砂糖とレモンのぶるーす#1(F/M)
Added 2025-05-26 13:28:09 +0000 UTC1. 檸檬色の春 (F/M) 春が嫌いだ。 自転車を漕ぎながら、春の朝の薄青空を見上げてそう思った。 寒いのか暑いのかはっきりしない気温も、そんな中でいつも新しい環境がじわじわと広がっていくところも、大切な時期だというのに気づいたら過ぎ去っているところも、嫌いだ。 おまけに春は体調はなんだか優れないし、春を好きになる要素がまるでない。 あいにく桜に感動するような感性は持ち合わせていないから、本当に本当に春は好きではない。 物言わぬ春に対する文句を言いながら"門田 拓未(かどたたくみ)"は深いため息をついた。 自分へのため息だ。 桜の木を見ただけでこれだけ春への文句が次々に出てくるなんて、自分でも嫌になる程に自分の性格が鬱屈としたものだと思ったのだ。 キャンパスに着くまでには、こういう鬱屈とした気分は引き剥がさないといけない。 でないとまた、"同じ"になってしまう。 変わると決めたのだ。 大学から。 これまでとは違う。 教室の端っこで、自分と同じような連中とだけつるむ生き方とは──。 日陰でしか生きられない生き方とは──。 そういった暗い生き方とは違う生き方をすると決めたのだ。 最後の四年間の学生生活くらい、日の当たるところで生きてみたいと思ったのだ。 髪の毛だって初めて茶色に染めた。 ピアスだって初めて付けた。 沢山の初めてを詰め込んで、拓未は変わろうと決めたのだ。 だから、わざわざ遠方の大学を受験した。 柴羽根大学芸術学部デザイン研究学科。 それが拓未の所属する学科である。 学科の人数は少ないくせに人気は高いのでその分、受験の時は結構、狭き門だった。 最寄駅は平坂駅。駅の周りはいわゆる下町で、都会と田舎の中間みたいなところである。 飲食店や不動産屋の立ち並ぶ駅から伸びた学生街を抜けた先にキャンパスがある。 キャンパスは北と南の二つに分かれており、その二つは公道を挟んで分断されている。 拓未の所属する学科の建物は学生街から遠い北キャンパスにあり、電車通学の生徒からすると不便だ。 拓未のように大学近くで一人暮らしをしている者にはあまり関係がないが──。 拓未は、横断歩道を渡って北キャンパスに入ると並木道を右に折れ、駐輪場に自転車を停めた。 カゴに置いてあったリュックを引っ張り出して背負い、一限目の授業が行われる建物に向かう。 一限始まりの朝はいつも寝不足だけど、キャンパスに着くまでにはぼうっとしていた頭も流石にシャキッとしてくる。 大教室には既に半分くらいの学生たちがいた。拓未が部屋に入ると、何人かがちらりと拓未を見た。 注目を浴びるのは苦手だ。 だけど、日陰にいて誰にも見られずにいるのも、嫌だ。 教室にいる拓未と同じ学科の学生たちは様々な星の住人だ。 大学生活が始まって一ヶ月以上が経つ。 最初は、皆、バラバラだった。 皆、どこにいるべきなのか分かっていなかった。 だけど皆、自分のいるべき場所に自動的に収まっていく。 不思議だと思う。 だから拓未のような人間は、気づけばいつも日陰に追いやられてしまっている。 必死にもがいた。 いるべき場所ではなく、"いたいと思う場所"に居られるように。 だけど現実はそう甘くはない。 いくら髪を染めようと、ピアスを開けようと、拓未という人間はいるべき場所に流されてしまった。 何もしなくても日の当たる星に居続けることができる者もいる。 努力せねば陽の光を浴びれない者もいる。 努力しても、光を浴びれない者もいる。 思うに、そもそも生まれ落ちた星が違うのだ。 拓未はきっと、努力しても光を浴びれない星に生まれたのだ。 そう思っている。 拓未がいたいと思った星の住人たちの放つ光は、なんだかちくちくしていてとても近寄れなかった。 かくして拓未は、おさまるべき場所──"喜山くらしデザイン会"という学科内の部活に流れ着いた。 喜山くらしデザイン会は、"KKD"という略称で呼ばれている。 喜山というのはこの辺りの地名で、近くにはその名を冠した神社もあるという。 KKDは、大学周辺地域や企業と連携し、地域活性化に取り組む部活だ。 拓未は別にこの辺の地域に愛着があるわけでも無いし、地域活性化に興味があるわけでも無い。 自分でもどうかと思う。だけど、部活なんてそんなものだろうとも思う。心から活動内容に感銘を受けて大真面目に部活動に励んでいる者なんて、いないと思う。 だけど、どこにも属さないという選択肢はなかった。 だから、拓未はKKDにいる。 KKDには、拓未のような人間にも優しい空気が流れている。 同期も人当たりの良い人たちばかりだし、先輩だって優しい。 不満はない。 でも、満足もしていない。 KKDは、拓未の求める星ではない。 勿論、KKDにも活発な連中は沢山いる。 だけど、KKDのある星には、拓未の求めている光は当たっていない。それだけのことだ。 ──また、不満ばっかりだ。 拓未は、段になっている大教室を登りながらいつもの席に向かう。 前から、見覚えのある生徒が歩いてくるのが見えた。 二重瞼の切長の目。首元まで伸びた黒い髪。小柄な体型。 同じKKDの一員でもある"清水 巡(しみずめぐり)だ。 「おはよ」 巡が挨拶がわりに拓未の脇腹を突いてきた。 「あ"っ」 脇腹に鋭いくすぐったさが捩じ込まれ、拓未が呻くと巡は満足げにふっと笑ってそのまま去って行った。 近くにいた学生たちの視線がまた一瞬だけ、拓未に向く。 拓未は咳払いをして、周りの視線に気付かないふりをしながらいつもの後ろの席に座った。 巡のちょっかいは反応に困る。 飛び上がるのも恥ずかしいし、ヘラヘラしているのも格好悪いし。 でも、巡は自分が困っている様子が見たくてやっているのだろうと思う。だから、タチが悪い。 拓未は昔から、巡のような、拓未と"同じ星の下"に生まれた異性からよくからかわれる。 巡は口は悪いし、すぐ手が出るが、真面目だ。部活内でも積極的に発言するし、既にKKD一年の柱の一つになっている。 授業が始まるまで、拓未は既にチェックした特に興味もないネットニュースを眺める──ふりをしながら、誰かが教室に入ってくるたびにちらちらと入り口に視線を向けていた。 これじゃあ自分が教室に入ってきた時に視線を向けてくる生徒とやっていることは同じなのだが、拓未には理由がある。 これはあくまでも作戦のためだ。 彼女に声を掛ける作戦の──。 授業開始三分前になった時──彼女は突然、現れた。 開けっぱなしの入り口ドアの向こうからすっと静かに彼女は現れた。 檸檬色(れもんいろ)の髪をした彼女。髪には所々、桃のようなピンク色が入っている。 まだ春だというのに、短いパンツから白い太ももが覗いていた。 毛先がくるりとカールしていて、首元まで伸びた髪。白い肌。長い手脚。遠くから見てもはっきりと分かる愛嬌のある綺麗な顔立ち。 涼しげな空気を放つ彼女は、"神崎 沙恵子(かんざきさえこ)"という。 拓未は、彼女のことが好きだ。 入学して間もなく、彼女のことを見てからずっと──。 だが、話したことはない。向こうが自分のことを知っているかも分からない。 話したこともないのに好きになるなんて自分でもどうかと思うけど、これは疑いようのない事実だった。 沙恵子のことはよく知らない。 だが、沙恵子が、およそ拓未の鼠色の人生には登場したことのないビビッドな色の持ち主であることは確かだった。 その見た目も、中身も──。 沙恵子が教室の段を上がり、拓未の方へ近づいてくる。 彼女もいつも後ろの席を使う。 耳には白いイヤフォンが付けられている。声を掛けても聞こえないだろう。 というか何の関係性もない今、声を掛けても戸惑わせるだけだ。 ──悔しいが今日も見送りだ。 拓未はそう言い聞かせて自分を納得させる。 沙恵子が拓未の隣を通り過ぎる。 拓未の心臓が勝手にドクドクと強く脈打つ。 拓未の頑張ってつけたピアスとは違い、彼女の耳のいくつものピアスは美しく自由にきらきらと光っている。 ぶかっとした大きめの黒いトレーナーから、良い匂いがふわりと香る。 沙恵子は拓未の方を見ることもなく、いつもの席に座った。 勝手に緊張していた拓未の身体から徐々に熱が引いていく。 これから始まる授業はグループワークもないし、当然、神崎沙恵子と話す機会はない。 拓未にとっての授業のピークは、彼女の姿が視界に入る授業前までだ。 あとは、だらだらと授業を受けるしかない。 彼女のことをあれこれと考えながら。 ほとんど何も知らないけれど、彼女が"喜山会"とかいう妙ちくりんな部活に所属しているという情報だけは掴んでいた。 喜山会というのは、なんでも古い学生寮を守る部活らしい。 喜山会には拓未と同じ学科の学生も数名所属しているのだが、拓未からするとみんな特殊な光に包まれている人間たちだ。 思うに彼ら彼女らは"何もしなくても日の当たる星に居続けることができる者"だ。 拓未とは住む星が、生まれた星が違う。 沙恵子も同じだ。だから。簡単には近づくことなど出来ない。 それは分かっている。 でも──それはこれまでの拓未ならばの話だ。 自分は変わった。 だからきっと、他の星の住人でも近づくことは出来るはずだ。きっとそうに違いない。 拓未は強く言い聞かせた。 ◯ 放課後。 拓未は芸術棟の一室にいた。ホワイトボードといくつかの机とそれから電子レンジも湯沸かしポットのあるだけの部屋だ。 ここがKKDの活動場所だ。 古めの冷房がごうごうと音を立てて必死に部屋を冷やしている。 まだ5月。季節で言えば春だが、午後以降は冷房が必須だ。朝はひんやりとしているのだが。 部屋には拓未しかいない。今日は進行しているプロジェクトの打ち合わせがある──のだが、先輩たちの授業が終わるまで待たねばならない。 拓未が普段仲良くしているKKDの男子連中は今日の集まりには参加出来ないようで、一年では誰が今日の打ち合わせに参加するのか拓未は把握していないのだが、プロジェクトの中心である巡が来ることは確かだ。 巡が来るということは高確率で彼女と仲の良い"西杏里(にしあんり)"も来るかも知れない。 二人が来るならなんとかなるだろう。 どうせ、このまま帰っても暇だ。 ──会議の準備でもしておこうか。 拓未は部屋の机を寄せ集めて一つの大きな机にした。 それも終わるといよいよやることがない。 さっきの授業が早めに終わったせいだ。 こんなことなら一旦家に帰っても良かったかなと拓未がそう思った時── ドアが開いた。 ドアの向こうには、巡と杏里とそして何故か──彼女がいた。 所々に桃色が差し込んだ檸檬色の髪の──神崎沙恵子。 拓未の心臓が激しく動き始める。 「あれ。拓未、来るの早くない?」 巡がどうでも良いものを見るような目で拓未を見た。 「授業が早く終わったんだよ」 拓未は沙恵子には気づかないふりをして、ぶっきらぼうに答えた。 本当は、視界に映る檸檬色が気になって仕方がなかったのだが。 何が。何が起きている? 何故ここに神崎沙恵子がいる? いや。 そう言えば、杏里は沙恵子と親しいのだ。だからか、たまにこの三人で一緒にいるところを見かける。 でもどうして──。 「なぁ」 "見ないようにしているところ"から、視線が飛んでくるのを感じた。 「門田くんやんなぁ?」 涼しい声がそう言った。 「えっ」 彼女が、神崎沙恵子が何を言ったのか分からなかった。 自分の名前を呼んだのか。 神崎沙恵子が? 何故? なんのために? 「私のこと知ってる?まぁ知らんやんな。あはは」 いつのまにか目の前にいた沙恵子は爽やかに笑った。 「沙恵子ちゃんのこと知らないとかないでしょ」 巡が言って、机にリュックを下ろす。 「い、いや別にその…」 知っていたと答えるのは──なんだか気色悪い気がする。 かといって知らないのは嘘だし、第一、失礼な気がする。 「なにきょどってんの」 「はっ!?きょどってないよ」 巡から飛んできた鋭い言葉が突き刺さり、取り乱してしまう。 「図星じゃん」 巡は見下すような目で拓未を見た。 「いや違うから」 拓未は必死に首を横に振る。 顔がぐんぐん赤くなっているのが自分でも嫌と言うほど分かる。 こんな格好悪いところを 彼女に見られるなんて最悪だ。 拓未は恐る恐る沙恵子を見た。 だが。沙恵子は、仲良いんやなぁ、と言って笑っているだけだった。 その視線は、拓未には向いていない。幸か不幸か。 「あ。机やってくれたんだ。ありがとう」 巡が、会議用に拓未が合わせた机を見て礼を言った。 このタイミングで礼を言われると思っていなかったので、まだ言い返そうとしていた拓未も拳を引っ込めざるを得なくなった。 巡は妙に律儀なところがある。 神崎沙恵子は──ノートパソコンを開いて、杏里から何か説明のようなものを受けている。 なんで神崎がいるんだ?と聞きたいけれどそんな勇気はない。 彼女の方を見るたびに心拍数が上がるのだから。 「沙恵子ちゃん。資料作り手伝ってくれるんだよ。ほら、今日来れる人少ないから」 巡がまるで拓未の疑問を察したように言った。 「へぇー。なんか申し訳ないなぁ」 「ええねんええねん。部活始まるまでどうせ暇やから」 巡に対して言ったつもりだったのに、沙恵子本人が返事をし、しかも笑顔を向けてきたので拓未は固まってしまった。 「あ、分からんとこあったら教えてなぁ。門田くんも」 沙恵子はそう言ってまた、ノートパソコンに目を向けた。 「あ、あぁ勿論…」 噛みそうになる。声が上手く出ない。 「なにカッコつけてんの」 「いや!つけてないから!」 横から巡の図星を突いたツッコミが飛んで来たので拓未はつい肩を上げた。 「今日さぁ、ほんとに誰も来ないの?」 「うん。私たちだけ。杏里もバイトだからもうすぐ帰るけど。直也たちも来ないよ?良かったね。ハーレムで」 巡は台詞を読み上げるみたいに抑揚のない声でそう言った。 「いや別に嬉しくないけど」 拓未が険しい顔を作ると、巡はそれを見てフッと笑う。 「ごめんね。それじゃあ私はこれで…あとはよろしくお願いします」 杏里は沙恵子に説明を終えると、本当に帰ってしまった。 さて、自分は何をしようか。 拓未はわざとらしく気難しい顔を作った。 巡はプロジェクトの重鎮で、沙恵子は杏里の担当している資料作りのピンチヒッターだ。 拓未の仕事は決まっていない。 普段から特に積極的に仕事をする方ではないから、こういう時に手持ち無沙汰になってしまう。 何かやることないかな? 拓未が巡にそう聞こうとした時だった。 「私ちょっと顧問の先生に話聞いてくる。沙恵子ちゃんお願いね。あ、拓未も」 巡はそう言うと、拓未の返事も待たずにドアを開けた。 「えっ…ちょっ…」 ばたんとドアが閉まる。 部屋には、拓未と沙恵子だけが残った。 沙恵子はじっとノートパソコンの画面を見つめながらキーボードを叩いている。 まずい。 まさか二人きりになるなんて想定していなかった。 心拍数がまたドクドクと音を立てて上昇していく。 何か話そうか。 沙恵子には、寡黙で暗いやつだと思われたくない。 いやしかし話せば邪魔になるかもしれない。 「なぁなぁ」 沙恵子の爽やかな声がした。 「ど、どうしたの…」 拓未は精一杯、明るい声で返事をした。 「ちょっとここ…良く分からんねんけど」 沙恵子は画面を見つめたまま、手招きした。 神崎沙恵子の手が、自分を呼んでいる。 こんなことがあるのか。 拓未は椅子からぴょんと立ち上がり、ギクシャクした動きで沙恵子の近くまで寄った。と言っても…どこまで近づいて良いのか分からなかったから少しだけスペースを開けた。 まさかこんな近くでこの檸檬色の髪を、桃色を見ることになるとは思ってもいなかった。 短いパンツから剥き出しの白くて健康的なむっちりとした太もものせいで、目のやり場に困った。 とはいえ顔を直視するわけにもいかない。困った拓未は何故か沙恵子の耳を見た──というより目が留まった。 耳はピアスまみれなのだ。 耳たぶに一つ。それから軟骨を銀色の細長いピアスが貫いており、その近くにももう二つほどキラキラとピアスが輝いていた。 「ここのさぁ指定されたフォントがこのパソコンにダウンロードされてないねんかぁ」 沙恵子は人差し指でビシビシと画面を指差し、椅子ごとノートパソコンから少し離れた。 操作してくれということだろう。拓未はそう受け取った。 神崎沙恵子のパソコンに手を伸ばす。 「それなら…ここからダウンロード出来るよ。うん…ライセンスも…問題ないし…」 幸い、拓未はPCに少しだけ明るい。 「うわほんまや…!門田くん詳しいなぁ!羨ましいわぁ〜」 沙恵子は唸るように言った。 拓未の心臓は今にも飛び出してしまいそうだった。 沙恵子はまた、カタカタとキーボードを打ち始めた。 再び沈黙が流れる。 元の席に戻った方が良いのか。このままいた方が良いのか。 分からない。 ただ突っ立っているのは変だから、やっぱり話したほうが良いと思った。 そうだ。部活の話題でも。 「あの…さ」 「どうしたんー」 やっとの思いで絞り出した拓未のぎこちない声とは対照的な、爽やかで伸びのある声が返事をする。 「部活って…喜山会…だっけ」 「え。知ってるんや!」 沙恵子は首を拓未の方に向け、目を丸くした。 「ま、まぁ噂で…変わった部活らしい…ね」 拓未は、沙恵子のそのまつ毛の長いぱっちりとした目を直視出来ず、つい視線を落としたまま答えた。 「うん。そやなぁ…話すと長くなるねんけど…うん…変やな」 「楽しそうだね…。部活仲間もいたり…?」 「そうそう。三年生の先輩が二人と…あとは私ら一年。皆、同じ学科やねんで」 「へぇー…そうなんだ」 知っていたけれど。 「皆…仲良いの?」 くだらない質問だ。 「どうやろ?まだ一ヶ月とかやしなぁ。っていうか、最後の一人はこないだやっと入って来たし。入学してすぐ勧誘されてたのに。そいつ男子やねんけど変なやつやねん。っていうか、うちの男子は変なやつばっかりやで」 沙恵子は呆れたように笑いながら言った。 ──変な男子か。沙恵子は、その中の誰かと付き合っていたりするのだろうか。 そんなことを思う。口が裂けても聞けないが。 「こっちの部活はどうなん?みんな仲良し?」 「えっ…あーいや…どうだろう…」 仲が良いのか悪いのかは分からない。悪くはないけど、特別良いとも思わない。 駄目だ。まともな返事になっていない。 沙恵子は関西人だ。オチもないこんな返事…つまらないやつだと思われたに違いない。 「どうしたん?大丈夫?」 沙恵子が心配そうに拓未の顔を覗き込んだ。 「えっ。あ、うん…なんでもない」 いつものネガティヴな色が顔に出ていたようだ。 「ごめんなぁ。私、喋りにくいやろ?よう警戒されたりもするし」 沙恵子はあははと笑ってその長い脚を組み替えた。 「い、いや別に…」 「まぁテキトーにあしらってくれてええから。むしろそれが正解っていうか…うん」 沙恵子はそう言って一人で頷いた。 「巡ちゃんとは仲良しなんやなぁ」 沙恵子が、巡の出て行ったドアの方を見た。 「まぁ仲良しっていうか…こき使われてるだけっていうか…」 これが、模範解答だと思う。 「え。そうなん?あ、でもそんな感じやなぁ確かに」 沙恵子は、拓未のつまらない答えにもにこやかに返事をしてくれる。 それなのに、拓未はそこから話を繋げることができなかった。 せっかく近くにいる神崎沙恵子と距離を縮めることも出来ず、拓未は元の席に戻った。 「よし。とりあえずこんなもんかな。そろそろ部活行かなあかんし…」 沙恵子はパソコンをぱたんと閉じて立ち上がると、うんと伸びをした。 「ありがとうな。助かったわぁ」 沙恵子が涼しい笑みを向ける。 「こちらこそ…」 拓未は律儀に頭を下げる。 つまらない真面目野郎だと思われただろうな──そんなことを思う。 沙恵子が部屋を出ようとすると、ちょうど、巡が帰って来た。 「あ、沙恵子ちゃん」 ファイルを持った巡が沙恵子を見上げる。 「頼まれてたとこまでは終わったよ。門田くんにも教えてもらって」 「ありがとう。ほんと助かる。拓未、余計なこと言ってなかった?」 「うーん…。あ、さっき巡ちゃんにはこき使われてるって」 「へぇ…」 巡が横目でジロリと拓未を見た。 「い、いや…ただ事実を…」 まさか何気なく沙恵子に漏らした言葉が巡に届くとは思ってもいなかった。 「そしたらまた、明日〜」 沙恵子は手を振りながら部屋を出て行った。 ドアが閉まる。 神崎沙恵子との邂逅。 その余韻に浸る暇などなかった。 なぜなら── ──巡が、目を細めてじっと拓未を睨んでいる。 「そろそろ先輩たち来るかなぁ…俺ちょっとコンビニに…」 とてつもなく嫌な予感がする。 拓未がそろりとドアに手を伸ばすと、巡がするっと拓未の前に回り込んだ。 「昨日さぁネットで面白い記事見つけてさぁー。なんかこちょこちょのツボってやつがあるらしいんだよねー」 巡は突然、妙なことを妙な声色で言った。 「そこを一瞬だけ指でグリッて触るだけでめちゃくちゃくすぐったくて、力が抜けちゃうんだってさー」 「へ、へぇ…」 拓未は後退りする。 とてつもなく嫌な予感が、現実になる気配がする。 「そこをさぁ、一瞬だけじゃなくて、ずーっとグリグリやったらどうなるのか試してみたかったんだよねぇー」 「へ、へぇそうなんだ。じゃあそれはぜひ仲の良い友達にでも試してみたら良いんじゃないかな」 「ううん。その必要はない。いつも通り、拓未をこき使わせて貰うから」 巡の視線が、拓未の細い胴体に向く。 「なんで!?」 「ほら、早くこっち来な。いつも私にこき使われてるんでしょ?今回も実験を手伝ってよ」 「なんでそうなんの!?」 「いま受けないと、皆がいる前でやるよ?」 巡がじりじりと拓未に近づいてくる。 「はっ!?馬鹿じゃないの!」 「誰に言ってんの?」 巡の手が素早く飛んできて、指先がちょんっと脇腹を突いた。 「ぐぁっ」 拓未の細い身体がびくんと波打ち、じわりと脇腹からくすぐったさが広がる。 「潔く受けるなら手加減してあげる。抵抗するなら…本気でやるよ」 「ど、どうせ本気でやるくせに…」 拓未はぼそりと文句を言った。 「へぇ…私の言ってること信用しないんだ」 小声での文句でさえしっかりと 指をうねうねうねうねと踊らせ始めた。 「いっ!?日頃の行いから判断してるだけだって!」 拓未は、いつのまにか壁の隅っこに追い詰められていた。 「三秒以内に決めなよ?降伏するか抵抗するか。さん、にい…いち…」 巡のこちょこちょこちょこちょと蠢く指のスピードが上がり、その指先がしっかりと拓未のウィークポイントに向けられる。 いよいよ刑が執行される。 だが、降伏する気はない。 そんなのは、不恰好だ。 「い、いやだからっ…」 拓未が手を前に突き出した時、 「ぜろ」 カウントダウンは終わりを告げた。 目に止まらぬ速さで両手が飛んでくる。 巡の手は拓未の腋に捩じ込まれ、腋の下をこちょこちょ掻きむしり、うぎゃあと呻いて腋を閉じ仰反る拓未のお腹をワシャワシャ引っ掻いた。 「ちょっ!!?」 抵抗する間もなく、巡は脇腹を掴んで親指でモミモミと揉みしだいた。 「ひぃぁぁあああっ!!」 自分でも呆れるほどふにゃふにゃと力が抜けていく。 拓未は崩れ落ち、仰向けに倒れた。 すかさず、巡が腰のあたりに馬乗りになる。 小柄だが体重の掛け方が巧く、抵抗出来ない。 「えーっと確か…こちょこちょのツボは…」 巡がウニョウニョ蠢かせている指を、拓未の肋骨と脇腹のキワのあたりで止める。 「ここっ!」 グリグリッ!! 「ぎゃぁぁああぅっ!!?」 肋骨と脇腹の境界にあるこちょばぁいポイントを指でグリグリ指圧され、猛烈なくすぐったさが炸裂し、身体が勝手にビクビクと痙攣する。 巡はあははと笑う。 「本当に効くの?」 グリッ! 「あぅっ!!?や、やめろってば!!」 ツボを指圧されるたび、変な声が勝手に漏れる。 「演技じゃないの〜?」 グリグリッ!! 「あああああぅっ!!?」 巡は心底楽しそうに親指で肋骨と脇腹の間をほじる。 「ここをずっとグリグリすれば良いのか…」 「良くないって!!」 「されたくないなら…さっきの数々の暴言を撤回して」 巡がようやくツボから手を離す。 ツボには、じわじわとこそばゆい余韻が残っている。 「なんでそうなるの…」 「言わないの?」 巡は脅すような口調で言うと、脇腹をひと揉みし、さらに脇の下をコチョコチョと軽く。 「うぎゃぁぁぁあああっ!!?」 不気味なほど手際の良いくすぐりに拓未は堪らず悶える。 もしも巡に屈して、それを誰かに言いふらされたら最悪だ。 それが、沙恵子の耳に入ろうものなら──。 駄目だ。絶対に屈せない。 拓未は巡を睨み返した。 「へぇ。謝るつもりはないんだ?じゃあちょっと…処しとこっか」 「へっ!?」 巡の手が、拓未の肋骨のあたりをガシッと掴んだかと思うと、指先が骨の隙間にグッと食い込む。 「うぁっ!?」 「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ〜」 巡はこちょこちょと言いながら指先を器用に動かし、ゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョ!!っと骨の隙間の神経をほぐすようにくすぐった。 「にゃあっ!!?んにゃはははははははははははははははははははは!!?ちょっ!?きつっ!!?うふはははははははははははははは!!?」 骨の隙間に、グイグイと耐え難いこそばゆさが捩じ込まれてくる。 拓未は必死に身体を捻るようにして暴れた。 それでも巡は、肋骨の隙間にあるくすぐったい神経を的確にゴニョゴニョとほぐし続けてくる。 「素直になったほうが良いよ」 ゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョ!!! 「うわははははははははははははははは!!?う、うるさぃっっ!!!うるさいっっ!!っっひひははははははははははははははははー!!?」 笑うのは我慢できないが、せめて言葉だけでも抵抗しておきたかった。 だが──。 「うるさい?」 その抵抗が巡の神経を逆撫でした。 巡の手が素早くお腹に滑り、ワシッと爪が突き立てられる。 「ぐひぃっ!!?ちょっ!?」 敏感な腹部に、爪の感触が走り、拓未は声を裏返した。 「今、うるさいって言った?」 巡は首を傾げ、ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ!!っと爪の先で腹部を掻き回した。 「ほあああああああああああああああああああっ!!?あはは!?あははははははははは!!?ちょっ!?お腹っっ!!お腹はぁぁぁぁあああああああああ!!」 身体を丸めたくなるような強烈なくすぐったさが腹部で爆発する。 「分かる分かる。お腹はやばいよね。でも自業自得だから。これ」 巡は腹部をスリスリと撫で回したかと思うと、またすぐに細かくコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョと腹部をくすぐり回す。 「にょはははははははははははははは!!?きついっっ!!きついって!!!きついってばぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」 爪の先のツルツルした感触とくすぐったさがゾワゾワこちょこちょと腹部を蟲のように這い回り、拓未の体内から大量の酸素を奪い上げていく。 「どうする?謝る?」 「はぁはぁはぁっ!!ごめんって…」 テキトーに謝るくらいなら──。 しかし。 腋の下に強烈なくすぐったさが打ち込まれた。 「ぎゃうっ!!?なっなんでっ!?」 「反省の色が見えない」 巡はそのまま腋の下に指を集結させ、コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!っと指先で蹂躙した。 「ぎゃぁぁぁああああああああああああああ!!?あははははははははははははははは!!?ちょっ!?ワキはっっ!!!あはははははははははは!!?」 拓未のワキに恐怖の寒気を含んだくすぐったさが注がれ、拓未は堪らず腋を閉じる。 「そんなことしても無駄だよ」 巡は冷徹に言い放つと、閉じられた腋の下に指をズクッと捩じ込み、クチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュと指先でほじくるようにくすぐった。 「かっっ!!?くあはははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!?ふあはははははははははははははははははははははは!!?」 指の先っちょからズクズクとくすぐったぁい刺激が捩じ込まれてくる。 腋を閉じているせいで巡の手は完全に固定されている。かと言って腋を開けばまた別のこちょこちょをされるのは目に見えている。 八方塞がりだ。 「このまま酸欠で死にたい?」 巡は細い眉を上げ、器用に指の先っちょだけを動かしてクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュ!!!っと腋の下の神経をえぐる。 「くぁっ!!?かっ!!?くははははははははははははははははははははははははははははははは!!?わかっだ!!わかっだがらぁぁっっ!!!」 このままこの濃厚なくすぐったさを浴び続けていると本当にどうにかなってしまいそうだった。 「分かったって何が?」 巡が答えを催促するように、今度はお腹をコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョと掻き回す。 「ぎゃはははははははははははははははははは!!?だっっだからっっ!!さっきのぉっ!!撤回っっ!!するからぁぁぁっ!!」 撫で回しと掻きむしりの中間といった手つきで腹部をこちょこちょされ、とうとう拓未の心は折れた。 「最初からそう言えば良いのに」 巡の手がようやく止まった。 「はぁはぁはぁっ!!けほっ!!は、早くそこどいてよ…」 「なんで?」 「はっ?」 「こちょこちょのツボの実験まだやってないじゃん」 巡は恐ろしいことを言って、宙で何かを揉むような仕草をして見せた 「ひっ!?なんでっ!?謝ったじゃんか!」 「それとこれとは別」 巡は両手の指を絡み合わせ、手首を捻って手のひらを前に突き出す。 何かの準備運動のような動きだ。 「えっと…こちょこちょのツボは〜」 巡の手が、揉むような手つきのままゆっくりと…肋骨と脇腹のちょうどキワのあたりに移動する。 ちょんっ! 「うあ"っ!!?」 肋骨と脇腹のキワにある"例のツボ"を人差し指で突っつかれ、拓未は腰を浮かせて呻いた。 背面から、だらだらと冷や汗が吹き出す。 「何分くらいやろっかな〜」 巡はニヤニヤとサディスティックな顔をしながら拓未のツボを見つめた。 「何分って!?一秒も無理なんだけど!」 「大丈夫。慣れるから」 「慣れるって!?ぎゃっ!!?」 また、ツボをグリッとほじられた。 「つべこべ言わないの」 「はぁはぁっ!り、理不尽なっ…」 「これだけでもヤバいんだよね?」 巡がまた、人差し指でツボをグリグリ触る。 「うおぉぉぁぁああっ!!?」 「じゃあやっぱり…こうやってちゃんと全部の指で挟み込んで…」 巡はぶつぶつ言いながら、両手でがっちりと肋と脇腹のあたりを捕まえ、ツボのところに親指を添える。 「親指で──」 グリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリ!!! 「はっっ!!?わっ!!?ぎゃぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!!?あっ!?だめっ!?これっ!!?ちょっ!?巡っっ!!?きぃぁぁぁぁあああああああああ!!?」 しっかりと固定された状態でツボをグリグリと執拗にほじくられ、とんでもないくすぐったさが捩じ込まれる。 拓未は激しく脚をバタつかせ、腕を振り回した。 「なるほどなるほど。効果抜群か」 巡は頷き、他人事みたいに言いながらグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリとツボを親指の先端で巧く指圧し続ける。 「うえへへへへへへへへへへへへへへへへへ!!?ギブっ!!ギブ!!もうギブ!!降参っっ!!降参するからぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああっ!!!ははははははははははは!!?」 親指がツボとやらに触れてグリグリと指圧するたび、叫ばずにはいられない濃厚なくすぐったさが炸裂する。 拓未は堪らず巡の手首を掴んだ。 「こらこら。抵抗しないの」 巡は、より深く親指をツボに食い込ませ、コリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリコリと押し込むようにくすぐった。 「ぶあっ!!?ああああはははははははははっ!!?へははっ!!?へひゃはははははははははははははははははははははははは!!?」 さっきまでとは違う刺激の入り方に拓未はまた、首を伸ばして叫んだ。 「どう?慣れてきた?」 肋骨と脇腹の境界点にあるツボをコリコリしながら巡が首を傾げた。 「慣れるわげっ!!ないだろぉぉぉっ!!っっはははははははははははははははははははははははははははははは!!?」 「ふーん。じゃあもうまだやんないとだね」 巡の指が、モゾモゾと動く。 「はっ!!?」 あろうことか巡は、余っている指の先で背面の方をコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョと引っ掻き始めた。 「うへへっ!?ひゃっ!!?うへははははははははははははははははははははははははは!!?なにやっで…!!?えへへへへははははははははははは!!?もう無理だってぇぇ!!」 脇腹と肋骨の後方──ちょうどくびれの部分の表面を巡の指が滑らかにこちょこちょこちょこちょと滑る。 ツボへのくすぐりとは違う、ゾクゾクするくすぐったさに拓未は必死に身を捩った。 すると、仰向けだった身体が中途半端な横向きに倒れてしまった。 「なに?こっちコチョコチョして欲しいの?」 巡はとぼけたように言って、背中の方に手を回し、コショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショと背面の神経をイジメ抜いた。 「ち、ちがっっ…!!?んにはははははははははははははははははは!!?違うっ!!違うからぁぁぁぁぁああああははははははははははははははははははは!!?」 敏感な背面を、こちょばゆい指がこちょこちょこちょこちょと餌でも喰らうように這い回り、拓未は蛇のようにぐねぐねと上体をうねらせた。 「違うならさっさと元の体勢に戻れば?戻れないなら…」 巡は意地悪な笑みを浮かべ、拓未の脇腹をグッと捕まえ、グニュグニュグニュグニュグニュグニュグニュグニュグニュグニュ!!っと揉みしだいた。 「あぁ"っ!!?あへはははははははははははははははははははははははははは!!?ああああああははははははははははは!!?ちょっ!!?ちょぉぉっ!!?っっははははははは!!?」 脇腹のこちょばゆいツボに親指がグイグイ食い込み、グニュグニュと奇妙なリズムで神経を揉むたび、ビクンビクンッと激しく拓未の身体が暴れる。 暴れ過ぎて──完全にうつ伏せになってしまった。 「なんだ。やっぱり背中が好きなんじゃん。でも…」 巡の手がすっと拓未のとある部位に伸びる。 「今はこっちの気分かな」 巡の指がパッと開いたかと思うと、その指先は腋の下をガッと捕まえた。 「ぎぃあっ!!?」 拓未が呻いた直後、巡の指先はガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシ!!っと何かを泡立てるような動きで腋の下を掻いた。 「うわぁぁぁぁあああああああああああああ!!?あはははは!?あははははははははははは!!?ちょっ!!?なんでワキぃぃぃぃっ!!?ぃひひひひはははははははははははは!!?」 爪の先でしっかりと神経をとらえたまま、ガシガシと激しくそれを掻き回す絶技に拓未はただ無様にジタバタと脚を振って叫ぶしかない。 巡の手首を掴もうにも、うつ伏せでは上手くいかない。 巡は、完全に腋の下の神経に指先が食い込んだ状態でグイグイグイグイとくすぐったさを注入してくる。 「かっっはははははははははははははははははははははははははははは!!?もういいっ!!いいからぁぁ!!うあああはははははははははははは!!?」 涙で視界が滲む。 「ここにもツボ…あったりして」 巡が、グイグイと何かを探るように指を動かしたかと思うと── グチュッとその指先を腋の下の窪みに滑り込ませた。 「あっっ!!?」 粘度の高いくすぐったさがじわりと腋に走る。 「お。やっぱりあった」 待って!! 拓未がそう懇願するよりも早く、巡はそのツボをグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュ!!っと擦るようにくすぐった。 「おわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああっ!!?ちょっ!?やばっ!?そこっ!!?うわぁぁぁぁあははははははははははははははは!!!」 指先からくすぐったさの原液のようなものがグチュグチュと注ぎ込まれ、拓未は断末魔の如き絶叫を搾り上げる。 身体は完全に弛緩して、もはや暴れるというよりはただ痙攣していた。 「もうちょっとだから我慢しようねー」 なおも巡は他人事のように言って、グチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュグチュ!!!っと腋の下のツボを擦り、えぐり、指圧し続けた。 「うへへへへへへ!!?うひひひひひひ!!?ほんとにっっ!!けほっ!!けほっ!!ほんとにぃぃぃぃっ!!!っっひはははははははははははははははははははーっ!!?」 拓未が尿を漏らしてしまいそうになった時、巡はようやく手を離した。 「ぐぇぇっ!!はぁはぁはぁっ!!!」 拓未はぐでっと床に伸びた。 「お疲れ」 巡は拓未の尻をぱんっと叩いた。 「はぁはぁはぁっ!!」 拓未はヘロヘロになりながら床を這い、巡の尻の下から抜け出した。 流石にこれ以上の追撃は考えていないけど──。 くすぐりから解放された拓未は冷静さを取り戻し、異性に馬乗りになられているというシチュエーションに抵抗を覚えたのだった。 巡りは友人だ。だが、友人とは言え、距離感が近過ぎると妙な気持ちにはなる。恥ずかしい。 「良い運動になったでしょ」 「はぁはぁっ…」 とりあえず首を縦に振った。否定したらまた何をされるか分かったものではない。 程なくして待っていた先輩たちがやってきた。先輩たちはまさかここで拷問じみた行為が行われていたとは知らず、いつも通りに打ち合わせに入った。 部活が終わったのは19時過ぎだった。 拓未は部屋の窓が全て閉まっていることを確認し、部屋の外に出た。 部屋の戸締りと鍵の返却は一年の仕事だ。 巡が部屋の照明を落とし、ドアを閉め、鍵を穴に差し込み、回す。 「いこ」 巡がくるりと背を向けて歩き出した。拓未もそれに続く。 なんだか今日は充実した1日だったように思う。 彼女のお陰だ。 外は随分と肌寒かった。 横断歩道へと続く並木の方へ向かって歩く。 巡がぼうっと前を見つめていた。 視線の先には、二人の男女が歩いていた。 薄闇の中を歩くその人影の正体を認めた時、会議終わりで疲れていた拓未の身体に熱い血液が巡る。 薄闇でもくっきりと分かった。あの爽やかな檸檬色の髪は──。 間違いなく彼女だ。 そしてその隣にはちょっと癖っ毛の黒髪の男子学生がいる。 彼は確か──。 二人とも拓未と巡のいるところから離れたところを歩いているから、こちらには気づいていないようだった。 「沙恵子ちゃんって可愛いよね」 巡がぼそりと言った。 「えっ!?」 拓未は声を裏返した。そしてすぐに咳払いをし、俯いた。本心を悟られないようにするためだ。 拓未は何も答えなかったが、巡は特に気にすることもなくぼうっと二人の影を見つめていた。 「あそこさぁ。付き合ってたりして」 「えっ?」 巡が妙に深刻そうな口調で拓未には聞き捨てならないことを言ったので、拓未はまた声を裏返しそうになった。 「知らないけどね。うん。なんでもないよ」 巡は言って、視線を二人から外した。 彼女も流石に疲れているのか、なんだか声に張りがない。 「あぁ…そう」 拓未はさっきの言葉が巡の単なる推測だったことに安堵しながら二人の影を見た。 二人は古い学生寮のある方へ消えて行った。 きっと部活があったから二人で歩いていただけだろう。そうだろう。そう思いたい。 今、檸檬色を見たことでまたさらに脳内の彼女のビジョンが鮮明になった。 初めて間近で見たあの髪の色。ピアス。綺麗な肌。どれも鮮明に思い出せる。 拓未には未だに聞き慣れない関西弁とそれを話す涼しい声も。 そしてその声が自分の名前を呼んだことも。 彼女が自分にどのような印象を抱いたのかは分からない。もしかしたらなんの印象も持っていないかも知れない。 だけど、いつもは眺めていることしか出来なかった彼女と、今日初めて言葉を交わせた。 大きな進歩だ。十分な進歩だ。 こんな日があるのなら。 春も悪くないな。 そう思った。
Comments
巡にも色々な面があるみたいですね…! 子供っぽかったり、かと思うと親みたいだったり…。 どちらが本当の巡なのか、そもそもその両方が彼女の本性なのか! 子供っぽい面を見せるのはどんな人に対してどういう時なのか、大人っぽいところを見せるのかどんな人に対して、またどういう時なのか…。 そのあたりにも注目?かもですね! 確かに…巡みたいなタイプは子供から人気出そうですね…! 容易に想像できます笑
Kara
2025-06-15 12:21:05 +0000 UTC清水巡は母親みたいだとツッコまれているシーンもありましたね。 子どもっぽいのはどこまでなのか、こちらの勝手なイメージでブレずに、これからも本来の巡でいてほしいと思います! 未だに捉えられない、底知れぬ所が魅力です。 今確かなのは、くすぐり魔な一面と、お世話好きで律儀な一面を併せ持っていることですね。 このタイプの巡はインターンシップで幼稚園とかに行ったら、すごく活躍しそうなのが目に浮かびます!笑
(´・ω・`)
2025-06-08 14:02:54 +0000 UTC普段見て頂いている世界とは別の世界から、柴羽根大学でのお話を見て頂くことで、既にお馴染みの登場人物の新しい一面などにも触れて頂けるかと思います! そうですね。拓未の望みが叶えられるかどうかは、彼次第です。 拓未はきっと、最初は甘酸っぱくても最終的には甘いところだけを味わっていたいのでしょうが…果たしてそんな理想的な結末になるのか…。 拓未が運命に抗った先に拓未の望む世界はあるのでしょうか…! 巡は学校でもくすぐりで制裁を課してくるあたりまだまだ子供っぽさもありますが…そうですね…そろそろ大人への階段を上がっていく時期ですから、リキュールのような大人っぽさが徐々に染み込んでいく時期でもありますね。 とは言え、巡のレモンパウンドケーキにはまだまだリキュールはそこまで沢山染みていないような気はするので、彼女の成長もこれから…みたいですね! 巡のくすぐりは気のせいか別の星の彼を虐める時よりもずっと筆が乗りましたね! おかげでハードに仕上げられました! 感想ありがとうございました!!
Kara
2025-06-07 12:00:02 +0000 UTCこっちの星に生まれた住人たちの話も興味深く、注意深く見守りたい所です! どのような特別な思い出があるのか…。 その出来は、甘いよりになるのか、酸っぱいよりになるのか。 それは門田くんがどこまで運命に抗えるか次第かなと思います。 清水巡の存在は、まるでレモンパウンドケーキにリキュールを加えたかのように、しっとりとした高級感を与えてくれますね。 まだ子どもっぽさがある巡をお酒に例えるのはどうなのかと思いましたが、「大人っぽさ」が加わり始める年頃の彼女には意外と合っているのかもしれません笑 巡の手による上質なくすぐり実験は、Fanboxスペシャル版って感じでなかなかに執拗でハードでしたね!可哀想に!笑
(´・ω・`)
2025-06-03 13:26:55 +0000 UTC