【5,591字】小人さんたちが一生懸命お仕事するお話(楽屋編)
Added 2022-05-12 15:00:00 +0000 UTC※このお話には残酷な表現が含まれています。 [newpage] 「さて、そろそろ戻って来られる時間ね。新人ちゃんたち、準備はいいかしら?」 いかにも仕事のできそうな先輩の問いかけに、俯きがちな私たちの反応は芳しくない。 それもそのはず、未だ10年と少し程度しか生きていない少女に、命の保証がない仕事に取り組む覚悟なんて出来るはずもなかった。 「…まぁ、貴女たちの気持ちはわかるわ。でもね、最も大切なのは、必ず生きて帰ってくるんだという強い気持ちと、やり遂げようというプロ意識なの。これまで教えたことを忠実に。今夜のディナーもみんな一緒に楽しむのよ。」 悶々としていたところで状況が変わるわけでもない。 先輩の強い言葉を胸に刻んだ私たちは、改めてお互いに手を取り合って気持ちを共有するのだった。 『キャストの皆さんが戻られまーす!』 大音量で響き渡った女性の声を合図にして、遥か遠くで見上げるように聳え立つ巨大なドアが開かれる。 その向こうからは華やかなドレスを身に纏った巨人の女性たちが次々とこの部屋へと入ってきて、ゴツンゴツンと巨大なピンヒールが打ち鳴らされるたびに地面が揺れるようだった。 「今日は多いわね…みんな!出ていくときはできるだけリーダーと固まって!はぐれたら危険よ!」 部屋へと入ってきたモデルの巨人女性たちはそれぞれ部屋にあるイスやソファに腰かけると、スマホを取り出して休憩時間を取り始める。 そのうちの何人かが手元にあったボタンを押したことで、私たちの待機場所にあるランプが眩く点灯した。 「っ!C席からコール!5,6班のみんな、行くわよ!」 「E席もね…ちゃんと付いてきなさい!」 私たちの呼び出し合図であるそれに呼応するようにして、40人の仲間たちが待機場所の外へと駆け出していく。 そこは、巨人たちが闊歩する部屋の床という危険極まりない場所だった。 『すみませーん。お水もらえますかー?』 『はーい!今すぐお持ちしますー!って、うわ!ちょっとそんな場所チョロチョロしないでよ!』 (…ッ!!) モデルさんに呼ばれた女性スタッフさんが慌てて駆け出そうとした瞬間、足元を見下ろしてその足を踏み下ろす場所を横へとずらす。 彼女が履く薄汚れたスニーカーは小人の少女たちを直接踏み潰すことは辛うじて免れたものの、至近距離で凄まじい衝撃を受けた少女たちは方円状に吹き飛ばされてしまっている。 「みんな早く立ち上がって!ここに留まると危険よ!!」 「そんなこと言ったって!!脚が折れて歩けない子もいます!!」 「こっちには頭から血を流して意識がない子も!!」 「…近くの子に手を貸してあげて!引きずってでもあのテーブルの下まで走るのよ!!」 20人のうち半分くらいが動けなくなってしまったのか途端に動きが遅くなってしまった集団が、それでも呼ばれた先にいるモデルさんのほうへと移動していく。 そんな光景を脚を組んで見下ろしている彼女は、片手でスマホを弄りながらもイライラを隠す気がないのかピンヒールでガンガンと力強く床を叩いていた。 『おっそ。休憩時間には限りがあるんだけど?』 「も、申し訳ございません…ですが…」 『謝罪とか言い訳とか要らないから早く仕事してね。そのために居るんでしょ?』 「…っ!わかりました…」 そう高圧的な瞳で見下ろされたことでリーダーでさえ震えており、後ろに並んでいる少女たちは気を失う一歩手前のような雰囲気になっている。 それでも自分たちの役割を思い出したかのように各々が清掃道具を手に取ると、爪先のほうへと集まっていく。 (あれが…あんなのが、私たち小人が命がけでやらされる”仕事”なんだ…!) 少女たちは私たちの背丈よりも高そうな厚い靴底の上へと助け合いながら登っていく。 彼女たちの主な仕事は、剥げかけたネイルの塗り直しや、爪の間に溜まった垢の掃除、そして足汗や汚れを拭うことなどだった。 「…あ。」 「A席も付いたわね。みんな、落ちついて。かつ、迅速に、よ。」 そしていよいよ私が所属する班にもお呼びがかかり、目的地であるメイク台のほうへ向かって走り出す。 前だけ見て走れという教えの通りにリーダーの背中だけを見て全力で走っていると、私たちの周辺が濃い影で覆われて一気に暗くなった。 『あはっ!出てきた出てきた。ちょこちょこして可愛い~♪』 「くそっ…今日は私たちか…!」 その影の主たる一人の巨人女性はニヤニヤと愉し気に顔を歪ませながら、私たちを跨ぐように立ってこちらを見下ろしている。 彼女こそ私たち小人にとって最も危険な人物として事前に名指しされていた、小人で愉しむタイプの巨人女性だった。 『せんぱぁい。見てくださいよー。小人ちゃんたちが先輩のほうへ頑張って走ってますよぉ?』 彼女は私たちを跨いだまま別の女性の方へ顔を向けると、小人の全力疾走に合わせる形でゆっくりその歩みを進めていく。 巨人の真下という危険地帯から逃れようといくら走ったところで逃れられないという恐怖は、弄ばれているという屈辱感とも相まって私たちの心を蝕んだ。 『はぁ?私は小人なんて呼んでないわよ。』 『はい!気が利くわたしが代わりに呼んであげましたっ♪』 『あのねぇ…私はそんなの要らないから。』 呼ばれたと思ったから命懸けで走っている私たちにしてみれば、今さら要らないと言われてもどうすればいいのかわからない。 このまま走るべきか元の待機場所に戻るべきか迷って立ち止まっていると、私たちを跨いでいる彼女の右足が大きく持ち上がっていく。 『あはっ♪先輩から言質取っちゃいました~♪』 『…ん?なんのこと?』 『小人ちゃんたちなんて要らないんですよねぇ?それならぁ…できる後輩のわたしがちゃーんとお掃除してあげますねっ♪』 「…ッ!!みんな!急いで走って!!」 リーダーがそう精一杯叫んだときには、ニタァと嗤う彼女の右足は既に私たちのすぐ真上へと移動していた。 その意味を命の危機という本能で理解した私たちは一斉にそこから駆け出したものの、彼女が履いた巨大なサンダルがその直後に凄まじい勢いで降って来る。 『はい、ぺたーん♪』 「きゃああああああ!!!」 「わ、っ…ぐふっ…!」 すんでの所で踏み潰されることだけは免れた私も、すぐ傍に踏み下ろされた巨大な足による風圧によって思いっきり吹き飛ばされて地面を転がりまわる。 身体中を打ち付けた痛みで立ち上がることもできない私には、周囲から聞こえてくる木霊のような悲鳴だけでしか状況を確認できなかった。 『ちょっと!』 『きゃんっ♪先輩ってば他の子も居るのに大胆ですねっ♪あん、そんなに強く…♪』 『何もしてないでしょ!変な声出さないの!』 2人の巨大な女性が私たちのすぐ真上で何やら取っ組み合いを始めたことで、私の周囲に4本の巨大な足が次々と踏み下ろされてくる。 凄まじい揺れに加えてヒールが床を叩くゴツンという轟音、そして何かが圧し潰されるグチュリという嫌な音に襲われ続け、身動きする気力さえ奪われた。 『あはは。先輩必死すぎ~♪お仕事ではあんなにクールなのに…ギャップ萌えでわたしを殺す気ですか?』 『…はぁ。あんまり遊び感覚で小人を殺すなって言われてるでしょ。』 『またそんなマジメなこと言ってー。先輩だって何匹か潰してるくせにぃ♪』 『えっ……あ。』 先輩と呼ばれた女性が心底驚いたような顔で自分の真下を見下ろしその惨状を確認すると、彼女がどけた足の下からは私たちの仲間が変わり果てた姿となって現れる。 少女のたかだか15年程度という短かすぎる命を一瞬で奪うように踏み潰したことさえ、彼女たちは意識しなければ気付けないんだという存在の差に打ちのめされた。 『…と、とにかく!”故意に”、潰すのはダメよ!』 『はぁい。靴が汚れちゃいますもんね~。』 『…あんたにはもうそれでもいいわ。』 『先輩冷たいですぅ。』 散り散りとなり無残に蹂躙された私たちのことをちらりと見下ろした先輩の女性も、結局は手を差し伸べたりすることはなく後輩の女性と共に離れて行く。 リーダーを含め全体の半分以上を失った私たちは茫然と立ち尽くすしかなく、別の班のリーダーが命懸けで駆け寄って来てくれるまで仲間たちから漂う血の香りに涙を流していたのだった。 ☆ ☆ ☆ 「…貴女たち。大変なところ悪いけど、他の班でも欠員が出たの。班を再編成するわ。」 「で、でもっ!私たち働くどころじゃ…」 「動けるなら、働かないと。それが私たちの仕事よ。」 「…っ!」 故郷で待っている更に多くの仲間のためにも私たちは働くしかないということ、頭では理解していても心の整理が追い付かない。 それでも、心を殺しながら懸命に人一倍汗を流している先輩たちの姿を見れば動くしかなかった。 『キャストの皆さんは次の靴に履き替えお願いしまーす。』 ズシンドシンと足早に入ってきた女性スタッフさんが、モデルさんたちに新しい靴を配っていく。 そろそろ休憩時間が終わって私たちの仕事も終わりなのかと思った矢先、すべての班を呼び出すランプが点灯した。 『せんぱぁい。今度は小人ちゃんなんて要らない、なんて言えませんね?』 『…そうね。』 何が何やらわからないうちに私たちはまたしても遅れないように全力で駆け出していく。 さっきまでとは違いモデルさんたちも部屋の中を歩き回っていて、少しでも運が悪ければ踏み潰されてしまいそうだった。 『あはっ♪何匹生きて辿り着けるかな~♪』 『0だと私たちも困るでしょ。拾いに行くわよ。』 私が向かうのとは別の方向では、先ほど私たちを蹂躙した2人が向かってきたことで軽いパニック状態に陥っている。 そんな彼女たちの命運を祈りつつ、私たちも私たちで別の巨人女性の元へとなんとか欠けることなく辿り着いた。 「お待たせ、いたし、ましたっ…」 『あら、ここは減ってないのね。それなら両足とも、ソールに4匹、ヒールに1匹でお願いしようかしら。』 既に再編成したあとの私たちを興味なさげに見下ろした彼女は、私たち10人の前へ両足をゆっくり踏み下ろした。 ソール部分が透明な厚底になっているそのハイヒールサンダルには、靴底の部分とピンヒールの部分に小人用のドアが付いており、中に入れる構造となっている。 「…はっ。それじゃ…貴女は右足のヒールをお願い。残りは私について来て!」 「は、はいっ!」 おそらくは一番背が高くてか細い私が幸か不幸かヒール担当に指名され、私の背丈の倍はありそうなピンヒールを見上げながらいそいそと近付いていく。 彼女たちの巨体を支えているだけあって見た目の割に丈夫なそれは、私の力でも意外なほど簡単に開くことが出来たのでその中へとすんなり納まることができた。 「全員、中に入ったら急いでシートベルトを着用!」 「わ、わかってますけど使い方が…あれ、これをどこに…」 「何班だ!?ま、まずい…!」 携帯用通信機からリーダーの焦った声が聞こえるなか、どこかの班ではシートベルト着用にもたついている子がいるようだった。 これから何が起こるのかという一抹の不安を抱えながら視線の先に居る別の巨人女性のほうを見ていると、そのソール部分で慌てている少女の姿が目に入る。 『小人ちゃんたち、みんなシートベルトは着用しましたかぁ?もし、してないとぉ…』 「「きゃあああああああああ!!!」」 運の悪いことにそれは例の残虐な後輩さんだったようで、彼女は少しだけ持ち上げた右足をゆさゆさと軽く上下左右に揺すり始めた。 彼女にとっては何気ないその所作も靴の中に居た少女たちにとっては凄まじい勢いであり、シートベルトを着用できていなかった一人の少女がソールの内部で四方八方に激しく叩きつけられていく。 『ふふっ♪ゆっさゆっさ♪』 「大丈夫か!?7班!!誰か応答しろ!!」 通信からはもはや人間の声とも判別の付かない衝撃音と、硬い物が叩き潰され柔らかくなっていくベチョっとした音だけが聞こえてくる。 外から見える靴底は透明だったものがみるみるうちに真っ赤に染められていき、彼女が足を揺すってからほんの十数秒ほどで何の音も聞こえなくなってしまった。 『…あらあらぁ♪誰かシートベルトを着用してなかった悪い子が居たみたいですねぇ♪』 楽し気に足を揺すっていた彼女が自分の靴を見下ろすと、完全に色が変わってしまったそれを見て満足気に呟いた。 残された私たちは自分たちが今居る場所の恐ろしさを再認識するとともに、何度も何度もシートベルトがきちっと着用できているかを確かめる。 『……あんた、さっき靴底の中に指突っ込んで何か剥ぎ取ってなかったっけ?』 『えぇー?なんのことですかぁ?わたし、わっかんなーい♪』 『はぁ…もういいわ。赤いのも似合ってるしね。』 『えっ?先輩今デレました?やだ、キュン死しちゃう♪』 きっと同じサイズの存在であれば、彼女たちの微笑まし気なやり取りを温かな気持ちで眺められたんだろう。 それでも、私たちは所詮彼女の足元を彩る程度の存在でしかないことを、否が応でも心に刻み込むしかないのだった。 完