかった。 鳥居を潜り参道をまっすぐ歩くと、宮司はいつも通り箒片手に掃除をしているところだった。 もうすぐ花園の場所が聞けるとたかを括っていたシンとダイチが真っ先に宮司に花園のことを話した。 だが、ハクたちの予想に反して宮司は首を傾げた。 「はあ。神秘の花園?なんだそれは」 ハク「あれ?なんだ知らないんだ…」 「ここで生まれ育って四十年ほどになるが…聞いたことがないな」 ヒカリ「名前は違っても似たような場所とか知らないの?」 「花園か…つまりお花畑とかお花がいっぱいということだろう?うーん。いや、それなら一つ…」 宮司が何か思い出したのか切長の目を少し大きく開いた。 「昔、婆が何か言っておった気がするな…うーんなんだったか…」 シン「なんだよそこが肝心なのに!」 シンは顔いっぱいに悔しそうな表情を浮かべた。 「遠い昔の話だ。婆の日記でも漁って調べておくとしよう。言っておくが…それとお主らの探しているものが同じだと言う保証はないぞ?」 宮司は低い声でそう言ってハクたちガキンチョをさっさと追い払った。 帰り際にハクがふと神社を振り返ると、宮司はハクたちの方ではなく、別の方向をじっと見ていた。 ハク「なんかいんの?」 ハクが恐る恐る聞くと隣にいたしずかがハクを睨んだ。 「いま、ベンケイ山に誰か行っておるか?」 宮司はハクの方を見ず、じっと恐らくベンケイ山の方を見つめたまま問いかけた。 ハク「えっ?ああ友達が一人。ユウだけど」 「あ、未悠も行ってんのかな」 「ふむ。なるほど。ならば用心しておけ。二人が帰ってくるまでは」 宮司はそれだけ言って急ぎ足で神社の奥のどこかへ消えて行った。 宮司の目には何が映っていたのか、はたまた何を感じていたのかそれはハクにも誰にも分からなかった。この時は。 ハクたちが旧墓地に近づいてきた頃、神社からブツブツと何か呪文みたいなのが聞こえた。声の低さからして恐らく宮司のものなのだろうと思った。 シンが神社の方を振り返り、あの人がお経読んでるの珍しいな!と言うと、隣を歩いていたダイチがこれはお経じゃなくて"祝詞(のりと)"って言うんだよ。それか"祓詞(はらいし)"かもしれない。と訂正した。 どうやら宮司が読み上げているのは祈願やお清めのためのものらしい。 いつもこのくらいの時間にここに来てもそんなことはしていないのに、どうして今日は祝詞をあげているのだろう?とハクは疑問に思った。 どうしても、さっきの宮司の意味深な発言と結びつけて考えざるを得なかった。 空野家に帰ると既に夕飯は配膳されていたのだが、ユウがまだ帰って来ないので、ハクは先に風呂に入っておくように奈水に言われた。 時刻は18時を回っていた。 神社を出た後、フォーク道でもう一度開かずの屋敷を見にいくかどうかという会議が開かれたのだ。そこで意見が割れ、結局行かないことになった。それで少し帰りが遅くなった。 風呂から上がったのが18時半を回った頃で、それでもまだユウは帰ってきていなかった。 さすがに奈水も心配し始めていた。うろうろと落ち着きなく歩き回ったり、公園の方まで様子を見に行ったりもした。 ハクも、さっきの宮司の言葉もあって不安になってきた。 なんせ、ユウがいるのはあの深い自然のある奥の森のベンケイ山だ。その辺の登美の川や公園にいるわけではないのだ。 もし、もし何かあったらかなり大変なことになる。 19時を過ぎた頃。公園と家の間を行き来していた奈水がとうとう帰ってこなくなった。心配で遠くまで様子を見に行っているのだ。 ハクとレイナ姉ちゃんはただ席についてじっとテレビを見ていた。テレビの内容などほとんど頭に入っていなかった。 レイナ姉ちゃんもこの時ばかりは笑顔がなく、頬杖をついてテレビを見つめており、ちらちらと時計を見てはため息をついていた。 そこへ。 どたばたと忙しない足音が港の方から近づいてきた。 足音は港側の玄関の戸を勢い良く開け、そのまま倒れそうな勢いでばたばたとリビングまで転げるようにやってきた。 「大変!ユウが!ユウが!」 ──ユウが池で溺れてる! 他所の家にお構いなしに土足で上がり込んできた未悠は酷く取り乱した様子でそう言った。 前髪は乱れ、目は今にも泣き出しそうなくらい腫れている。 ハクは頭の中が真っ白になった。 「はぁっ!?」 レイナ姉ちゃんは柄にもなく乱暴にそう言って椅子を跳ね除け立ち上がった。 「あの馬鹿!」 ここにいないユウに怒りをぶちまけ、レイナ姉ちゃんは玄関の方へ走った。ハクは未だに理解が追いつかないまま、ひたすらそれを追いかけた。 レイナ「ハク!そこのライト持ってきて!」 先に港の方へ走り出しているレイナ姉ちゃんが振り返って叫んだ。ハクがこれまで聞いたレイナ姉ちゃんのどんな声よりも大きくよく通る声だった。 靴を履いて走り出そうとしていたハクは慌てて靴箱の上のライトをひったくるようにしてレイナ姉ちゃんのあとを追いかけ、ライトを託した。 レイナ姉ちゃんはハクを待つつもりもないらしく、突っ走って行った。 未悠「ハク!さき行ってて!すぐ追いつく!」 未悠はそう言ってなぜか大慌てで空野家の二階の方へ上がって行った。 ハクは未悠に言われた通り、先にベンケイ山方面へ走った。 未悠はすぐに追いついてきた。手に何かを持っていた。 未悠の話によると、 未悠はベンケイ山で修行しているユウが心配でここ最近ずっと、登山口でこっそりとユウが下山してくるのを見届けていたのだと言う。 しかし今日は、いつも17時くらいに降りてくるはずのユウが中々降りてこなかった。心配になった未悠はベンケイ山に登ってユウを探し回り、ついさっきベンケイ山の頂上にある"トツカノ池"という大きい池でユウが溺れかけているのを発見したらしい。 つまり、ここ最近の"未悠の用事"というのは、危険なベンケイ山で修行とやらをしているユウが安全に下山してくるところを確認することだったらしい。 未悠は未だに気が動転しているようだったが、それにしても説明はすごく分かりやすかった。 「ユウのためにって思って…みんなに内緒にしてたのがダメだった!」 未悠は悔しそうにそう言って走る。ハクもそれに続いて走る。レイナ姉ちゃんの背中はもうとっくに見えなくなっていた。 奥の森へと続く丸太の橋まで来ると、ちょうどシン、ダイチ、イチコちゃんにヒカリ、そしてしずかが揃っていた。全員、既に騒ぎを聞きつけていたのだ。 シン「姉ちゃんたちは先に行ったぞ」 「俺たちもいこう」 シンはハクと未悠が到着するなり、素早く丸太の橋を渡った。ハクたちも急いでシンのあとに続いた。 丸太橋を渡ってすぐ、いつもの奥の滝方面とは逆に折れた。 登山口へ続く林道は闇だった。 闇というよりも完全なる黒だ。光が一筋も差し込んでいない。 昼間にここに来たことはないが、おそらく昼間も恐ろしく暗いであろうことは想像に難くなかった。 さすがのハクもいつものしずかみたいに怯んでしまうほどの闇だったが、今はそんなことを言っていれる状況ではないし、なにより皆が一緒だ。 だからお構いなしに進んだ。 闇の林道を突き進むと、金網フェンスが現れた。どうやらこれが登山口の門らしい。 フェンスの金網には、 弁慶山登山口 開5時〜閉16時 と恐らく手書きで書かれている看板が括り付けられていた。 先に行ったレイナ姉ちゃんたちが開けたのか、未悠が開けっぱなしにしていたのか、門は開け放たれていた。 ベンケイ山は、思っていたよりもずっとずっと暗い。 夏の夜だというのに虫の声がまるでしない。 ハクたちが必死に山頂を目指して駆け上っていくのを追いかけてくるように、騒騒。騒騒。と木々が揺れる。 ハクたちはただ必死で、ほとんど会話などしなかった。 途中で話したのはユウが溺れているというトツカノ池の正確な場所についてだった。 それについては未悠とシンとダイチがよく知っているとのことでそこでまた会話は終わり、ひたすら山を駆け上った。 ここに入ってしばらく経つというのに、一向にこの暗闇に目が慣れない。 月明かりもまるで頼りにならない。 まるでここにだけ月がそっぽを向いてしまっているようだ。ハクは思った。 どれだけ登ったか分からない。何度転びそうになったかも分からない。 ヒカリが躓いて転びそうになるのをダイチが咄嗟に防いだり、背の高いダイチが横から伸びてきた枝に頭をぶつけたり、雨も降っていなかったはずなのになぜかぬかるんでいた斜面を皆で手を繋いで協力して登ったりもした。 ハクは上にいたイチコちゃんの手を握り、下方へ垂れているもう片方の手をしずかが握っていた。 山頂に辿り着いた。途中、誰かとすれ違ったがよく分からなかった。オバケかもしれないなとハクは思ったが口には出さなかった。 えらく長い冒険だった気がしたが、しずかの腕時計によればたったの数十分だった。 未悠の案内で山頂にある大きな古い鳥居──その鳥居は矢剱神社のものより大きく、古びていた──を抜けた。 神社なのかなんなのかも分からない建物が見える。開かずの屋敷みたいにオンボロだった。 未悠は、正面の建物の方へは行かず、境内──なのかどうかも分からないが──に入ってすぐ左へ折れた。 竹藪に囲まれた道を行く。 声が聞こえる。 聞き覚えのある──奈水とレイナ姉ちゃんの声だった。 道を抜けると、どす黒い闇が広がっていた。暗闇にはようやくある程度は慣れてきていたはずなのに、ここに来てまた光を感じなくなってしまった。いや、ここがこのトツカノ池が暗すぎるのだ。 闇を超える闇。それがこの池を包んでいた。 一体、どこからが池でどこまでが陸地なのかも定かではない中、ハクたちはレイナ姉ちゃんたちのいる方へ駆け寄った。 「ユウ!しっかり!」 奈水が深刻なる闇の奥にいるらしいユウに向かって声を掛ける。レイナ姉ちゃんと同じよく通る声だ。 「ユウはどこ?」 ヒカリが目を凝らす。 「さっきまであの辺に…」 未悠がでっかい池の奥の方を指差すがまるで分からなかった。 奈水「浮いてた木か何かに捕まってるみたい」 「でも、いつ沈むか…」 奈水はじっと我が子のいるのであろう方向を凝視している。 シン「どの辺だ!?泳いで助けらんねぇかな!?」 シンは居ても立っても居られないのだろうソワソワしながら服を脱ごうとしていた。 「落ち着け。シン。ここは超深いんだ。知ってるでしょ。下手に行けばあんたも危ない」 レイナ姉ちゃんがいつにない真剣な声でびしっとシンを注意した。その時も、レイナ姉ちゃんは弟の方を見ていた。 シン「でも、沈んだらどうする!」 シンが食い下がる。レイナ姉ちゃんはちらりとシンの方を見た。 レイナ「こころが隣町の消防団に電話しに戻ったけど…」 間に合わないかもしれない。と言いたいのだろう。だがレイナ姉ちゃんはそこまで言わなかった。 ハクたちがさっきここに来る途中ですれ違ったのはこころ姉ちゃんだったのだと判明した。 ハク「ここ神社か?なら何か使えるものないかな。ロープとか、他に掴まれる物とか!」 ただじっとしているだけなんですハクにも耐え難かった。 ヒカリ「どうなんだろう…ここって…」 「何もないよ。ここ、もうずっと誰も来てないんだから。神様だっていないんだから」 ハクの希望はすぐにへし折られた。 ハク「そうなのか。ならダメか…!?」 ハクはそう返事してすぐに声のした方を見た。 いま、返事したのは誰だ? ハクはそう言おうとしたが、ふざけていると思われるかもしれないと思い、言葉を飲み込んだ。 あまりに聞き慣れた声であった気がして、つい返事をしてしまったが、この中の誰だったのか皆目分からなかった。 女子の声だったのは確かだ。 しずかか。それにしてはなんだか冷たい声だった。 ヒカリか。いや、ヒカリはあの声がする前にハクに答えていたから違う。 イチコちゃんも口調が違う。 未悠は少し離れていたからまず違う。 誰だ? ハクは寒気を感じ、震えた。じわじわ。ふつふつと額のあたりから汗が噴き出す。 熱い。 首元が、首にぶら下げたあの御守りが熱くなっていた。 レイナ「ユウ!あんた!絶対それ離しちゃダメだからねぇ!」 レイナ姉ちゃんが大声で言った。よく通る声が谺(こだま)した。 その直後のことだった。 「うわああ!」 悲鳴が上がった。 池の奥。ユウの悲鳴だ。 ざばざばと水飛沫が上がる。水面が揺れる。 ユウが沈んだのだ。 「どうしよう!どうしよう!」 未悠が取り乱している。彼女はしきりに懐中時計を確認していた。 「仕方ない」 レイナ姉ちゃんはそう言ってシャツを脱ぎ捨て、ハーフパンツも脱ぎ、ランニングシューズと靴下まで脱いでしまった。 未悠「レイナ姉ちゃん!いくならこれ!」 未悠は空野家を出てからずっと持っていた──空野家から持ち出した?──何かをレイナ姉ちゃんに投げた。 レイナ「これ…」 レイナ姉ちゃんはそれを引き延ばし凝視した。 それはどうやら、レイナ姉ちゃんの水着のようだった。 未悠は空野家を出る時にこれを取りに戻ったのだ。 「レイナ!」 母親の制止も聞かず、水着に着替えたレイナ姉ちゃんはどぶんと池に飛び込んだ。 レイナ「そこで待っとけ!」 レイナ姉ちゃんは豪快なクロールで水を掻き分け弟のいる方へ向かっていく。あんなに暗いのに、正確にユウの位置を把握しているようだった。 ハクには、この真っ暗闇の中でもレイナ姉ちゃんの姿だけはほんのり明るく見えた。 水を掻き分ける音が遠くなっていく。 あたりを静寂が包み込んだ。 騒騒。騒騒。と木々が揺れた。山が怒ってるみたいだった。 水を飛び散らせるようなやかましい音が聞こえてきた。 レイナ姉ちゃんが帰ってきたのだ。 その背中には、弟──ユウがしがみついていた。 ユウはかなりぐったりしている。 シンとダイチがユウの細い手を掴み、ぐいと引き上げた。力の抜けたユウの身体はずるりと引き摺られるように陸地を滑った。 「ふぅっ!やっば。やっぱ泳ぐのって疲れるワ」 陸に上がったレイナ姉ちゃんはそのまま仰向けに倒れ込んだ。 シン「良かったぜ…!大丈夫か?」 シンが駆け寄る。 イチコ「本当に良かった…」 イチコちゃんが文字通り胸を撫で下ろした。 仲間たちがユウの生還を喜んだ。もちろんハクも喜んだ。 びしょ濡れのユウに奈水が近づいてきた。 「ユウ。あんた…」 奈水は声を震わせていた。怒りなのか、悲しみからなのか。それとも安堵からくるものなのかは分からなかった。 それから奈水はずぶ濡れの息子を抱きしめた。 母の胸の中のユウは泣くでもないただ呆然としている。 未悠はそんなユウを見て、何か言いたげに下唇をふるふる震わせてからようやく口を開いた。 「私また───もう駄目と思ったよ。こんなことになるなら、もっと早くに止めておくべきだった」 未悠の言葉には、この事態を防げなかった自分への怒りも確かにこもっていた。どうして未悠がそこまで責任を感じることがあるのか、ハクにもシンたちにもそれははっきりしなかった。 「ごめん」 ユウは静かに消え入りそうなくらい弱々しい声で言った。 ユウ「僕はただ──ただ、強くなって、手強いやつになりたかったんだ」 ユウはちらりとイチコちゃんの方を見た。イチコちゃんはキョトンとしている。 なんなとく。ハクはこういう空気が苦手だった。 だから自然とユウたちから離れていた。 ふぅ。とため息をつく。本当に、何事もなくて良かったと思う。 心なしか、目が暗闇に慣れてきた気がする。 それとも、暗闇が薄まったのか。ようやく月明かりが差してきたのか。 ハクたちはようやく帰路に着いた。 長い間水に浸かっていたユウはへとへとで歩くのがやっとだった。 この神社の本殿か何か分からない古い建物のそばにこれまた古そうな縄が放ってあるのをシンが見つけて、これ使えば良かったなぁ、と言って縄を蹴った。 確かに使えそうだが、古すぎていつ千切れてもおかしくないように見えた。 ハクは考える。あの時。レイナ姉ちゃんでなく自分やシンが泳いで助けに行ったらどうなっていたのだろうか、と。あるいは、この千切れ掛けの縄を使ってなにか行動していたらどうなっていただろうか、と。 もし、助かりもしない余計なことをして時間を割いていたら、ユウが命を落としていたかもしれない。この縄を見つけなくて良かった。縄を探そうとしなくて良かった。とハクは思った。 ハクはちらりと後ろ──トツカノ池の方を振り返った。 真っ暗闇の池の近くに影が立っていた。 まだ誰が残っていただろうかと思ったがそんなわけはなく、影はゆーらゆーらと揺れてそのまま闇に溶けて消えた。 レイナ姉ちゃんが池に浸かったせいで身体が臭くてたまらんと嘆いたり、ダイチが今更うちにはゴムボートがあるんだったとか言ってシンやしずかに突っ込まれていたり、そして今更やってきた太一兄ちゃんが肩透かしを食らったり、少しずつ元の心地の良い空気が戻ってきた。 シン「それにしてもお前。なんであんな池に入ったんだよ」 シンが聞くとユウは恥ずかしそうに答えた。 ユウによると、トツカノ池の一番奥にある苔まみれの石か何かを持って帰ってこようとしたらしい。どうやら、それを持って帰ればトツカノ池を往復して泳ぐことができた証になると考えたようだ。 それを聞いたイチコちゃんは、確かにトツカノ池を往復できたら凄いけどね、と同調した。 だが、しずかは、馬鹿じゃないのそんなの出来ても凄くないし危ないだけだし、と辛辣に切り捨てた。 ハクはそんな会話を聞きながらふと思った。 未悠はどうして水着を持ってきていたのだろう。 それもレイナ姉ちゃんの水着という特定の人物の物を。 それは、まるでレイナ姉ちゃんが池に飛び込んで助けに行くことを知っていたかのように思えた。 それに、もっと言えばこのトツカノ池でユウが溺れかけているのを見つけたのも大したものだと思う。 ベンケイ山は広いし、登山口でこっそりユウを待っているだけならユウが山のどこで何をしているのかなんてすぐに分からないはずだ。 それを、すぐに溺れて見つけたのだからかなり運が良かったのだろう。でないと、こんな山奥のさらに奥にある池なんてすぐに探しには来ないはずだ。 未悠は、トツカノ池でユウが溺れかけているのを、いや、溺れかけるのをあらかじめ知っていたのだろうか。 そんなことを考えていると、まるで未悠が今日起きる全てのことを知っていたような気になるが、当然そんなことはあるはずがないのでハクはこれ以上考えないようにした。 不思議なもので、ここへ来る際は必死だったせいか、麓から山頂までの道を全く覚えていなかった。 それでも、皆一緒なら怖くなかった。 奥の森を出て丸太橋を渡ったところにどういうわけか宮司が待ち構えるように立っていた。片手には何かの印が書かれた提灯をぶら下げていた。 ハク「あれ?なんでここに?」 ハクはそう言ってから、宮司が夕方にベンケイ山で何かが起こるかもしれないようなことを言っていたのを思い出した。 宮司はハクの問いには答えず、ユウを見て頷いた。 「無事でなにより」 宮司はそれだけ言って丸太橋の方へ向かって歩き出した。 ハク「え!?これから行くのか!?」 「そうだ。少々やることが出来た。なに。心配は無用。闇には慣れておる。それに、これが私の仕事だからな」 宮司は闇の中へすぅっと吸い込まれるようにして去って行った。 もう一度、しかもたった一人であの山を登れ、と言われたら絶対に無理だとハクは思う。 でもあの宮司なら容易くそれこそ空でも飛んで一っ飛びで山頂まで行ってしまうような気がした。 家に着くなりレイナ姉ちゃんは大人気なくハクを押し除け、さらには助かったばかりの弟さえ無視して一番風呂に乗り込んだ。 さっきの救出劇でハクが感じた姉としてのカッコ良さは一瞬で崩壊した。 風呂を待っている間、ユウは奈水に怪我がないかどうかをチェックされていた。 ユウの足首には紫色の痕がくっきりと残っていた。 ハクにはそれが、手の痕のように見えた。 途端にハクは、ぶるっと身震いした。
Comments
今回ようやくユウが山を乗り越え、皆のもとに帰ってくることができたので、これで全員揃って動くことができるようになると…思います! 花園は、神秘というくらいなのですから相当凄いものが待ち受けているような気もしますが、そもそも花園のことを言い出したホトリからしか情報を得られていないので謎だらけですね… ホトリの説明もなんだかざっくりしていましたし… そうですね。あと5日しかない…とハクは思っているでしょう!その間にやらなきゃいけないことといえば花園の発見はもちろん、それからそう…沙月の落とし物の箱の引き上げと……自分の気持ちに向き合うこと、ですかね!笑 開かずの屋敷と言い花園と言い、落とし物と言い、気づけば謎ばかりを振りまいてしまっていますね…💦 残りの日数でそれら全てがハク的にすっきり解消!するかどうかは分かりませんが、謎の全てを知った時にああそういうことかと分かってもらえるようなそんな終わり方になることを祈ります! 今回も感想を寄せてくださりありがとうございました!
Kara
2023-11-10 15:41:30 +0000 UTCハクくんが波都にいられるのもあと僅かだから時間を大事にしようってなってる時にも、ユウは途中抜けして結局全員揃わないのが寂しかったですが、これで何か良い方向に変わってくれると良いですね。 神秘の花園は、なんか辿り着けば夢でも叶いそうな場所ですが行くと何があるのか楽しみですね。 あと5日もあるのか、あと5日しかないのか、後者だとは思いますが、果たしてその間に花園を見つけることは出来るのかですね。 また、引き上げようと思う度に不思議と別の予定が入って来てる気がする箱も無事に引き上げられるのか等も楽しみです!
(´・ω・`)
2023-11-07 13:14:56 +0000 UTC