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シニンノカゲ:2章part3

3. 死者からの呼び声 旧校舎に忍び込んでから三日が経ち、戸山が消えてから二日が経った。彼女はまだ、家に戻っていないという。 その日の昼休みもいつも通り羅那たちは二年一組の教室に集まっていた。 今日は澪と歌巴はいなかった。 ──今日は他の友達に用事あるから私と歌巴はそっちいくね。悪いんだけど、愛維にそう伝えといてくれない? 四限目の授業が終わって、昼休みに入ってすぐ、澪は羅那に申し訳なさそうにそう言った。 羅那がそのことを愛維に伝えると、愛維はどことなく不服そうだった。 自分が愛維と過ごすことを断ったわけでもないのに、なんだかもやっとした。 「今度の"男バス"の試合さ、うちでやることになったらしいから行こうよ」 愛維が嬉しそうに乃恵に言うと、乃恵はもぐもぐと口を動かしたままうんうんと頷く。 「いいよ。"女バス"いたら気まずいけど」 乃恵は元々、女子バスケットボール部に所属していた。 「さすが乃恵。ねぇ、羅那と叶夢も行こうよ」 「え。バスケ部の試合…?」 羅那は男子バスケ部になんの縁もない。だから、誘われるとは思っていなかった。 どう答えるのが最善か、羅那が頭を回転させていると──。 「私、バスケ興味ないなー」 叶夢があくびをする真似をしながら言った。 「えー。いいじゃん叶夢ぅ。みんなでいこーよー」 愛維が羅那と叶夢のいる方に手を伸ばし、ぱたぱたと指を動かした。 「それさぁ──」 叶夢が目を細める。 「──歌巴とかも誘うの?」 「えっ?」 叶夢の問いかけに一瞬、愛維の顔が固まった…ように見えた。 「そりゃあ誘うでしょ。うん」 愛維がなんだか煮え切らないような返事をした時。 机に置いてある愛維のスマートフォンが震えた。 液晶には、電話番号が表示されている。 愛維は怪訝な顔をして液晶を見つめ、迷わず電話を切った。 「間違い電話」 愛維は言った。それが独り言なのか、それとも自分に言ったのか分からなかったので、羅那はとりあえず、あー、とだけ発しておいた。 「詐欺とかじゃないの。最近流行ってるらしいよ。電話で騙すやつ」 乃恵が親指と小指を立てて電話をするポーズを取る。 その直後、乃恵のスマートフォンが震えた。 画面には、数字が羅列してある。 着信だ。 「乃恵も?」 愛維が乃恵のスマートフォンを覗き込む。 「知らない番号…」 乃恵が着信を切ると、入れ替わりに今度は叶夢のスマートフォンが震え始める。 叶夢の眉がぴくりと動く。 「着信…」 叶夢がスマートフォンの着信画面を皆に見せた。 「やばいやばい。やばいかも」 廊下から騒がしい声がした。 澪と歌巴が、ぶつくさ言いながら早歩きで羅那たちの方へ向かってくる。 澪と歌巴の顔色は、よくない。 「ねぇみんな…私と澪のところに知らない番号から電話が…」 歌巴がスマートフォンを突き出すようにして見せた。 その手は、震えていた。 「電話には出てないんだけど…歌巴のとこにかかってきたのと電話番号が一緒でさ…。ネットで検索しても引っ掛からなくて」 澪がスマートフォンを指差して言った。 一見、冷静そうに見えるが、慌てているのだろう所々で言葉を詰まらせていた。 羅那たちは顔を見合わせた。 「それ…私たちにも掛かって来たのと同じかも」 乃恵が澪と歌巴に、スマートフォンの着信履歴を見せた。 「えっ…はっちたちのところにも…」 歌巴の顔から力が抜ける。ただでさえ白い顔からさらに血の気が引いていく。 そんな歌巴に追い打ちをかけるように── 羅那のスマートフォンが鳴った。 透明のスマホケースに鵺ちゃんのステッカーや展覧会の半券が挟んであるスマートフォンが、小刻みに震えている。 愛維が、乃恵が、叶夢が、澪が、歌巴が。 全員が、羅那を見ている。 羅那は伏せてあるスマートフォンを恐る恐る手に取った。 画面には、見覚えのない電話番号が表示されている。 心臓がドクンドクンと鼓動するたび、厭な冷たさをした血液が全身を巡る。 「出てみる」 羅那は、親指で通話ボタンをタップした。 ゆっくりと、スマートフォンを耳に押し当てる。 つーっという電子音が響いている。 電話の向こうで、もぞもぞ、ごそごそと何かが擦れる音がした。 教室に飛び交う話し声も、椅子を引く音も、誰かが教壇の上に登る音も何もかも──遠くなっていく。 羅那の意識はただ、スマートフォンの向こうに向けられていた。 はぁ。はぁ。はぁ。 吐息。 吐息が、微かに聞こえる。 はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。 吐息が、近づいてくる。 はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。 ──私たちから逃げられると思ってるの。 スマートフォンの向こうから、ノイズにまみれたが細い声が響いた。 羅那の心臓に強い衝撃が走り、羅那はスマートフォンを耳から離してしまう。 じわりと汗が滲んで、頭皮がむず痒くなる。 羅那が愛維たちへ視線を戻すと、愛維たちの顔から血の気が引いていた。 聞こえていたのか。みんな。 口の中から唾液が干上がって、口内がカラカラになる。 「ねぇ。なんなの…」 歌巴ががたがたと震え始める。 「今のなんなのっ!?」 歌巴のヒステリックな声が耳を突く。 教室中の生徒たちが皆、羅那たちに注目する。 「落ち着いて歌巴!大丈夫…大丈夫だから…。そうでしょ…羅那」 澪が歌巴の肩を抱き、すがるような目で羅那を見る。 羅那は答えない。 知らない。分からない。大丈夫かどうかなんて。 この電話が掛かって来ているのは、恐らく自分たちだけ。 この六人の共通点と言えば──旧校舎に忍び込んだということ。 だとしたら今のは──。 旧校舎から何者かが掛けてきているのか。 羅那はそう言った。 「旧校舎からって…誰かがイタズラでってことじゃ…ないよね」 澪が恐ろしげに言った。 「それは…ないと思う」 羅那はきっぱりと否定した。 もしも、これがイタズラで、愛維たちのグループ全員に恨みがある者の仕業だとして…犯人は羅那たち全員の電話番号を知っているということになる。 さっきの電話は、アカウントさえ知っていて友達登録さえしていれば誰でも通話可能なメッセージアプリを通じてではなく、スマートフォン本体の電話番号に直接、掛かって来ていた。 羅那は、この学校の生徒たちに電話番号をほとんど公開していない。それは愛維たちも同じはずだ。 簡単に連絡の取れるメッセージアプリがある以上、わざわざ電話番号を他人に教えている者は少ないだろう。 また、羅那たちを脅かすためのイタズラだとしても…自分たち以外に旧校舎に忍び込んだことを知っている者でなければそんなことは不可能だ。 羅那たちが旧校舎に忍び込んだことは、来夢とリクは知っているが、こんなことをするとは思えない。 羅那はそう説明した。叶夢と乃恵が納得したように頷き、澪と歌巴はさらに狼狽した。 「じゃあ何?旧校舎のオバケが…電話を掛けてきたってそういうこと?」 歌巴が泣きそうな声で言った。 「私たち…どうなっちゃうの?死にたくないよ…!ねぇ…」 歌巴が顔を歪めてさらに喚く。 教室中からますます注目が集まる。 「歌巴。ちょっと落ち着いたら?」 愛維が咳払いをし、ぴしゃりと言った。 「ごめん…愛維」 愛維のその刃物のように鋭い一言に、歌巴はびくりと肩を上げ、我に帰ったのか、しゅんと小さくなった。 「そう言えばさぁ」 乃恵が口を開く。 「電話…あったと思う」 乃恵は頬杖をついたままその綺麗に整えられた眉を上げた。 「電話…?乃恵ちゃんそれって…」 羅那は、乃恵の方に身体を向けた。 「あの日…旧校舎に忍び込んだ日にさ…電話があったと思う。公衆電話って言うのかな。暗かったからはっきり分からないけど、赤っぽい色の」 乃恵は手を動かして電話の大きさを示した。 本当に、公衆電話くらいのサイズだ。 「はっち。赤電話って…こういうの?」 澪が歌巴を抱き寄せながら片手でスマートフォンを操作し、カメラロールに保存してある写真を見せた。 温かみのある色合いの写真には、赤い電話が窓際に置かれている様子が写っていた。 「そう。まさにそういうの」 乃恵は人差し指でびしっと写真を指差す。 「これ、委託公衆電話って言って…昔、お店とかに設置されてた公衆電話だよ。この写真は私が喫茶店で撮ったものだけど…旧校舎にも?」 「うん。あったと思う」 「じゃあ誰かが…その電話から…」 澪はそこまで言って、自分に身を寄せて震えている歌巴を見て黙った。 「やっぱりさ…私たち…呪われてんのかもね」 叶夢がぼつりと言った。 「叶夢、やめてってば」 歌巴が弱々しい声で言う。 「歌巴。気持ちは分かるけど…受け入れるしかないよ。怖がってたって始まらない」 叶夢は冷静だ。 「羅那ちゃん。前に言ってた退魔師の人は」 叶夢が羅那の方を向く。 「まだ、返事が無いんだよね。この地域で唯一頼める人だし忙しいのかも」 「その人に任せようよ…いくらでも待つからさ…」 歌巴は澪に抱きつくようにしながらぼそりと呟いた。 「でも…」 もし、呪われているなら 、退魔師からの連絡を待っている時間などないかもしれない。 羅那がそう言うと、歌巴はまた泣きそうな顔になった。 「ひとくちに呪いって言っても…色々種類があるんだよ。例えば…この前みたいな呪咀は、掛けられてると気付いちゃったらもう対処法はほとんどないんだけど…今回みたいに──まだ決まったわけじゃないけど──怪異に呪われた場合は、呪われた場所に赴いて原因を取り除けばなんとかなる可能性はある」 「それって…またあそこに行かないといけないってこと?」 歌巴のまつ毛の長い綺麗な目が恐る恐る羅那を捉える。その目には涙が滲んでいた。 「そう…なる…かな」 「行かなかったらどうなるの」 歌巴が食い気味に聞く。 行かなかったら。 何もしなかったら。 それは。 「もし、本当に怪異に呪われてた場合……何もしなかったら───死ぬ」 死ぬ。 羅那は、はっきりとそう言った。これだけは誤魔化しようがない。誤魔化しては、ならない。 歌巴が息を飲む音が聞こえた。 戸山の件がもし、単なる家出ではなく、失踪が続いたならば、警察が動くのも時間の問題だ。 警察の中でも心霊を取り扱う"特殊事案心霊対策課"が動けば良いが、今回のようなケースだと、まず誘拐などの通常の事件として扱われるだろう。 そうなると"特霊課"は出て来れない。 いずれにせよ、警察が動けば旧校舎への侵入は難しくなる。 対処するなら、それまでに動くのが望ましい。 「とりあえず…もう一度、あの校舎には行かないといけない。原因を究明して…もし、私たちだけで対処できないなら、退魔師さんにお願いする。予め呪いの正体が分かっていたら…退魔師さんもスムーズに対処できると思うから」 そんなに綺麗に事は進まないとは思うけれど。 「調査するのは私だけで良いよ。皆は外で待ってて」 心霊の素人である愛維たちが旧校舎に立ち入るのは危険だ。 呪いを解くため、旧校舎の近くにいる必要はあると思うが、中に立ち入るのは調査が終わってからの方が安全だろう。 「羅那。そんなこと言わないでよ」 愛維が真剣な顔をして両手の指を組む。 「そうだよ羅那ちゃん。私も行く」 叶夢が羅那の肩に手を置いた。 「歌巴。歌巴も…行かないとだよ。生きるため…なんだから」 澪が静かに、歌巴にそう言い聞かせる。 歌巴は下唇を噛み締めながら頷いた。 「役割分担すればいいんじゃない?」 乃恵が腕を組んで言った。 「見張り役と、校舎に入って色々調べる役。いくら夜だって言っても教師が居残ってないとは限らないし…見られたら流石にヤバいでしょ」 確かにヤバい。 旧校舎で生徒が一人消えたかも知れないという状況で旧校舎に忍び込んでいるのがバレたら、大問題になる。 「それ名案。さすがはっち。"山崎"とかにバレたらヤバいしね」 愛維が顔を顰める。山崎というのは、二学期から西倉山高校にやってきた生徒指導部の女教師だ。 山崎に対しては、流石の愛維もどうやら歯が立たないらしい。 「じゃあ…今晩また旧校舎に。愛維ちゃん…鍵…頼める?」 「任せて。あの人ちょろいから」 愛維はけらけらと高い声で笑った。


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